第六十話 幼女と猫、マスコットにはどちらが相応しいか悩ましいものである。
「わぁ、クウちゃん可愛い!良かったねぇ」
「……えへ、クウちゃんかわいい?」
ハルトの賛辞に、クウちゃんは嬉しそうに笑った。
彼女は現在、朝のような全裸ではなくしっかりと服を着て…着せられている。マグノリアが教皇邸からの帰りに購入してきたものだ。
とりあえず、クウちゃんが何者であれ全裸はマズい。
マグノリアが買ってきたのは、子供用の旅行服。白とベージュを基本にピンクの差し色が愛らしい、動きやすさと可愛さを両立させたデザインだ。
「……んにー、にゃお」
嬉しそうにクルクルと回るクウちゃんは確かに愛らしく、マグノリアも思わず頬が緩んでしまうのだが、ネコだけは面白くなさそうに鳴いて牽制した。
「んもー、ネコったらクウちゃんにヤキモチ妬いちゃだめだよ?これから一緒に冒険するんだからね」
「…………みゃう」
ハルトに宥められついでに抱っこされてナデナデしてもらい、僅かに機嫌が直った様子のネコなのだが、クウちゃんが挑発するようにワザとその目の前で服を見せびらかすもんだから、またもや小競り合いの勃発である。
「……ほい、遊んでないで、これからの注意事項を伝えるぞ」
しかし幼女とネコの取っ組み合いに付き合うつもりのないマグノリアは、ネコの首根っこをひょいとつまんで抱きかかえた。
「……ちゅういじこう…ですか?」
「ああ。つか、考えてみたら今までそういう共通認識がなかったってのも問題だと思ってな」
今までマグノリアは、ハルトを自由にさせすぎていた…と思う。
だが、依頼として彼のお守りを引き受けてしまった以上、今後もそのままでは困るのだ。
「まずは目的の再確認から。ハルト、お前はメルセデスとパーティーを組むことを目指してる。これで間違いないか?」
「そうですけどそれだけじゃなくて、彼女にふさわし」
「ああそれはいいから。心持ちとか相互の感情面はクソほどどうでもいいから。客観的な事実として、お前が目指している終着点はそこだな?」
「…………はい、まぁ……そんなところ、です」
ハルトの本音としては、終着点はさらにその先なのだが……何となくそこまで言わせてはもらえなさそうな空気に諦めて頷いておく。
「で、アタシの立場も一応説明しておくと、教皇聖下に依頼されて、お前のサポートをすることになってる。平たく言えば、お前とパーティーを組んで一緒に行動したりお前に剣を教えたりお前に一般常識を教えたりお前に物の道理を教えたりたまーにお前の身を守ったりするわけだ」
言いながら、多分一番大変なのは一般常識と物の道理を教えるあたりなんだろうなー、と思うマグノリアだった。
「期間は、お前がメルセデスとパーティーを組むまでの間。それが可能かどうかまではアタシの与り知るところじゃないけど、この際だからそれを目指すために必要なノウハウだとか技術だとかも教えてやる。甘やかすつもりはないからな」
…とは言え、マグノリア以上にソロに拘る凶剣が、ちょっと強いからって他人とパーティーを組みたがるかどうかは、分からない。半分くらいは、断られるんじゃないかなーと思っている。
思っているが、それはハルトとメルセデスの問題なので、知ったことではない。
「で、ここからが肝心だ。まず、基本的に何処に行って何をするかは、ハルトに選択権がある。鍛錬に励もうが依頼を受けまくろうが、別にとやかく言うことはしない。どちらにせよ、出来る限りのサポートはしてやる。ただし、注意点は二つ」
意思決定はハルトに任せる、というのは以前にも言ったことだ。だが、一番大切なことを言い忘れていた…いや言ったかもしれないが何度も強調しておいた方がいい。
「一つは、アタシはあくまで依頼を受けてお前をサポートしてるってこと。お前が当初の目的を忘れてあまりに怠けるようだったら、即座に契約は解除する」
…これは、あまり心配いらないとマグノリア自身思っている。短い付き合いだが、ハルトは思い込んだらとことん一途なようだから。
「で、もう一つは、基本はお前に選択権があるけど、アタシが指示した場合はそれに従うこと。お前の判断、行動が常識的に考えて危険だったりトラブルを起こしそうだったら、その場で止める。それに従わなければ、やっぱり契約は解除だ」
これに関しては、ちょっと分からない。
別にハルトは自分から危険に突っ込んでいくような自殺志願者でもなければ厄介な功名心に取り憑かれていたりするわけでもないのだが、何の考えも無しに突飛な行動を取りかねない読み辛さがある。
常識を知らない彼を、常識で測ることは出来ない。
「はい、分かってます!」
なんでか知らないけど自信満々に頷くハルト…なのだが、本当に分かっているのだろうか。
「で、もしアタシがお前との契約を解除したとなると、教皇はお前を実家に連れ戻さなきゃならなくなる」
「そんな、困ります!!」
…やっぱり分かってなかった。
「な、困るだろ?だから、アタシの指示にはちゃんと従え。勝手なことはするな。別に難しいことを言ってるわけじゃない」
「う…………はい」
なんでそこで自信なさげなのか。最初から指示に逆らう気満々だったわけか。
「あと、クウちゃんに関してはお前が全責任を持つこと。クウちゃんがやらかしたことは、お前がやらかしたことになるんだからな、くれぐれも注意しとけよ」
