第五十四話 迷ったら引き返した方がいいよ、道も人生もね。
目的地…北の森に到着した一行は、隊列を作って進む。
先頭は、暫定だがリーダーとなったシエル(異議を唱える者はいなかった)で、そのすぐ後ろに付くのは短槍遣いのリリアナ。後衛のパーシヴァル、クラリス、ラドクリフが、そのままの順で続き、最後尾にハルト。
試験の際の実力を勘案して六人全員で決めた順番だが、まぁまぁ妥当なところだと、ハルトのさらに後ろに控えるマグノリアは評価した。
六人パーティーで、前衛三名後衛三名。最も能力に優れたシエルが最前列で警戒しつつパーティーを引っ張り、魔導士であり即応の難しいクラリスとラドクリフは一番安全な中央やや後ろ寄りに配置させ、シエルの次に戦闘慣れしているハルトが最後尾。
右も左も分からない新人ばかりのパーティーだと、何も考えずに前衛が全員前へ出てしまったり、最悪は隊列も組まずに適当な塊で森を進んだりしがちなのだが、そして彼らもそうなりかけたのだが、シエルがそれではマズいと提案し、テキパキとその場を仕切ってこういう形になった。
後は、目撃情報と地図を頼りに、標的の巣を見付けるだけなのだが。
「……全然見つからないわね」
どれほど歩いた後だろうか、若干疲れの見える表情でリリアナがぼやいた。
他の面々も、似たような表情である。
「うーん……ブッシュウルフの巣は地中に作られるって話だから、見付けにくいとは思うんだけど…」
「情報では、二股になっている大きな滝の付近で多く目撃されているのですよね?」
「せやから、滝に向ことるんやろ?」
「村の人は三十分くらいで滝に着くって言ってなかったか?なんかもう一時間以上歩いてる気がするぞ」
口々に、疑問。
そして、思案。
思案の結果、導き出される答え。
「なぁ、シエル。もしかして………」
「……ぎく」
「……やっぱ、迷ったのか…」
パーシヴァルの追及に、シエルの目が泳ぐ。
彼は先頭で地図を見つつパーティーを導いていたのだが……
「え、マジで?シーやん道間違うたん?」
「……けっこう自信満々に歩いてませんでした?」
「待ってよみんな、まだ迷ったと決まったわけじゃないでしょ?」
なんだか雲行きが怪しい。
「あ……あれ…?おかしいな、ちゃんと地図どおりに来てるはず…なんだけど………」
迷ったという事実を認めたくない気持ちと認めざるを得ない状況との間で揺れるシエルだが、正真正銘、迷っている。マグノリアは、随分前から確信していた。
実は、かなり初期の段階で道を間違えていたのだ。
森に慣れていない素人はよくやりがちなのだが、ブッシュクラフトのつけた道と、獣道を混同してしまったのである。
気付いてはいたが、彼女は敢えて口を挟まなかった。
どの時点で道迷いに気付くか、そして気付いた後でどのように挽回するのか、イレギュラーな事態に彼らがどれだけ対応出来るか、等々、これもまた一つの勉強なのである。
寧ろ、これだけ安全な森でそれらが経験出来ることは、彼らにとって幸運なことだ。
さて、彼らはどうするだろうか。
半分微笑ましく半分は面白がって、見物するマグノリアである。
ハルト一人では突拍子もないことをしでかすのだろうが、三人寄れば…ではないがこれだけ新人とは言え遊撃士が集まっているのだから、それなりに建設的な答えは出すことだろう。
何より、慎重で冷静なシエルならば問題は…
「…よし、とりあえず進めるだけ進んでみよう!」
…問題は、大アリだった。
なんでやねん。古典的にツッコみたい気持ちを必死に抑えて様子を見ていると、
「そうだな、方角さえ合ってりゃそのうち着くだろ」
パーシヴァルと、
「せやせや、そんなに深い森ちゅうわけでもあらへんから、なんとかなるて」
クラリスは、まぁ、想定の範囲内。
「しかし、闇雲に進むよりも道が分かるところまで引き返した方が結果的に早いような気がします」
真面目メガネ君は、期待どおりに常識を解いてくれたのだが、
「けど、どこまで戻ればいいか…っていうか、戻る道もよく分からないわよ」
しっかり者かと思っていたリリアナが案外ポンコツなことに、ちょっと嘆息。
…意見すら出さずにほけーと突っ立っているハルトはもう、論外である。
シエルが、懐中時計を取り出して時間を確認した。正午はとっくに過ぎている。
「それじゃ、少しペースを速めよう」
「おう!」
「え、これ以上ですか?できればもう少しゆっくり…」
「そんなん言うとったら日ぃ暮れてまうやん」
「そうそう。遊撃士には体力も必要よ?」
方向転換せずに前進を続けることにした五人と、やっぱりほけーとくっついていくだけの一人。
しょーもない六人のヒヨッコたちの背中を見ながら、マグノリアは、どの辺が潮時かなー…と考えていた。
