第五十五話 新人は長い目で育ててあげないといけないのだ。
戦果もなく手ぶらで帰って来た遊撃士パーティーを、北の森に面した村の人々は特に何も言わず迎えた。
それほどの高難度依頼ではないと彼らも分かっていたが、依頼を受理してくれたのが見るからに新人然とした幼い集団だったからだ。
それでも、依頼を出してから一か月以上無視されていた村人にとっては、貴重な戦力である。
そういったわけで、ハルトたちは無料で提供してもらった村に唯一の宿で、明日の再挑戦に備えることになった。
夕飯後、一日中森の中を彷徨った疲れのせいか、パーシヴァルたち四人はさっさと就寝してしまった。
ハルトは体力的にまだまだ余裕があったので、宿の裏庭でマグノリアの指導の下、いつもの稽古である。
…と言っても、既に型稽古の段階は終わっているので復習に過ぎないのだが。
それでも、基本を忘れないのは大切なことだと諭せば真面目に取りかかる素直さが…素直さだけが、ハルトの評価すべき点である。
「熱心なんですね」
いつの間にかシエルが裏庭まで来ていて、マグノリアの横に並んだ。ハルトが剣を振るう姿を見るその目は、同輩の稽古を見物しているというよりも、後輩の稽古を見守る先達のそれのようだとマグノリアは思った。
「ん?あー…まぁ、アイツには明確な目標があるからな」
「ああ、いえ、そうじゃなくて」
シエルは、チラッとマグノリアの方を見て。
「確かにハルトもそうですけど、オレが言いたいのはフォールズさんのことですよ」
「……アタシ?」
そんなに熱心だっただろうか。別にただ稽古を見ているだけだし、昼間は手を出すこともなかったのだが…
「そもそも、現役真っ盛り、最前線の上位遊撃士が見習いの弟子を取るって、あまりないことですよね?」
……そう言われてみれば、そうである。
上位遊撃士が下位遊撃士とパーティーを組むことはある…稀にだが。そこで、指導のような真似事をすることだって、なくはない。
だが、それはあくまでも「依頼の達成」という目的があり、その目的遂行のために必要だからこその行為であって。
未だ遊撃士登録さえしていない段階の弟子、という例は、確かにマグノリアも聞いたことがなかった。
普通、教導と言えば引退した元・遊撃士だとか、食うに困った中堅どころが小遣い稼ぎに…というのがセオリーだったりする。
「フォールズさんくらい名の通った遊撃士なら、そんなまどろっこしいことする必要ありませんよね?」
問うシエルに、他意はないように見えた。が、彼が気にしているのはマグノリアなのか、ハルトなのか、どちらなのだろう。
「んー…まぁ、これも依頼だからな」
「依頼?ハルトの指導が?」
現役遊撃士がそんな長丁場の依頼を受けるなんて意外だ、と言わんばかりのシエルに、マグノリアも内心で同意。
彼女とて、あれほど好条件でなければ、断っていたかもしれない。
……と考えて、いややっぱり引き受けたんだろうな、と思い直す。
ハルトを放っておけない、という個人的な気持ち以上に、教皇直々の依頼という事実がある。
随分簡単に承諾してしまったが、考える時間を貰ったとしても答えは変わらなかっただろう。
「そ。ちょっと詳細は言えないけど、さるやんごとなき御方から直々に賜った依頼だ。だからアタシは、明日もお前らにくっついてくけど、必要に応じて手を貸すかもしれないけど、最優先するのはあのバカの身の安全だから、そこんとこよろしく」
考えてみたら、教皇から受けた依頼について守秘義務の有無を確認していなかった。が、事が事なので迂闊に吹聴しないのが身のためだ。
「…護衛付きの遊撃士って………いえ、まぁ、他人の事情に首は突っ込みませんけどね」
シエルに呆れられてしまった。
「もしかして、もう一人の方も、そうなんですか?」
しかも、レオニールに気付いているっぽいし。
それを聞かれても、マグノリアにはどう答えていいものか分からないし。
「ああ、あれ?あれはー……うん、何なんだろな。そんなとこらしいけど、アタシにもよく分からん」
今も物陰からチラチラとこちらを窺っている不審者に胡乱な視線を送り、シエルも同様であることに気付き、一応は警告しておいた方がいいかも、と思う。
「よく分からんが…あれには関わるな。完全に無視してれば害はないから」
いくらシエルが第五等級以上の腕を有しているとは言っても、飛翼亜竜を瞬殺する相手に喧嘩を売るのはマズい。
見たところ良識的なシエルなので(方向音痴はともかく)、いきなり見ず知らずの他人にそんな真似をするとは思えないが、レオニールの只者ではなさそうな雰囲気にかなり警戒心を抱いているようで、そこのところが心配だったりする。
「怪しい人では…ないんですね?」
「怪しい……かどうかはちょっと自信ないけど、ハルトの敵ではないことは確かだから、うん」
怪しい人でないのなら、何度も警察署に連行されることはないだろう。
「そんなことより、さ」
話題を変えてしまうマグノリア。
「お前、もしかして傭兵とか経験してたりする?」
「……オレが…ですか?」
おや、ハズレだろうか。
マグノリアは、これまでのシエルの言動行動から、彼が間違いなく実戦経験者だと確信している…しかも、かなり場慣れした。
だが、それにしては森の中で迷子になってそのまま突き進もうとする迂闊さが、アンバランスなのだ。
それに彼は、森やダンジョンを一人で踏破したことがない…と言っていた。
まるでパーティーを組んでならある、と受け取れる言い方だったが、遊撃士として、ではないだろう。
遊撃士はあくまでも個人事業主で自己責任の世界、いくら大所帯のパーティーだとしても、道行を完全に他人に任せきりにすることはありえない……ほどではないが推奨されない。
と言うかそもそも、彼が遊撃士になったのはつい昨日である。
となると、彼の経験はそれ以外で培われたことになる。
マッピングとは無縁で、実戦経験が豊富。単独行動ではない。
そのあたりから、傭兵としてどこかの戦場でも渡り歩いていたのかと思ったのだが。
「…いえ、オレは傭兵じゃありませんよ?確かに何匹か魔獣を討伐したことはありますけど…それだって、実家の手伝い程度ですし」
「実家?家族も遊撃士とか?」
親や兄弟姉妹が遊撃士、というパターンは珍しくない。が、シエルは首を振った。
「いえいえ、地方の貧乏男爵家なんですけどね、領地に出る魔獣の討伐依頼を出すほどのお金もないから、いっつも家族総出で退治してたんですよ」
「……ああ、なるほどね」
世の中には色々な人間がいるものである。
まさか家族総出で魔獣討伐をするような剛の家族がいるとは。
案外そういう家から英雄とかが輩出されるものなんだよなー…と未来の英雄候補君を見つめたマグノリアだったが、
「ちょっと師匠!ちゃんと見ててくださいよー!」
間違いなくそんな修羅な家庭とは無縁であろう馬鹿弟子に、叱られてしまった。




