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第四十九話 探り合い




 ルーディア聖教会タレイラ教区、大聖堂の地下には、秘密の地下室がある。

 創世神像の祀られている祭壇の奥にある入り口を知っているのも、そこに入るための鍵を持っているのも、教皇グリード=ハイデマンだけである。

 実は聖都ロゼ・マリスにある総本山、ルシア・デ・アルシェにも同じような空間が存在するのだが、こちらも同じく、教皇しか入ることが出来ない・許されていない・存在すら知らされない、秘匿された空間。

 枢機卿も大司教も、誰もそれの存在を知らない。


 地下通路を抜けた先にあるのは、とても小さな部屋。

 飾り気のない殺風景な中に、ただ一つだけ大きな姿見が掛けられている。


 しかし不思議なことに、姿見に映るのはその前に立つグリードの姿ではなかった。

 グリード=ハイデマンは、白髪に銀の眼をした冷たい風貌の男と鏡越しに向かい合っていた。



 「それは、容認出来ない」


 グリードの提案を、男は即座に却下した。


 「殿下の御身は、魔界にとって最重要かつ最優先である。即刻引き渡されたし」


 男…魔界の宰相ギーヴレイ=メルディオスの口調は、承諾以外を認めないと語っていた。

 しかし、グリードはすぐには応じなかった。


 「そのことに関しては、こちらもよく理解申し上げているつもりです。王太子殿下が魔界に…いや、この世界にとって無二の存在であることも、貴殿らのお気持ちも。しかし、貴殿らの殿下に対する振舞いには、些か疑問を抱かずにはいられない」


 ギーヴレイの眼が、スッと細められた。

 

 「それは我らの問題だ。貴殿が口を挟むことではない」

 「私はそうは思っていない」


 鏡の向こうから押し寄せる威圧に怯むことなく、グリードは続けた。


 「殿下が…否、魔王陛下が我ら地上界と深く縁を結んでいることは、貴殿らとて否定しないでしょう。であるならば、我らもその動向に無関心でいることは出来ないのです」

 「…………………」


 ギーヴレイは、何かを考えているようだった。おそらく、相手にどこまで勘づかれているのか、と思案しているのだろうとグリードは思った。

 彼ならばそこまで先を予想するだろうし、彼ならば自分グリードもまたそうだろうと考えるはず。


 なのでグリードは、一つカマをかけてみることにした。



 「一つお伺いしたい。()()は、魔王陛下の指示なされたことか?」

 「…………………否。しかし、魔界、そして世界のために、陛下も同じ判断を下されると確信している」


 淀みのない口調。揺らぎのない眼差し。

 グリードは、ギーヴレイが知る魔王と自分が知る魔王が全て一致しているわけではないと、改めて思った。 

 しかし、今それを言っても詮ないことである。彼がそれを認めることは、少なくともグリードの言葉によってでは、決してありえない。


 だからグリードは、攻める方向を変えた。



 「ならばこそ、今はハルト殿下に猶予を与えるべきでは?」

 「……………」


 ギーヴレイの表情が、僅かに軋んだ。


 「貴殿らも、殿下を憎からず思っておられるのでしょう?決して、傷つけたいわけでも、苦しめたいわけでもないはずだ。殿下のご様子を見ていれば、あの方がどれだけ愛されているのかはすぐに分かります」

 「……………」

 「ハルト殿下は今、己の在り方について模索しておられる。今まで殿下からそういった話を聞かれたことはありませんか?」

 

 ギーヴレイは、返事をしなかった。否、しなかったのではなく、出来なかったのだとグリードは察する。


 「殿下の望みは、とても些細なものです。大切な相手と共にありたい、その為に強くなりたい……彼の立場からすれば、とても些細で、他愛のない望み。今後彼を待ち受ける運命の過酷さを思えば、せめてその望みを叶える機会を、彼が彼だけのために存在する時間を、与えてやりたいと思うのはいけないことですか?」

 「貴殿にしては、随分と感情的な台詞だな」

 

