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第四十四話 象徴



 タレイラへは、道中何事もなく到着した。

 入都審査を終え、街の中へ。馬車は外環道路以外に乗り入れが禁止されているので、ここからは徒歩で教皇庁の支所へ向かう。

 なお、馬車の使用禁止という規則は、都市の中でもかなり厳しいものである。だが、神の代理人である教皇(という名目)が直接治める都市ということもあり、ここでは例え王族であっても徒歩移動を強いられるのだ。

 

 神の前には、身分の差など存在しない。


 それは一見、命の平等さを謳っている教義のようだが、実際には、神という超常の存在から見れば人間の貴賤の差なんてクソほどの意味も価値も持ってない、という意味である。


 その教義を律儀に守っているこの都市は、それゆえに第二の聖都と呼ばれることもある。



 黒幕たる長老たちは、都市に入ってからすぐに、既に連絡を受けていた聖教騎士団が連行していった。彼らがどういう処遇を受けるかについては知らされることはなかったし、知ろうとすることも許されていなかった。



 「ほへー、ここがタレイラですかぁ。すっごく賑やかですねー」


 ハルトは、おのぼりさんよろしくキョロキョロと落ち着きがない。

 彼の住まう魔王城のある魔都イルディスだって負けず劣らず栄えている都市なのだが、王城から一歩も外に出たことのなかった箱入り王子はそれすらも知らない。



 「おいこら、あんまりウロチョロするなって言ったろ。はぐれるだろーが」


 言い聞かせていたにも関わらず、そして予想していたとおり、ハルトは落ち着きなくあっち行ったりこっち来たり。次々と興味の対象が移り変わるようで、放っておくと迷子になることは間違いなさそうだ。


 仕方なくマグノリアは、ハルトの手をがっちりと握る。いやいや他意なんてない。



 「……相変わらず過保護ね」


 冷ややかにアデリーンに言われるが、やっぱり他意なんてない。



 教皇庁支所…大聖堂が近付くにつれ、子爵の顔色はどんどん重く濁っていった。それは精神から来るものなのだが、身体にまで影響を及ぼしているように見えた。



 「なぁ、子爵。大丈夫か?あんま気負い過ぎるなって」

 「……ありがとう、マグノリア嬢。いや、大丈夫だ。少し緊張しているだけでね」


 気遣うマグノリアに(いつの間にか気遣い屋さんが板についてきた)、精一杯の強がりで笑みを作る子爵だが、それがかえって痛々しい。



 「アタシも出来るだけ口添えするからさ。多分、聴取は長くかかるだろうから、今からそんなじゃ身が持たないぜ?」

 

 今回、子爵は騒動を防ごうとした側ではあるが、事件をやらかしてくれた連中の管理をする責任者でもある。

 責任者とは、責任を負うものである。領主は、その権力と引き換えに領地内の全責任を負う。

 それはほとんど形骸化した時代遅れの貴族の矜持だったが、しかしボルテス子爵はまだその時代遅れの考えを守ろうとする貴族だった。

 彼には、領民が勝手にやったことだから僕は知りませーん、などと無様な弁明をするつもりはなかった。

 寧ろ、最高責任者の自分が全責任を引き受ければ、せめて無関係の領民たちは不問にしてもらえるのではないか…と悲壮な決意を胸に秘めている。

 だが彼も人の子なので、怖いものは怖い。自分が責を追うことを覚悟しているがゆえの恐怖が、彼を苛んでいた。

 


 子爵の心の準備が出来ていてもいなくても、脚を動かし続ければ目的地には到着してしまう。

 マグノリアがいい慰めを思い付く前に、彼女らは大聖堂の前にいた。



 「神のご加護があらんことを。参拝者の方ですか?」


 大聖堂に入ってすぐ、一人の神官が尋ねてきた。タレイラには観光客も多く、マグノリアたちのような旅人然とした参拝者は珍しくない。


 「アタシは、マグノリア=フォールズと言います。ミレニオ正司教へ取り次ぎ願えますか?」

 「……!はい、少々お待ちください!」


 マグノリアがその名を出した途端、神官は慌てたようにどこかへ去っていった。

 子爵とアデリーンはそれに少なからず驚いたようだったが、マグノリアの表情に、口を差し挟むことは何となく憚られて黙っていた。ハルトは言われたとおりにマグノリアの後ろで黙って人形のフリをしていた。


