第五十三話 初仕事のドキドキは一生のうちで一度しか味わえない宝物である。が、二度と味わいたいものでもない。
『よろしくお願いします!!』
マグノリアの前に整列した、六人の初々しいヒヨッコたち。
デビュー戦でいきなり上位遊撃士とパーティーを組むことが出来た幸運に高揚しているヒヨッコたち。
マグノリアとしては、パーティーを組む、じゃなくて、遠足の引率…的な気分である。
「あー…、なんか成り行きで同行することになった、マグノリア=フォールズだ。先に言っておくけど、万が一の際の要員としてくっついていくが、依頼そのものはお前らだけの力で責任をもって遂行すること。こっちをアテにするな。あと、腑抜けたことや我儘抜かしたり指示に従わなかったりしたらその場で帰るからな。くれぐれもそこんとこ肝に銘じとけ」
『はい、了解しました!!』
やけに威勢ばっかりいい返事に不安なマグノリアだが、初仕事で張り切る新人たちに冷や水を浴びせるのも大人げない気がしたし、何より彼女が一番心配なのは他ならぬ彼女の弟子だったりするわけで、しかも今回は自分だけでなく第五等級であるシエル=ラングレーもいることだし、それ以上彼らのテンションを下げるような発言はしないことにした。
どうせ遊撃士の現実なんて、彼女が口に出すまでもなく否が応でもそのうち思い知ることになるだろう。他者に言われるより自分の身をもって経験したことの方が彼らの血肉になりうる…そのときに生き延びることが出来れば。
今回、ヒヨッコたちが受けた依頼。カテゴリ的には魔獣討伐だが、実体は害獣駆除に近い。
タレイラ領の西の端にある小さな村で、魔獣による傷害事件が発生した。
その村は北に森が隣接していて、どうやらそこにブッシュウルフの群れが巣を作ったらしい。
北部のリエルタやレーヴェ領のような辺境の山岳・森林地帯は魔獣の宝庫?であり、ブッシュウルフ程度であればほとんど問題にされることはない。あのトーミオ村程度の小さな集落の住人でも、脅威度レベルが1とか2の魔獣相手なら自分たちだけで対処してしまうほど。
しかし、教皇のお膝元であり大陸一の大都市であるタレイラの近郊は驚くほど安全が徹底されていて、魔獣もほとんど生息していない。
森に入っても、遭遇するのは普通の獣ばかりなので、ブッシュウルフ程度でも出没すればそれなりの騒ぎなのである。
…が、夜行性のブッシュウルフは昼間は地中に掘った巣穴で眠っていて、広い森の中では見つけるのに苦労する。被害も今のところ、軽い怪我程度。
そのせいで、公国軍(タレイラはサイーア公国領である。ほとんど独立領扱いだが)が動くような案件ではなく、仕方なく村人たちが出した討伐依頼の報酬額はなんと五万イェルク。
仕事の面倒さに見合わない低報酬と、達成しても何の箔もつかない低難度。
これは正に、新人のための教材的依頼と言えるものだった。
北の森までは、徒歩で三時間足らず。道中のほとんどは街道なので、テクテク歩きながら世間話も出来るくらいだ。
「それにしても、フォールズさんがこんな若い方だなんて思いませんでした」
「あ、俺も思った。あんま俺らと変わらないですよね?」
リリアナが言い出して、パーシヴァルが乗っかった。流石に、女性に対し「幾つですか?」と付け足さなかったあたり多少の気遣いは出来ると見える。
遊撃士としての年数なら、マグノリアは彼らのざっと十倍である。が、年齢はせいぜい五つ離れてるかどうか。
「んー、まぁ、ガキの頃から活動してるからなー。新人の頃なんて、パーティーメンバーの娘とか勘違いされたっけ」
事実、そういう面がなくもなかった。特によく面倒を見ていてくれたレナートなんて、名実共にほとんど父親のようなもので、周囲の認識もそんなものだった。
「そんな頃から遊撃士やってたなんて、凄いです。危険なこととかなかったんですか?」
「そりゃあったに決まってるだろ。今までに、マジで死ぬかもって思ったのは数え切れねーよ。実際に死にかけたこともある」
因みに、「マジで死ぬかも」の中にはこないだのオロチの一件もあったりする。
そう言えば、原因不明の高位魔獣出没の件は、あの後どうなったのだろうか。レナートのことだから調査に抜かりはないだろうし、ボルテス子爵も気にしていたからしっかりと対策は練られている…と思いたい。
