第二百二十四話 ワルの分類*あくまで個人の見解です
結局テオ少年は、ちっとも協力的ではないハルトに失望した様子で、さりとて諦めきれない様子も垣間見せて、その日は引き下がっていった。
勝手に期待されて勝手に失望されたハルトとしては堪ったものではないが、出逢ったばかりの彼のご機嫌取りのために迎合するつもりもなかったので放っておいた。
…で、翌朝。
「……市民団体、ねぇ。また面倒そうなのが現れやがったな」
ハルトから報告を受けたマグノリアは嘆息。なお現在は二人で朝食中。基本的に食事は宴などのイベントがない限り使節団の皆で一緒に食堂で摂ることになっているのだが、他の人に話を聞かれてもいいのかどうか自分では判断できないハルトだったので、ちょっぴり我儘を言って自室に食事を運んでもらった。
今朝のメニューは、焼きたてのサクサクふわふわクロワッサン(おかわり自由)と、出来立てバター&ジャム各種。卵料理はお好みを聞かれたのでふわトロオムレツをチョイスしてみた。カリカリに焼いたベーコンとグリーンアスパラが付け合わせてある。それに、目覚めの体に優しいコンソメ仕立ての野菜スープと、シャキシャキ生野菜のサラダ。揚げ立てのクリームコロッケも。
その他にも、季節の野菜とエビのテリーヌがあったりニンジンを丁寧に裏ごししてつくったムースがあったりこれはどう考えても夕飯のメインディッシュだろって感じの肉料理魚料理があったりデザート盛り合わせがあったりするみたいで提案されたのだが、いくらなんでも朝からそれは重すぎるということで丁寧にお断りしておいた。何故か皇帝陛下は物凄く残念そうだった。
なんだか、使節団のために用意された食堂でのメニューとは、品数も作った人の熱意も些か違うような気がする。
お味の程は、ハルトが地上界で食べたどの食事よりも上々だった。魔界での味にも匹敵するかもしれない。
食道楽な魔王に支配された魔界と比べて地上界の食事は総じてイマイチで、それでも一昔前よりは随分と進歩したようなのだが、おかげ様で舌の肥えているハルトにはだいぶ物足りなかった。
それを考えると帝国の食基準はかなりの高レベルで、ハルトはここに来て久々に食事に満足することが出来たのである。
ハルト曰く「イマイチ」の地上界の食事で育ちそれしか知らないマグノリアは、とにかくその質に驚いていた。彼女だけでなく他の使節団員たちも。それだけの理由で、やっぱ国交を結んで正解だったとか考える団員もいたとかなんとか。
「面倒……面倒なんですか?」
「面倒だろうが、どう考えても。市民団体を名乗って皇城に忍び込んでくる連中だぞ」
市民団体、とは言い得て妙である。
その組織の構成員が特定の市に在住していたり関わっていたりすれば、そう名乗って問題はなかろう。団体の目的が何であるかという点は抜きにして。
そして団体の構成員である資格を上記に掲げ、組織された「市民団体」。字面は穏やかそうだが、そして単に市民生活の向上や維持を願っている系に思われがちだが、仮にそうではなかったとしても市民によって作られた団体は「市民団体」なのである。
行為の善悪良し悪しに関わらず、厳重に警備された皇族の住まいに無断で忍び込むような不穏な手段を取ったとしても、やっぱりそれはそれ「市民団体」なのである。
ただし…非常に違和感は残る。
理屈屁理屈を並べたところで、一般に「市民団体」とは市民が自分たちの正当な権利を主張するために、権力と対峙するために、個人ではなく集団で立ち向かう手段としての…それほど過激な表現が適当でない場合は、権力に対し提言進言を行う手段としての…ものだと認識される。
一方、目的のための手段として不法行為を用いる集団にイメージされるのは、もっと剣呑な名称…犯罪組織だとか過激派集団だとか…であることが多い。
であれば、後者が前者を名乗るのは如何なる理由か。
「あのな、ハルト。これも社会勉強の一つだ覚えとけ。いかにもワルですって感じにオラついてる奴は、只の雑魚。そうしなきゃ沽券を保てない三下だ。逆に一番警戒しておかなきゃならないのが、一見穏やかで礼儀正しかったりまともそうに見えて、やってることはそうじゃない奴。わざわざ自分の力をひけらかす必要なんてないって考えてる一流のワル共は、大抵がそういう部類だ」
「………………じゃあ、師匠やセドリックさんは三下で、教皇さんは一流のワルってことですか?」
「ちょっと待てお前アタシらのことどう思ってんだ!?」
ハルトの何気ない、悪気もなさそうな言葉にいたくショックを受けるマグノリア。引き合いに出す例がおかしいだろう。というか、ハルトの目にはマグノリア(とセドリック)がワルに見えているのか。教皇が一流のワルだという意見にはまぁ、賛同しなくもないけど。
「あ、いえ、例えばの話なんですけど、例えば」
「例えばでもそう思ってるってことだよな!?つかアタシらは言葉遣いがちょっとアレなだけで、やってることは品行方正な遊撃士だっての!!」
