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第五話 世の中には一定数のお人好しが存在する。




 マグノリア=フォールズは、遊撃士である。

 遊撃士とは、他者から荒事を主とする依頼を受け、それを達成することで報酬を得る自由業だ。魔獣退治から要人警護、集団抗争の助っ人、有事には傭兵まがいのことなど、仕事内容は多岐に渡る。俗に、荒事専門の請負業と呼ばれ、生半可な覚悟と腕前でその道に入ろうものなら、手痛いしっぺ返し…怪我をするというレベルではない…の一つや二つは間違いなく貰ってしまうような、厳しい業界だ。


 マグノリアは未だ二十代半ばだが、平均的な遊撃士よりもかなり若い…寧ろ幼い…頃から活動してきた実績は既に十年を超え、若くして立派なベテランの仲間入りを果たしている。

 腕前もさることながら、経験からくる知識と慎重さ、抜け目のなさで安定した依頼達成率を誇っており、お得意さんも少なくない。

 今も、指名を受けた依頼のために魔導具の補充をしようと道具屋へ立ち寄ったわけで、それほど暇があるわけではないのだが…。



 「まずは、自己紹介からだな。アタシはマグノリア=フォールズ。ここいらを拠点に、遊撃士をやってる」

 目抜き通り沿いのカフェ、開放的なテラス席でマグノリアは名乗った。

 

 彼女の目の前に座るのは、純朴そうな少年。世の中の荒波に揉まれまくったマグノリアとは違い、そういった労苦とは全く無縁そうな、良く言えば純粋な、悪く言えば世間知らずな面構えをしている。


 そう、マグノリアは、暇ではない。暇ではないのだが、そこまで忙しいわけでもない。次の依頼と言っても急を要するわけではなく、少しくらいのんびりする時間はあったりする。

 あったりするわけだから、どうも放っておけなかったのだ。



 少年が魔導具屋に入って来た瞬間から、マグノリアはカモにされそうな客が来た…と感じた。

 あそこの店主は、そこまで悪人というわけではないが、小狡い一面を持っている。特に、自分の顧客になる見込みのなさそうな相手に対しては、容赦なく()()()にかかるタイプだ。

 

 「ボク、ハルトっていいます。よろしくお願いします」

 ぴょこんと頭を下げて自己紹介する少年は、どう見てもカモだった。純粋で純朴で世間知らずなオーラを放ちまくり、店主がダメ元で提示した破格の捨て値で、稀少な魔晶石を手放そうとするあたり、完全にカモだった。しかも、自分がどれだけ勿体ないことをしようとしているのか、まるで分かっていなかった。


 なお、先ほどの魔晶石は既に売却済みである。しかし、小さな店にいきなり100万イェルクもの大金は置いていないということで、店主は信用払いを願い出た。

 少年はそれすらもよく分かっていないようだったが、分からないくせに深く考えず了承していた。マグノリアの勧めで証文に署名していなければ、ここでも無知をいいことに踏み倒されていた可能性が高かった。

 

 「で、さっきの話だけどな。お前、魔晶石って言葉、聞いたことないのか?」

 「はい、ありません」


 考えるまでもなく素直に答えたハルトに、マグノリアは驚きはしなかった。と言うか、どうせそんなところだろうと思っていた。


 「魔晶石…お前がさっき店に持ち込んだあの石は、魔獣の魔力・生命力の結晶だ。魔力の塊だから、単体で魔導具アイテムとして使うこともできるし、装備に組み込んだりしてもいい。で、魔晶石の特徴として」


 説明しながらマグノリアは、のほほんとした雰囲気のハルトを見てますます首を捻る。

 どうしても、合点のいかないことがあるのだ。


 「石の色と硬度は、魔獣のレベルによる。魔獣が強ければ強いほど、色は濃くなるし硬度も高くなる。で、魔獣の状態によって純度…透明度が変わってくるんだよ」


 ハルトの持ってきた魔晶石は、深い紫暗をしていた。マグノリアでも、あれほど濃い色彩を見たことは数えるくらいしかない。店主は、硬度も最高レベルだと言っていた。そして何よりも、


 「仕留めるのに手こずって魔獣を消耗させたりすると、石は濁っちまう。そうすると、せっかく強力な魔獣を倒しても、石の価値が下がっちまうのさ」


 あの、深い色彩ながらも透き通った輝き。一見しただけでも、濁りや不純物は見当たらなかった。それは則ち、魔獣を消耗させることなく一撃か二撃で仕留めた、ということ。


 目の前の、荒事とは無縁そうな気の抜けた少年が、高位魔獣を斃したというだけでも驚きだというのに、さらに一撃だなんて、彼女の遊撃士経験から考えてもまず信じられない。


 「だからお姉さん、さっきボクが一撃であいつをやっつけたってこと、分かったんですね!」


 感心しきりの表情を見ても、やっぱり信じられない。

 

