第三十話 刑事ものとかで聞き込みとかしてるけど、みんなよく自分と関係ない昔のこととか覚えてられるよね。
暗礁に乗り上げてしまった。
手がかりの少なさと関係者の非協力的な態度に閉口してしまうマグノリアである。
とにかく夏至祭りまでが勝負!と急いでトーミオ村に戻り、再び例の老婆のもとを訪れてみたのだが、
「なぁ婆さん。こないだ言ってた、「みんないなくなった」って件についてもう少し教えてもらいたいんだが」
「みぃんな……おらんようになってしもうたんよ…」
「ああ、だから、そのときのことを…」
「呪いじゃ……土地神さまがお怒りになったんじゃ……みぃんなおらんようになってしもうて」
「いや、だからな、そのことについてもう少し具体的に…」
「優しい姉様もおらんようになってしもうてな、ワシだけが取り残されてしもうてな」
「………………」
話が全く進まない。
老婆と言ってもおそらく七十代くらいでそれほど耄碌しているようには見えないのに、口を開けば同じことの繰り返しである。
「……これ以上は無駄だな」
レオニールは無責任にそう言ってくれるが、この老婆の証言以外に手がかりらしきものもなく。
「貴様は、失踪事件は五十年に一度起こるという情報から、今回もその五十年目だと考えているのだろう?だとすれば、前回…五十年前のことを覚えている者は他にもいるのではないか?」
「あ…そうか。だったら、五十歳以上の…いや、記憶のことを考えると六十代以上の村人に聞いてみればいいわけか」
なんとなくレオニールに指摘されてしまったことが面白くないが(しかも考えればすぐ分かりそうなことなのに)、確かに彼の言うとおりだ。
そこで二人は村の老人たちに聞いて回ることにしたのだが。
五十年前の事件のことを知っている…覚えている村人は、少数だった。
この国の平均寿命は六十代半ば。しかも貧しい開拓村とあっては、さらにその平均を下回る。その上、その頃から村に住んでいた人々だけでなく外から入植してきた住民も多く入り混じっていて、五十年前からの住人を探すのも一苦労。運よく当時を知る村人に話を聞くことが出来ても、「そう言えばそんな事件もあったような」的な思い出話しか出てこない。
未解決事件であるため不気味さだけが際立っていて、事件の起こった前後のことや不審な出来事の有無を覚えている者はいなかった。
頼みの綱は、村長を始めとする村の長老たちなのだが…
「ああ、その件ですか。私も先代から伝え聞いてますけどね、どうも事実はだいぶ違うみたいなんですよ」
五十年に一度の大量失踪の件、そして今回もそれが関係しているのではないかと尋ねたマグノリアに対し、村長は真剣味の見えない表情でそれを笑い飛ばした。
「なんせ、迷信深い昔の人々ですから。良くないことが起こるとすぐにそういう話に結びつけてしまったのでしょうね。実際には、魔獣の襲撃があってたくさんの村人が喰い殺されたとか、そういう事件に尾ひれがついてしまったそうです」
「……五十年に一度の失踪事件は、魔獣の食殺事件だと?」
「正確には、五十年に一度の失踪事件なんて起こっていない…ということですね」
村長も、長老たちも同じ見解だった。
周りは森に囲まれた辺境の村。さらに当時は街道も整備されておらず、今よりも危険な魔獣が跋扈していた。
五十年に一度と言わず、多くの村人が犠牲になる事件は度々起こっており、それが夏至だとか蝕だとか特別感のある語彙に引きずられて、いつの間にかそんなオカルト臭の漂う話にすり替わってしまったのだと。
「いやぁ、遊撃士というのは現実的な方々ばかりと思っておりましたが、フォールズ殿は想像力豊かでいらっしゃる」
そう言って笑った長老の一人の嫌味に、マグノリアは顔面パンチを食らわせたかったが我慢した。
「騎士殿も、そんな与太話に惑わされてしまってはお勤めを果たせませんでしょうに」
レオニールにまでそんな嫌味をぶつけた別の一人にレオニールが剣を抜こうとするのを、マグノリアは必死に止めた。
