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第六十九話 除け者は誰だって嫌だよね。




 一体、これはどういうことなのだろう。

 主とその一行を後ろで見守りつつ、レオニールは自問した。


 彼の視線の先には、敬愛すべき王太子殿下とその取り巻きである遊撃士の女二人。それから主が従属させている幼女姿の精霊。

 それから、新顔が一人。


 ルーディア聖教の教皇が送って来た助っ人というその男とは、前日に顔を合わせている。彼はルガイア=マウレという高位魔族で、エルネストの腹違いの兄なのだという。

 主の側役に兄がいるというような話は聞いたことがあったが、まさか地上界に潜入しているとは思わなかった…しかも、聖教会の最高指導者のすぐ傍に。


 所詮は護衛騎士に過ぎない自分には明かされない、宰相の謀略のようなものがあるのだろうか。

 なんとなくの疎外感に少しばかりモヤモヤとした気持ちが湧き上がらなくもないが、自分には政に口を出す権限がない。


 ただ、気に喰わないのは何故自分一人が姿を隠し続けなければならないのか、という点。

 主が魔界の王太子であることは、当然ながら絶対の機密である。そこは聖教会の教皇もよく分かっているようだったし、マウレ兄弟もそれを前提に上手く話を合わせて潜り込んでいる。


 ……だったら、自分だって殿下のお傍にいってもいいではないか。いや、是非ともお傍で御身をお守りしたい。それが、レオニールの本心だ。


 

 ハルトが地上界へ来た直後は、どうしてもハルトにバレるわけにはいかなかった。こっそり後をつけて、なんとか魔界へと連れ戻さなければならなかったから。逃げられるわけにはいかなかったから。

 しかしその後、気が変わってしまった。主の、驚愕すべき力の片鱗を目の当たりにし、もう少しだけそれを、その成長を見守りたいと思ってしまった。王太子を連れ戻せと命じられている自分がハルトに接触すれば、その命令を遂行しないわけにはいかなくなる。だから、王太子の行方は未だに捕捉出来ていないと魔界には嘘をつき、自分さえも誤魔化し、遠くから見守り続けた。


 しかし、状況は変わったのだ。

 魔界は王太子の動きを捕捉した。その上で、教皇との間でどのような遣り取りがあったのか詳しくは分からないが、しばらくは彼を自由にさせるとの取り決めがなされた。

 王太子ハルトもそれを承知の上で、束の間の自由を満喫している。


 ……で、あれば。

 自分もいい加減、姿を見せてもいいはずだ。

 それなのに。



 ルガイア=マウレと会ったその後、彼の協力で魔界の宰相と通信を行ったのだが、宰相からは引き続きハルトには知られないように追跡せよと命じられた。

 その理由は、聞かされていない。説明する必要などないと言わんばかりの宰相を相手に、それは何故かと食い下がることは出来なかった。 



 殿下のお傍に行きたい。すぐ傍らで、成長を見守りたい。微力ながら、支えたい。不埒な廉族れんぞくどもの力など借りず、自分だけを頼ってもらいたい。

 マウレ兄弟が近くにいるのなら自分など出る幕ではないと分かっている。しかし、自分は王太子殿下の護衛騎士なのだ。その御身をお守りすることこそが使命なのだ。

 それなのに、そんな自分だけが一人、殿下のお傍に侍ることを許されないなんて。



 結局のところ、レオニールの心中を占めるのはそんな嫉妬めいた感情だった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ルーディア聖教会から、正しくは教皇から送られてきた「助っ人」とやらは、教皇の秘書官だった。

 以前に謁見したときにも会っている。教皇の背後で、ほとんど気配を感じさせることなく静かに佇んでいた人物。

 ちらりとその姿を見ただけで、只者ではなさそうだと思っていたマグノリアだったが、まさか秘書官が助っ人として遣わされてくるとは思わなかった。


 しかも、


 「これよりしばらくの間、よろしくお願いいたします、ハルト様」

 「え、あ……はい、どうも」


 ハルトにだけやけに慇懃だし。

 ハルトはなんか気まずげだし。

 さらに何故かやたらとネコが懐いてるし。



 ルガイア=マウレと名乗ったその男は、魔導士らしい。聖教会の神官で魔導士ってどういう職業チョイスだよとツッコみたくもなるが、そこはまぁ個人の自由として。



 「…………あのさ、一応これからパーティー組むことになるんだし、自己紹介くらいしてくんねーかな」


 マグノリアとしては至極当然のことを言ったつもりだったのだが、そのときのルガイアの目と言ったら。


 は?何ふざけたこと抜かしてるんだこのド阿呆が。とでもアテレコしたくなるくらい、冷え切ったものだった。

 しかし、流石にそれを実際に口にするほど無礼千万な輩ではなかったようで、と言ってもあからさまに渋々といった感じを隠そうともしなかったが、マグノリアたちの方に向き直ると、


