第五十七話 いろいろ凝った名前ってカッコいいけど一周回って単純な名づけの方がいいかもって最近は思ってる。
想定外のアクシデントはあったものの、上位遊撃士が二人もいたおかげで…一人の等級は第五だが、実力は間違いなく上位相当だろう…、新人六人組は無事、依頼を果たすことが出来た。
もともとはブッシュウルフを対象とした依頼だったため実際に討伐した魔獣の脅威度からすると低い報酬だが、仕留めた黒魔犬の魔晶石を売ればそんな報酬額を軽く超える。
特に、シエルの使役した風獅子によって倒された二頭目は、一撃死だったため非常に高品質の魔晶石を遺した。
本来であれば、それはシエルの取り分である。分担して倒した幼体はまだしも、他のヒヨッコたちは成体相手に為す術がなかった。貢献もしていない分を要求するのは遊撃士のマナーに反することだと、いくら新人と言えども分かっている。と言うか、最初の説明会でそう教わる。
だが驚いたことに、シエルは全ての成果を全員で均等に分配することを主張した。何故かその「全員」の中にマグノリアが入っていなかったのだが、引率を称して同行した以上、そして相手は自分よりもだいぶ格下の後輩たちである以上、大人げなく自分の取り分を主張する気にもなれないマグノリアだった。
「いやー、いい経験させてもらったわ。なぁ、俺たちこれからもパーティー組まないか?」
タレイラのギルド支部で依頼完遂の報告をした後、パーシヴァルがホクホク顔で提案した。リリアナとクラリスも、頷いているあたり同意のようだ。
しかし、
「ゴメン、俺、色々とやらなきゃいけないことがあってさ。またこの辺に来たときには、一緒に仕事してくれると嬉しい」
どうやらシエルは、タレイラ近郊に留まるつもりはないらしい。
結局、シエルは「やらなきゃいけないこと」とやらの為にタレイラを離れ、ラドクリフは研究があるからとパーシヴァルの提案を断り、ハルトはハルトでメルセデスを追いかけなければならないので彼らと共にいることは出来ず、パーシヴァルとリリアナ、クラリスの三名がパーティーを組んでタレイラ近郊で活動を続けることになった。
簡単な別れを告げ、新人ヒヨッコたちはそれぞれの道を往く。
マグノリアはそんな彼らを見て、なんだかくすぐったいような寂しいような、甘苦いような不思議な感覚だった。
別れの際、「それじゃ、また」という定型文が交わされた。
しかし、次に再会するときにそれが叶うかどうか…全員が揃うことが出来るかどうかは、分からない。
デビュー早々に負傷で道を閉ざされる遊撃士は多く、そしてさらに不運な者はデビュー早々に人生を終えてしまう。それが、荒事専門請負業の現実。
けれども、心のどこかでそれを分かっているからこそ、駆け出しのヒヨッコたちは敢えて湿っぽい別れを避けたのかもしれない、と初々しい気持ちなんて当の昔にどこかに置き去りにしてしまったマグノリアは、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
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「へぇ、ブッシュウルフかと思ったら黒魔犬だった…か」
「……笑いごとじゃなかったんですけど」
マグノリアには、教皇への定期連絡の義務が課せられている。何事もなくてもその旨を報告しなくてはならないし、今回のようにハルトが何らかの行動をした際にはそれを可能な限り滞りなく詳細に報告しなくてはならない。
さっさと聖都に戻ればいいのになんでまだタレイラにグズグズ残っているのだろう…という本心は押し隠して(表情には出してしまったかもしれないが)、マグノリアは大聖堂で教皇と向かい合っていた。
マグノリアの報告を受けた教皇は、なんだか可笑しそうだ。
「いやぁ、遊撃士あるある、だねぇ。私も昔はよくやらかしたもんだよ」
「……聖下が?」
そう言えば、教皇は若い頃聖職者でありながら遊撃士登録もしていたと聞いたことがある。確か等級は第一。則ち、最上位。
教皇の表情は、何かを懐かしむようだった。