二時間が経過した。
「あ…あれ…?お、おかしい……な?」
さっきと同じことを言って、シエルがようやく立ち止まった。
背後の面々はすっかり疲れ果てた顔をして、だいぶ判断力が鈍ってきているようだ。
ハルト一人、やっぱり何も考えず何も疑問に思わず、ほけーとしている。体力だけは有り余っているようだ。
「なぁ……ここどこだ?」
「ねぇパーシヴァル。あなた、射手でしょ?森のこととか詳しくないわけ?」
「な…、無茶言うなよ!弓使いならみんな狩猟経験者ってわけじゃないんだからな!オレは競技出身なんだって!」
「……役に立ちませんね…」
「言うだけなら誰にでも出来るで、ラドやん」
険悪そうだが誰も先頭のシエルを責めないのは感心だ。彼一人に道を任せきりにしていた自覚くらいはあるのだろう。
……が。
「ほーい、お子様ども。今日はここまでだな。帰るぞ」
『……え!?』
さらりと言ったマグノリアに、疑問と抵抗の混ざった声を上げるヒヨコたち。真面目メガネだけは、これで助かった…と安堵の表情を漏らしてたりするが。
「けど、フォールズさん。まだ巣の在処も見つけてないんですよ?」
建設的っぽいことを言うシエルだが、
「どのみち今日はもう無理だ。これからすぐ見つかってすぐ討伐出来ればいいが、最悪は日が暮れる。真暗な森の中で夜行性の魔獣の群れを相手にする場合、どれだけ危険性が跳ね上がるか、お前なら分かるだろ?」
「そ………それ、は、そう…ですが」
尤もな反論に、ぐうの音もない。
「んで、引き返すにしてもここが際だ。明るいうちに森を出たい」
ずーっと自分たちの位置を把握し続けているマグノリアの計算では、今からすぐに撤退しなければ森にいるうちに日が暮れてしまう。仮にブッシュウルフを相手にするのでなくても、慣れていない森の中で暗い中彷徨うのは御免だし、このヒヨコたちが野営準備を持ってきているようにも見えなかった。
「あの…だけど、帰り道って言ったって……」
「心配するな。ちゃんと分かるから」
『えぇ!?』
次は、驚きと抗議の『えぇ!?』である。
こんなに適当にグルグル回っていたのに道が分かるのか、ということと、それだけ分かってるならなんでもっと早く道迷いを指摘してくれなかったのか…という意味合いだ。
勿論、マグノリアにその意は伝わっている。
「甘えんなよ。これはお前らの受けた依頼、お前らの仕事だ。アタシは万が一の場合のお守り。依頼そのものは、お前らが自分たちだけの力で達成しなきゃならない。それが嫌なら、今ここで遊撃士は辞めるこったな」
口調こそは穏やかだが厳しい彼女の言葉に、ヒヨコたちは反論出来ずに項垂れる。
…のだが、やっぱりなおもほけーとしたままのハルトはこれ、どうしたものか。
「ほんとなら、ずっと黙ってて準備もないまま野営させたり暗闇の中での戦闘を経験させたりってのもアリなんだが、それじゃ流石に死人が出るからな。ここいらが潮時だと判断した。異論のある奴は?」
『………………』
全員の沈黙を肯定と取り、マグノリアはそのまま踵を返して歩き出す。
行きとは反対の順で、ヒヨコたちがそれに続いた。
「あの……すみませんでした、フォールズさん」
一番後ろから、シエルが殊勝に謝罪の声をかけてきた。けっこう凹んでる。戦闘技能に関して非常に優秀な彼は、思ってもみなかったところで失敗してしまったことが、悔しくて堪らないのだろう。
「別に謝ることはないさ。アタシは手間と時間しか犠牲にしてないからな」
「そ……それは、すみません……」
マグノリアとしては嫌味でもなんでもないのだが(何しろ手間と時間だけじゃ済まない手のかかる弟子を抱えているもので)、シエルは自分に対する強烈な批判だと受け止めてしまった。
「ああ、いや、だから気にすることはない。お前にも方向音痴って欠点があって寧ろ可愛げがあるって思ってるからな」
「ほ……方向音痴だなんて!」
…おや、どうやらシエル少年、自覚がなかったようだ。
しかし行動といい判断といい、彼のそれは完全に方向音痴の振舞いである。
年齢に見合わず経験豊富なのかと思っていたが、それはマグノリアの考えすぎだったか。
「た、ただ、森林とかダンジョンとかは、その、一人で踏破したことがなくて、そのあの、フィールドが違うと言うか何と言うか……」
もごもごと言い訳している姿は、年相応の少年らしく見える。その辺り、馬鹿弟子には見られない可愛げだった。
自分、地図は読めるし読むの大好きなんですが、方向音痴です。
行きに右に曲がったところを帰りも右に曲がるタイプ。あと道が微妙に曲がってても直線だと思い込むタイプ。
方向音痴あるある……だと思いたい。