さらに言えば、セドリックは言葉遣いがちょっとアレなだけで、やってることは品行方正?な王太子サマである。
「……ま、まぁ、アタシらのことはともかく、感覚としてはそんな感じだ。あと、そうだなぁ……たとえばサヴロフ村のクヴァル、あいつなんて典型的な一流ワルのタイプだな」
「え、クヴァルさんワルなんですか!?」
「…………なんでそこ意外そうなんだよ腹立つなー…」
痲薬の製造販売をしてる組織の纏め役なんて、言葉遣いがちょっとアレなだけの品行方正な遊撃士なんかよりよっぽどワルではないか。もう立派な札付きだ。
「とにかく!態度とか外見とか第一印象とか主張とかが何か良さげでも本当はそうじゃない連中ってのは確実に存在するんだから、コロッと騙されんなってこと」
「テオって子の市民団体も、そうだってことですか?」
「アタシが直接遣り取りしたわけじゃないから断言は出来ないけど…まともじゃないことは確かだろ」
ハルトに対する皇帝の態度のせいで忘れがちだが、グラン=ヴェル帝国はれっきとした独裁国家である。帝都やその周囲の生活レベルは非常に高く臣民の満足度も高そうだが、それが帝国の全てではない。と言うか、そうでない部分の方が大きい。
そんな帝国における、皇族及びその所有物に対する非違行為は、押し並べて極刑ものである。公の場で皇族批判をするだけでも、五十年以上の懲役(という名の奴隷奉仕)。内容によっては当然、死罪もありうる。
そんな国で、皇城に無断侵入なんて真似をした上に、国の賓客である使節に向かって堂々と皇帝を非難し国教を否定してみせたテオ少年とやらは、それが知られれば間違いなく処刑確定だ。
「第一、他の誰でもなくお前を訪ねてきたってのも気になる」
「それは、ボクが剣帝の息子だからじゃないんですか?」
テオ少年も、そう言っていた。ルーディア聖教会の英雄である剣帝の息子であるハルトならば、自分たちに賛同してくれなければおかしい、と。
「それはそうなんだろうが、それだけってのも不自然だろ。使節団の全権大使はセドリックだぞ?所詮は箔付けのためでしかないお前に「国交をやめてください!」なんて言ったって無駄だってなんで思わない?」
「……………」
さりげなく、さっきの仕返しをしてみたりする大人げない師匠だったりする。
「それに、どうしてピンポイントでお前の部屋を当てられたんだろうな、そいつ」
「…………そう言えば、そうですね」
使節団員の宿舎の位置もその部屋割りも、外部に公表されていない。反対派の動きを警戒して、厳重に秘されているはずの情報だ。
ハルトの部屋に偶然当たるまで、窓をノックし続けた…はずはなかろう。相手がハルトだから良かったようなものの、普通は深夜の侵入者を無防備に招き入れる者などいない。そのまま警備兵に連絡されてお終い、だ。
「誰かに教えてもらったんですかね?」
「機密情報を知ってて漏らす奴がいるとしたら、そいつもグルってことだろ。で、皇城内部に協力者がいるってことだ」
「もしかして、ボクが魔王の息子だってこともバレちゃってたりします…?」
箔付けでしかないと師匠にチクリと言われたのをハルトは結構気にしていた。否定しようにも出来ないあたり、多分それは事実なんだろうなーと自覚していたからだ。
となると、他の理由がテオにはあったわけで、それは則ち…
「んー、それはどうだろうな。魔王の息子に対し、魔王崇拝者たちとの国交なんて反対です!って言う奴はいないだろ」
「…あ、そっか」
「ただ、皇帝がお前に向ける態度が他とは違うってことくらいは、把握してるかもしれない」
理由は分からないが…分からないというより敢えて追及はしないが…皇帝に特別贔屓されているハルトなら皇帝の判断に影響を及ぼすことが出来る、と彼ら市民団体が考えた可能性はある。
「ただその場合、城内に間者がいるって線は確実になる。しかも、皇帝とお前が接してる場所に居合わせた連中の中で、ってことだ」
「それって、帝国側の参加者か、城で働いてる侍従ってことですよね…?」
皇帝とて、所かまわずハルトに尻尾を振っているわけではない。彼が剣帝の息子に殊の外優しい顔を見せているのを目撃されたのは、歓迎の宴の席のみである。
「該当するのは、それだけじゃないだろ」
宴に参加していたのは、帝国の代表たちだけではない。そこには当然、歓迎される側の人間もいたわけで。
「え、使節団…」
「仮にそうだったとしたら、ものすっっっごく面倒なことになるんだろーな……」
自分で言っておきながらその可能性が引き起こす厄介事に思いを馳せて、早々にげんなり&うんざりしてしまうマグノリアは、そんなことになったら教皇に特別危険手当と称して思いっきり吹っ掛けてやろうかなんて考えて、そんな考えが浮かぶあたりやっぱり三下ワルの傾向がなくもないのだということには気付いていなかった。