 「……ルガイア=マウレだ。ハルト様の護衛として遣わされた」


 ……とだけ、短い自己紹介。愛想の欠片も見たらない。

 そのくせ、さっきからずーーーーっと腕の中のネコをモフってるのは一体なんなんだ。ギャップ萌えでも狙ってんのか。


 ルガイアに、彼女らと仲良くする気は毛頭なさそうだ。なので、こちらの自己紹介も簡潔に済ませてしまう。


 「アタシは、マグノリア=フォールズ。で、こっちは魔導士のアデリーン=バセット。ハルトの横にくっついてるちっさいのが、クウちゃんだ」


 そっちがその気ならこっちも歩み寄ったりはしないからな、という意を込めてやったのだが、ルガイアは全く気にしていなさそうだった。おそらく、本当にマグノリアたちのことなんてどうでもいいと思っているのだろう。

 教皇の秘書官をするくらいだからかなりの高位神官なのだろうが、随分と失礼な態度である。


 それでも彼女らは仲良しサークルというわけではなく、目的を一つにした共同体である。実力さえあれば、多少の性格の歪みくらいは目を瞑ろう。

 広ーい心でルガイアの不躾を水に流すことにしたマグノリアだったが、相手もまた自分に対し似たような感情を持っていることには、気付いていなかった。





 潜入先であるティザーレ王国の基本的情報も入手し、支度も終え、顔合わせも済ませ、いざ出立である。

 今回、形式的には一介の旅人を装う。サイーア公国との国交のないティザーレではあるが、別に鎖国しているというわけではない。同じトルディス修道会派の国々とは交流があるし、商人や少ないながらも旅人の往来もある。

 最初から、「七翼の騎士セッテアーレでーす。異端審問に来ましたー。聖戦の英雄の拉致に関してちょっとお話いいですかー?」だなんて馬鹿正直に申し出るのは愚の骨頂だ…馬鹿弟子ハルトはそのつもりのようだったが。


 そういった点では、遊撃士という職業は実に便利なものである。国家に属する身分ではないため、どこに行っても不自然さがないのだ。

 逆に不自然さで満ちているのが、神官のルガイアと幼女のクウちゃんなのだが、二人に関しては教皇が身分証をぎぞ…作成してくれた。なんでもルガイアは巡礼中の聖職者で、クウちゃんはその妹…だそうだ。兄妹にしては年が離れているような気もするが、教皇にそれを言ったら「なーに、兄妹は年齢なんかじゃないんだよ」とか訳分からないことを抜かしていた。ほんと何言ってんだろうあの老人。


