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第四十六話 決意の理由



 

 マグノリアとアデリーンが退出し、一人残されてしまったハルトは落ち着かなくもぞもぞとするばかりだった。


 目の前の老人は、一体何を知っていて何を知らないのか。それが分からない以上、下手に動けない。

 

 

 「さて、色々と話さなければならないのだけど、その前に」


 教皇は、秘書の青年(まだネコを抱っこしたまま)の方をちらっと見た。

 青年は、教皇に頷き返すとハルトの目の前に進み出る。


 そして、躊躇いなくその場に跪いた。



 「え?あ、あの……?」

 「お初にお目に掛かります。我が名はルガイア=マウレ。偉大なる魔王陛下に永遠の忠誠を捧げし者にございます」


 青年の自己紹介に、ハルトは固まった。


 「え?え?……魔族?って……マウレ…?マウレって確か……」

 「はい。王太子殿下にお仕え申し上げるエルネスト=マウレは私の弟にございます」

 「……そう言えば、エルにはお兄さんがいるって聞いたことあったけど………なんで地上界こんなところに?」


 魔族であり魔王の臣下である彼…ルガイアが、何故地上界に、しかもルーディア聖教の教皇の傍にいるのか。しれっと秘書みたいな顔をして。


 …そう言えば、確かに秘書とか付き人的な感じに立ってたけど、教皇に対する畏敬とかそういうのは見られなかった。教皇が自らお茶を淹れるのを黙って見ている従者なんて、おかしな話だと思ったら…



 グリードが、説明をしてくれた。

 「彼は先の聖戦時から、魔王の命を受け地上界と魔界の連絡役として私のところに派遣されていたのだよ。今もそのまま、連絡役…と言うか魔界の地上界への牽制として、ここに居座られてしまってね」


 いやぁ参ったよねははは…と笑うグリードだが、その言い分だと彼はそれを望んでいなかったように聞こえた。

 しかしそれにしては、そんなに困った顔をしていない。呑気と言うか、気安いと言うか、牽制役と称するルガイアを警戒したり恐れたりは、していなさそう。



 「ええと……牽制…って?」


 まるで、魔界と地上界は仲が悪いみたいだ。確か両時空界では相互不可侵の協定が結ばれていたのだったのでは……



 「うん、とても言いにくいことなんだけどね」

 と言いつつ、あっけらかんとしているグリード。


 「聖戦の後、地上界の復興はとても大変だったんだ。それはもう、無茶苦茶に大変だった」

 「はあ……?」


 ハルトが受けてきた教育は、ほとんどが魔界関連だけである。聖戦後に地上界の様子がどうだったかなんて教わっていないが、しかしグリードの言うとおり非常に困難な局面だったのだろうと想像くらいは出来た。


 「で、滅茶苦茶に混乱した地上界を纏めるために、少しばかり真実を脚色…というか捻じ曲げてしまってね」

 「……へ?」

 「それが魔族たちにとっては少しばかり面白くなかったみたいでさ」


 確かに、ルガイアの表情を見れば面白くなさそうだった。


 「まぁ、メルディオス殿は話の分からない御仁ではないから、必要性とかきちんと説明したら渋々ながらも容認して下さって、ただその代わり、これ以上勝手なことをしないようにと()を私に貼り付けておくことにした、というわけだ」

 「そう……なんですか……」


 ハルトとしては、捻じ曲げられた真実とやらに然程の関心はない。

 今まで特に不都合を感じたことがないので、多分自分にとっては大した意味を持っていないだろうと思っている。


 彼が気になっているのは、ただ一つ。



 「あの、それで……ボクのこと、ギーヴレイに報告するつもり…なんですか?」


 上目遣いで恐る恐る訊ねるハルトに、グリードは申し訳なさそうに頭を掻いた。


 「そうだね、そうせざるを得ない。彼に直接頼まれてしまったし、流石に無視するわけにはいかないよ」

 「………………」


 予想はしていたが、かなり厳しい展開だ。


 「仮に君が一介の魔族でしかないのであれば、どうとでも出来たさ。が、魔界の王太子…次期魔王ともなれば、そうもいかない。選択を誤れば魔界との協定そのものがご破算になってしまう恐れもあるからね。何より…」


 グリードは一旦言葉を切って、甘やかされオーラを惜しみなく放つハルトを見遣って、


 「メルディオス殿はかなり本気のようだったから、無視なんてしたら私は殺されてしまうよ」


 あははそれは困るよねぇ、と笑うグリード。困っているようには見えないが、しかしギーヴレイの行き過ぎた忠誠を身をもって知っているハルトは、多分冗談ではないんだろうな、と思った。



 「……しかし、まぁ、それは私の立場なわけだが」


 ふっとグリードの表情が一変した。

 穏やかだが、強く厳しい眼差し。ハルトは今までそんな目を向けられた経験がなかったので、思わず息を呑む。



 「君は、どうしたい?」

 「ボクは…………まだ、帰りたくありません」


 簡単な問いだった。ゆえに、答えも簡単だった。

 簡単でないのは、その後の話。



 「そうか。それは何故だい?何故君は地上界に来て、何故帰りたくないと思う?魔界は君にとっての実家で、そこにいれば何不自由なく過ごせるし何だって手に入る。何も怖れることはない。それなのに何故、身一つで地上界に留まりたいと望むのかな?」