「そんなことよりフォールズ殿、領主が怪しいと申し上げているではありませんか。どうか領主を調べてください」
村長はそう言って、話を切り上げてしまった。
「……どう思う?」
「どう、とは何をだ?」
集会場から出て歩きながら、考えを整理するマグノリア。レオニールにも付き合ってほしいのだが、どうにも協力的ではない。
「いや、だからさ、村長たちの態度。とにかく子爵に容疑を向けようとしてるような気がする」
「気がするも何も、そうなのだろう」
ぶっきらぼうに言うレオニールは、どこか確信めいていた。
「そう…って、村人たちが失踪事件を子爵の犯行だとアタシらに思わせたがってる…って?」
「私にはそう思える。実際にそうなのか連中の勘違いなのか、或いは領主とやらを陥れたいと思っているのかは知らんが、奴らのシナリオは、「領主が娘たちを連れ去った」という実に単純なものなのだろう」
確かに、最初から村人たちは子爵を疑っていた。それ以外の可能性などないかのような口振りで。
「…やっぱり、子爵に直接会ってみるしかないかな」
「だから最初からそう言っているではないか。村の周囲にも森の中にも娘たちはいなかったのだし、この近隣で大勢の失踪者を隠しておける場所は限られているだろうが」
レオニールの関心は娘ではなくハルトの行方なので、最初から子爵邸以外を調べるつもりはない。子爵邸を訪れた後にハルトは行方をくらませているので、娘たちは知らないが少なくともハルトはそこにいると考えているのだ。
そこで、二人は改めて子爵邸を訪れた。
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「やあ、先日は留守にしていて申し訳なかった。僕がレーヴェ領主の、エミリオ=ラ=ボルテスだ。遠路はるばるよく来てくれたね。今は夏至祭りの準備で屋敷の者に暇を与えているものだから大したもてなしも出来ないが、ゆっくりしていってくれたまえ」
執事から先日の訪問の件を聞いていただろうに、子爵はまったく警戒心を見せずに二人を出迎えた。少々気障だがスマートな仕草と、人好きのする笑み。真っ直ぐに二人を見つめる瞳には、後ろめたさのようなものは見当たらない。
予想外の好青年っぷりと歓待に、寧ろマグノリアの方が気まずくなってしまった。
「あー…ええと、アタシはマグノリア=フォールズ。リエルタ近郊で、遊撃士をやってる」
「おお、貴女があの!お噂はかねがね聞き及んでいるよ、リエルタにそれは有能な女性遊撃士がいると」
なんと、子爵はマグノリアのことを知っていた。
…のは、いいのだが。
「しかしこんな麗しき女性だったなんて思いもしなかったよ」
マグノリアの手を取り瞳を見つめて囁く子爵。やけに距離が近い。あとチャラい。
さらに、
「そちらの方は……恋人かな?」
「んなわけねーだろ!」
「不愉快だ!!」
レオニールとの仲を変に誤解されたっぽい。
「……ってレオニール、不愉快てそれ酷くね?」
「貴様も似たようなものだろう」
意見は一致しているのだが面白くない二人だったが、子爵の生温かい視線に辟易としてしまった。
「さて、君たちが来たのは先日と同じ用向きかな?お仲間がいなくなってしまったのだろう?」
しかしそれ以上冷やかすこともなく、子爵の方から本題に入ってくれた。
「ああ。アンタのところを訪れたっきり、村には戻ってない。勿論、リエルタにも。何か知らないか?」
問われた子爵は、ふむ、と顎に指を当てて考え込む。
「それは執事から聞いたよ。ということは、もう一週間近くも音信不通というわけか」
その口調も仕草も表情も自然で、本当にハルトとアデリーンを案じているように見える。
マグノリアはさらに、本命とも言える娘たちについても直接子爵にぶつけることにした。
「ところで、トーミオ村周辺で若い娘たちが最近立て続けに行方不明になってるって話、聞いてるか?」
「ああ。そのハルト君たちが教えてくれた。その後こちらの方でも、色々と調べてはいるんだけどね」