 しかし、ハルトが嘘を言ったり見栄を張ったりしているとも思えなかった。不必要に自分の力を誇示したがる一部の遊撃士は自分の業績を誇張したり詐称したりすることもあるが(すぐにそれは露呈するが)、彼にそんな必要があるとも思えない。そんな見栄を張るほど、世間慣れしているようには見えない。


 結果、たまたま遭遇した魔獣にたまたま食らわせた一撃が致命傷だったというビギナーズラックの極みのような現象が起こったと判断するしかないのだが、しかしビギナーズラックで勝てるほど高位魔獣は甘い相手ではない。

 仮にハルトの倒したのが、マグノリアの考えるレベルの魔獣で合っているとしたら、同程度の魔獣に何人もの上位遊撃士が敗北し命を落としているのだ。


 「一応聞くけど、仲間がいた…とかいう話じゃないよな?」

 胡散臭さに翻弄されるマグノリアが問うと、ハルトは笑顔で

 「え?いましたよ」

 とか宣った。


 「いたのかよ!?で、そいつはどこに…」

 「ここにいますけど」

 「……………………」


 ハルトが指したのは、テーブルの上でミルクを堪能していた、小さな黒猫。

 

 「……いや、ペットじゃなくてだな、パーティーメンバー…共同で戦う仲間ってやつは?」

 「ネコは、一緒に戦ってくれましたよ?ボクが危ないときに、化け物…魔獣っていうんでしたっけ?…の顔に飛びついて、隙を作ってくれたんです!」

 「んなーー」


 まるで言葉が分かっているかのように、得意げに合いの手を入れる黒猫だが、こんな小さな動物がいくら主人が危険だからって魔獣に飛び掛かるものだろうか…犬ならまだしも。

 いや、よしんば忠犬ならぬ忠猫が存在していたとして、そしてこの子猫がそうだったとして、そんな隙を作ったくらいで高位魔獣を斃せるのならば、猫だの犬だのを引きつれた遊撃士がそこいらをうろついていたっていいはず。


 「……………まぁ、いいか。そんなことより」

 マグノリアは、突然ハルトの顔に手を伸ばした。

 「?」

 警戒すらしないハルトの顎をつい、と指で持ち上げ、まじまじと観察。

 

 「……あの?マグノリアさん??」

 間近に迫ったマグノリアの視線にきょとんとしているハルトだが、マグノリアはそれで一つ確信した。


 「悪かったな、急に。ちょっと確認したいことがあってよ」

 ハルトから手を離すと、マグノリアは何気ない素振りでお茶のカップを手にした。

 そして、周囲にさりげなく注意を払う。


 カフェテラスに入ったときから、否、魔導具屋を出たときから、何者かの視線を感じていた。

 マグノリアは界隈ではそれなりに名の通った遊撃士なので、最初はそんな自分を遠巻きに見ている駆け出しかとも思ったが、それにしては僅かに漂ってくる気配がやけに鋭かった。

 もしかしたら、ハルトに尾行でもついているのでは…と考えたマグノリアが、おもむろにハルトに手を伸ばした瞬間、その気配は本当に一瞬だったが、殺気と呼べるレベルまで高まった。

 それが向けられているのは、ハルトではなく自分。もし、マグノリアがハルトの首を締め上げたり刃物を取り出したりなんかしたら、殺気の持ち主が躊躇なく自分を排除にかかるだろうことは、想像に難くなかった。


 殺気一つで相手の力量を測ることは容易ではない。しかし、何故だかそいつとは絶対にやりあいたくない、とマグノリアは本能的に感じた。


 「…なるほど、ね。剣呑なお目付け役がついてるってわけだ」

 「……なんですか?」

 「いや、なんでもない」


 ハルトは気付いていなさそうだ。世間知らずな様子といい、上品さを隠さない振舞いといい、おそらくどこぞのボンボンなのだろう。大抵のお年頃の少年たちと同様に、広い世界を見てみたいだとか自分を探したいだとか自分の居場所を探したいだとか、そんな理由で家を飛び出しでもしたといったところか。