「特に犬科魔獣の幼体はどれも見分けがつきにくてね。いつだったか、巨神狼だと思ったら冥神狼の幼体だった…なんてことがあって。いやぁ、あのときは焦ったよ」
「…………いやいや、流石にそれは間違えないですよね、普通?」
犬科魔獣の最高位個体である冥神狼は頭が三つなので、他の魔獣と間違えるはずがない。
「あれ、知らないのかい?冥神狼の幼体は、頭が一つなんだよ?」
「え、マジですか?」
なんて遊撃士四方山話はほどほどにしておいて。
マグノリアは、さらにその続きを報告する。
ブッシュウルフだと思っていたのが黒魔犬の幼体で、成体の襲撃を受けたこと。一体は難なく倒したが、二体目に不意を突かれたこと。
その二体目を倒した、シエルの風獅子のこと。
「……ふむ、風の精霊…かね」
「そんなことがありえるのか?その、召喚術も使わずに、精霊を使役するだなんてこと……」
マグノリアの疑問に、教皇はしばらく考え込んでいた。
「……ありえない、わけではない。と言っても、現代ではありえない、と言って差し支えないのだけど」
奇妙な表現である。
「それは、どういうことです?現代では…って」
「かつては、そういう術も存在した、ということさ。もっとも、私も実際に目にしたことはない。何しろそれは、古の時代に使われていた、現代では失われた術……神代魔法、というやつだからね」
「………神代魔法!?」
これまた、驚きの単語が出てきたものである。
神代魔法と言えば、マグノリアも話…と言うか伝承くらいは聞いたことがある。
二千年前の天地大戦の際、地上界を守護する一騎当千の戦士らが神の特別な加護を受け、行使していたとされる超常の力。
遥か昔のことなので、文献にすらほとんど残っていない。そのため、詳細も原理も分かっていない。原理が分からないため現代では再現することが出来ず、仮に分かったとしても加護と魔力の少ない現代人にはどのみち再現不可能だ、とも言われている。
そんな神代魔法の遣い手が、現代に存在している、とは。
「その、シエル君…だったかな?君の目から見て、どんな感じだったかね?」
「どんなって……確かに、年齢とキャリアの割には冷静だし場数も踏んでいそうだった。あと…あまり自分の実力を晒したくなさそう…だった」
シエルの実力は、確実にマグノリアと同等かそれ以上である。
だが彼は手を抜いてまで第五等級以上を目指そうとはせず、戦闘中も明らかに手加減をしていた。おそらく、その気になれば黒魔犬など瞬殺だったのではなかろうか。
それに、風精のことをあまり知られたくない様子だった。
はっきりとは言わなかったが、それがシエルの隠したいものだということはヒヨッコたちにも通じたらしく、誰もそれについて詮索しなかったし今後も吹聴しないという暗黙の了解が為されていた。
マグノリアとしては口外しないなんて頼まれてもいないし約束もしていないしそれよりも報告義務の方が上なので平気で教皇に伝えているが、そうでなければ内緒にしてやっていただろう。
遊撃士としてやっていくなら、実力を隠すのはナンセンスである。
もっともそれは、手札を全て明かす、ということではない。
だが、人間相手に駆け引きが必要な傭兵や軍人、教会騎士とは違い、遊撃士が「勿体ぶる」必要はほとんどないと言っていい。
それよりも寧ろ、切り札的なものだけは隠し持っておいて、自分の実力は多少誇張してでも周囲に示しておいた方が、評判も良くなるし指名依頼も多く入るようになる。
神代魔法を使えるだなんて、それだけでシエル=ラングレーの遊撃士としての価値は跳ね上がる。手を抜くことなく上の等級を手にしていれば、もしかしたらあの凶剣メルセデス=ラファティよりも引く手あまたの超人気遊撃士になれるかもしれないのだ…凶剣はその使い勝手の悪さのせいでほとんど指名は受けられないが。
それなのに自分のセールスポイントをわざと隠すということは、シエルには遊撃士としてよりも別の目的がある、ということ。
「私も聖教会に伝わる伝説めいた話でしか知らないけど、なんでもその頃の神代魔法の遣い手たちは、精霊に疑似人格を与えた上で契約を結び、それを自在に使役していたと言う。なんにせよ、そのシエル君はとんでもない逸材だね。出来れば聖教会にスカウトしたいくらいだ」