「村の人たちは、アンタの仕業じゃないかって疑ってる」
不躾なことを言われても、子爵の表情は変わらなかった。これが演技であれば、相当の役者である。
「それも、ハルト君に聞いたよ。彼らが何故そんな風に思ってしまったのかは分からないけど…領主たる僕の不徳の致すところ…かな」
少しばかり凹んでいるところも、実に自然だ。どこからどう見ても、領地で失踪事件が起こってさらに濡れ衣を着せられて悩んでいる領主さま…といったところ。
「アンタ自身は、どう思ってる?今回の件、魔獣の仕業なのか人為的なものなのか、或いは五十年前の事件が関わってるのか」
「……………………」
そこで初めて、子爵の表情に僅かな変化が見られた。
「驚いたね、まさか五十年前のことを君たちが知っているとは…」
「へぇ、こっちこそ意外だな。五十年前ったら、アンタら一族はまだここの領主じゃなかっただろ」
ボルテス子爵家がレーヴェ市を治めるようになったのは、十数年前。五十年前はまだ領主も何もないある意味無法の地だった。中央からも離れた辺境で大昔に起こった事件を子爵が知っていることに、マグノリアは食いついた。
しかし、子爵はボロを出したわけではなく。
「領主として当然だ…と言いたいところだけど、実はちょっと違ってね。僕のお祖父さまは、かつてこの近隣の民族風土の研究をしていたのさ。昔ながらの伝統や風習が残る数少ない土地だということで、まぁうちがここの領主に封ぜられたのもそのあたりが関係しているかもしれないね」
注意深く子爵を見ていたマグノリアだが、その言葉に嘘は感じなかった。一応、レオニールの方をちらっと見てみたが、彼はそれどころではなさそうにソワソワしていた。
「なんだよ、レオ。しょんべんか?」
「違う!なんという下品な女だ!!」
軽口を叩いてみたら、叱られた。
「貴様、本当にハルト様の行方を知らぬのだな?嘘偽りがあれば、容赦はせぬぞ」
せっかく失踪事件について尋ねていた真っ最中だったのに、いきなり話を戻してしまうレオニール。しかも、右手が剣の柄にかかっている。抜刀寸前である。貴族相手にその行為は、厳罰ものである。
しかし、非礼極まりないレオニールの態度と質問を、子爵は爽やかに笑って躱した。
「残念だけど、ご期待には添えそうにないね。村人たちのついでに彼らも探してみるよ」
「つ…ついでだと?貴様、不敬にも程が……」
「ほい、ちょーっと黙っておこうかレオ。んで子爵サマ、五十年前の件と今回の件、アンタの見解を聞かせてもらいたいんだけど」
とうとう剣を抜きかけたレオニールを押しとどめて、マグノリアは話を進める。
子爵はすぐには答えず、優雅な所作でお茶を飲んだ。それはとても上品でさりげない動きだったが、答えるまでの時間を稼いだようにマグノリアには見えた。
しかしそれについては何も言わず黙って待っていると、やがて子爵は口を開いた。
「……仮に今回の事件が、五十年前の件と関連があるとしたら……そこには根深い元凶があることだろう。一介の遊撃士である君たちが触れるのは、いささか不相応かと思うのだけど」
「アタシらには、荷が重いと?」
いきなり自分たちを遠ざけようという意図を見せた子爵に、マグノリアは初めて引っ掛かりを感じた。
だが、子爵の言い分も、尤もである。
「荷が重い…というよりも、それは本来、遊撃士の仕事ではないだろう?下手をすれば、国が動いてもおかしくない案件だ」
「…………国が動いてくれれば、の話だけどな」
「それについては、僕がなんとかしよう」
辺境の子爵ふぜいに公王を動かす力があるのかは甚だ疑問だが、マグノリアは敢えて何も言わなかった。子爵なら何とかしてくれるだろうと思ったわけではなく、おそらくそれは口だけだろうと思ったからだ。
「……もう一度聞くけど、アンタは、どう思ってるんだ?」
改めて繰り返されると、子爵はマグノリアの目をじっと見据えた。
「僕は、あらゆる可能性を除外すべきではないと思っている。決めつけるには証拠がなさすぎるからね」