 お目付け役は、マグノリアに気配を悟られてしまうあたりやや抜けていると言えなくもないが、それでもこうしてハルトを付かず離れずで見守っている(見張っている?)のならば心配は要らない。

 マグノリアは、自分のお節介はここまでだと判断した。


 「時間を取っちまって悪かったな。とりあえず、世の中には平気で人を騙すような連中がごまんといるんだから、少しは勉強しろよ」

 「はい、分かりました!…………何ですか?」

 ハルトが聞いたのは、マグノリアが彼の目の前に手を差し出したからだ。握手…にしては向きがおかしい。


 「何ですか、じゃない。授業料。色々教えてやったろ?一万にまけといてやるよ」

 「あ、はい。ありがとうございました!」

 「……………おい!」


 疑いもなく、先ほど店主から受け取った麻袋を取り出し、中をごそごそやるハルト。マグノリアは、先が思いやられると溜息をついた。

 

 「えっと………一万イェルクって、どれですか?」

 「…………………」


 こいつ大丈夫か?という顔になったマグノリアだったが、ハルトは自分が貨幣価値も貨幣の種類を知らないことも、非常識だとは思っていない。


 「……この、小金貨が一万イェルク。で、大金貨が十万イェルク。銀貨が千イェルクで、こっちの小さくて四角いのが小銭。ここにはない種類もあるから…」

 

 前金として店主がハルトに支払ったのは30万イェルクなのだが(そしてマグノリアの勧めで一部両替をしてもらったのだが)、この分だとあっと言う間に底をついてしまうに違いない。


 「分かりました。それじゃ、一万イェルクってこの金貨一枚ですね」

 「だーかーらぁ!疑いもなく支払ってるんじゃねーよ!」

 「え?ええ?」


 言われたとおり授業料を支払おうとしたハルトは、マグノリアに叱られて吃驚。何がいけないのか、と首を傾げている。


 「……あのな、おかしいだろ。こんな一般常識…ちょっと調べりゃ誰でも分かるようなことに一万も払うって。少しは疑うことを覚えろ」

 「………?分かり…ました……?」


 分かったと言うハルトだが、おそらく分かっていない。マグノリアが手を引っ込めたので自分も麻袋をしまったが、そうでなければそのままこの程度の話の対価として小金貨一枚を差し出していただろう。


 

 こんな物を知らない少年を放置するのは自分のなけなしの良心が痛まなくもないが(目付け役が付いているとはいっても遠くで見守るだけではこういった詐欺まがいに対応できない)、マグノリアはこれ以上は深入りしないことに決めた。

 ハルトがどこで誰に騙されて痛い目を見たとしても、それは自分には関係ない。それに、世間知らずのおぼっちゃんは少しばかり荒療治で世間の厳しさを知った方がいい。


 マグノリアは、話はここまで、と立ち上がった。

 「それじゃあな。変な奴につかまるんじゃねーぞ。そこの猫、お前の御主人さまはだいぶ抜けてるから、フォローしてやれ」

 「んなーーーー」


 やっぱり言葉が分かっているのかもしれない、猫は心得た、とばかりに高らかに鳴いた。

 そんな偶然が微笑ましくて思わず頬を緩めたマグノリアに、


 「お姉さん、笑顔がとても綺麗ですね」


 ハルトが、いきなりそんなことを言い出した。


 「は!?お、お前、急に変なこと言うなよ…」


 長らく遊撃士として荒くれものたちの中で生きてきて、初めて言われた言葉である。

 彼女は、自分でもごくごく平均的な容姿の持ち主だと思っている。それなりにお洒落をすればそれなりに見えることもある…かもしれない、と。

 しかし、彼女の仕事は剣を振り回し戦場を駆け回ること。容姿の優劣は何の意味も価値も持たず、周囲に舐められないようにと殊更粗野に振舞ってきた結果、彼女から女らしさという要素は完全に取り払われてしまった。

 もちろん、女らしかったりお洒落心を忘れない女性の遊撃士もいなくはないのだが、少なくともマグノリアはそういったことを必要としないし、必要だと思ったこともない。

 ないのだが…褒められるとまんざらでもないのが、女性というものである。


 「え、変なことなんて言ってませんよ?」

 「い、いいから!とにかくアタシはもう行く。もう変なのに騙されるんじゃねーぞ!」


 照れ隠しに乱暴に言い放ち、赤くなった顔を見られないように素早く身を翻すと、マグノリアは呼び止められる前に歩き出した。

 ハルトの言葉は彼女が必要としたことのないものだったが、彼が本気で言っていると分かっていたせいか、嫌な気分ではなかった。





 

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