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第二百四十三話 着ぐるみは見るより着る方が絶対楽しいよこれほんと。




 マグノリアがハルトの中座を認めなかった理由は(彼女にその権限があるかどうかはさておき)、何もハルト公子の立場や外聞を守るためだけではない。

 

 祭へのお誘いをいただいてからすぐに、彼女はその内容…開会式の流れや演目や参加者・参加団体や城下の出店リストや警備体制やその他諸々…について詳細を求めた。

 祭には、多くの人が集まる。人が多くなれば制御も難しくなる。人の流れが大きくなれば出入りも容易になる。監視・管理の目も行き届かなくなる。

 ()()を企んでいる者にとって、そこはお誂え向きの舞台なのだ。


 調印式での魔獣襲撃事件の犯人や(未だ容疑者は特定できていない)、魔王崇拝を拒絶する「市民団体」、或いは皇帝の失脚を目論む貴族派などが騒ぎに乗じて何やらを仕出かす可能性は大いにあった。

 というか、そのどれもが全く動きを見せないことなど考えられない。下手すると、その全部が結託してたっておかしくないのだ。

 特に、魔獣襲撃事件の黒幕。国家間の重要な場で多くの死傷者が(それも国の有力者ばかり)出ることも厭わず…寧ろそれこそが狙いかもしれないが…あんなことを仕出かした連中が、帝国最大規模の祭で沈黙を守るのはあまりに不自然。


 やはり一番危険なのは開会式、則ち今現在のこの場所。祭の出鼻を挫くという意味でも、皇帝の身体と体面を害するという意味でも、耳目を集めるという意味でも、騒ぎを起こすには最適。

 一方、城下は警備が薄く人々が雑多にひしめき合っているので容易に騒ぎを起こせる。インパクトは薄いだろうが、被害が大きければ皇帝へ与えるダメージも少なくない。

 そして、夜に行われる花火。五万発というのが未だにうまく想像できないが、ハルトが驚くほどの規模なのだ、それは相当に大掛かりなものなのだろう。

 しかも花火が打ち上がれば人々の視線と意識は上空に集まる。付けこむ隙はさらに大きくなるわけだ。


 ()()の狙いが分からない以上、その出方を想像するのも容易くない。

 が、ただの愉快犯ではない点は確かだ。となれば、最も効果的な時間・空間で事を起こす可能性が高い。

 それが、開会式初日。

 

 マグノリアとしてはハルトの身さえ守れればそれでいい、騒ぎを収拾するのは帝国の仕事だ。それには、このセレモニー会場に留まるのが最適なのである。

 皇帝や貴賓がいるこの場所は、現在帝国内で最も安全が約束された場所。警備兵も多く、観覧席には幾重にも守護防壁が張られている。

 事件がどの場所で起こるにせよ、ハルトがすぐ隣にいてうろちょろ動き回る心配がなくて目が届きやすいここならば対応もしやすい。


 もしここで騒ぎが起こりそれを解決することが出来たなら、翌日以降の祭は自由に楽しませてやってもいいだろう。だがそうでない限り、可哀そうだがハルトには我慢してもらうしかない。


 これも、可愛い弟子を案じる師匠心なのだ。




◆◆◆◆◆◆◆◆




 厳粛な空気さえ漂っている感のあるセレモニー会場とは裏腹に、城下は熱気と興奮と歓喜と人込みで一杯だった。

 

 帝都ヴァシリーサは、広大な皇城を先端に扇形に広がる都市である。偶然か必然か、その作りは魔界の首都イルディスととてもよく似ていた。

 皇城を出るとそこは行政区、そして貴族街と続く。その先にあるのが商業区で、そこに出店は集中している。商業区の先の平民街でも多少は店が出ているが、商業区ほどの喧騒はない。