「………そうか、分かった。んじゃアタシらは行くけど、もし何か分かったら知らせてほしい」
穏やかながら毅然とした子爵の態度に、これ以上は無駄だと悟ったマグノリア。未だに子爵を睨み付けているレオニールを引っ張って立ち上がった。
「…分かった、約束しよう。ハルト君たちも無事だといいね」
「お気遣いどーも」
果たして成果があったのかどうか判断に迷う子爵家訪問ではあったが、おかげでマグノリアは一つ決心をすることが出来た。
「…結局は無駄足ではないか!これだったら、いっそこの屋敷を虱潰しに……」
「おう。調べようじゃないか」
「……………え?」
飄々としているマグノリアにしびれを切らして騒ぎ出したレオニールに、マグノリアはこれまた飄々と同意した。
「良いのか?問題になると渋っていたではないか」
「ああ。この際だからとことん調べてやろう」
寧ろ、マグノリアからあっさりと許可が下りたことに戸惑うレオニール。彼女の許可など必要とすることはないはずなのに、そんなことにも気付いていない。
「とは言えバレると面倒だから、こっそりと…だけどな」
「そんなことが可能なのか?」
押し入ることも辞さない勢いだったくせに、マグノリアがやる気になってると逆に尻込みしてしまうのか、レオニールは疑わしげな顔だ。
「子爵を屋敷から連れ出す」
「…………?それこそ、可能なのか?一体どうやって……それに、使用人もいるだろう」
簡単に言うマグノリアだが、この状況で子爵を意図的に留守にさせる方法などあるのだろうか。
「子爵も言ってただろ、使用人には暇を出してるって。屋敷の中に、子爵と執事以外の気配はなかった。理由はどうあれ、現在子爵邸に使用人がいないってのは事実だと思う」
「理由はどうあれ…?」
レオニールが気になったのは、使用人がいないという事実よりも、マグノリアの言い方。まるで、使用人に暇を与えた理由に嘘があると言いたげな。
「夏至祭りのために暇を出したってんなら、当日と、せいぜい前日くらいでいいじゃないか。あれだけの屋敷なら、人手だって必要だろうに」
「ならば、子爵は別の意味で人払いをした…ということか」
「ま、アタシの想像だけどな」
そう言いつつ、自信のありそうなマグノリア。レオニールは正直なところ、そんなことはどうでも良かったりするのだが。
「それで、どうやって子爵を屋敷から出すと?もしあやつが下手人であれば我々の訪問で警戒を強めたことだろう。生半可な理由では屋敷を出るとは思えんな」
「下手人て…。まぁ、生半可な理由ならのらりくらりと躱されるだろうけど、だったら生半可じゃない理由を作ればいいわけだ」
レオニールにとって重要なのはハルトの行方と無事であり、探し出すための手段があるのならば何だっていい。
「そんなことが出来るのか?」
「ああ。正直……あんまいい気分じゃないけど」
マグノリアの表情は、どことなく険しかった。それを表に出すまいと平気なフリをしているが、何かに苛立っているような眼をしていた。
否、苛立ち…というのとは少し違う。それは、静かだが激しい炎のような、激情。
「けど、なんだか嫌な感じがするんだよな。背に腹は代えられない、大勢の命が懸かってるんだから」
「……遊撃士とやらは正義の味方だったのか」
マグノリアの心の機微なんて心底どうでもいいはずのレオニールだが、初めて見るマグノリアの強い感情が、妙に気になった。
「別に、正義を気取るわけじゃないさ。ただ、出来ることがあるのに動かないってのは、性に合わないだけだ」
そう言ってマグノリアは笑った。自虐的な、寂しげな笑みだった。
だからレオニールは、らしくないことを口にしてしまった。
「…そうか。何か私に出来ることがあれば手を貸そう」
「え、マジかよ。どんな心境の変化だ?随分とお優しいじゃねーか騎士様」
そしてマグノリアから揶揄われるように言われて、やっぱ言わなきゃ良かった、とすぐに後悔した。




