第十九話 告知事項は正確に。
トーミオ村の村長は、足腰も覚束ない高齢男性だった。
「ようこそお越しくださいました、お待ちしておりましたぞ」
震える膝と震える声(別に怯えているわけではない)で三人(と一匹)を迎えた村長は、自己紹介ついでに自分たちの窮状も伝える。
「儂は、村長のムルツァと申します。皆様方が来てくださらなければ、この村はどうなっていたことやら……この一月で、もう十人以上が行方不明になっているのです」
「行方不明者の内訳は?」
「ほとんどが若い娘たちです…」
村長の言葉に、マグノリアは足を止めた。
「若い娘ばかり…?」
「はい。ほとんどはこの村の娘でして…水汲みや木の実の採取に行って戻ってこなかったのです」
妙な話だ。
魔獣の仕業ならば、男女比が偏ることはない。仮に女の肉ばかりを好んで食う種類だったとしても、開墾のために村の外へ出るのは男の方が多いはずだ。それなのに、若い女が外へ出たときだけ襲ったということか。
「このトーミオ村は、子爵領の中でも一番古い集落です。儂らは、村を、領地を豊かにするために身を粉にして働いてきたというのに、領主さまは儂らを見棄てられたのです……どうか、どうかこの村を守ってくだされ」
「でも、私たちが帰ったあとはどうするつもり?」
震える手を合わせて懇願する村長に、アデリーンが無慈悲な問いを投げかけた。
「私たちは二週間でこの村を去るんだけど、その後は?また遊撃士を雇うの?そんなお金があったら最初からもっと長い期間を指定するわよね」
彼らの事情は分かっているはずなのにズケズケと容赦のないアデリーン。見かねたマグノリアが止めに入った。
「そのくらいにしとけ、アデル。この人たちだって他にしょうがなかったんだろ」
「だからって、解決策にもならないことに時間と金を費やすのは非合理的だわ」
手厳しいアデリーンの意見に、マグノリアはやれやれと肩をすくめる。彼女の言いたいことも分かるが、ここでそれを話しても意味がない。
マグノリアにとってこの村は、ただの依頼主。言われたとおりに二週間村を守り、期限が来たら去るのみだ。その後彼らがどんな道を辿ろうと、それは彼女にとって他人事である。
仮に追加報酬で期限延長を申し出たりするならばそれを受けるにやぶさかではないが、必要以上に情けをかけるつもりはなかった。
その点、言葉は厳しいが彼らの「その後」を気に掛けるアデリーンの方が、マグノリアよりも人情的なのではないかと思われた。
とは言え、アデリーンはそのまま村人たちに案内させて今夜の宿泊場所へ引っ込んでしまったので、彼らに同情しているとかそういうことではなさそうだ。
「アデリーンさん、行っちゃいましたね」
「ほっとけ。あいつは付き合い悪いんだよ。…………んで、何かアタシらに伝えたいことでも?」
マグノリアは、村人たちに歓迎以外の意図があることを察していた。
問われた村長は、ほかの人々と顔を見合わせ、意を決したように口を開いた。
「そのとおりです。実は儂らは、子爵が怪しいのではないかと疑っているのです」
「………子爵が?」
唐突に黒幕の存在を匂わせた村長に、マグノリアは驚いた。
しかし周りの村人たちはその発言に頷いている。どうやら、そう考えているのは村長だけではないようだ。
平民である彼らが貴族である領主を疑うなど、公になればそれだけでも罰せられておかしくないことである。ただ領主が気に喰わないだとか意趣返ししたいだとか、そんな理由で軽々しく言っていいことではなかった。
しかし、彼らには何か確信があるようで。
「そう考える理由を教えてもらってもいいか?」
領民ではないマグノリアだが、平民ではあるわけで、根拠もなく貴族に疑いを掛けるのはリスクが高すぎる。
それに、犯人が魔獣ではなくて子爵であるというならば、依頼内容にも条件にも変更が出てきてしまう。村長の言葉が真実だとすると、一旦この件を持ち帰ってギルドに精査してもらう必要があった。
「…勿論、儂らも理由なく子爵を疑っているわけではありません。ここ数年、子爵はこの村を含め、近隣の村からやたらと娘たちを出仕させようとしておりました」
若い平民の娘が貴族の屋敷に奉公に行く、というのは特段珍しいことではない。娘たちにしても、基本的な教養は得られるしお金も稼げるし上流階級に仕えていたという箔も付くしあわよくば貴族のお手付きになれるかもしれないしで、貴族の奉公人とは若い女性にとっては人気の就職先である。
「別に、よくある話だと思うけど…」
「都会では、そうかもしれません。しかし、このような開拓村では娘たちも貴重な労働力なのです。それなのに、娘たちを出仕させられないのならば税を上げると脅されてしまい…」
「で、実際に上げられたのか?」
領地の税金は領主の権限で決められている。安すぎては領地経営に差し障るし高すぎても領民が飢えて結果的に領地が力を失ってしまうということで、余程の愚君でない限りはそこまで無茶な要求をすることもないはずだ。
