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第六十五話 さらなる厄介ごとの前兆



 アデリーンがマグノリアに協力を頼んだのは、正解だった。

 それは勿論、戦力的な意味合いだけでなく、実務的な意味合いにおいても。


 どだい、コミュ障の魔導オタクに王族との遣り取りなんて出来ないのだ。ソロ活動の経験がないアデリーンならばなおさら。

 もしここにマグノリアがいなければ、公王との話し合いは全然進まず、依頼もどうなっていたことやら。



 アデリーンに任せていると埒が明かないと悟ったマグノリアが場を仕切り、ようやく話はまとまった。


 成功報酬は、二百万イェルク。それだけでも大金なのに、さらに公国が何も代償を支払う必要がない形で解決出来れば、上乗せで最大三百万…これは解決までに費やす時間によって増減する…という、実に大盤振る舞いな契約だった。

 事が事だけに大っぴらに出来ず、従って軍を動かすわけにもいかず、しかし状況は公子の継承権にまで関わってくる大事(現象はしょーもない感じだが)だったりするのでまぁまぁ見合った額なのかもしれないが、単独パーティーで対応する依頼でここまでの高額というのも、なかなかお目に掛かれない。


 しかし好条件に諸手を上げて浮かれることが出来ないのは、聖戦の英雄を相手にしなければならない、という事実が重いせいだろうか。




 “黄昏の魔女”の棲み処は、サイーア公国と隣国であるティザーレ王国との国境に広がる森にある。境界線も定かではないが、一応、住居はサイーア公国領に位置しているそうだ。


 …と言うか、国境沿いの森を狩場にするって、どういうことだよ。

 それを聞いたときマグノリアは思わずセドリック公子を睨んでしまったのだが、彼はしれっとしていた。


 反抗期か。反抗期なんだな。意味もなく危険なこととか咎められそうなことを好んでやっちゃうお年頃なんだな。

 そう思ったが、寧ろよっぽどそんなお年頃であるハルトには全然全くそんな素振りがないので、それはそれでちょっと心配。


 兎にも角にも、魔女に会わないことには始まらない。

 幸い、“黄昏の魔女”の領域である森はほとんど魔獣も駆除し尽されていて、戦闘力皆無(かどうかは知らないがどうせ王族のボンボンなんてアテにならない)の公子を連れて行っても危険はなさそうだった。


 ……一番の危険は、魔女本人である。



 果たして魔女の説得には弟子であるアデリーンがアテになるのだろうか。それともやっぱり、自分が頑張るしかないのか。いやいや魔導オタクの師匠なんだからやっぱりハルトに興味を持ったりして。そしたらハルトをダシに何とかこっちの要求を呑ませてみる…とか。


 マグノリアはそんなことを考えながら、アデリーンは師匠との久々の再会にも然程心を動かす様子はなく…それよりもハルトへの視線の方が熱かった…、公子は相変わらず仏頂面でブツブツ「死ねクソ」を繰り返してるし、ハルトとクウちゃんはアデリーンの視線から逃れようとマグノリアの周りをウロチョロしていて、もうこれ何のイロモノパーティーだろうかとげんなりしたりもして。


 そんなこんなで、魔女さんのお宅には二時間程度で到着したのだが。




 「……………………」

 「……て何よこれ」

 「うわー……なんか凄いことになってますねぇ……」

 


 魔女の館…というにはごく普通のありふれた住居だったであろう建物の前で、立ち竦む面々。

 「だった」というのは、現在は少しばかり普通ではなくなってしまっているから。



 破壊された玄関扉。割れた窓ガラス。散乱する何がしか。

 中を覗いてみたらば、外見以上に荒れまくっている。

 壁は崩れ家具はバラバラになって床に転がり、その床には踏み荒らされた跡が。


 まるで、破壊衝動の強い押し込み強盗でも入ったかのような惨状。



 「……なぁ、公子。まさかとは思うけど…………」

 「し、死ね!死ねゴミ死ねやゴミクソ!!」

 「ち、違う、オレは何も知らない!!…だ、そうです」


 疑いの目を向けたマグノリアに公子は喚き、ハルトがご丁寧に口調まで真似て通訳してくれた。

 どうやら、呪いの腹いせに魔女の家を破壊させた…というわけではないようだ。



 「お師匠?お師匠、いないんですか?」


 荒らされた家に入り、師を探すアデリーン……なのだが、あまり心配しているようには見えない。彼女が薄情だから、というよりは(それも多少はあるだろうが)それだけ師を信頼しているのだ、とマグノリアは好意的に解釈することにした。