 その場でしばらく待っていると、他の神官とは明らかに一線を画す聖職者がやって来た。身に纏う法衣といい威厳といい、そんじょそこらの平神官とは訳が違う。


 

 「お待たせしました、マグノリア殿。どうぞこちらへ」


 厳格ながらも柔らかな物腰で、ミレニオ正司教は彼女らを先導して歩き始めた。

 子爵とアデリーンは、正司教だなんて大物に直接案内してもらえることに驚き、ハルトはやっぱり言われたとおりにマグノリアの後ろに黙ってくっついていた。



 「ただいま、教皇聖下は礼拝の最中でいらっしゃいますが、もうじきおいでになられますので、こちらでお待ちいただけますか?」


 そう言ってミレニオ正司教が四人を連れて来たのは、おそらく面会者用の待合室。

 …とは言っても荘厳な雰囲気の大聖堂に似つかわしく、気後れのしてしまうような部屋だ。



 「そう言えば、皆さまは聖円環セルクーをお持ちですか?」


 ミレニオ正司教が尋ねたのは、お約束のような決まり文句だ。まさか大聖堂に来て祈りと信仰の象徴たる聖円環セルクーを持っていないだなんてそんな不作法はないだろう…という意味を言外に込めた、肯定しか想定していない問い。


 当然、子爵もアデリーンもお約束どおり、自分の聖円環セルクーを正司教に見えるように胸元に掲げる。

 が、自分も同じことをしようとしてマグノリアは気付いた。


 

 「…………しまった………ハルト、お前さ、()()……持ってないよな……?」


 自分の聖円環セルクーを見せながら、恐る恐るハルトに訊ねるマグノリア。ルーディア聖教のこともロクに知らなかったハルトが、それを持っているはずがない。



 しかし。



 「…あ、なんかそんな感じのは、持ってますよ………ほら」


 そう言って、服の下に隠れていたそれを引っ張り出した。


 円環の中に、羽ばたく鳥のモチーフ。ルーディア聖教の象徴シンボルであり、祈りと信仰の象徴エムブレムである聖円環セルクー



 「え、何で持って………て、黒ってお前……」

 「これ、父の形見だって母が言ってました」


 しかし何故かハルトが持っていた聖円環セルクーは、漆黒だった。

 黒は夜や死を連想させるため、ルーディア聖教内ではあまり大っぴらに使われることのない色である。ましてや、象徴である聖円環セルクーに用いることはまずもってないと言っていい。

 大抵は、白か金、銀である。


 

 ハルトが持ってたのはいいけどあんまりひけらかしたくない色だなー、と思った三人だったが、ミレニオ正司教の様子に、只ならぬ変化が現れた。



 「………それが、お父君の形見だと?」

 

 ハルトと聖円環セルクーをまじまじと見比べる視線には、先ほどまでの柔らかさは皆無である。


 「は、はい、そうですけど………」


 ハルトはと言えば、しまった師匠のお許しが出てないのに勝手に発言しちゃった怒られるかな?とチラチラとマグノリアの方を気にしているのだが、マグノリアはミレニオ正司教の様子が気になってそれどころではない。


 「あの、こいつの聖円環セルクーが、何か…?」


 やっぱり黒い聖円環セルクーなんて印象が最悪なんじゃねーか難癖付けられたらどうしよう、と危惧して訊ねるマグノリアには答えず、ミレニオ正司教はすぐさま踵を返して去って行ってしまった。




 「……何だったんだ…?」

 「ハルト、あんた何かしたんじゃないの?」

 「そんな、濡れ衣ですアデルさん!」

 

 置き去りにされた面々は、余計に気まずく重苦しい時間を過ごす羽目になったのだった。





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