第二十八話 ときどき、大事なのは努力じゃなくて要領じゃないかって思うことがある。
「んっもーーーーう、違う!つーか全然ダメ!全くなってない!!何回言わせりゃ気が済むのアンタは?バカじゃないのいいえ寧ろバカね大バカね!!」
「……そんな言い方しなくても…………」
もどかしさに爆発するアデリーンと、理不尽な言い様にむくれるハルト。
相変わらず、敵地?に捕まってそれどころではないはずの二人である。尤も、捕まっていると言っても敵?に無断で勝手に入り込んで勝手に閉じ込められただけなのだが。
アデリーンは夏至祭りの日まで行動に移すつもりはないらしく、それはチャンスを見極めるというよりは無駄に動きたくないだけのようにも思えたし地下の閉鎖空間がいたくお気に召してしまっただけのようにも思えたが、彼女がその気になってくれなければハルトにはどうしようもない。
…ので、その気になってもらうべくとことんアデリーンに付き合うことにしたハルトだったが。
「ほんっと、ダメダメね。こんだけ練習してて、なんで魔力の扱い方が分かんないわけ?」
アデリーンはものすごく呆れている。
基本的に、何らかの魔導適性を持つ者は簡単に魔力の扱いを習得できるものなのだ。したがって、ハルトが一向にそれを為し得ないということは彼には適性がないということを意味しているはずなのだが、何故かアデリーンはそれを決して認めようとはしない。
「だからボク、きっと魔法が使えない系なんですよ」
「そんなわけないでしょ、諦めちゃダメ!」
投げやり気味に言ったハルトに、力説する。傍目にはハルトの可能性を信じている熱血教師…なわけだが、勿論そんなはずはない。
「魔導攻撃に耐性があって自分も魔導を使えるなんて、おいしすぎるじゃない、魔導士として最高なシチュだわ!」
ただ単純に、こうだったら面白いのになー、という自分の願望を押し付けようとしているだけだ。
とは言え、いくらアデリーンが望んだところで出来るものは出来る、出来ないものは出来ない。勝手な理想の魔導士像を押し付けられその実現を強要されているハルトはたまったものではない。
「ほら、休憩は終了!また瞑想からね」
「…………アデルさん、ボクもう飽きちゃいました…」
「我儘言わない!」
最近のハルトは、もしかしたら今までの自分はいささかワガママだったのかもしれない…と思い始めていたのだが、あれこれもワガママって言うのかな?と納得いかない思いを抱え、しかし無視するとアデリーンが煩い&怖いのでとりあえず従うフリをする。
「…いい?自分の中の魔力を感じるのは、こないだ言った魔力探知のスキルとは全く関係ない。魔法が使える奴も使えない奴も、誰だって出来ることなのよ」
目を閉じて自分の内面に向き合っている(フリをしている)ハルトの耳に、アデリーンの声が届く。
「もちろん、得手不得手はあるけど。あの脳筋マギーだってそのくらいは出来るんだから。魔法適性のない連中も、自分の魔力と呼応させて魔導具を使ってるんだからね」
さりげなく、魔法全般を扱えないマグノリアをディスっていたりする。
「問題は、そこから先。自分の中の魔力の流れを見て、感じて、触れることが出来なきゃ魔力を扱えない。魔力を自在に扱えて初めて、術式行使は可能になる」
魔導士などの術士にとって、自分の魔力は手足も同然。保有量の多寡や質に関わらず、意志一つで自由に量を調節したり形を変えたり。特に魔力量の多い者は、それを具象化させて魔力だけで物を移動させたりすることさえ出来るそうだ。
「なにはともあれ、まずは自分の魔力を感じなさい。それは必ずアンタの中にある。必ず、アンタの奥深くに流れて世界と繋がっている。目を凝らして、耳を澄ませて。それはアンタを構成するアンタの根源。全ての源。この世に存在するものなら、分からないハズはないわ」