言われてハルトとクウちゃんは顔を見合わせた。
きょとんとしたお子様二人は、見るからに無害そうなのだが。
「クウちゃんがこうなっちまった以上は、アタシら三人はこれから同じパーティーメンバーってことに…」
「にゃう、にゃ!」
「…ああ悪い、お前もだなネコ。…ってことになる。だから、何をするにせよメンバーの存在は軽視するな。仲間を大事にしない遊撃士は、一番軽蔑されるからな」
…だからこそ勝手気ままにやりたい自分はソロだったのに。
マグノリアは内心で愚痴るが、それを聞いてくれる者はいない。
注意事項…にしては基礎中の基礎…を再確認したマグノリアは、時計に目を遣る。
教皇への報告と、クウちゃんの服を買っていたので時間を取られてしまった。今は、昼前。
簡単な魔獣駆除であれば今からでも問題ないのだが、それはマグノリアが動く場合。
今回はハルトが自分で計画を立てて準備して行動に移すので、少なくともその二倍以上の時間を見積もっておいたほうがいい。
…となると、今から動くのは愚策。
「…よし、今日はこの後自由時間にするか」
「え、ほんとですか?やったぁ!」
「やったー?」
はしゃぐお子様二人。
「つっても、何でも好きに過ごせって意味じゃないからな。お前ら二人の社会勉強に充てるからな」
「……師匠、ボクもうそんな必要ないですよ」
「それ本気で言ってんのか張っ倒すぞ」
真顔で自分の常識的であることを主張するハルトだが、根拠なんて何処にあると言うのか。
「いいか、もしクウちゃんが人間じゃなくて精霊だってことが知られたら、大騒ぎどころの話じゃないんだからな。下手すると学者だの魔導研究者だのに捕まって実験体にされたり解剖されたりするんだからな」
「えええそんなアデルさんみたいな人が他にもいるんですか!?」
この説得は功を奏したようだ。ハルトの顔色が途端に変わる。
と言うか、一体アデルはハルトに何をしたんだ。怯えっぷりが只事ではない。
「クウちゃん、絶対、絶対ボクの傍離れちゃダメだからね!世の中には怖い人がいっぱいいるんだからね!」
「……わかった、クウちゃん主のそばにいる」
クウちゃんに言い聞かせるハルトはなんだかやけに大人ぶってる感じがして、そのくせまだまだあどけなさが抜けてないあたり、実に微笑ましい。
……これは、いい傾向かもしれない。
これまでマグノリアは、自分がハルトを指導し、面倒を見て成長させることだけを考えていた。
しかし、他動的に成長させられるのではなく、より幼く手のかかるクウちゃんの面倒を見ることによってハルトに自主的な成長が見られるのではないか。
そう、妹や弟が出来た幼い兄姉が、急激に大人になるように。
守られる者より、守る者の方が強くなれる…強くあれるのは言うまでもない。
そう、これはいい傾向だ……クウちゃんの、ハルトに対する呼称が気になるが……
「なぁ、クウちゃん。その、ハルトを主って呼ぶのはちょっとやめといた方がいいんじゃないか?」
「…………?主は、主だよ?」
精霊であるならば、契約した相手を主と呼ぶのは自然なこと…なのだろう。しかし、幼女が少年に対して「主」と呼ぶのは少々…いやかなり誤解を招く。
「そうなんだけど、別の呼び方にしとかないか?ほら、名前で呼ぶとか、愛称とか」
「………主は、主だもん」
「………………」
クウちゃんは、頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。契約主ではないマグノリアの言うことなど聞くに値しないと思っているのか、子供らしい駄々をこねているだけなのかは、分からない。
だが、
「おいハルト。お前も何とか言ってやれ。衆目の中でそんな呼ばれ方したら、クウちゃんの正体に疑いを持つ奴が出るかもしれねーぞ」
「そうなんですか?それはいけませんね!うん、クウちゃん、ボクのことは主って呼んじゃダメだよ」
ハルトの長所は、素直なことである(メルセデス関連を除いて)。まぁ、自分でも幼女に主呼びされたいとか望んでいるのだったらドン引きだが。
「…………なんで?主は、主でしょ?なんでだめ?」
「えっと……その、ね、ボクは、クウちゃんに名前で呼んでもらいたいな。ハルトって」
「…………………でもー……」
なぜクウちゃんはごねているのだろう。
契約主に対する呼び名など、それこそ主の許可があれば精霊に拘りなどないだろうに。
「ね?いい子だから、名前で呼んで?」
「…………………はると?」
「……うん!」
しかし契約主の言うことにはやはり逆らえないのか、逡巡しながらも最後には折れた。どことなく申し訳なさそうに名を呼ぶあたり、契約を結んだ精霊というのはかくも主に絶対服従なものなのか。
「にに、にゃお」
「ねこ、うるさい」
ネコがマグノリアの腕からするりと降りてこれみよがしにハルトの肩の上に乗って、揶揄うように鳴いた。クウちゃんはそんなネコを睨み付けるとネコとは反対側のハルトの腕にしがみついた。
「……良かったな、ハルト。モテモテじゃねーか」
「えへへー…」
マグノリアとしては皮肉で言ったのだが、ハルトには通じなかった。
メルセデス一筋とか言っておいて、幼女に心変わりするんじゃないだろうな、と密かに心配になってしまったマグノリアだったが、そこのところは自分の弟子の一途さを信じることにしておいた。




