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第二十話 ミズ・マグノリアは素直になれない。




 「……ネコ、師匠行っちゃったね」

 「なーぁお」


 自分はマグノリアの気分を害することをしてしまったのだろうか。ハルトはそう思い彼女を追おうとも思ったのだが、やはり村人たちを見捨てることは出来なかった。

 

 次々と行方不明になる娘たち。突然娘の姿を見失ってしまった村人たち。そのどちらも今頃、ひどく不安で寂しい思いをしていることだろう。

 ハルトは王太子として超過保護に育てられはしたが、やはり臣下は臣下、家族とは違う。唯一の身内である母には滅多に会うことが出来ないので、彼は孤独の辛さだけはよく知っていた。


 生活に不自由しなくても、命の危険がなくても、一緒にいたい相手と一緒にいられないという寂しさは、地味に心を抉る刃になるのだ。


 ましてや、娘たちは悪徳領主に囚われているのかもしれない。両親たちの心配たるや、ハルトの寂しさの比ではないだろう。



 「あ……あの、遊撃士殿は行ってしまわれましたが……その…」

 「心配ありません、ボクが皆さんを助けますから!」


 村長が不安そうにしているので、ハルトは少しでも安心してもらおうと力強く断言した。

 村長の不安の中には、どこからどう見ても駆け出しペーペーぴよぴよひよっこのハルトに対する不信も含まれているのだが、彼は全く気付いていない。


 「とにかく、明日さっそくその領主の人のところに行ってみますね!」

 「え……そんな、いきなり…ですか?いくらなんでも性急というか、証拠も何もないのに……」

 「だから、行って聞いてみれば分かるじゃありませんか」

 「…………………」


 楽観的なハルトの台詞に絶句する村長と後ろの村人たちの表情は、「こいつ大丈夫だろうか」と語っていた。口には出さないが雄弁に語っていた。


 「その領主さんに、皆さんがとても困ってるってお話すればいいんですよね?きちんと話せば、きっと分かってもらえるはずです!」


 「……………………そ、それは…ありがたいこと…ですが。くれぐれも、無茶はなさらんでくださいね」

 「ご心配ありがとうございます、頑張ります!」


 そのとき、村長含め村人一同はただ一つの点において同じことを考えていた。


 則ち、この少年は当てにならないから(推測ではなくほぼ断定)次の手を考えておこう…と。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「おはようございます、フォールズさん。……あら、ハルトくんは一緒じゃないんですか?これから例の依頼なんですよね?」


 朝一番でギルド支部を訪れたマグノリアに受付嬢が挨拶した。が、すぐにハルトがいないことに気付き、さらにマグノリアの表情が苦々しいことにも気付く。


 「……何かあったんですか?」

 「その依頼は、無効だ。依頼主の連中、虚偽の申告をしてやがったからな」


 マグノリアは、受付嬢に詳細を話した。

 トーミオ村が望んでいるのは警備でも魔獣退治でもなくて、領主の悪行を暴くこと。しかしそれも彼らの推測だけで、証拠は何もないこと。それを告げたら依頼を受理してもらえないと分かっていて、依頼内容を偽ったこと。


 聞いた受付嬢も、マグノリアの苦々しさが伝染したようだった。

 彼女らギルド職員にとって最も厭うべき相手が、真実を告げない依頼者である。状況によっては、そのせいで多くの優秀な遊撃士の命が失われることだってありうるのだ。

 だからこそ依頼受託の際には注意事項をしっかりと説明もするし、それを破った場合のペナルティについてもしっかり理解してもらった上で話を進める。

 結局のところ信用の上に成り立つ商売なのだから、ギルドも依頼者も遊撃士も、信用に値する行動を心掛けなければならない。


 

 「…分かりました。この件については支部長に報告した上で、処分を決定します。私たちの調査不足のせいでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」

 「いや、アンタらのせいじゃないさ、気にしないでくれ。あの村の連中がちょっとばかり遊撃士を勘違いしてたってだけの話だ」


 遊撃士は、勇者や救世主ではない。軍や警察でもない。人助けは彼ら彼女らの本分ではない。とにかく村の窮状を知ってもらえれば虚偽申告のことはさておき助けてもらえるに違いない、と考えたトーミオ村の人々の認識が、甘かっただけなのだ。


