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第十七話 他人が散らかしたところを片付けるのって何か癪に障る。




 「おい、ハルト」

 「何ですか、師匠?」


 マグノリアが宿の部屋で自分の荷物を広げて何やらゴソゴソやっているハルトに掛けた声には若干の険しさが含まれていたが、それは彼が部屋を散らかしていることに対してではない。身分や金の有る無しとは別の部分で育ちの良いハルトは、自分の周囲が乱雑なままになることを好まない。用事が終わればきちんと片付けるだろう。

 マグノリアが険悪になってしまうのは、そうではなくて。



 「お前さ、本当に覚えてないんだよな?」

 「バッチリ覚えてますよ。確かに彼女はボクの問いかけに頷いてくれて…」

 「妄想ゆめの話じゃなくて!!」


 いい加減、ハルトに都合が良いだけの夢の話は聞き飽きた。あれから二日、聞きたくもないのに他人の夢の中のキラキラ恋愛ストーリーを延々と聞かされ続けるのは最早拷問と言って差し支えなかろう。


 「そうじゃなくて、オロチに吹っ飛ばされた後のことだよ」

 「だって、ボク気絶しちゃったじゃないですか。その、オロチを倒してくれたっていう通りすがりの人の顔だって見てないし、声も聞いてないし」

 「…………………そうか…」

 「どうしたんですか、師匠?何か変ですよ。あれからずっと型稽古ばっかりだし」


 ハルトが怪訝そうに尋ねる。

 この二日間、マグノリアはハルトを宿から出さなかった。森にはまだ高位魔獣がうろついているかもしれず危険だ、という理由で、実践訓練もおあずけ。

 訓練用標的ダミーもハルトが在庫全てを破壊してしまったので、結局はまた型稽古に戻ってしまったのだ。


 せめて打ち込み稽古くらいはさせてやりたい…と思うマグノリアだったが、先日の()()を見て自分が相手をしてやろうとは、とてもではないが思えなかった。





 マグノリアの様子がおかしいのは、レナートから奇妙な事実を知らされたからである。


 彼女の報告を受け調査団と共に森に入ったレナートから聞かされたその事実とは、オロチの死骸がどこにもなかった…というものだった。

 死骸だけではない。血の跡も残されておらず、オロチが薙ぎ倒したはずの木々は根元から伐採されていてそれがオロチの仕業とは思えない状態だったのだ。




 「…相手がお前さんじゃなければ、オロチなんて始めからいなかった…って結論を出すんだけどな」

 レナートは、そう言っていた。

 「しかしお前がそんな無意味な嘘をつく奴じゃないってのは俺が一番よく知っている。だから、徹底的に調べたよ」


 オロチなど存在しなかった、としてしまう方が彼にとっては楽である。しかしレナートはマグノリアの言葉を信じ、マグノリアの言葉が真実であった場合の脅威を考え、文字どおり地面に這いつくばって徹底的にオロチの痕跡を探した。


 「…んで、一部だが地面に僅かな跡を見付けたよ。重くてデカいものを引き摺るような跡だった。そこ以外は不自然にならされていたから、どこかの誰かさんが消し忘れた部分だろうな」

 「支部長、それって……」


 レナートの台詞に込められた意味。何者かがオロチの痕跡を消し去ったのだという結論にマグノリアも気付いた。


 しかし、それならば一体誰が、何の目的で。



 獲物を、戦果を横取りするというのは散見される出来事である。しかし、自分が倒したのだと吹聴するのではなく痕跡を消そうとする理由も必然性も、マグノリアには分からない。

 オロチほどの巨体を処理するのには、それなりの労苦もあるだろう。



 「オロチの話を知っているのは、お前とその通りすがりとやらだけなんだよな?」

 「ああ。変に騒がれるのも嫌だから、誰にも話していない」


 二人は揃って首を傾げる。

 もしかしたらレオニールの仕業かもしれない、と一瞬思ったマグノリアだったが、彼にそんなことをする理由はないし、そんなことを重要視するタイプでもないと思い、その可能性を除外する。


 「念の為、役所で市長に話を聞いてみたが、何も知らないようだった。となると、無関係の人間がオロチの死骸を始末して、ご丁寧に痕跡まで全部掃除していったわけだ」

 「でも、何のために……」


 森の美観に心を砕くエルフの集落でもあるのならば話は別だが、面倒な思いをして魔獣の死骸処理をしてくれるボランティアなんて聞いたことがない。

 確かにオロチほどの高位魔獣であれば、魔晶石でなく体の一部も最高級の素材として売買されるけれども、仮にそれが目当てだったとしてもわざわざ価値のない部位まで持ち去りオロチの身体が接したであろう木々を綺麗に伐採していくのはおかしな話だ。


 「最終的な目的なんか分からないが、少なくともその御仁はオロチの存在を隠したいってのは確かだな」

 

 レナートも勿論、それ以上のことは分からない。

 オロチのような高位魔獣は人間にとって恐るべき脅威であり、普通であれば迅速に情報共有を図らなければならない事態である。今回は討伐済みだということでそれほどの緊急性はなかったが、レナートも死骸を確認したら即座に市の上層部にそれを報告するつもりだった。

 それなのに、わざわざそれを邪魔するかのように現場の痕跡を消してくれた何者か。レナートと調査団が森へ入るまでの短期間に竜種並みの巨体を処理するのだから、相当必死になったに違いない。


