第三十四話 お祭りは前日こそが本番である、という説がある…とかないとか。
「ああ、ありがとうございます、ありがとうございます!何とお礼を申し上げればよいか…」
「いや、まぁ…仕事…?みたいなもんだから、気にしないでくれ…」
「いえ、本当に……本当に感謝しております。これで夏至祭りも恙無く行うことが出来ます…」
感謝と感激に身を震わせ涙を流して喜ぶトーミオ村の村長と、村人たち。
マグノリアはそんなことより、今回の報酬はどうなるのか心配していた。
虚偽申告が発覚した時点で、契約は無効である。ギルドには「様子を見てほしい」と言われたが、それも受付嬢に言われただけで正式な依頼として受理したわけでもない。
―――もしかして、今回タダ働きとかいうんじゃないだろうな……
ハルトは村長の頼みを聞いたわけだし、依頼とかそういうの抜きで礼金くらいは要求してもよさそうだが、娘たちが帰って来た喜びに沸く人々の中でそれを持ち出すのも憚られたし、村が報酬として用意していた20万イェルクは違約金として没収されるはずで、この貧しい村に余力があるようにも思えない。
もしタダ働きが決定したら、この分もハルトに上乗せして要求してやろうと決めたマグノリアである。
石人形を破壊したマグノリアたちは、すぐさま子爵邸から娘たちを連れ出した。村への道すがら、大体の説明はアデリーンとハルトから受けている。
どちらか一方の説明だけだとさっぱり要領を得ないが、二人の言い分を合わせて二で割って常識で味付けをすると、それなりに事実が分かった。
子爵がタレイラから戻れば、間違いなく娘たちが奪還されたことに気付く。めちゃくちゃに破壊された敷地を見れば、気付かない方がおかしい。
そして、マグノリアたちの仕業であると容易に推測するはずだ。
そうなる前に娘たちを村へ帰して、子爵の狙いを完全に阻む必要がある。
夏至祭りの本番は、明日。前夜祭である今夜は乙女たちが一晩中祈りを捧げ、身を清めるのだと言う。
子爵が「夏至祭りまでは…」という言い方をしていたということは、祭りに何かがあるに違いない。
「なぁ、村長。夏至祭りって、アタシらも見ていってもいいのか?」
マグノリアは、祭りそのものには興味がない。迷信じみた伝統は、現実主義の遊撃士には無縁のものだ。
彼女が気にしているのは、子爵の動き。
子爵の狙いは相変わらず分からないままだが、娘たちが村へ帰ったことを知った子爵が村を襲撃する可能性は十分にあった。
ひょっとしたら、祭りを妨害しようとするかもしれない。
しかし、マグノリアの問いに村長は申し訳なさそうに首を振った。
「申し訳ありません……我がトーミオの夏至祭りは、村人たちの中でも限られた者しか参加することが出来ない、神聖なものでして……古臭い伝統と承知しておりますが、遥か昔からそういうしきたりなのです」
「ああ、それならいいんだ、無理を言うつもりはない」
恩人であるマグノリアたちの要望に応えられないのが申し訳ないのか肩を落として詫びる村長だったが、マグノリアは気にしなかった。
ここまで首を突っ込んだのだ、出来れば村を守ってやりたいと思ったが、別に直接的に戦うだけが手ではない。
「それじゃ、アタシらはリエルタへ帰るよ。あっちで、子爵のやったことに関してはきっちり報告しておくから…」
「それなのですが……」
今から急いでリエルタに戻り、ギルドと市庁に子爵の悪行を報告すれば、何がしかの対策は打ってくれるだろう。隣の領地のことではあるが、領主による拉致監禁事件だ、流石に黙殺することはあるまい。
或いは…よしんば事なかれ主義に駆られてリエルタ市がそうするというのであれば、もっと上に訴えかけることも出来る。
そう考えたマグノリアだったが、
「その……出来ればこの件、穏便に済ませていただくわけにはいかないでしょうか…?」
村長が、そんなことを言い出した。
「…え?」
「いえ……確かに領主さまは罪を犯したのですが、こうして娘たちも無事に戻ってきましたし……あまり事が公になると、我々領民と領主さまとの関係も悪化してしまいます。領地には、我が村だけではありませんし……」
お人好しを通り越してあまりに呑気な村長に、マグノリアもアデリーンも開いた口が塞がらない。
「いや、何言ってんだよ。まさか子爵がこのまま大人しくしてると思ってんのか?」
「誘拐犯でしょ?しかも自分の犯行がバレるかもーって思ってるんだから、下手すれば村ごと口封じだって…」
