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第二百四十六話 着ぐるみって外から見えるお気楽さと実際に着てる中の人の苦労のギャップがなんか人生の縮図みたい。




 夕暮れ近くになると、城下の喧騒と人込みはいっそう増してきた。

 それもそのはず、夜には大掛かりな花火の打ち上げがある。それを楽しみに人々が外へ出てきているのだ。どうしても仕事を休めなかった哀れな勤労者も、なんとか花火には間に合わせようと一日のノルマを必死に終えて駆けつけ、すでにいい感じに出来上がってたりする。


 そんな中で、レオニールはというと。


 「ねぇ、あれ着ぐるみ?」

 「やーん、可愛いー」


 人々の好奇の視線に晒されつつ、雑踏に立ち竦んでいた。


 「……くっ、あの男こんなときに何処に行ったのだ…!」

 小さく悪態を付く声にも力がない。大道芸を披露していないときの着ぐるみクマはただの着ぐるみクマでしかなく、まるで祭に浮かれて着ぐるみを着てしまった感が半端ないのだ。

 要するに、恥ずかしい。


 現在、レオニールは絶賛迷子中である。

 彼は断じて自分が迷子であることを認めないだろう。いつの間にかいなくなったのはヴォーノの方であり、自分は迷ってなんかいないのだと。

 

 しかし、地理に詳しくない彼が地理に詳しいヴォーノとはぐれた時点で、迷子なのは彼の方なのだ。


 「…どうするか……奴が何を企んでいるのか分からない以上は打てる手がない……」

 なおここで大道芸をお披露目するという考えは浮かばなかった。いくらなんでもヴォーノがリードしてくれないとそこまではできない…というかやる筋合いにない。


 「一旦戻るか……しかしその間に何か起こるやもしれん」

 うだうだ迷ってグズグズ立ち竦んでいる長身の着ぐるみクマは目立つことこの上ない。あと単純に通行の邪魔。

 なのでレオニールはとりあえず通りをうろつくことにした。これだけ目立つフォルムなので、ヴォーノの方から見つけてくれるだろうと期待して。


 そしてしばし人の流れに沿ってゆっくりと歩を進めていたのだが。



 「………あれは…!」


 彼の視線が捉えたのは、ヴォーノではない。

 それは、二人連れの若者だった。一人は少年。やや小柄で、淡い藍鼠の髪…見覚えは、ない。そしてもう一人は、少女。ふんわりとした朱交じりの亜麻色の髪……こちらの見覚えは、ありまくった。


 レオニールがその少女を見たのはただ一度きりである。だが記憶力のいい彼のことであるし、たとえ記憶力がニワトリ並みだったとしてもその少女の顔だけは決して忘れることはないだろう。


 敬愛する主に刃を向けた、赦されざる大罪人の顔は。





◆◆◆◆◆◆◆◆




 レオニールは騎士であり、暗殺者でもなければ隠密でもない。したがって隠形系のスキルはさっぱりなのだが、気配を断つことくらいはできる。

 …のだが、如何せん困ったことに今の彼は巨大な着ぐるみクマ。いくら気配を断とうがそこにいるだけで存在感ありまくりの目立ちまくりのモコモコに、尾行というミッションはあまりにも難度が高すぎた。

 

 しかし着ぐるみを脱ぎ捨てている時間はない(着ぐるみって結構脱ぎ着に時間がかかるものだ)。そして何より、その少女…メルセデス=ラファティはレオニールの顔を知っている。

 着ぐるみ装備を解除して人込みに紛れ尾行しようにも、もし察知されれば警戒されることだろう。


 「………いや、そういうことか……」

 とここでレオニールは気付いた。

 確かにメルセデスはレオニールの顔を知っているが、顔を見られなければ彼が誰だかは分からない。

 そして祭の会場での着ぐるみは、そう珍しいものではない…かどうかは分からないが喧騒には案外溶け込んでいる。

 どうせ人込みに紛れるなら、素顔を晒して気配を断ちながらではなく、着ぐるみのまま何喰わぬ顔で後を付いていけばいいではないか。その方が、バレたときに誤魔化しようがある。