 「ところで、ハルトくんはどうしたんですか?」

 「あー……あいつね。あいつは……置いて来た」

 

 聞かれると、少しばかり気まずくなるマグノリアである。自分でもちょっと無責任だったかなーという気持ちがなくもない。


 「置いて……って、トーミオ村にですか?どうして…」

 「だってあいつ、契約は無効だっつってんのに首突っ込もうとしやがるからさ。そんなに人助けしたいんなら勝手にしろって、放り出してきた」


 遊撃士という職業柄、マグノリアの判断は取り立てて非道なものではない。が、受付嬢の視線が自分を責めているような気がして、マグノリアは言い訳がましくなってしまう。


 「ま、まぁなんだ、あいつもビビりさえ克服すればけっこう使えるし、あの付近の魔獣だったら寧ろ丁度いい鍛錬になるんじゃねーかな?」

 「…けど、彼はまだ試験に合格もしてないんですよね?フォールズさんから見て、心配要らないって思えるんですか?」

 「あー、うん、まぁ…だからその、ビビりを克服できれば、な。それにあれだ、アデルの奴も置いて来たから、何とかなるだろ」


 まるで計算の上でアデリーンを置いてきたかのような言い方をするマグノリアだったが、正直なところアデリーンのことをすっかり忘れていたのだった。


 「アデル……って、アデリーン=バセット?あの、“隠遁の魔導士”ですか?」


 大仰な異名だがそれは単純に、アデリーンが引き籠もりだということを揶揄している呼称である。


 「そうそう。あいつヒッキーだけど、実力は確かなの知ってるだろ?だから心配要らないって」

 「……遊撃士を目指す素人が前衛で……ですか?」

 「ん……んー、まぁ、えーと………うん」


 確かにアデリーンは魔導士として上位遊撃士並みの実力を持っているが、魔導士はあくまでも後衛。術式発動のための呪文詠唱中は無防備になってしまう。

 そのため、魔導士が単独行動を取ることはほとんどない。前衛を担ってくれる剣士などとパーティーを組むのが一般的だ。

 詠唱破棄で術式を発動できるのであればその限りでもないが、そんなことが出来る大魔導士なんてほとんど存在しない。

 それこそ、アデリーンの師である“黄昏の魔女”のような、勇者レベルの規格外な連中くらいだ。


 アデリーンの詠唱中、ハルトが彼女を守り切れるのであれば問題はない。問題は、ハルトにそれが可能なのか、ということ。


 「……フォールズさん、確かにあの近辺に出没する魔獣はせいぜいレベル4程度ですけど、本当に、その二人で対処できるって判断したんですよね、フォールズさんが」

 

 だんだん、受付嬢の視線が冷たくなってきた。


 「ん、あー……うん、大丈夫大丈夫。実は他にも隠し玉あるから。すっげー強い奴が密かにくっついてってるから」


 そのとき、マグノリアはレオニールのことを思い出した(今まで忘れていた)。

 ハルトのことを主と呼び彼の身を案じ彼の周りをストーカーよろしくうろつきまわっているあの男がいれば、何も心配することはない。

 例え高位魔獣が出たとしても、難なく撃退してしまうだろう。ハルトやアデリーンの出番など無しだ。


 「……本当ですか?」

 「ほんとほんと。アタシなんかよりそいつ、強いからさ。ということで、アタシはこの件から一抜けた、だ」


 マグノリアの言葉に嘘はないと感じ取った受付嬢の表情から、ようやく刺々しさが抜けた。どうでもいいが彼女も随分とハルトに入れ込みすぎではないだろうか。普段だったら、遊撃士の心配なんてそれほどしないくせに。


 「まぁ、それならいいですけど…。それじゃ、後はトーミオ村の失踪事件について、こちらでお預かりしますね。もしかしたら支部長からも直接話が聞きたいって言われるかもしれませんが」

 「それは構わねーよ。あの人には色々と面倒かけちまうな」

 「それが仕事ですから。それに、最近このリエルタでも不審者の目撃情報が続いてまして。もしかすると、トーミオ村の一件と関係があるかもしれません」


 受付嬢が先ほどとは違う意味で表情を険しくして言った。


 「……不審者?」

 「ええ。サンテン通りの近辺で、毎日のようにうろついている若い男が目撃されてるんです。何をするわけでもなく立っているだけなんですけど、不気味だって近所の人々も怖がってまして」

