第五十話 旨い話には裏がある。絶対あるからな!絶対だからな!!
「……あの、何か…?」
グリードが自分を見る視線に奇妙な感覚を覚え、ハルトはデザートをつつく手を止めて尋ねた。
「ああ、いや、気にしないでくれ」
先ほどまでのギーヴレイとの遣り取りを頭から追い出し、グリードは紅茶を一口。これから彼がすべきは、まだまだ先の未来を憂えることではなく、目の前に差し迫った問題を解決することだった。
「それで、マギー。君に頼みがあるのだけど」
ハルトからマグノリアに視線を移し、グリードは彼女にそれを任せることにする。
「……私に?」
「ああ。もし君が望むのなら、聖教会から直接の依頼、という形にしてもいい」
それを聞いてマグノリアは、手にしていた紅茶のカップをテーブルに置いた。
どうやらグリードの個人的な頼み事、ではないらしい。
「詳細を聞かせてほしい」
「今後も、ハルト君の面倒を見てもらいたいのだよ」
「………………」
口の中のものを呑み込んだ後だったので、それを吐き出すという不作法はせずに済んだ。
「聖教会の依頼で、ハルトの面倒を見ろ……と?」
「そう。彼は、遊撃士登録した後、あの凶剣メルセデス=ラファティの行方を追いたいそうだ。遊撃士試験はさておき、なかなかにハードな道程だろうからね、信頼出来る人間にサポートしてもらえると安心だ」
「なんで貴方がそこまで………いや、依頼って言うなら、報酬その他の条件は?」
教皇がそこまでハルトに気を配る理由は、聞いても教えてもらえないか有耶無耶に誤魔化されるかだろう。ならば、客観的にその依頼が自分にとって価値あるものかどうか、判断基準はそれだけだ。
条件提示を求めるということは、承諾の余地もある、ということ。
そしてその条件を聞けばマグノリアが否やとは言わないと、グリードは確信していた。
「依頼内容は先にも言ったとおり、ハルト君のサポート全般。甘やかす必要はないけど、最低限その身を守ってやってほしい。それと、君は彼の剣の師でもあるらしいね?」
「あ…まぁ、臨時…的な感じだけど」
「ならば、それも引き続き頼むよ。彼は些か常識に疎いところがあるから、そういった生活一般に関しても面倒をかけるとは思うけど」
些か、という表現には非常に物申したいマグノリアだが、とりあえず頷いて続きを促した。
「期限は……今のところはっきりとはしていないが、ハルト君が本懐を遂げるまで…則ち凶剣とパーティーを組むまで、というところだろう。依頼遂行に支障のない程度で、別の依頼を受けることは制限しない。寧ろ彼を鍛えるという点でそれは推奨する」
何のことはない、それは今までマグノリアがやってきたこととほとんど同じだ。
「報酬は、基本は月給制。月に五十万イェルク。その他、状況に応じて特別手当も出そう。出費があれば、必要経費として認める。ただし、定期報告は怠らないこと」
「……マジかよ」
そのあまりの太っ腹っぷりに、思わずマグノリアは素を出していた。
グリードの提示した条件は、要するに今までと同じことをしながら勝手に月五十万イェルクが懐に入ってくるということだ。さらに、経費まで。
しかも、他に依頼を受けていいのならば、それ以上に稼ぐことも出来るわけだ。
「一応確認しとくけど、その「別の依頼」の内容はアタシに一任してもらえるのか?そっちからの指定があったりはしないか?んで、そっちも経費ってのは認めてもらえるのか?」
どう考えても自分に都合の良すぎる条件に、疑い深くなってしまうのも仕方ない。
「その質問に関しては、全て肯定だ。君は無理なことはしないと信じているし、少なくとも今のところこちらから指定するつもりはない。……無論、君やハルト君の力が必要になった場合は、その限りではないけどね」
「……ちょっとその言い方気になるな」
「まぁまぁ。遊撃士が教会や国家から指名依頼を受けることは珍しくないだろう?」
「……………まぁ、確かに」
上位遊撃士とは言え特殊スキルを有していないマグノリアが、教会や国家レベルの依頼で指名を受けることは普通に考えるとありえない。
もしあるとすれば、余程の重大事が起こり総力戦が必要となった場合だろう。実際、聖戦の際には多くの上位遊撃士たちが荒ぶる神の試練から地上界を守るため、教会の要請に応じて戦場に散っていったと聞く。
そんな事態は想像もしたくないが、仮に現実になってしまったとあらば彼女に拒否権はなさそうだ。
「それと、必要経費というのは、君がこの依頼において「必要だ」と判断することのみが要件だ。私は君の良識を信じているからね」
「……………そりゃ、どうも」
その気になれば好き放題出来る要件だが、そんな言い方をされてしまうと下手な真似は出来ない。