暗示にかけるような、囁くような、静かなアデリーンの声。その声に導かれるように、ハルトは自分の奥深くへと沈んで………
「……よく分かりません」
「…チッ。物分かりのわるいガキね」
沈んでいくことはなかった。
「おっかしいわねー、こんだけやってて、どうして?その能無しっぷりにはほんと脱帽だわ」
「………?」
「あ、言っとくけど褒めてないから」
アデリーンの言い方が皮肉っぽかったせいかハルト(皮肉が理解できない)が一瞬褒められたのかと勘違いしかけたようだったので、アデリーンは即座に付け足す。どうやらこのお子様は褒めるにしても叱るにしてもストレートに表現しないと分からないようだ。
それにしても妙だ。アデリーン自身は魔力を感じたり扱ったりすることに苦労することはなかったし、知り合いの魔導士たち(それほど多くないが)やマグノリアのような魔法を使えない剣士たちでも、それなりに訓練すれば容易に出来ることなのに、何故ハルトは一向に出来ないのか。
それは根本的な考え方からして間違っているのではないかと、なんとかハルトの思い込みを正そうとさっきから頑張っているのだがどうも上手くいかない。
もうこれは、ハルトにやる気がないだけのような気がする。
「…あのさ、もし適当にやってたら私が諦めるだろう…とか思ってるんだったら、それ間違いだから。出来るまでとことんやるから。怠けてたら睡眠時間削るから」
「……理不尽です…」
「なーにが理不尽よ。アンタのためなんだから踏ん張りなさい」
ハルトは一言も頼んでいない。アデリーンに、魔法が使えるようになりたいから教えてください、なんて頼んだ記憶はない。別にアデリーンから教えてやろうかと提案されてそれを受けた記憶もない。
アデリーンが勝手に興奮して勝手に夢中になって勝手に押し付けてきているだけなのだ。敵の魔導攻撃にはビクともしなくて凄い術式を連発出来る魔導士なんてサイコーじゃんという願望とノリだけで、ハルトをその理想像に押し込めようとしてそれが出来なくて憤っているだけなのだ。
これを理不尽と言わずして何と言おう。
「ほら、さっさと続けなさい。夏至まではまだ一週間以上あるんだから、真面目にやれば絶対出来るって」
「……理不尽です…」
しかし常識なんてどうでもいいアデリーンなので、自分たちの立場も置かれた状況もまた完全無視で、再びハルトをしごこうとした…ところで。
「やあやあレディーたち、すまないね。ご機嫌いかがかな?」
「…………あ」
「…………え?」
突如として、ボルテス子爵エミリオが顔を見せたのだった。
それまでハルトとアデリーンは、子爵から姿を隠すようにしていた。子爵や執事が地下に食事を持ってきたり様子を見にきたりするのは二、三日に一度で、階段を降りてくる足音がすると部屋の物陰に隠れたり就寝用の別室に隠れたりしていたのだが、今日はアデリーンの興奮具合にそれを聞き逃していたのだ。
思いもかけず対面してしまった子爵と二人。
連れてきた覚えのない二人がここにいることに面食らっている子爵と、隠れていたことがバレて気まずい二人。
最初に我に返ったのは子爵の方だった。
「えー……と、確か、ハルト君とアデリーン嬢…だったよね?どうして君たちがここに……」
「ふん、バレてしまっては仕方ないわね!」
子爵に次いで復活したアデリーンが、未だ戸惑った様子の子爵にビシ!と指を突きつけた。
「アンタの悪事はお見通しよ、この私、魔導士アデリーン=バセットが引導を渡してあげるわ!」
遊撃士というよりは正義の味方のような口ぶりのアデリーンに、彼女がここ数日間何をしていたか知っているその他全員(ハルト含め)は、よく言うよ…と無言で首を振った。
「悪事……悪事、か」
「ええ、そうよボルテス子爵。アンタがここの少女たちを攫ったってのは言い逃れようのない事実。このことはギルドだけじゃなく国にも報告させてもらうわ」