 「………………………」

 「そう言えば、フォールズさんの定宿にしてるところもサンテン通り沿いにありましたよね?何か見ませんでしたか?」

 「………………いや…アタシは何も……」

 「そうですか…。どうも、昨日も捕り物があったそうですよ。その不審者が市警に引っ張られていったって………」

 「ぅええ!?」


 マグノリアのいきなりの奇声に、受付嬢は仰け反った。


 「ど、どうしたんですか?」

 「あ、いや、なんでもない。で、そいつは?引っ張られてって、どうなった!?」

 「…さぁ?初犯じゃないみたいですし、詰所で尋問されてるか留置所なんじゃないですか?」


 ―――なんてこったまさか隠し玉が市警に捕まっているとは。というか何してんだよあの男学習能力がないのか。


 悶々としながら天井を仰ぐマグノリア。頼みの綱が留置中ということは、ハルトとアデリーンは二人だけ、ということになる。


 「いや……だけどアタシは……だってそんな筋合いは…………そもそもハルトの奴が聞き分けないから……」

 「あの…フォールズさん?」

 「そこまで面倒……けど後衛…………アデルじゃハルトのフォローは……………でも相手は子爵であって魔獣じゃ………」


 マグノリアは、頭を抱えてしばらくブツブツ言っていた。受付嬢が知る限り、彼女がこんな姿を見せるのは初めてである。

 マグノリア=フォールズという遊撃士は、若いながらも慎重で計算高くて冷静で、常に合理的な判断で多くの依頼をこなしてきた。他人に無頓着というわけではないが煩わされるのが嫌だという理由でパーティーを組みたがらないくらいで、それを補うくらいに抜け目なく立ち回り、ほとんどの依頼をソロで達成してしまう。そんな彼女がこんな風に他人のことで悩むなんて、受付嬢からしたら意外すぎる一面であった。



 どうしていきなり悩みだしたのかは分からないが、しかしマグノリアが心配しているのはハルトのことだと受付嬢は悟った。


 「ふふ、フォールズさんてば何だかんだ言ってハルトくんのこと気にかけてるんですね。そんなに気になるなら、迎えに行ってあげればいいじゃないですか」


 マグノリアもついさっき同じようなことを受付嬢に対して思ったのだが、どうやらそれはお互い様らしかった。


 「な……別にアタシはそういうんじゃない!ただ、あいつには貸しがあるし返してもらわなきゃならないし、それにここで放置するのも保護者として……って違う保護者じゃない!!」


 一人でボケて一人でツッコんでいるマグノリアの姿は、とても滑稽で微笑ましかった。

 自分とさほど変わらない年齢でありながらどこか殺伐とした空気を纏っていたリエルタ市随一の遊撃士のそんな姿に、受付嬢は微笑ましさを感じると同時に安堵していた。



 「きっとハルトくん、フォールズさんのこと頼りにしてると思いますよ。そんな意地を張らなくたっていいじゃないですか」

 「だから、意地とかそういうんじゃなくて、なんでそんなことしなきゃならないって言うかアタシの知ったことじゃないっつーかそもそも赤の他人なんだしあいつがどうなろうとアタシには関係ないし……」


 受付カウンターの前でウロウロしながら呟くマグノリアの姿に、受付嬢はもう一押しだと感じた。


 「ところでフォールズさん。私たちギルドとしても、その村のことはとても気になります。もう少し様子を見てくれる人がいてくれると、助かるんですけど……」 


 案の定、マグノリアは受付嬢のその言葉に反応を見せた。

 さりげない風を装っているが、興味津々なのは隠しようがない。


 「へ…へぇ。まぁ、虚偽申告の上に領主とのいざこざがあるとかなったら随分とキナ臭くなるかもしれないし、アンタらが気にするのも無理はない…よな、うん。状況の推移を観察したいっていうのも分かるよ、うん。ま、アタシには関係ないことだけどな、関係ないことだけど。けどまぁ何かのついでであっち方面に行くことがあったら少しくらい様子を見てくるくらいはしてやってもいいけどな、うん」



 煮え切らないながらもやけに饒舌になっているマグノリアは間違いなく近日中にトーミオ村近辺を訪れる用事が出来るに違いないと、受付嬢はそんな不器用さが微笑ましすぎてニヤニヤを抑えるのに必死だった。



 

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