 そして皇城から放射線状に延びる大通りの中で最も大きなメインストリートが、主会場だ。

 なお花火の打ち上げは、都市の扇形のすぐ外に場所が設けられている。皇城からも商業区からも見えやすいように、ちょうど行政区と貴族街を区切る境界線の真横だ。

 

 今はまだ昼過ぎなので、花火の打ち上げまでは間がある。ゆえに、人々は商業区に集まり思い思いに祭を楽しんでいた。


 「ママー、見てぇクマさんがお手玉してるよぉ」

 「あれは、ジャグリングっていうのよ」

 「じゃぐりんぐ?」

 「そうよ。クマさん凄いわねぇ」


 クマの着ぐるみが大道芸を披露している脇を、人々が笑顔で通り過ぎる。中には立ち止まって熱心に見入っている者も。

 器用なことに、着ぐるみクマは大きな玉の上でバランスを取りながらボールを操っている。で、すぐ横に立つアシスタント風の男がどんどんボールを投げ入れるものだから、最初は二つだったボールは今や八つにまで増えている。しかも時折ボールの軌道を変えたり体を反転させたりと実に忙しい。球体の上でクルリと一回転したときには見物人から称賛のどよめきが上がった。

 やがてボールの全てを背後にある箱にノールックで投げ入れ、深々と一礼してからクマは芸を終えた。惜しみない拍手。クマの足元、逆さに置かれたシルクハットに投げ入れられる硬貨たまに紙幣。

 乗っていた玉から危なげなく降りると、クマはアシスタントの男のすぐ脇へ。


 「んーー、すごいわ流石だわぁレオちゃん。あなたってほんと何でもできるのねぇん♡」

 「…………どういうことか説明してもらおうか」


 アシスタントは、小太りのチョビ髭男だった。くねくねと身をよじらせながら大道芸クマに賛辞を贈る。

 それに対するクマの返事は随分と険悪な声色だった。声は潜めているが観衆に聞かれたらちょっとビビられてしまうくらいの険悪さだ。


 「だぁってぇん、お店を出すには出店許可もいるし準備も大変でしょお?大道芸だったらちょっとした道具と身一つで出来るんですものぉ」

 「…だからそういうことではなく」

 「けど、まさかこぉんなに上手だなんてアタクシ思いませんでしたわぁん。魔界の騎士さまってこんなことまで身に着けて」

 「いるわけないだろうが貴様騎士を何だと思っている」


 大道芸クマの中の人であるところの、魔界の王太子付き護衛騎士レオニール=アルバは半ば諦めの溜息を洩らした。このチョビ髭には何を言っても無駄な気がする。


 「まぁそれはさておきましてぇん」

 チョビ髭男ヴォーノ=デルス=アスの声が一段と潜められた。

 「その恰好なら、誰が見てもレオちゃんには気づきませんでしょお?」

 「…………ふん、よかろう。貴様が何を企んでいるのか、この目で確かめてやる」

 その言葉からヴォーノの考えの一端を察したレオニールは、とりあえず折れることにした。


 レオニールは、帝国に顔見知りを持っていない。

 それは当然だ。彼は魔界の民であり主の護衛という目的のためだけに地上界にいるのだから。

 この帝国で彼の顔を知っているのは、ヴォーノと皇帝くらいのはず。にも拘わらず彼が顔を隠す必要があるとヴォーノは言う。


 その言葉の向こう側にヴォーノの真意があるのだと気付いたレオニールは、しかしヴォーノがどう言おうと主に刃を向けた不届き者を二度と逃がすことはないと、心中で忠義と殺意をいっそう固めた。


 しかしながらそんな彼の内心は露知らず笑顔で手を振る通りすがりの親子連れに、律儀に手を振り返す程度には付き合いのいい着ぐるみクマだった。



レオニール、意外な才能を発揮しました。

戦闘力では流石に先輩がたに劣る彼ですが、多分戦闘以外のことだったら一番器用にこなしそう。要領のいい秀才タイプです。

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