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第五十八話 ペットの躾は飼い主の責任です。



 翌朝。

 宿舎の部屋で朝食中の二人である。


 「それで師匠、今日はどうするんですか?」


 ひっ潰れたスライムみたいな卵料理を微妙な表情で飲み込んでから、ハルトが尋ねた。

 テーブルの上にはネコと、クウちゃんが。クウちゃんはネコのミルクにちょっかいを出すかのように近付いては、ネコパンチで遠ざけられている。


 「どうするんですかって……それ、決めるのはお前だろ」


 ここの宿舎の料理はそこまで捨てたものではないとマグノリアは思うのだが、やはりお坊ちゃんの口には合わないか。

 まぁ確かに、やたらと塩辛いのはどうにかしてもらいたいものだ。


 「え、ボクですか?」

 「お前さぁ……メルセデスを追っかけるんだろ。だったらまず最初に何をすればいいのか考えろ。アタシは教皇からの依頼でお前にくっついてくんだから、何処に行って何をするかの主導権はお前にあるんだぞ」


 マグノリアの仕事はとりあえず、ハルトとパーティーを組んで彼をサポートすることだ。それ以外のアクションは、全てハルトに任せるべき(ただし常識的な範疇で)というのが彼女の考え。


 もっと依頼をこなしてレベルアップに努めるもよし、メルセデスの居場所を探して追いかけるもよし。


 「ボクとしては、すぐにでも彼女のところに行きたいんですけど……」


 ハルトの歯切れが悪いのは、第一等級のメルセデスと合流したところで自分では足手まといになるだけではないか、との懸念のためである。普段は考え無しのハルトだが、どうもメルセデス絡みとなると別のようだ。


 「今のボクが行って、邪魔にならないでしょうか?」

 「なるに決まってるだろボケ」

 「ひどい!」


 マグノリアの即答に傷付くハルトだが、他にどう答えろというのか。


 確かにハルトは、理解不能な能力を持っている。が、それらは全て彼の自覚にはないもので、意図的に扱うことも出来ないだろう。

 せめて中位遊撃士レベルにまで剣術や魔導を鍛えなければ、凶剣メルセデスの横に並び立つことなど到底不可能。下手すると、レベル不足を理由にギルドが彼女の居場所を教えてくれないかもしれない。


 

 「ひどいって思うなら、強くなるしかないだろ。つか、そのために実家に帰りたくないってごねてるんじゃないのか?」

 「そ……そうですよね。うん、そうです!ボク、頑張ります!」


 いつもそうなのだが、どうもハルトの「頑張ります」には具体性が欠けている。

 言うだけなら誰でも出来るのだが、おそらくは自分でも何をどう頑張ればいいのか分かっていないのだろう。


 本来はそれも自分で見付けなければならないことなのだが……


 マグノリアは、目の前の無邪気な顔を見る。何も考えてなさそうな、あっけらかんとした笑顔。


 ……どうやら、最初のうちは誰かが指南してやる必要がありそうだ。



 「とりあえず、飯を食ったらギルドに行くか。依頼を受けるにしても、メルセデスが今どの辺にいるのか情報くらいは入手しといた方がいいしな」


 何しろあの凶剣は絶えず移動を続けているから捕捉するのが大変なのだ。すぐに合流するわけではなくても、彼女の移動経路を把握しておく方がその先の進路も予想しやすい。


 「はい!」


 とりあえずの目標がはっきりして、ホッとした感じのハルトは食事を続ける。

 先に食べ終えたマグノリアは、改めてハルトの横にフヨフヨしているクウちゃんに目を向けた。



 ……気のせい、だろうか。


 「なぁ、ハルト。そいつ……なんか昨日より大きくなってないか?」

 「え、クウちゃんがですか?」


 言われてハルトもクウちゃんをまじまじと見るが、よく分からないようだ。


 「んー……よく分かりませんが、成長期とか?」

 「いやいやいやいや、精霊に成長とかないだろ」


 ハルトは一体、精霊を何だと思っているのだろうか。


 「ボクとしては、シエルが連れてたみたいなああいうカッコいい感じになってくれると嬉しいんですけどね」

 「阿呆が。んなデカい奴、連れて歩くなんて絶対ムリだっつの」


 第一、シエルも風獅子を連れ歩いていたわけではない。あんなものが往来を歩いていたら、間違いなく大騒動が起こる。


 「えー……そうですかぁ、残念です。だったら、ネコくらいならいいですか?」

 「いや、だからいいとか悪いとかいう問題じゃないんだって」


 精霊は肉体を持たず、ゆえに成長や変化とは無縁である。いくらハルトが望もうと、クウちゃんがシエルの風獅子のような「カッコいい」姿になることはなく、さりとてネコのような小動物フォルムに変化することもありえない。


 ありえないのだが、そう言われてもハルトは今一つピンと来ないようだった。




◆◆◆◆◆



 翌朝。

 ハルトを起こしに来たマグノリアである。


 昨日はとりあえず、遊撃士組合ギルドタレイラ支部にて、第一等級メルセデス=ラファティの現在位置が分かるかどうか問い合わせてみた。

 結果、南の方に行った「らしい」が、詳細は分からない、とのこと。どうも、遊撃士業とは関係ないことで動き回っているらしい。

 

 そんなわけでハルトの修行に丁度いい依頼を一つ見付けて無事に片付けて、昨日は終わったのだったが。



 「……何かいる」


 ……何かいる。


 ハルトの枕元に、丸まっている。

 一匹は、ネコである。いつでもハルトの傍にべったりとくっついているネコなので、それはまぁ問題ない。


 ……が、もう一匹は何なのか。


 いや、何となくの想像はついている。信じがたいが、ついている。

 しかしそれを認めるのは何だか恐ろしくて、マグノリアはとりあえず先にハルトを叩き起こすことにする。


 