 心の奥まで見透かすような視線だった。

 ハルトは、目の前の老人には嘘や誤魔化しなど通用しない、と本能的に悟った。




 ハルトを問い詰めながら、実のところグリードには大体のことが分かっていた。


 

 ハルト=サクラーヴァ=ヴェルギリウス二世。

 魔王の後継である彼は、創世神と魔王亡き今、世界で唯一の神属でもある。

 それが意味するところは、おそらくグリードが考えているより遥かに重い。


 仮にこの先、世界の理が乱れたり崩れたりするようなことがあれば、ハルトはそれに一人で対処しなくてはならない。対処出来るのは、ハルトしかいない。

 永い時間を生きた経験豊富な魔王ちちや創世神がいない以上、彼は誰にも頼らず自分だけの力で世界それを守らなければならないのだ。

 彼を導くことが出来る者も、手を貸すことが出来る者も、存在しない。

 この先何千年、何万年、否それよりもっと長い永劫の時間を、彼は独りで戦い抜かなくてはならないだろう。

 仲間も、友も、臣下も、彼が背負った運命さだめの前では無価値に等しい。

 寄る辺なき戦いは、どれほど過酷なものだろうか。

  

 だからこそ、守られ猶予を与えられているうちに自分の足で立つことを望んだハルトの選択は間違っていないと、グリードは思う。

 それが理屈か本能かは分からない。けれども、今のうちに恐怖の感情を知りそれを飼いならす術を覚えなくては、戦い抜くことなど出来ない。

 

 自分の弱さを知り、強さを知り、さらに前へ。

 グリードの知る魔王も、魔王でありながら己の不完全さを受け止め赦すことで、世界を守り抜く力を得たのだ。



 問われたハルトは、真っ直ぐにグリードを見据えた。

 揺るぎない、迷いのない、彼の心の内を映し出す鏡のような、眼差しで。


 「ボクは……」


 その口から紡がれるは、魔王としての決意、神属としての覚悟、



 「好きな人が、いるんです!」


 ……なんかではなかった。



 「………え?」


 魔界を、世界を導き守っていくために強くなりたい…的な返事を予想していたグリードは、呆けた声を漏らしてしまった。


 ハルトはそんなグリードの様子には構わず、大真面目な顔で自分の決意と覚悟を語る。



 「その人は…あ、メルセデスっていうんですけど、彼女はすっごく素敵な女性で!」

 「………………」

 「綺麗で強くて凛々しくてでもどこか儚げな感じもあって、で、ボクの運命の人なんですけど!」

 「………………」

 「彼女とずっと一緒にいるには、強くならなきゃいけないんですよ!だからボクは一流の遊撃士になって、彼女とパーティーを組んで、彼女と結ばれるんです!そのためには今はまだ、魔界に帰るわけにはいかないんです!」

 「………………」

 「だって、帰ったらきっとまたみんなボクのこと甘やかして、強くなろうと思ったってそんなこと認めてくれなくて、それに二度と地上界に行かせてくれないだろうし、だから今はまだ帰りません!」


 怒涛の如く語り続けるハルトに、グリードは口を挟むことが出来ないでいる。

 グリードが口を挟まないので、ハルトはどんどんヒートアップしていく。



 「だって分かりますか?運命なんですよ運命の相手!分かりますよね分かってもらえますよね?これを逃したらもう二度と会えないかもしれないんですよ、逃すわけにはいかないじゃないですか!それにボクが彼女に運命を感じたのと同じように、彼女もボクに運命を感じてくれたはずなんです。だからボクのことを待っててくれてるんです。いつかボクが彼女に追いついて、彼女と並び立つことが出来るようになるまで待っててくれて、そして二人で同じ道を歩んでくれるんです!!」

 「…待った、ちょっと待ってくれ、ハルト君」


 留まることを知らないハルトの暴走の真っ最中で、グリードはようやくフリーズ状態から回復した。

 彼の暴走っぷりには、やけに既視感がある。



 「その……聞くのを忘れていたのだが、その、君のお母上のことで」

 「…母?母は元気でやってますけど…」

 「その、お母上は一体どんな方なのかと………いや!やめておこう、忘れてくれ」

 「???」


 ハルトの母親について、グリードは情報を持っていない。ギーヴレイは一切言及することがなかったし、女性に対しては非常にオープンな性分をしていた魔王リュートであるならば何処の誰に子を孕ませても不思議ではないと思ったので、グリード自身も今まで気にすることはなかった。


 …のだが、このことについては深追いしないことをグリードは決めた。

 聖戦の後、忽然と姿を消した暴走超特急姫巫女のことについて、教皇として一信徒として、触れないでおくのが色々と…本当に色々と身の為だと思った。



経験豊富な魔王ちち…とか書いてて、あーそうだよね色々と豊富だよね色々と。とか思いました。

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