子爵とアデリーン以外の全員は、どうなることかとハラハラして見守っていた。
確かに、ここにいる少女たちが証人である。これだけ多くの被害者が子爵の所業を訴えれば、領主と言えども隠し立ては出来ない。
しかしそれは、彼女らが訴え出れば…の話である。
ここは子爵の領域。彼が被害者全員+ハルトとアデリーンの口を封じてしまえば、真相は闇の中。子爵の狙いは分からないままだが、何の罪もない少女らを拐かす悪人であれば、そう考えても不思議ではない。
ところが、子爵の表情は平静なままだった。
悪事がバレて狼狽えているようにも、開き直って手を汚すことを決心したようにも見えない。ただ困ったような顔をしているだけだ。
「いやぁ、困ったな……さてどうしたものか」
そう言いつつも、何か危害を加えるような素振りすら見せない。
てっきり「バレてしまっては仕方ないここで死んでもらいましょう」的な台詞と行動を期待…予想していたアデリーンは、肩透かしである。
「ふ、ふん。アンタが夏至に何かを企んでるってのは分かってるのよ!だからそれまでは大人しくしててあげるけど、夏至祭り当日になったら覚悟しておくことね!」
「…………え?」
「…………ん?」
「………んにゃ?」
堂々と言い放ったアデリーンに首を傾げる、子爵とハルトとネコ。
「え…と、アデルさん?ここで子爵をやっつけるんじゃないんですか?」
「僕としても、そういう展開になるかと思ったんだけど…」
「にゃ、んにゃーにゃ」
アデリーンの後ろからツッコむハルトに、子爵は同意する。多分ネコも同意だろう。
「え、別に今すぐじゃなくったっていいじゃない。どうせ夏至までは時間あるんだし、それまではここでのんびりぐーたらさせてもらうわよ」
「それ………本気かい?」
アデリーンの引き籠もり宣言に、子爵もまた肩透かしを食らったようだった。
「ええ。だってアンタ、夏至まではこの娘たちに何かするつもりはないんでしょ?だったら決着はそのときにしましょうよ」
「…………いいんですか?」
しかし何故かそれに乗っかろうとする子爵。いつの間にか敬語になっている。
この二人は一体何を考えてるのかと疑問に思うハルトたちそっちのけで、子爵とアデリーンは話を進めていく。
「私は別にいいわよ。勿論、アンタがそれまでに妙なこと企むんだったら容赦はしないけど、そんな無駄なことしないでしょ?」
「……そうですね、僕としても夏至祭りが終わるまで大人しくしていてくださるのであれば、助かります」
「じゃ、そーゆうことで、ひとまず休戦ね」
「ええ、そうしましょうか。それじゃ彼女らも元気そうですし、僕はこの辺で」
追い詰めたはずの人間と追い詰められたはずの人間は奇妙な休戦協定を結んでしまった。お互い、ここで決着をつけなければ色々と面倒なことになるだろうことは明白なのに、である。
「え、あの、いいんですかアデルさん?子爵やっつけなくていいんですか?」
遠ざかっていく子爵の足音を聞きながらアデリーンに詰め寄るハルトだが、彼女は涼しい顔。それどころか、
「いいって言ってんでしょ、私と子爵の合意なんだから。なんでもかんでも性急に片を付けようとするのは考え無しの愚の骨頂よ」
説教までされた。
「……それじゃ、アデルさんには何か考えがあって……」
「のんびりできる時間に働きたくない」
考えなんて、アデリーンにはなかった。
ただ彼女は、働くことを先延ばしにしたいだけだった。
「それに、まだまだアンタで遊び足りな………訓練も途中なんだしここは腰を据えて…」
「ちょっと今遊び足りないって言いました?ボクで遊び足りないって、言いました?」
「言ってないわよ途中で止めたでしょ」
「やっぱり言ってるーーーー!」
アデリーンの休戦に応じてしまった子爵の企みも怖いが、やっぱりハルトが一番怖いのはアデリーンだった。