 そんなこんなでエプトマ市の外門をくぐった一行だったが。



 「…………ん?」


 何かが聞こえた気がして、マグノリアは足を止めた。

 ハルトとクウちゃん、アデリーンは気付かなかったようだが、ルガイアにも聞こえているようだ。


 振り返ったら、誰かがこちらへ駆けてくるのが見えた。



 「……ソ、死ね!死ねクソクソが死ねゴミクソ!!」

 「え…………セドリック公子!?」


 物凄い勢いと表情(と言葉)で走って来たのは、セドリック公子だった。

 見送りに来た…ようには見えない。


 何故なら、彼の格好はどこからどう見ても活動的な旅装束だったのだから。



 「え?え?なんで、公子がここに?つか、その格好は?」

 「死ねクソ!」

 「自分も行く、だそうです」

 「…………は?」


 ハルトの通訳を聞いて、マグノリアは呆けてしまった。

 自分の呪いのことでさえ協力的とは言えなかった公子が、なぜ今になって。


 「死ねクソゴミクソ死ね死ね死ねゴミ」

 「自分も関係してるような気がして、放ってはおけない…だ、そうです」

 「いや、多分関係してない…ですよ?」


 確かに発端は公子の呪いの件だった。それがなければ、マグノリアたちが今回の件に巻き込まれることはなかっただろう。

 だが、公子の呪いと魔女の拉致は、完全に別件。たまたま同じようなタイミングで起こった事件に過ぎない。公子に、この件について責任を感じる必要はないはずだ。

 まして、一国の王子が敵性(かもしれない)国家に潜入するだなんて。


 「死ね…死ねやゴミクソ死ね死ね死ね……」

 「それでも、無関係には思えない。もしかしたら自分のせいもあるかもしれないし、協力させてくれ…だ、そうです」

 「いや……そう言われても…………」


 しおらしい公子ではあるが、どうしたらいいものやら。

 彼に万が一のことがあったら、公国は後継者を失ってしまう(兄弟くらいはいるのだろうが)ことになる。



 「死ね!死ねゴミクソ死ね死ねクソ死ね死ねやゴミ」

 「心配要らない!こう見えても結構腕には自信があるんだぞ…だ、そうです」


 そう言うと、公子は両脇の鞘からやや小ぶりの二対の剣を抜き放った。

 それは、どこかで見たような……



 「あれ、それってボルテス子爵と同じ…?」


 トーミオ村の一件で共闘(向こうからしたら妨害されたと主張しそうだが)した子爵が使っていた双剣と、酷似した得物だった。


 「死ね死ね!死ねゴミ死ねゴミクソ死ねクソ死ね!」

 「ああ、ボルテス子爵エミリオとは同門の仲だ。あいつには一度も負けたことないぞ!…だ、そうです」

 「へー……それは…………スゴイな」


 マグノリアの呟きは、おべっかではなく本心である。

 ボルテス子爵は、領主という職責に似合わずかなりの腕の持ち主だった。技術だけなら、マグノリアに匹敵する。

 その子爵に負けたことがないというのなら、公子の実力はそれだけで折り紙付きだ。


 ………とは言え。



 「凄い…けど、流石に公子を連れていくわけには……何かあったら大変ですし…」

 

 強いからって誰でも連れていけるわけではない。そんな勝手な真似をして公子に何かあったら、こちらの責任である。


 ただ、なかなか首を縦に振らないマグノリアに対し、公子はどこまでもしおらしかった。


 「死ね………死ねゴミ死ね、死ねゴミクソ死ねクソ死ねクソ……」

 「頼む、連れていってくれ……王城にいると、息が詰まりそうだ……だ、そうです」


 息が詰まる。王侯貴族にありがちな、「家が厳しくて息が詰まっちゃうよ」なんてものではないだろう。

 音声でも、文字でも意思疎通が出来ない。家族でさえ、公子が何を言っているのか何を言いたいのか、察することも出来ない。事情をしらない家臣たちの前では、口を開くことさえ出来ない。

 呪いが、いつ解けるとも知れない。解けなければ、一生誰とも意思疎通が出来ない。

 国を治めるどころの話ではない。身近な人に、ささやかな望みを伝えることすら出来ないのだ。


 部外者からしたら笑ってしまうような現象も、当事者である公子にしてみればどれほどの絶望だろうか。

 だが、そこにハルトが現れた。自分の言っていることを理解してくれる相手。叶わなかった他者との交流を可能にしてくれる存在。

 僅かだが行動を共にしたことで、それに公子が大きな救いを感じたのだとしたら。



 ――――なるほど、ついていきたいってよりは、ハルトから離れたくないってとこか。通訳のありがたみが身に染みたわけだな。


 気付いてしまったマグノリアは、公子を止めにくくなってしまった。

 ここで彼を連れていくのは大きなリスクなのだが………



 「死ね死ねゴミ、死ねクソゴミクソ死ね死ね死ねゴミ死ね」

 「心配するな、どのみち呪いが解けないままなら国にとって自分は用無しだ。どこでどうなったとて、大した損失にもならないさ…だ、そうです」


 なんだか投げやりになっている様子なのも、余計に同情してしまう。



 「死ね、死ね死ねゴミ死ね、死ね死ね?」

 「駄目だといっても、勝手についていく。それなら文句ないだろ?…だ、そうです」

 


 どうやら、公子はどこまでも本気のようだった。

普段は付き合い悪いくせに、やたらと除け者は嫌がる人っていますよね。自分がそうですが。だって淋しいんだもん。

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― 新着の感想 ―
[一言] >普段は付き合い悪いくせに、やたらと除け者は嫌がる人っていますよね。  人や犬は群れで生きる動物だからねぇ、ポツンとボッチになると仲間を求めてしまうのではないかと。  自分はどちらかという…
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