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第三十六話 襲撃者




 メロス…じゃなかったハルトは走った。

 別に親友が身代わりになってるわけでも妹が結婚するわけでもなくそもそも妹なんていないが、悲鳴が聞こえてきた方へ走った。


 辿り着いたのは、村の奥の奥。聳え立つ断崖に三方を囲まれていて、一際巨大な絶壁には洞窟。その入口に祠、その脇には、小さな泉が清水を湛えている。


 悲鳴の主…十数人の少女らは、その泉に半身を浸している状態だった。


 彼女らの表情には、恐怖が浮かんでいる。その原因は、少女たちを取り囲むように佇む、黒ずくめの男…か女かはよく見えないが不審な者たち。

 それらが持つ抜き身の短剣が、月明かりを反射して不気味に光っていた。


 

 「…なんですか、あなたたちは!」


 怯える少女たちと武装した黒ずくめ、という構図は、誰が見ても分かりやすい。ハルトも状況をすぐに理解し、黒ずくめと少女たちの間に割って入った。


 

 少女らは、禊の最中だったのだろう。祈りや舞を奉納する前の大切な儀式だ。その服装は、禊に相応しくヒラヒラでスケスケで非常に無防備なものなのだが、ハルトは全く意に介していない。

 そして黒ずくめたちは、黒装束といっても隠密だとか暗殺者だとかいうのとは少し違った。

 ハルトはその立場上、魔界で幾つもの典礼や儀式に参加している(と言うか本当は主催者側)。常識は知らずとも、彼らの衣装が正体を秘するのではなく儀式に際し個を排することを目的とした装束であると理解した。


 問題は、何故少女たちが襲われているのか、ということなのだが。


 男たちは、無言でじりじりと距離を詰めてくる。彼らの目的は少女たちを害することで、それを阻もうとするハルトをも殺そうという意志を持っていることは確かなようだ。



 「この人たちに、手出しはさせません!」


 ハルトは剣を構えた。構えたのは剣だけで、実のところ心構えはまだ出来ていない。

 今まで彼が倒したことのあるのは魔獣だけで、たったの二匹。しかも、明確な意思を持って…というわけではなかった。

 しかし今彼が相手にしようとしているのは、人間である。そしてハルトは少女たちを守るために、自分の意志でそれらに対抗しなくてはならない。


 ここには、マグノリアもアデリーンもいない。彼は彼だけの力で、この事態を切り抜けなければならない。



 その責任重大さに、一瞬だけ身震いするハルト。それは恐怖か武者震いか。

 しかし、遊撃士を目指す駆け出し剣士の心の準備に、黒ずくめたちが悠長に付き合ってくれる道理などなく。


 黒ずくめは、一斉にハルトに襲い掛かった。


 アドレナリン全開でそれを迎え撃ったハルトは、違和感を覚える。男たちの動きが、本気でやる気があるのか、と言いたくなるくらい鈍かったからだ。


 

 地上界に来て最初に遭遇した恐ろしい魔獣や、マグノリアが見せてくれた剣技、石人形ゴーレム戦で見たマグノリアとアデリーンの連携。

 ハルトはよく分かっていないが、彼が今まで目にしてきたものは地上界でもトップレベルに近い戦いであり、なかなかそんなものを目の当たりにする機会などはない。

 そんな連中と比べられてしまう黒ずくめたちには悪いが、彼らの動きはハルトの目にとても稚拙なものと映った。


 一斉に…といっても、連携が取れているわけではない。タイミングはバラバラで、しかも遅いのでハルトは人数差による自分の不利を感じなかった。


 一番最初に自分のところに到達した男の短剣を弾き飛ばす。勢いで、男の胴に血花が咲いた。

 苦悶の声を上げ転げた仲間の姿に、他の黒ずくめが躊躇を見せた。

 その一瞬の隙に、ハルトはマグノリアに言われたことを思い出す。


 最初の一撃は、まるで腰が入っていなかった。ただ、剣を振り回しただけ。攻撃範囲リーチの差で相手にダメージを与えることは出来たが、これではマグノリアに叱られてしまう。