 「おい、起きろハルト。んで、説明しやがれ」


 布団を引っぺがし頭に軽く拳骨を落として声を掛けると、ハルトはうーんむにゃむにゃとやったあと薄く目を開いた。


 「……んあ、おはよーございますししょお……説明って、なんですかぁ?」


 目をこすりながら上体を起こしたハルトに、マグノリアは()()を指差してみせる。


 「?なんで………うわ、なんですかこれ!」


 ハルトも自分の枕元のそれに気付いて、驚愕の声を上げた。

 二人の視線を受けた()()は、頭を上げてハルトの方を見た。



 それは、形状フォルムだけならば、ネコに酷似していた。

 ただし……半透明の。



 「……え、もしかして……クウちゃん!?」


 シエルの風獅子と比べると随分ちっぽけな、猫の姿をした風精がそこにいた。



 「……やっぱり……やっぱり、そうなのかよ………どうなってんだよこれ」


 昨日まではただの球体だったクウちゃんが、猫の姿になっている。全くもって、何が何やら理解出来ない。

 精霊が姿を変える…なんてあるのだろうか。



 実はマグノリアは知らないことだが、精霊が形状を変えるのはそれほど珍しいことではない。もともと肉体を持たない存在であるため、容姿や形状に囚われることのないのが精霊なのだ。

 勿論、変えられるのは形状だけで、サイズが変わったり能力が変わったりすることはない。

 そして形状を変えると言ってもそれは必要に応じて、契約者の命令に従っての話であって、ただフヨフヨしているだけの精霊が何のために猫型に変化したのかは、謎である。


 …まさか昨日の話題のせいで……なんてこと、あるはずが……ない。



 「わぁ、クウちゃん可愛いね!」


 しかしハルトは呑気にクウちゃんを愛でている。

 面白くなさそうなのが、自分の居場所ポジションを脅かされているネコ。ハルトに甘えるのは自分の特権だとでも言わんばかりに、クウちゃんにネコパンチを連打して遠ざけようと必死だ。


 …が、ただフヨフヨと浮かぶことしか出来なかった昨日までのクウちゃんとは違い、今日のクウちゃんはまるで本物の猫のように、ネコのネコパンチに応酬する。



 黒猫と半透明猫の攻防は、それはそれは微笑ましい光景で、信じられない現象に慄いていたマグノリアまで思わず和んでしまうのだった。


 


 昨日の依頼はあまり難易度の高くない…というか最低ランクのものだったので、本日はもう少し厳しめのものを狙う。

 幸い、ハルトのレベルだと低すぎず高すぎず…という駆除依頼が持ち込まれたばかりだったので、それを狙うことにした。


 今マグノリアが目指しているのは…ハルトに目指させているのは、自分の手を一切借りずにハルトが自力で依頼をこなすこと、である。

 どんな低レベルの依頼でもいい。作戦から道程から戦闘から全て、ハルトが自分で考えて自分で実行する。

 それが出来なければ、どれだけ強い能力を有していたとしても遊撃士としては失格だ。


 しかし、マグノリアが指示を出さないので、なかなか状況が先に進まない。

 昨日のは単純な素材採集だったのでそれでも一日でクリア出来たが、今回は魔獣の駆除依頼なのでそうもいかないだろう。



 駆除対象の情報データを集め、駆除に必要なものは何か考える。それが自分にないものであれば、補助となる道具を揃える。

 対象の情報と地理的環境その他を加味して、作戦を考える。


 流石にいきなりハルトに全部任せるのは無理なので、最初のうちはそれとなーく仄めかしたりして誘導しなくてはならない。

 …が、察しの悪いハルトのことなので、誘導も楽ではなかったりするのだ。


 そんなわけでのんびりやっていたら、その日は終わってしまった。実際の駆除は、明日に持ち越しである。



 夕飯を食べながら、ハルトとマグノリアは明日の最終確認。

 その横では、ネコとクウちゃんがまたもや揉めていた。


 どうやら、クウちゃんはネコが食事をしているのが羨ましいようである……精霊に感情なんてないはずなのだが、仕草と態度を見ていればそうとしか思えない。

 でもってネコもそれが分かっているのか、わざと見せびらかすように振舞うのだ。

 で、面白くないクウちゃんがネコにちょっかいをかけて、ミルクの皿がひっくり返る始末。



 盛大に床にぶちまけられたミルクを雑巾で拭き取った後で、マグノリアはハルトではなく自分がクウちゃんの面倒を見る羽目になっていることに気付くが、後の祭り。

 と言うか、なぜ飼い主が率先して動かないのか。


 「ハルト、お前なぁ……ちゃんとそいつの面倒見ろっつったろ」

 「うーん……クウちゃん、自分だけが仲間外れできっと寂しいんですね」

 「……なぁ、聞いてる?」


 今彼女が問題にしているのはクウちゃんの振舞いでもその動機でもなく、ハルトの無責任である。さてはこいつ、散歩中の犬の糞を放置するタイプに違いない。



 「どうせなら、クウちゃんもボクたちみたいにご飯食べたりお喋りしたり出来たらいいのに」

 「いや、いくらなんでもそりゃ無理だろ。飯とか会話とか、そいつが人間にでもならない限りはな」


 床のミルクを吸い込んで嫌な感じの臭いになった雑巾を流しで洗いながら何気なく言ったマグノリアだが、そのときの彼女は分かっていなかった。


 ……それもまた、ハルトを誘導しているのに他ならないのだ…と。



 

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