教皇はそう言うが、おそらくそれは本心ではない。何故ならば、
「ただ……何かを隠している様子なのは、気になるね。もし今後も彼と出会うことがあったら、それとなく探ってみてもらえないか?」
教皇のシエルに対する関心の中には、不確定なものへの警戒が込められていたから。
「探る……って、私の仕事はハルトのお守りではなかったのか?」
「いやぁ、ついでだよ、ついで。負担にならない程度でいいから」
食えない表情の教皇に、マグノリアは溜息をついた。彼女が自分にどういう感情を抱いているのか知った上で、こうしてまるで気の置けない関係のように振舞うのだ、グリード=ハイデマンという男は。
「……了解した。けど、本当についで程度だろうから、期待はしないでもらいたい」
「勿論だとも。君にそこまで重荷を背負わせるつもりはないよ」
「…………………」
教皇のその言葉は、マグノリアの現在にのみ向けられたものではない。
それはきっと彼の優しさなのだろうが、マグノリアにはひどく腹立たしい優しさだった。
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気の重い報告を終え、マグノリアはハルトの待つ宿舎へと戻った。
「…ただいま。大人しく待ってたか?」
「あ、お帰りなさい、師匠」
ドアを開けた途端、ハルトの満面の笑顔がささくれだったマグノリアの脳天を直撃する。
それは決して悪い気分ではないものだったが……
そんなことより。
「……何かいる」
……何かいる。
ハルトの目の前に、フヨフヨと浮かんでいる。
形容に困るくらい、初めて見る物体。
……いや、物体…なのだろうか?
それは、ひどく輪郭が曖昧だ。半透明で、多分、球体。両手で作った丸の中にすっぽりと収まりそうなくらいのサイズ。質感的には、シエルの使役した風獅子ととてもよく似て……
「おい、ハルト。それ………」
もしかして。
「あ、これですか?……えへへー……」
そのときマグノリアは、ハルトがシエルの風獅子を見る顔…とても羨ましそうな瞳…を思い出していた。
「ほら、シエルがなんかカッコいいのを出してたじゃないですか。あれいいなーって思って、真似してみたらこんなのが出て来たんです」
「ちょっと待てーーーーーー!!」
得意げに言うハルトに、マグノリアは渾身のツッコミ。
「待て待て待て待て、神代魔法だぞ?失われた古代の技術だぞ?天地大戦の英雄たちが使ってた力だぞ?なんでそれちょっと「真似してみたら」とかいう台詞が出てくるんだ!?」
マグノリアの剣幕に、ハルトは吃驚している。
彼の傍らのネコは、ほーらね、と言わんばかりに欠伸をした。
「え、師匠、なんで怒ってるんですか?」
「いや、怒ってない……いやいや、怒るよ、怒ってるよ!あんだけ、アタシの許可なしで魔導は使うなって、絶対絶対使うなって、言っておいたよな?」
シエルの真似をしてどうして謎の球体が出て来たのかは分からないが、仮に同じような高位精霊が出てきてしまったりなんかしたら、それがハルトの規格外魔力で出てきてしまったりなんかしたら、下手すれば宿舎ごと辺り一面が吹き飛んでいたかもしれないのだ。怒るなと言われても無理な話だ。
しかし今は、怒っている場合ではない。
「お前、一体どうやったんだ?世界中の魔導研究者たちがずーーーっと頭を悩ませてる難問だぞ?まさかシエルに教わって……んなわけないか」
「アデルさんのおかげで、魔法を真似するコツを覚えたんです。ほんとは、シエルみたいにカッコいいのが良かったんですけど……これはこれで、なんか可愛いですね」
ハルトは、自分がどれだけ滅茶苦茶なことを言っているのか分かっていない。
「いや、かわ……可愛いか!?」
目も鼻も口もないただの半透明な球体を可愛いと思える感性は、生憎持ち合わせていないマグノリアである。
さて困った。
まさか、現代では再現不可能…なはずだった神代魔法を、こんな身近で再現されてしまうとは……
いや、困る…のか?