 グリードの口上に対し、揶揄するようなギーヴレイ。だが、冷徹なまでに合理的な彼も、魔王に関わることに対してのみは他人グリードのことを言えなかったりする。

 

 何でもかんでも理詰めで進めるのが最善とは限らない。相手と状況によっては、情に訴える方が効果的なこともあると、グリードは知っていた。

 それが、ギーヴレイのような男が相手であればなおさら。


 「私とて人の子です。恩義ある方の子息に情を向けることもありますよ。大切な相手の縁者ならば、大切にしてやりたい。貴殿も同じでしょう?だからこそ、貴殿らは殿下を敬愛しておられるのだ」

 「………………それについては、否定しない。だが、殿下の御身は何よりも優先されなければならない。我らの目が届かぬところで万が一のことがあれば…」

 「それに関しましては、我らルーディア聖教会が責任を持って対処いたします」


 ギーヴレイの懸念に、グリードは即答した。

 

 「殿下の行動は全て聖教会が支援し、またそちらに逐一報告致しましょう。御身に危険が及ばぬよう、最大限に留意致します…と言っても、殿下を害することが出来るものなど地上界には存在しないでしょうが」

 「…………………」

 

 そんな口約束では信用出来ない、とギーヴレイは考えているに違いない。

 いくら守ると言っても、安全な場所に閉じ込めておくのでもない限り、保証することは不可能。それが分かっているから、グリードも「留意」という曖昧な言葉しか使えないのだ。

 だが、一般的な「万が一のこと」と彼らの考えるハルトの「万が一のこと」との間には程度に相当の差があることは確かで、だからこそグリードは無理な断言をしなくても済む。


 

 ギーヴレイがその無表情の仮面の下で、偉大なる魔王への崇敬と、無垢な王太子への情愛との間で揺れ動いていることを、グリードは確信した。

 後は、背中を押してやればそれで終わりだ。



 「メルディオス殿。貴殿はいつかハルト殿下がご自身の運命さだめを受け容れることになったそのときに、ただ一つの救いさえ許さないおつもりか?」

 「……………貴殿の言いたいことは、よく分かった」


 ギーヴレイは、一瞬だけ顔を顰めて、すぐに無表情に戻った。彼の中でも、何らかの結論が出たのだろう。


 「殿下をお迎え申し上げるのは、今しばらく待つことにしよう。ただし…」


 決してお前の口車に乗せられたわけではないと言いたげに、グリードを睨み付ける。


 「先に述べたように、殿下からは片時も目を離すな。報告を怠ることも許さぬ。貴殿の言葉に偽りあらば、魔界は地上界を敵と認識することとなるだろう」

 「承知しております。此度の決定、殿下にお話ししても?」

 「………決定されたことに関しては、構わん。殿下には、くれぐれもご自愛いただくように、と」


 ギーヴレイのその言葉が、魔王や魔界のためではなくハルト自身に向けられたものであってほしいと、グリードは思った。


 「承知しました。殿下もきっと、お喜びになることでしょう」

 「………ああ、そうであることを私も望む」



 魔界と地上界のトップによる極秘会談は、これで終わった。

 遠隔通信を切ろうとしたグリードだったが、


 「一つ、聞きたい」


 ギーヴレイの言葉に、魔導珠に伸ばした手を止めた。


 「貴殿は何故、ハルト殿下に肩入れする?殿下の望みを聞き入れたとして、地上界には何の利もないことだろう?」


 実権を持たないお飾りの君主と、魔界の総意。

 そのどちらを取るのが地上界の為になるのか、分からないグリードではない。


 しかし、


 「その答えは簡単ですよ」


 グリードは、目先の利害を考えているのではなかった。


 「私が最も敵に回したくないのは、リュート=サクラーヴァという男ですからね」

 「……………?」



 しかし、魔王ヴェルギリウス=イーディアだけを崇めるギーヴレイには、グリードの思惑は分からないままだった。





 





 


 

グリードとギーヴレイの組み合わせ、結構お気に入りです。いえいえギー×グリとかグリ×ギーとかそういう意味ではなくって。

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