第二十九話 民俗とか風習って、そこはかとなく不気味なイメージがあったりする。
「おい、どういうことだ!」
静かな空間にレオニールの怒気混じりの声が響き渡り、咎めるような視線がレオニールとマグノリアに集中した。
「…静かにしろよ、他の人の邪魔だろ?」
抑えた声で返事をし、資料のページを繰るマグノリア。視線はせわしなく上下左右に巡らされ、一つの見逃しもないように文字の羅列を追っている。
ここは、リエルタ市中央図書館。マグノリアは、レオニールを連れて再びリエルタに戻って来たのだ。
「……あの近隣でハルト様の行方を調査するのではなかったのか?失踪事件とやらも、その手がかりのためなのだろう、なのにこんなところで油を売っていて何になる?」
流石のレオニールも、図書館で騒いでるんじゃねーよマナー知らずが的な視線の集中砲火を浴びて声を潜め、しかし苛立ちはそのままにマグノリアに食ってかかる。
「あの婆さんの言ってたことが、気になるんだよ」
「…?ああ、呪いがどうの言っていた老婆か。ただの妄言だろう、村長もそう言っていたではないか」
本当に失踪事件が何らかの呪い…呪術によるものだとしたら、確かに事は厄介である。レオニールは呪術系にはまるで馴染みがないので、ハルトがそれに巻き込まれれば対応のしようがない。
しかし、廉族に使える呪術などたかが知れている。しかも基本的に呪術は対象として設定された者以外には無害であるため、部外者であるハルトに害をもたらす可能性は非常に低かった。
さらに、老婆の言っていることは支離滅裂で、全く信憑性が感じられなかった。
「ああ、だからだよ」
「……何がだ?」
実は、マグノリアもレオニールに同感なのである。老婆の、「呪いじゃ」という一言には何の関心も持たなかった。
しかし、わざわざ村長が遠いところから走ってきて老婆の言葉を遮ったこと、さりげなくマグノリアたちから老婆を遠ざけようとしたこと、そして老婆の言っていた「あの日も全員いなくなった」というくだりが、どうにも気になって仕方ない。
「村長は、アタシらがあの婆さんと話すのを嫌がっていた。それに、婆さんの口振りだと、まるで昔にも行方不明事件があったみたいじゃないか」
「……だからここで調べもの…か。悠長なものだな」
レオニールの嫌味を無視して、マグノリアは資料を読み進める。
最初に子爵のことを調べたとき、トーミオ村については触れなかった。そこまでの必要も時間もなかったからだ。
しかしこうして、ヴェーレ近郊の風土史を調べてみて、分かったことがいくつかあった。
「あそこには、村が出来るずっと前から集落があったのか……」
「開拓地ではなかったのか?」
一つは、あの近隣には二百年以上前から人が住んでいた、ということ。
レオニールの言うとおり、開拓地だなんて呼ばれているからてっきり最近になって人が住むようになったのだと思っていたのだが、そうではなかった。
どこからか流れ着いた集団が、競争率の高い平地を避けて棲み付いたのがその始まり。彼らはそこで細々と狩猟生活を続け、やがて集落を作り、いつしか自分たちの土地をトーミオ(現地語で「再び甦る」の意)と呼ぶようになった。
そして周囲も別の形で発展を遂げ、サイーア公国から開拓の命を受けた先代ボルテス子爵が現地を治めるようになり、周辺の集落や村と共にトーミオ村を領地へと組み込んだ。以降は、トーミオ村も現代的な生活水準を手に入れ、他の村々と変わらぬ扱いを受けるようになった。
…というのが、トーミオ村の歴史だった。
そしてもう一つ。
これはこの近隣の風土や民俗を研究している学者の著書にあった記述だ。
トーミオ近隣では、五十年に一度村人の失踪事件が起こっている…と。
「これが、あの婆さんが言っていた「みんないなくなった」…ってやつなのか」
「未開の辺境であれば、住民が不慮に命を落とすことなど珍しくなかろう」
「だからって、「みんな」ってのは大げさだろ。それに周期的に大量失踪ってのが不自然だ」
マグノリアは、さらにページをめくる。
「それにな、失踪したほとんどが、若い娘だってんだから……」
「今回の事件と、共通している……」
「そういうこと」
ハルトの安全第一なレオニールも、少しばかり興味を持ったようだ。先ほどまでの苛立ちが薄れている。
「もしかして、失踪の時期というのも……」
「そのとおりだ。資料によれば、蝕と夏至が重なる日…ってある」
「偶然の一致…とは思えんな」
「同感だ」
マグノリアとレオニールは顔を見合わせて頷いた。
資料の中では失踪事件の原因までは述べられていないが、間違いなく過去と同じことが今回も繰り返されそうとしている。
そして、ハルトはそれに首を突っ込んでしまっている。
「いや……待て、妙ではないか?」
しかし、レオニールがふと気付いた。
「今までは、蝕と夏至が重なる日に失踪が起こっていたのだろう?しかし今回は、まだ夏至は来ていない」
昔の資料であるため、完全に正確な記述ではないのかもしれない。しかしそこには、蝕と夏至が重なる夜に多くの娘が姿を消した、とあるのだ。
今回は、一か月近く前から失踪事件が頻発している。
「あ……そういや、妙だな……」
マグノリアも言われて考え込むが、しかしこの際その違いは些末事と割り切った。
「けど、関連してるのは間違いないと思う。寧ろ、まだ夏至前なんだから間に合うって考え方も出来るしな」
事が起こるのが夏至。ならばそれまでは娘たちも無事かもしれない。
それは安直な考えではあるのだが、さりとて放置も出来なかった。
二人は図書館を後にして、再びトーミオ村へとんぼ返りすることにした。
確かに夏至までは安全かもしれない。しかし、夏至を過ぎれば娘たちは今回も、永遠に帰ってこないのではないか…との懸念があったのだ。
下手をすると、巻き添えを食らったハルトまでも……と恐れたことも事実。
しかし二人は、一つだけ見逃していた。
本や資料というものは、何が記されているのかという内容の他に、それと同じくらい重要な要素を持っている。そしてそれは、一般的に最も目立つ場所に記されている情報。
しまい忘れて机の上に放置された分厚い資料の表紙には、著者の名前が記されていた。
ラスパン大学院 フレデリク=ボルテス博士……と。
人名地名、術式名にいたるまで、およそ名付けというものが苦手です。
トーミオ村は、ちょうど初出のときに目の前に豆苗があったので、そっから取りました。再び甦る…って、そういうことです。
なお、その豆苗は現在、プランターに植えられてもしゃもしゃになってます。