娘たちが無事に戻ってきた…と言っても、まだ事件が解決したわけではない。犯人は野放しなのだ。仮に村人たちが子爵に対抗する力を有していれば話は別だが、そうであればそもそも外部の手を借りようなどとは思わないだろう。
「それなのですが、領主さまはそれほど悪い御方ではないのではないかと思うのです」
「……どういうことだよ?」
「確かに娘たちを攫ったのは領主さまですが、しかし彼女らの誰一人として手荒い扱いを受けていなかったのでしょう?」
村長は、家族と抱き合う娘たちを振り返って言った。
「話によると、かなり丁重な扱いを受けていたようですし…」
それは、アデリーンもハルトも同意。
子爵邸の地下は、外に出られないという点を除いては実に快適だったらしい。食事は美味しいし、デザートやおやつまで用意されているし、退屈しのぎの本だとかボードゲームだとかも揃えられていたし、用意された衣服も上質で寝具はフッカフカだし、だから夏至祭りギリギリまでグータラしていたかった…というのがアデリーンの主張だ。
「領主さまはここを治めるようになってまだ間がありませんし、もしかしたら何か誤解があったのかもしれません。きちんと話をすれば、分かっていただけるのではないか…と」
「いや、誤解って……そもそも、子爵の狙いが何なのかさえ、まだ分かってないんだぞ?」
領民にとって、領主とは王である。国家という単位がピンと来ない辺境の住民からすれば、国王よりも大きな存在たりえる。
そんな相手とあまり揉めたくないという村長の意見は分からなくもないが、その臆病さが今までの全てを台無しにするかもしれないのだ。
「その……娘たちを助けていただいた上に、このようなことをお願いするのは非常に心苦しいのですが……」
気まずさに言い淀んだ村長に、マグノリアは彼が何を言いたがっているかを察した。
「…アタシらに、それを探れ…って?」
マグノリアの声が幾分温度を下げて、村長を慌てさせた。
「いえ、その、厚かましいことは重々承知の上です。ですが………」
「まぁ確かに、子爵は真っ先にここに来るでしょうし、そこでとっ捕まえて真相を白状させるだけなら、事は公にならないわよね」
村長が言いにくいことを、ずばりと言うアデリーン。
「でもって、子爵の言い分が完全にこっちと相容れない場合は強硬手段に出ればいいし、村長の言うとおり何か誤解に基づく行動だったのならその誤解を解けばいいわけね?」
「おい、アデル……」
「はい、左様でございます!そうしていただけると、村としてもレーヴェ全体としても、一番良い結果になると……」
アデリーンが自分たちの要望を正確に汲み取ってくれたので、村長は顔を輝かせる。彼も、彼を取り囲む長老たちも、誰一人子爵を懲らしめることを望んではいなかった。
「…いいじゃない、マギー。乗りかかった船なんだし、こうなったらとことん付き合ってあげましょうよ」
「………アデルお前、まだハルトで実験し足りないとかそういう…」
「い、いやーね!そんなんじゃないわよ失礼ね、人を何だと思ってるのかしら」
何だと思うも何も、猟奇的な魔導オタク(なおかつ積極的引き籠もり)というのが、マグノリアのアデリーンに対する認識である。
マグノリアは、思案した。
村長の言い分も、分からなくもない。仮に事が公になった場合、考えられうる結末は二つ。
村の言い分が認められた場合、子爵は何らかの責を負う。動機如何にもよるが、最悪は領地没収だろう。そうでない場合は、爵位降格。
前者であれば新しい領主が封ぜられることになるが、それまでの間レーヴェ市は混乱することだろう。村に何らかの悪影響が出る可能性もある。そして後者であれば、子爵は領主であり続け、自分を断罪したトーミオ村を恨むに違いない。表立っての報復が難しいとしても、領主が領民を苦しめようと思えばいくらでも方法はある。
そして、公国が子爵の言い分を信じた場合。或いは、子爵の動機に正当性があった場合。
それが何なのかは今のマグノリアたちには知る由もないが、そうなればトーミオ村は領主を陥れたとして虚偽告訴罪に問われる。場合によっては、反逆罪。
平民が貴族を、領民が領主を陥れるという行為は、貴族社会にとって大罪中の大罪。村の責任者全員が縛り首になってもおかしくない(平民の場合の処刑方法は絞首刑である。貴族だと断頭)。