見たところ、危険はなさそうだ。ほとんど動くことなく、ハルトの傍でフヨフヨと浮かんでいるだけ。大きさといい形状といい、見るからに強力そうだったシエルの風獅子と比べると何と言うか、マリモみたいな感じは脆弱さだとか儚さだとか愛嬌だとかを感じ……いやいやだからといって可愛いと思うわけではないが。
もういい加減、ハルトの非常識&規格外には慣れてきた。
過程はともかくとして、起こった現象としては今までに比べるとまだ可愛げがあると言える。何しろ、何も破壊されていないのだから。
そう考えると、これはハルトにとって非常に幸運なことだ。この先メルセデスを追って上位遊撃士を目指して活動する上で、手札は多いに限る。
剣技は鍛えればモノになりそうだし、魔導も……これはまぁ魔力の扱いをマスターさせないとおいそれとは使わせるわけにはいかないが、鍛え方によっては非常に優れた…どころではない魔導士になれることも確実。その代わり優秀な師が必要だけども。
それに加えて、これが本当に神代魔法だとすれば(そうだ、と断言するにはマグノリア自身の知識が足りない)、それはハルトの大きな力となる…だろう。
……フヨフヨと頼りなく浮かんでいる球体に力があるかどうかは、別として。
「えー…っと、確認しとくけど、そいつ、お前の命令はちゃんと聞くんだろうな?」
「クウちゃんですか?大丈夫だと思いますよ」
なんだかはっきりしない答えだ。
「……クウちゃん?」
「この子の名前です。空気の塊だからクウちゃん。可愛いですよね?」
「あー……うん、そうだな」
ですよね?と聞かれても、なんて言ったらいいものやら。別に醜悪な顔が付いていたり不気味な模様が入っていたりするわけじゃないからいいけど。
「クウちゃん…ねぇ」
試しに、突っついてみた。
思ったとおり、圧縮された空気の塊のようだ。硬い手応えはないが、つつくと指先に弾力性のある抵抗を感じる。完全に押し潰そうと思ったらかなりの力を加える必要がありそうだ。
ただし、浮かんでいる上に重さもないので、つつくとその分後ろに下がる。見ていると再び元の位置に戻るので、少なくともその場に留まろうとする何らかの意思はありそうだった。
つんつん、フヨフヨ。
つんつん、フヨフヨ。
つんつん、フヨフヨ。
………ちょっと、面白い。
つん、つんつんつんつんつんつんつんつん…
「ちょっと師匠!クウちゃん苛めないでください!」
調子に乗ってつついていたら、ハルトに叱られてしまった。保護者気取りか。
ハルトに救出されたクウちゃんは、次はハルトの周りをフヨフヨと回り始めた。何だか懐いているペットみたいだ。
やはり、ハルトを主人だと認識しているっぽい。
クウちゃんそのものは、戦力にはなり得ないだろう。どう考えても、そこいらに浮遊している十把一絡げの低位精霊だ。
しかし、いずれもっと高位の精霊と契約を結び使役することが出来るようになれば、心強いことこの上ない。
そしてその力は、ハルトの目的達成までの道のりを大きく短縮させることだろう。
「よし、ハルト。そいつはお前のなんだから、ちゃんと躾けろよ。自在に扱えるようにならなきゃ、一緒に連れて歩けないからな。あと、面倒は自分で見ること。いいな?」
「……!はい、分かりました!良かったねクウちゃん、師匠がここにいていいってさ」
拾ってきた仔犬を飼うことになったご家庭のような遣り取りだが、似たようなものだ。それにペットと違って餌代は要らないし、騒音や匂いとも無縁。
精霊のエネルギー源がどうなっているのかは知らないが、大方、術者の魔力とかそんなところだろう。今までの感じからするとハルトの魔力はどうやら底なしっぽいので、そこも心配なさそうだ。
マグノリアの下した決断は、少なくともこの時点では何ら間違ってはいなかった。
ただでさえ乏しい材料の中から想定出来ることなんて、たかが知れているのだから。
空気の塊だからクウちゃん。
……別に、名づけが面倒になったとか思いつかなかったとか、そういうわけではありません。断じて。