「いえ、今のところは。しかし、いずれそうなるに違いありません。さりとて儂らも、そのような横暴なことをされる御方のところに自分たちの娘を預けることは出来ず、お話を断り続けておりましたら…」
「娘たちが失踪し始めた、ということか」
「…………そうです」
項垂れる村長に、涙ぐむ村人たち。
しかし、マグノリアはそれに同情して「よっしゃ悪徳領主を懲らしめてやる!」とはいかなかった。
「それが事実なら、遊撃士ギルドより国に助けを求めるべきだろ。領主の誘拐事件なら、公王も無下にはしないんじゃないか?」
遊撃士の仕事は、軍警とは違う。法律を守ったり守らせたり違反者を取り締まったりする権限は彼女らにはない。
それどころか下手に手を出すと、不敬罪に問われてしまう恐れもあった。
「…証拠が、ないのです。儂らが証拠もなく言うことを、どなたが信用して下さると言うのでしょう?」
村長の言葉も尤もだ。現に、マグノリアでさえ彼らの言葉を鵜呑みにして軽々しく動く気にはなれない。
「…………………」
「ですから、あなた方には子爵を調べてもらいたいのです。そして証拠を見付けて、儂らを救っていただきたい」
「契約違反だな」
村長はマグノリアに縋り付こうとしたが、マグノリアは冷たくそれを拒絶した。
「……え…?」
「ギルドに持ち込む依頼に虚偽があった場合、契約は無効だ。違約金として報酬は没収される」
遊撃士の仕事がこぞって危険なものである以上、ギルドには最低限その安全を担保する義務がある。任務達成に著しい影響を与える虚偽申告や告知義務違反は、重大な違反項目だった。
それは、ギルドが依頼を受け付ける際にも告げられているはずである。
「そ、そんな……」
「それが嫌なら、どうしてギルドに本当のことを告げなかった?」
「子爵に誘拐の嫌疑を掛けているなんてことを、公にできるはずがありません!それに、ギルドの方々も正直に話せば依頼を受け付けてはくださらなかったことでしょう……」
村人たちに同情しなくもないが、話はそこまでだった。
魔獣討伐と誘拐事件の調査では、あまりに依頼内容が違いすぎる。寧ろ全く別物だ。必要とされるスキルも変わってくるだろう。
何より、貴族が絡んでいるとなると問題は非常にデリケートだ。
「悪いが、この話は一旦保留だ。アタシらはリエルタに戻って…」
「分かりました、任せてください!!」
「………おい!」
無用なトラブルを避けるために村長に断りを入れようとしたマグノリアだったが、それまで大人しくしていたハルトが急に出張ってきて勝手なことを言い始めた。
「おお、本当ですか、お任せしてもよろしいので?」
「勿論です!皆さんが困ってるのに放っておくことなんてできません!大丈夫、師匠はすっごく優秀な遊撃士なので、こんなのちょちょいのちょーいで解決してくれます!」
「おいコラ待て馬鹿弟子!何勝手に話を進めてやがる!!」
マグノリアは慌ててハルトを止める。間違いなくハルトは、この件の裏側にある面倒臭さに気付いていない。
「だって師匠、この依頼受けるって決めたの師匠じゃないですか!」
「だから、依頼内容に虚偽があったんだって!このまま進めるわけにはいかないんだよ。契約は無効、アタシらはリエルタに戻る、話はそこからだ」
「けど、そうしてるうちにどんどん被害が大きくなっちゃうじゃないですか!」
ハルトは本気で村を心配している。その安っぽい正義感は遊撃士になって様々な経験を重ねるうちに現実と折り合いを付けていくのだろうが、今のハルトは現実よりも情だとか理想だとかに引きずられているようだった。
「お前な、何も分かってないくせに口出すな。つか、余計なことは言うなってさっき言ったよな?」
「師匠、この村の人たちを助けましょうよ。ボク、頑張りますから!」
やはりハルトは、マグノリアの言葉を聞いていない。
その事実を再確認し、マグノリアは決心した。
「ああ、そうかよ。だったらお前一人で頑張るこった」
そう言うと、席を立つ。
「アタシは、っつーか遊撃士は、慈善家じゃねーんだ。無効になった契約を守る必要なんてない。それに、どんな理由があろうと虚偽の申告をした依頼主ってのは全面的に信用できないんだよ。まだ遊撃士でもないお前がこいつらのために何かしたいって言うなら止めはしない。けど、アタシは帰るからな」
「ししょ……」
「それじゃあな。せいぜい頑張れよ」
ハルトの呼びかけを無視して、マグノリアは公会堂を出た。
入口のところで少しだけ足を止めて、ハルトが後を追いかけてこないことを知ると、そのまま歩き出す。
ここらが潮時だった。らしくないことに首を突っ込んでしまったが、これ以上の深入りはやめよう。
借金を返してもらう方法はおいおい考えるとして、彼女はハルトに付き合うのをやめた。
もしここで彼がマグノリアを追ってきたなら…則ちトーミオ村ではなく彼女を選ぶのであれば、もう少しだけ付き合ってやるつもりではあった。
しかし、ハルトがマグノリアの意志に反してこの村を選ぶのであれば、もう何も言うまい。
ひどく面白くない気分だったが、彼女はそれを、逢ったばかりの子供にいいように振り回されてしまったせいだと、自分に言い聞かせた。