 軸はブレないように。腰は低く。各関節は無駄な力を抜き可動域を確保。敵の動きはしっかりと見て……


 型稽古と実戦訓練(一角兎しか相手にしていないが)のときにしつこく繰り返されたマグノリアの言葉を脳裏に再生し、体をそれに従わせる。



 一角兎のときは、生きている相手に剣を向けるという行為が恐ろしくて逃げてばかりいた。

 しかし、今は自分が戦わなければ、少女たちは殺されてしまう。他に頼れる相手もいない。


 自分がやらなければならないのだ。


 それは、ヒポグリフを倒したときの無我夢中とは違う。あのときは、ただ自分の身を守る…生き延びることだけを考えていた。

 守る相手が他にいるという生まれて初めての状況は、ハルトの中から完全に恐怖心を拭い去った。



 ……と言ってしまえば格好いいのだが、実際にはハルトも素人に毛が生えた程度の駆け出しである。正義の味方のように、瞬く間に悪漢を撃退…というわけにはいかなかった。


 それでも黒ずくめ五人のうち三人をどうにか打ち倒し、残り二人を撤退させることが出来たのは、ハルトの実力と言うよりは(それも全くない、とは言えないが)黒ずくめたちの練度の低さゆえ、だろう。


 彼らの動きは、ハルトに輪を掛けて素人だった。どう見ても、戦い慣れていなかった。



 慌てて逃げ去って行く二人の黒ずくめを追いかけようとして、ハルトは思いとどまった。怯えている少女たちを放置できない、という理由は自分自身に向けた言い訳で、単純に緊張と集中が限界だったからだ。


 「大丈夫ですか?」


 それでもこの場にへたり込むのは何だか情けなかったので、自分を鼓舞して精神的疲労を隠して、少女たちに駆け寄る。有難いことに、少女たちはいきなり殺されかけた恐怖に震えていて、ハルトの震えの方には気付かないでいてくれた。


 「あ……ありがとうございます………」

 助かった安堵とまだ完全には消えない恐怖に、少女たちはその場に座り込んだ。ハルトも一緒になって座り込みたい気分で一杯だったが、なんとかそれを我慢する。


 メルセデスの横に並び立つ立派な遊撃士になるためには、この程度のことでへばっていてはいけないのだ。


 「何があったんですか?さっきの奴らは一体……?」

 「それが…分からないんです。禊をしていたら、いきなり………」


 震える少女の一人に訊ねてみるのだが、彼女も何も分からないようだった。


 「どこの誰とか、何か言ってませんでしたか?」

 「いいえ……無言で襲ってきました…………もしかして、領主さまの……?」


 状況的には、その可能性が高いとハルトも思った。理由は分からないが、子爵は夏至祭りを気にしていた。その妨害が目的であれば、奪還された娘たちを再び拉致…或いは殺害…しようと考えても不思議ではない。


 「………やはりそうでしたか…」

 「あ、村長…」


 茂みの向こうから、村長と長老たちがやって来た。騒ぎを聞きつけて慌てて駆け付けたのだろう、息が荒い。


 「村長、彼女たちを安全な場所へ連れていってください。子爵はまだ、諦めてません!」


 確か師匠たちが子爵を迎え撃つと言っていた、ならば自分もそれに合流しよう…とハルトは少女たちの保護を村長に依頼する。

 

 

 「……………」

 「……村長?」

 「困りましたな、部外者の方は立ち入り禁止と、あれほど申し上げましたのに……」


 呆れ顔の村長に、ハルトはしまった!と目を逸らす。


 「あ…えと、その……あはは………ごめんなさいちょっと出来心で……」

 「言うとおりにしていて下されば、無関係の方を巻き込むこともなかったのですが………」

 「……?それは、どういう……」


 村長の言葉の意味が分からず尋ねようとしたハルトは、次の瞬間、胸に衝撃を感じた。


 「…………え…?」


 灼けるような熱さに、目の前の村長から視線を降ろしていき、それを見る。

 村長の手に握られた、鈍色の短剣。その刃が、自分の胸に深々と突き刺さっているのを。


 「……………?」


 疑問の視線で再び村長を見上げるハルトの目に映るのは、どこまでも冷たい無表情。

 そして、硬直した意識の中で聞こえてきたのは、嘲るような声。


 「…まぁ、どのみち皆様がたにはこうさせていただくつもりではありましたけど…ね」



 ハルトの左胸から短剣を引き抜き、村長は確かに笑っていた。

 それはどこか安堵の微笑みにも似ていると、暗闇に沈みながらハルトは思った。




前作のリエルタ村長といい今回といい……

別に村長というに存在に恨みがあるわけじゃないですよ?

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