第五十一話 同期の仲間ってなんか特別感あるよね。
マグノリアは、自室…と言っても教皇が手配してくれた宿舎の…で、装備品の点検に精を出していた。
剣に欠けや歪みがないか、防具に綻びはないか、魔導具の補充は完了しているか。
今日一日腰を据えてかかりっきりでしたよーと言わんばかりの集中具合に見えるが、実のところ、今帰ってきたばかりなのである。ちょっとばかり、ソワソワと落ち着かないのである。
それは何故かと言うと。
階段を駆け上がる軽快な足音が聞こえてきた。
足音はパタパタと廊下を進むと、マグノリアの部屋の前で止まり。
ノックもなしに、ドアがいきなり開かれた。
「師匠、師匠!やりました、ボク、合格しましたよ!!」
飛び込んできたのは、満面の笑顔のハルトだった。
「んなことでいちいちはしゃいでるんじゃねーよ」
ぶっきらぼうに返すマグノリアだが、それが気になってソワソワしていたことは内緒である。
「だってだって、これでボクも遊撃士になれました!師匠のおかげですありがとうございます!」
夢に向かって第一歩を踏み出したハルトの喜びようは見ている方も何だか嬉しくなってくる程で、マグノリアは果たして自分のときはどうだったっけ?なんて考えたりもした。
結局、ハルトは遊撃士試験をタレイラで受けることにした。
リエルタよりも大都市であるタレイラの方が試験が頻繁に行われるし、受験者の数も多いので色々と勉強にもなるだろう、と考えてのことだ(考えたのは勿論マグノリアであってハルトではない)。
「ま、おめっとさん。で、試験はどんな感じだった?」
素知らぬ顔で訊ねたりしているが、実はマグノリア、試験の一部始終を見ていたのである。
模擬戦形式の試験は外部の観覧も可能で、彼女はハルトに内緒でこっそりそれを見守っていたのだ。
合否結果が出る前に試験会場を出て、慌てて部屋に戻り何食わぬ顔で…自分は大して興味を持ってませんよ、みたいな顔で…ハルトの帰りを待ち構えていたわけだ。
トーミオ村での一件で、ハルトの意識にも大きな変化があったようだ。
模擬戦には試験用に作られた人工魔獣が用いられていたのだが、一角兎に逃げ惑っていた姿からは想像出来ないほど、きちんとそれに対処していた。
勿論、初心者相手なので非常に低レベルな試験ではあったのだが、それでもハルトが自分の意志で敵に向かい合い、偶然に頼らない鍛錬の結果でそれを打ち倒したときには、思わず喝采してしまいそうになった。
それに、まぁ、身内びいきかもしれないが、未熟な受験生たちの中では、ハルトが一番サマになっていた…と思わなくもない。
「はい、なんかこのくらいの(と腕を広げて)犬みたいな魔獣と戦いました!ちゃんと勝てました!」
うんうん知ってるよ見てたから知ってるよ…とは言えないマグノリアである。
「それで、見事第九等級遊撃士になれました!!」
ギルドで貰った身分証を高く掲げて自慢げに叫ぶハルトは、そこからメルセデスのいる高み…第一等級まで至るのにどれだけの苦難が待ち構えているのか、理解しているのだろうか。
師匠として、先達として、厳しい現実を伝えるのも大切かとも思ったが、しかし今日くらいは浮かれさせてやってもいいかな、と思うマグノリアは、親バカの境地に足を踏み入れているのかもしれない。
はしゃぐハルトを微笑ましく見ていたマグノリアだったが、しかしそんな平和な気持ちは長続きしなかった。
「それで、今日受験した他の人たちと、一緒に依頼を受けることになりました!」
「……………へ?」
意外な行動力を見せたハルトに、マグノリアは唖然。
「え、一緒に受験……依頼?」
「はい!なんか、チュートリアル?とかいうので友達が出来たんです」
ハルトの表情と言葉が、マグノリアには眩しかった。
眩しかったのだが、それに流されてはいけない。
「で、せっかく同期?になったんだから、記念にパーティー組んで一緒に依頼を受けようって話になって」
「ちょちょちょちょちょっと待て。アタシは何も聞いてないぞ?」
「はい、ですから今話してます」
「………………」
教皇からハルトの面倒を見るように、とマグノリアが依頼されていたとき、確かハルトもその場にいたのではなかったか。いや、いた。間違いなく、いた。と言うか、ハルト自身にも懇願された。
同期とパーティーを組むこと自体は、珍しくもなんともない。
だが、駆け出しの新人はまだ未熟であるため、もう少し上の等級のパーティーに交えてもらって経験を積むのが推奨されている。どんな低レベルの依頼でも、不測の事態というものは常に起こり得るからだ。
それなのに、合格したその日に依頼を決めるって。
しかし相手もいることなので、ここでハルトを説教しても仕方ない。
「依頼って、内容は?あと、人数は?」
「ボクを合わせて六人です。ブッシュウルフの討伐ってのにしました」
ブッシュウルフは、それほど危険な魔獣ではない。脅威度は、レベル2。最下級遊撃士でも、人数を揃えて作戦を立てて万全の準備を整えて挑めば、充分に達成可能な依頼だ。
しかし、ブッシュウルフは群れる性質を持っている。もし想定以上の群れだった場合は、危険度は跳ね上がることになる。
「ギルド職員には、止められなかったのか?いくらなんでも、新人だけで魔獣討伐ってのは無謀だぞ」
自己責任が大原則の職業ではあるが、新人が無茶をするのを止めるのもギルドの仕事だったりする。
新人でなくとも、あまりに等級と難易度が乖離している場合は、依頼を受けさせてもらえないこともあるのだ。