どうやら、ハルトはグリードにまで甘やかされているらしい。しかしそれを自分に対するものだと勘違いすれば、手酷いしっぺ返しを食らうことだろう。
――――困った、断る理由がない。
グリードの依頼内容は、つまるところ「ハルトとパーティーを組め」ということに尽きる。最低限その身を守れと言ったって、パーティーメンバーならばそれは当然のことだ。
それを受けるデメリットを挙げようと思っても、なかなか浮かばない。
強いて言えば、
常にハルトというお荷物を抱えることになる。したがって、高額な高難度の依頼は受けにくくなる。
今までリエルタを拠点に活動してきたが、今後は世界中うろつき回るメルセデスを追って根無し草生活になる。
定期的に、グリードに連絡を取らなくてはならない。
そして、今後もハルトの非常識に振り回されることになる。
…といったところか。
しかし、それも月五十万の固定給+特別手当+必要経費OKという超好条件の前には霞んでしまう。
今はまだお荷物のハルトだが、鍛えればいずれ自分をも超えるに違いない、とマグノリアは確信している。それに、黙っていても入ってくる五十万があれば、無理して危険な依頼を受ける必要などない。
リエルタ市に愛着はあるが、どうしても離れたくない、というほど固執しているわけでもない。
定期報告は…正直面倒だし気が重いが、ビジネスライクに考えれば我慢出来る程度だ。
ハルトに振り回されるのには、いい加減慣れてしまった。
どのみち、永遠にハルトの面倒を見なくてはならない、というわけではないのだ。彼がメルセデスと再会し、パーティーを組めればそれでお役御免……断られたときはグリードに伺いを立てるしかないが、それ以降のことまで押し付けられることはないだろう。
これは、教皇がやたらと気に掛けているハルトと偶然にも知り合った自分に訪れた、またとない好機…ではないのか。
「…ところで、アタシはハルトに二百万ばかし貸しがあるんだけど……」
「おや、そうなのかい?それくらいなら、私が立て替えようか?」
「……………マジかよ」
教皇はどこまでハルトに甘いのか。彼の懐具合からすれば二百万なんて可愛い金額なのかもしれないが、即答だなんてどうかしてる。
もしかしてリュート=サクラーヴァは教皇の隠し子だったりするんじゃないだろうな…とまで思ってしまうマグノリアである。
「……因みに、アタ…私がそれを断った場合は、どうするつもりだ?」
「うーん…実を言うとそれは想定していなかったのだけどね……」
何ということだ、グリードはマグノリアが自分の依頼を受けると勝手に確信していたということか。
「ただ、私は信用出来ない者に彼の身を預けるつもりはない。君が受けてくれないのなら……ハルト君には諦めてご実家に帰ってもらうしかないかな」
「そんな!!」
成り行きを見守っていたハルトが叫んだ。
「ちゃんと言うこと聞くなら魔…実家に帰らなくてもいいって言ってくれたじゃないですかぁ!」
おねだりモードの小犬の眼差しを向けられても、グリードはシレっとしている。流石は場数が違う。
「そうは言ってもねぇ…君の身の安全は最優先事項だし、何処の誰ともつかない者は信用出来ないし……」
「そんなぁ……師匠ぉ………」
ハルトのウルウル攻撃が、標的をマグノリアに変更した。そして、彼女はグリードとは違いそれを遣り過ごすだけの場数を踏んでいない。
「う……まぁ、アタシは別に、やらないって言ってるわけじゃ…ないけど……もう少し考える時間が欲しいって言うか…」
「ししょお……(ウルウル)」
「その、流石に即決ってのは…」
「……………(ウルウル)」
「その、それなりに長丁場になりそうな依頼だし、色々と考えることも……」
「………………(グスッ)」
多分、グリードはこの流れを想定していたに違いない。
「あーーー、分かった。受ければいいんだろ、受ければ」
どうせ考えたとしても、同じ結論を出したことだろう。ただ、あまりの好条件に尻尾を振って飛びつくのは自分のちっぽけな自尊心が許さなかっただけなのだ。
「ありがとうございます師匠!!」
「ん……いや、まぁ、依頼として受けるわけだし、礼を言われる筋合いはないけどさ……」
「それでもありがとうございます、師匠!!」
「良かったねハルト君。あまり彼女に迷惑をかけないようにするんだよ」
尻尾を振っているハルトと満足げな教皇とまんざらでもなさそうなマグノリアを見て、ずーーーーっと部外者の顔をして食事に専念していたアデリーンだったが、
「…結局、マギーが一番ハルトに甘いんじゃん」
本人には聞こえないようにポツリと呟き、
「んなにゃーお」
訳知り顔のネコはそれを聞き止めて同意とばかりに一声鳴いた。