 なるほどヴォーノの狙いはメルセデスだったのか。

 一体あのチョビ髭親父がどこまで想定しているのか今一つ不明だが、しかし彼の情報網と先見性には目を見張るものがある。ならばメルセデスがここに現れるということも事前に察知していたか予想していたか。


 迷子中のチョビ髭(レオニールは自分が迷子だと絶対に認めない)の評価をほんの少しだけ上方修正したレオニールは、ボクお祭りを楽しんでるクマですみたいな感じでのんびり歩き出した。

 メルセデスと少年からは、見失わない程度に一定の距離を保つ。こういうときに長身は便利である。


 二人は、祭の中心部ではなく外れの方に向かっているようだった。通りの両側に立ち並ぶ出店にも華々しい飾りにも目をくれず、その足取りはぶれることなくまっすぐに進む。

 明らかに、祭を楽しみに来たのではないのだと分かった。



 だいぶ傾いた陽が今日最後の輝きを人々に投げかけながら、少しずつ夜へと沈んでいった。

 



◆◆◆◆◆◆◆◆




 尾行をしばらく続けたところで、レオニールは限界に至ってしまった。

 いやいや着ぐるみが暑くて重くて辛くなっただとか人々の好奇の視線に耐えられなくなっただとか、そういうことではなく。


 人通りが少なくなってきたのだ。


 それもそのはず、メルセデスと少年は街外れへ向かって歩いているのだ。祭の中心部から離れれば人が少なくなるのも当然。

 そして人込みが解消されてしまえば、レオニールはただの悪目立ちする着ぐるみの変人になってしまう。


 大道芸の道具は小脇に抱えているし、まだ道に迷った大道芸クマを装うことは可能だろう。が、仮に二人が完全に帝都の外に出るならば、その言い訳も使えなくなる。

 

 仕方なくレオニールは、さらに二人から距離を取った。幸いなことにまだ尾行には気づかれていない…と思う。姿を見失ってしまう恐れはあるが、逆にここまで人が少なければ再び見つけることも容易かろう。


 そう考え、しばし物陰に身を隠す。人が少ないおかげで、「ママー、あのクマさんかくれんぼしてるよぉ」とか指さされることもないのはありがたい。

 そして、どうせ隠れるんだったらもう着ぐるみを脱いでしまおうと思い立った。いくら冬とはいえ、先進的な魔導技術により帝都内は外に比べ暖かい。モコモコの着ぐるみで歩き回っていたおかげで随分と汗をかいてしまった。

 着ぐるみの中で汗をかくとどうなるか。肌に触れる裏地の部分に汗が染みこむ。外気に触れないので蒸発することはない。さらに汗をかく。さらに染みこむ。

 …はっきり言って、めちゃくちゃ気持ち悪い。


 ので、今まではハルト殿下のために辛抱していたがここまでくればもういいだろう、と着ぐるみから自分を解放しようとしたレオニールだったが。


 まずは頭(自分のじゃなくてクマのである当然)を外そうと手をやった瞬間、動きを止めた。


 「………これは……!」


 彼の動きを止めたのは、強い魔力の流れだった。

 進行方向、そろそろ街区から外れるであろう周辺で、明らかに人為的かつ地上界には似つかわしくないレベルの魔力が規則的に渦巻いていたのだ。


 「奴ら、何を企んでいる…!」

 悠長に着ぐるみを脱いでいる暇はないようだ。レオニールは全身のジトジトベトベトなど完全に忘れ、勢いよく魔力の感じられる方へ駆け出した。

 進行方向ということは則ち、メルセデスと少年が向かった先だ。このタイミングということは、間違いなく二人がそれに絡んでいるのだろう。


 だが、それ以上に嫌な感覚が腹の奥からジワジワとこみ上げてきている。その感覚に急かされるように、レオニールは着ぐるみの限界を超えて走った。



 そして辿り着いた先で、彼は()()に出逢った。

 

レオさん、もともと気配を断つのは苦手だったのですが長期に渡るストーキングミッション(笑)により基本的なところは習得しました。


着ぐるみの中の汗って本当に気持ち悪いです。

他の人が入ってた後の着ぐるみなんてもう最悪。絞ればじゅわーっと出てきそうなレベルで他人の汗が染みこんだ着ぐるみ。もう推して知るべし。

けどそれを差し引いてもあの非日常感は良いものです。

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