それに対し、アデリーンが言ったとおり事件を公表する前に子爵を直接問いただした場合の結末としては、やはり子爵が良からぬ理由で娘たちを拉致したのであれば、公国は子爵を領主に相応しくないと認め領地没収。彼にも酌量すべき動機があるのならば、説得も可能。
そして同様に何か誤解があるのだとすれば、その誤解を解いて一件落着だ。被害者である村人たちが子爵の断罪を望んでいないのだから、寧ろ子爵はトーミオ村に恩義が出来ることになる。
自分たちの手間を考えれば、このままリエルタに帰って後のことは市に任せるのが一番だ。しかし、そうすることによって村に余計な危険が及ぶのであれば、それも寝覚めが悪かろう。
「……言っとくけど、って前にも言ったかもしれないが、遊撃士は慈善家じゃねーんだからな?本当なら、そこまであんたらの面倒を見る必要なんてないんだからな?」
「おお、ありがとうございます!この御恩は決して忘れません!!」
「御恩はいいから、対価をよこせ。まさか本当に慈善活動をしろとか言うんじゃねーよな?」
「勿論ですとも、勿論ですとも!何年かかってでも、報酬はお支払いいたします!!」
悩んだ挙句、マグノリアは諦めた。こんなお人好しな真似をしてしまうなんてちょっと前の自分だったら考えられないが、どうもハルトと出逢ってから調子が狂いっぱなしである。
「……って、あれ?そういやハルトは?」
気付けば、ハルトの姿がどこにも見えない。
「さぁ。娘さんたちと家族を家まで送っていくって出てったけど…」
「師匠、アデルさん!」
キョロキョロしていると、息せき切ってハルトが集会所へ飛び込んできた。
何やら、興奮している。
「何かあったのか?」
「あのですね、すっごくいいこと聞いたんです!夏至祭りのことなんですけど!!」
上気した頬と爛々と輝く瞳に、「何か」と言っても良くないことではないだろうと思ったマグノリアの予想どおり、ハルトは物凄く嬉しそうだ。
「夏至祭りのときに、土地神さまの祭壇前にある泉で身を清めて一晩中お祈りすると、願い事が叶うそうなんです!!」
「…へー、ほー、そりゃすごい」
マグノリアは、棒読みで返すしかない。
祈るだけで叶う願いなど存在しないと、彼女は知っている。世界はそんなに優しいものではないのだと、父を失った日に思い知った。
さりとてそれを今のハルトに言うのも無粋な気がして、肯定も否定もせず相槌を打つしかなかったのだ。
「だから師匠!ボクもそこでお祈りすればきっと…」
「あ、それは却下だから」
ハルトの願いは分かっている。どうせ、メルセデスと仲良くなりたいだとかパーティーを組みたいだとかはたまた結ばれたいだとか、そういうことを言い出すに決まってる。
だが、彼のその望みは残念ながら叶いそうもない。
「え、なんでですか?」
「部外者は祭りに参加出来ないんだと。諦めるこった」
そう告げられたときのハルトの顔といったら。
別にマグノリアのせいでもなんでもないのに、罪悪感を覚えてしまったほど。
「そんな……それじゃボクは何のために頑張ったんでしょう……」
「少なくともそのためじゃないってのは確かだろーが」
しゅーんと凹むハルトの頭をポンポンと軽く叩いて、マグノリアは慰める。
「ま、メルセデスとのことは自力で頑張れ。神さまに頼るより、その方があいつの好感度も高くなるだろうさ」
「うぅ……はい、分かりました……」
ハルトは、凹みながらも素直に頷いた。殊メルセデス絡みでは諦めの悪い彼にしてはすんなりと諦めたことに若干拍子抜けしなくもなかったが、そのときのマグノリアの意識はこの先の子爵対策に向かっていたので、その違和感をスルーしてしまった。
そのことがもたらす結果など知る由もなく、マグノリアは村の外で子爵の来訪(襲撃?)に備えることにした。
向こうがどう出るかは未知数。その実力も兵力も同様。
しかしあれだけの石人形を所有する相手だ。それが子爵の最大戦力であると思いたかったが、侮ることは出来ない。
「さーて、鬼が出るか蛇が出るか……案外こっちの方が本番かもな」
必要以上に力まないよう、敢えて軽口を叩くマグノリア。
おそらく、長い夜になりそうだった。
クリスマスよりクリスマスイブ。正月より大晦日。遠足より遠足前日。
土日より金曜日の夜。夏休み(冬休み)より終業式。
実は楽しい時間よりも楽しい時間を目前に控えている時間の方が楽しいのではないでしょうか。
じゃあ本番なんていらないじゃん、と言われてしまうと困りますけど。