そう考えたところで、今回は大丈夫だろうか、という思いがチラッとよぎる。
場所も離れているしタレイラ近郊なので心配要らないとは思うが、万が一このメンバーで高位魔獣と遭遇なんてしたら……なんて考えるだけで空恐ろしい。
遊撃士デビュー戦で最も恐れなければならないのが、当初想定していたよりも強敵とぶち当たり準備と覚悟と実力の不足から新人たちがパニックを起こして総崩れになることだ。
落ち着いて対処すればなんとかなる相手でも、統制が取れなくなって混乱するヒヨコたちを抱えながらではそれも難しい。
……が、一応はアテになりそうなのが二人いる。
一人はハルトなのでアテにし過ぎるのは危険だが、シエルならば心配ないと彼女の勘は告げている。
今も、浮かれているというよりは浮足立っていると言った方がいい他の面々とは違い、歩調こそ合わせてはいるが落ち着き払っている。まるで、魔獣討伐なんて慣れっこであるかのように。
「……なんですか、フォールズさん?」
見ていたら気付かれた。
「ん、いや、お前はアテになりそうだなーと思ってな」
「過分な評価、ありがとうございます」
謙遜する台詞も、本心ではない。
彼は、自分の能力を過不足なく正確に把握している。そこには若者にありがちな自尊心から来る驕りは微塵もなく、同時に未熟さ由来の卑屈さもない。
自分の能力を把握する。
言葉にしてしまえば簡単なのだが、実際にはそれが出来ていない者のなんと多いことか。
遊撃士という実力によって等級分けが行われている職業であっても、それが出来ずに分不相応な依頼に手を出し或いは慢心し命を落とす者は後を絶たず、ギルドの悩みの種にもなっている。
こればかりは場数を踏んで実感していくしかないものなので、新人が分を弁えないのはよくある話。寧ろシエルのようなタイプの方が珍しい。
「師匠、師匠、ボクは?ボクも頑張れますよ!」
……特にこの手の能天気なガキ。
ど素人のくせに第一等級とパーティーが組みたいだとか抜かしてるこのお子様は、少しばかりシエルの爪の垢でも煎じて飲ませといた方がいいかもしれない。
「お前は第九だろーが。合格できたからって調子に乗るな」
そりゃ、贔屓目かもしれないがハルトの成長はなかなかのものである…と思う。ついこの間まで完全に素人だったのに関わらず、遊撃士試験に合格してしまったのだから。
この速度で成長を続ければ、高位遊撃士だって夢ではない。
…が、向こう見ずな真似をして命を失えば、それまでだ。
「………………」
「…師匠?どうしたんですか怖い顔して」
命を失う。
死、という現象。或いは状態。
それは本来……本来という言葉を付けるまでもなく、不可逆の事象のはずだ。
あの時のハルトは、確かに死んでいた……心臓を一突きされて。
脈を取ったわけではないが、夥しい量の出血と固く目を閉ざした蒼白の顔を見ればすぐに分かった。
死んだ者は決して甦らない。遥か昔からそれは至上の命題として多くの権力者や学者たちによって研究されてきたが、未だにそれを否定する如何なる手段も…魔導にせよ魔導具にせよ特殊能力にせよ…見出されてはいない。
仮にそれが可能だとすれば、神の御業に他ならないだろう。則ち、決してありえない、ということ。
しかし現に、こうしてハルトは生きている。
そこに何があったのか、何が起こったのか、マグノリアには分からない。
それが彼自身に依るものなのか、外部からの何らかの働きかけに依るものなのか、或いは本当に奇蹟が起こったのか。
ハルト自身は何も覚えていないし、レオニールに訊ねてもはぐらかされてしまった…尤も彼もよく分かってはいなさそうだったが。
教皇ならばもしかして何か知っているのかもしれない、とも思ったが、そうではない可能性を考えると迂闊に話題にすることも出来ず。
結局、考えても無駄なこととして放置するしかないのが、現状である。
…ふと、ハルトの肩の上のネコと目が合った。
こいつももしかしたら、何か知って……いやいや流石にそれはないか。
疑心暗鬼になるあまり突拍子もない考えが頭をよぎり、馬鹿らしくなってマグノリアは首を振った。
今後、重要キャラになる(予定の)シエル君の紹介話なので、大した冒険はないです。あしからず。