 然程広くない家の中を、手分けして調べる。

 特に破壊が酷かったのはリビングスペースで、それ以外の場所の損傷は少なかった。が、何処にも“黄昏の魔女”の姿は見えない。



 「これは……どういうことなんだろうな」

 「どうもこうも、何者かの襲撃があったって考えるしかないでしょ」

 「何者って何だよ」

 「そんなの分かるはずないじゃない」


 腕組みをして考え込むマグノリアとアデリーン。公子は、この惨状に自分も関連してたりしないかと青い顔をして、護衛の兵士に慰められていた。

 ハルトは、考えても自分には分からないことなので考えることすら放棄していたのだが……



 「…クウちゃん、どうしたの?」


 クウちゃんが、虚空を見つめてボーっとしている。


 「…おっきいの、いた」

 「おっきいの?って何がいたの?」

 「おっきいの。いっぱいおこってた。いっぱいおこって、あっちいった」


 クウちゃんの表現は、どうも独特過ぎて理解不能だ。

 しかし、窓の外を指差しているところから、彼女の言う「おっきいの」は外へと向かったようだ。



 「なぁハルト。もう少し具体的に聞き出せないか?」


 精霊であるクウちゃんならば、自分たちに見えないものを見て感じ取れないものを感じることが出来るのかも。そう思ったマグノリアは、少ない手掛かりをクウちゃんが見つけてくれるのではないかと期待する。


 「ねぇ、クウちゃん。おっきいのって、どんなの?人?それとも魔獣?」

 「クウちゃんとおんなじ。おっきくてね、きらきらしてる」

 「……きらきら?」

 「おひさまみたい」

 「……………?」


 マグノリアの要請を受けてさらなる情報をクウちゃんから引き出そうとするハルトだが、やっぱり何が何やら。公子の通訳は出来てもクウちゃんの通訳は出来ないというわけか。



 しかし、アデリーンにはピンと来るものがあったようだ。


 「……お日様みたい?ってちょっとクウ、そのおっきいのって…」

 「クウちゃん、だもん」

 「……分かった分かった。で、クウちゃん。それ、太陽みたいな色をしていたってこと?」

 「うん」


 その遣り取りを聞きつつ、もしかしてクウちゃん、自分の名前は「クウ()()()」なのだと勘違いしているのではなかろうか、と思ったマグノリアである。


 「で、そいつはどっち行ったって?」

 「あっち」


 再び、クウちゃんは外を指す。


 「なぁアデル。クウちゃんは何を言ってるんだ?」

 「おそらく、お日様みたいなおっきいのって、黄金の精霊ベルンシュタインのことじゃないかしら。エルフ族の禁忌になってた精霊神で、お師匠のとっておきのやつ」


 エルフの禁忌、と聞くだけでやけに剣呑な感じがするが、同じ精霊だからこそクウちゃんはその居場所が分かる…ということなのか。


 「それ、お前も見たことあるのか?」

 「一度だけね。大きくて、怖いくらいに神々しい金色の精霊だった」


 それが、黄金の精霊ベルンシュタイン

 精神を司り、その危険性ゆえにエルフ族に封じられていた、強大な精霊。


 “黄昏の魔女”の()()()()()であるそれが、クウちゃんの指した方向にいるということは、

 

 「…魔女も、そこにいるってことだな」

 「とにかく、行ってみましょ」



 荒れ果てた家を見るに、どうも魔女は何がしかのトラブルに巻き込まれている…もしくはトラブルを巻き起こしている可能性が高い。

 そのどちらにせよ、放置するのはあまりに危険だ。


 出来れば公子とハルトは安全な場所に置いていきたいマグノリアだったが、魔女の家を荒らした者がどこにいるのか分からない以上、目を離すことも出来ない。

 

 こりゃ、サイーア公王とあとついでに教皇にも追加の手間賃を請求しないとな、と思いつつ、マグノリアは警戒心を最大に引き上げ、他の面々を引き連れてクウちゃんの言う「あっち」へと向かった。



 ……本来なら、アデリーンが受けた依頼なのに。

 すっかり主導権を押し付けられてしまった感がなくもないが、こういうときに一人だけ常識人だと割を食ってしまうものだ。

 それが分かっていながら常識人を捨てられないマグノリアは、やっぱり損な性分だったりする。



おっきいの、と言いますと。

つい先ほど、ほんの数分前ですが、拙宅にも出たのですよ……おっきいのが。ええ、ええ、それはもうおっきいのが。

家族総出で死闘でした。ゴ〇ジェットを切らしていたのが悔やまれます。聖剣なしで魔王に立ち向かう気分です。殺ったのは自分じゃないけど。

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― 新着の感想 ―
[一言]  報酬、200万イェルク……。  以前ハルトが背負ってしまった借金と同額なんですねぇ……。  まぁ、公王としてはそれだけ重要度の高い依頼でしょうけど、なんか世の無情を感じてしまうのは何故でし…
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