「一回止められたんですけど、でも第五等級の人も一緒に行ってくれるから、大丈夫でしょうって」
「…なんだ、引率付きか」
ちょっと安心するマグノリアだが、ちょっと待てアタシというものがありながら他の奴に引率を頼んだのか?と面白くないモヤモヤが湧き上がってきた。
しかし、
「あ、そうじゃなくて…そうそう、凄いんですよ!今回、試験を受けていきなり第五等級に合格しちゃった人がいるんです!」
「あー…あいつか」
「え?」
「ああいやいや、何でもない」
試験風景を見ていたマグノリアには思い当たるフシがあったのだが、それを話すと自分がハルトを心配してこっそり覗き見ていたことがバレてしまうので、慌てて誤魔化す。
そう、確かにいたのだ。一人だけ、異彩を放つ受験生が。
遊撃士試験を受けていきなり飛び級で第五等級。
それ自体は、珍しいことではあるが全くないわけではない。
素行不良で退役になった軍人とか不祥事で追われた国家騎士とかが遊撃士試験を受けるとそういうこともあったりする。
だが、マグノリアが見たその受験生は、ハルトと同年代の少年だった。
明らかに他の受験生とは一線を隔す手並みで、試験官がけしかける魔獣を次々と倒していく様を、マグノリアも見ている。
それだけでも目立っていたのだが、何より気になった点が一つ。
それは、少年が手を抜いていた、ということ。
彼は、自然な風を装って、強すぎず弱すぎず丁度いいところで自分の評価を留めようとしていた。
手を抜いて第五等級であるならば、本来の実力はそれ以上。何故それを隠すのかは知らないが、とても印象に残る少年だった。
「ああ、まぁ、第五等級がいれば大丈夫だろ」
第五等級一人に第九等級五人で編成されるパーティーで受ける依頼が最低ランクならば、充分な安全マージンを取った上で取り掛かることが出来る。
ギルド職員もそれを考慮してOKを出したのだろう。
…新人たちが、一人高レベルの仲間をアテにしているのだとすれば、あまり感心しないが……
「あ、でもシエルは自分たちだけで魔獣討伐は危険なんじゃないかって言ってて」
「シエルって誰だよ?」
「だから、その第五等級に合格した子です」
「…へぇ、なかなか慎重な奴じゃないか」
シエル少年に対するマグノリアの印象は悪くない。
腕が立つだけの子供だなんて普通は厄介なものだが、どうやら彼は慢心することのない冷静な判断力の持ち主のようだ。
試験のときの様子を見ていたマグノリアからすれば少しばかり謙遜が過ぎるんじゃないかとも思うが、それでも「俺に任せておけばヨユーだぜ」てなばかりに油断しまくりで初心者を危険に巻き込むよりかは、よっぽどマシだ。
「そうなんです。けど、師匠も一緒だって話したら、それなら大丈夫かなってことになって、」
「………んん?」
「それで、明日の早朝にギルド前で待ち合わせして」
「ちょっと待て」
なんだかサラリと流された気がするのだが。
「お前、誰が一緒だって?」
「だから、師匠が」
「…………んんん?」
ハルトは、至極当然といった顔をしているのだが。
「……え、もしかしてアタシ?」
「だから、師匠ですってば」
どうやらマグノリアの聞き間違いではなかったようだ。
「……え、なに、アタシがお前らの引率?お前だけじゃなくて初心者のガキ引き連れて?ブッシュウルフの討伐?」
「よろしくお願いします!」
「いやいやいやいや、待ってくれ。なんでそんな話になってんだよ本人の承諾も得ないで」
確かにマグノリアは、教皇からハルトの面倒を見るようにと頼まれている。が、それはハルトが目的を達成するために手助けする、ということであって、そのお友達の保護者まで引き受けたつもりはない。
流石の教皇も、そこまで頼んだつもりはない、だろう。
「…えっと、だから今お話しして…」
「事後承諾だろうがよ!」
頭を抱えた。
別に上位遊撃士が他の未熟なパーティーの指南役として依頼に同行したりすることは珍しくはないけれども、ただでさえ「面倒だからソロでいい」というマグノリアに子供の群れのお守りはキツイ。
「え……ダメなんですか、師匠?」
「………う…」
ほら来たハルトのウルウル攻撃。もうこれは分かっててやってるんじゃないかと思いつつある今日この頃。
「みんな、師匠のこと知ってたみたいで、一緒に来てくれるってとても喜んでたのに……(ウルウル)」
「……………」
「もう依頼も受けちゃったし……(ウルウル)」
「……………」
「ボクも、師匠がいないと不安です……(ウルウル)」
「……………」
マグノリアは、特大の溜息をついた。あてつけのつもりだが、間違いなくハルトは分かっていない。
「……ったく、仕方ねーな。言っておくが、今後は勝手な真似するんじゃねえぞ。ちゃんと先に確認してからだ」
「…はい、分かりました!」
渋々ながらも了承したマグノリアに調子よく返事をするハルトだが、これまたおそらく分かってないだろう。どうせ今後も同じことを繰り返すに決まってる。
しかも、何だかんだ言ってマグノリアは頷いてくれるに違いない、と確信しているフシまで見えて、もしかして自分はハルトに誑かされていいように利用されているだけなんじゃないか、と少しだけ恐ろしくなってしまったマグノリアであった。
サブタイではああ言ってますが自分、同期の人の顔も名前も全然覚えてません。付き合いもないし。知らず知らずのうちに一緒に仕事していて、「何年目ですか?」「え……同期じゃん」ってなったときの気まずさと言ったら……。