 相当必死になる理由が、あったに違いない。




 結局、レナートのところではそれ以上の情報は得られなかった。誰かがオロチの痕跡を消した、というのも彼らの推測に過ぎないのだ。何しろ、証拠なんてどこにもない。


 仕方なく後のことはレナートに任せ、宿に戻って来たマグノリアだったが。





 「……もう一度聞くけど、本当に、ほんっとうに、何も覚えてないんだな?」

 「んもー、クドいですよ師匠。気絶してたら覚えてるも何もないじゃないですかー」

 「んにに、にゃーお」


 もしかしたら、ハルトのあの妙な力のせいではないか、とも思ったのだ。理屈は分からないが、斬ったものを消してしまうような効果がある、とか。


 ――――いやいやそれはないか。だとしたら、ならされた地面だとか切り倒された木々だとかの説明が付かない。

 マグノリアは自分で自分の考えを否定した。

 ハルトに嘘をついている様子もないし、いつも思わせぶりなネコも同様だ。



 「ところで師匠、もう森には行かないんですか?お金稼げないし、まだ試験に合格できるかどうかちょっとだけ不安もありますし」

 「ちょっとだけて」


 ほとんど前進がないのに関わらず(彼が上達したのは型だけだ)()()()()()()しか不安がないハルトは、もしかしたら結構な大物になるかもしれない。



 「……だけどなー……うーん、確かに……このままじゃ、流石になー……」


 森に入って再び高位魔獣と遭遇してしまう事態は恐ろしいが、このままダラダラしていても期日が近づく一方である。

 遊撃士試験のではなく、ハルトがこさえたマグノリアの借金返済の期日が。


 勝手知ったるギルドでもあるし、かなり寛大な猶予期間をもらってもいるが(それもこれも彼女が積み上げた信頼ゆえだ)、それだって無期限というわけではない。


 ハルトが遊撃士になろうとなるまいと(そりゃなれればいいなとは思うが)、彼女は彼に残り120万、できれば彼女の被った損失分さらに120万も併せて稼いでもらわなくてはならない。

 そして特に手に職も持っていないハルトに手っ取り早く稼いでもらおうと思えば、魔獣を狩るのが一番なわけだ。彼には実績もあるわけだし、ビビりさえ克服すれば出来ないことではない。


 

 「……そう、だなぁ。あれから特に警報も出てないし……そろそろ本格的に稼ぐとするか」

 「はい!」


 返事だけはいいんだけどな、どうして実戦になると途端にヘタレて尻込みするんだろうなこいつは。


 マグノリアは、なんとかハルトに実力を発揮してもらいたいと考えた。何しろ発揮してもらえなければ金を返してもらえない。

 実のところ、ハルトに任せずにマグノリアが自力で難易度の高い依頼をこなした方が金は稼げる。しかし、訓練用標的ダミーの弁償はあくまでもハルトの借金だというのがマグノリアの見解で(実際の借主が彼女だったとしても)、その返済を自分が背負うことはどうしても容認できなかった。


 なので、多少は自分が手を貸したり導いたりしてやるのはいいとして、意地でもハルト自身に稼いでもらう所存だ。



 「ところでハルト、お前、魔法は使えないのか?」

 魔法…魔導や法術・幻術などの魔力を消費して行使する奇蹟の一種…で遠隔攻撃が行えれば、臆病なハルトでも接近することなく魔獣を倒すことができる。それは腑抜けたハルトの根性を叩き直すよりもよっぽど手っ取り早いと思われた。

 しかし、


 「魔法、ですか?習ったことないので分かりません」

 「そっか……適性は?調べたことあるか?」


 首を横に振ったハルトだが、マグノリアはそれもそうか、と納得。全ての生命に魔力マナは備わっているが、全ての生命に魔導適性が備わっているとは限らない。

 現にマグノリアも、一切の魔法を使用できない純粋な剣士である。

 それを補うための魔導具であるのだが、しかし汎用性や威力には限界があるため(あと金が掛かる)、適性があるならば魔法を習得するに越したことはない。

 

 「適性……?」


 そしてよく分かっていなさそうなハルトの様子に、調べていないことは分かった。


 「よっしゃ。それじゃ、助っ人を頼むとするか!」

 「助っ人……ですか?」


 訝しげなハルトだったが、マグノリアが外出する準備を始めたので慌てて荷物を片付け始める。

 そのどれもが使い込まれた旅道具であることにマグノリアは気付き、世間知らずのハルトが持つにはそぐわないような気もしたが、レオニールに詮索はしないと約束している以上、それについては深く考えないことにした。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 マグノリアがハルトを連れて行ったのは、ギルド支部である。

 当然、借金返済のためではない。遊撃士試験もまだしばらく先である。


 彼女の目的は二つ。


 「こんにちは、フォールズさん。今日はどうしました?」

 すっかりハルトの世話役が板についてきたマグノリアを見て、ギルドの受付嬢はあらあらまあまあ、といった感じに微笑んだ。


 「ああ、ランクCかDあたりでいい依頼ないか?こいつがやれそうな感じの」

 受付嬢の生温かい表情には気が付かなかったフリをして、マグノリアはハルトを指しながら尋ねた。尋ねられた受付嬢は、少し驚いた顔になる。


 「ええと、ハルトくんに…ですか?けど彼、まだ遊撃士になってすらないですし、ランクGかせめてFくらいじゃないと危険じゃありませんか?」


 受付嬢の疑問は当然のものだ。実力に見合わない依頼は遊撃士にとって命取りである。

 

 「心配いらねーよ。アタシが後ろで見てるから。それに助っ人も頼むつもりだしさ」

 「そうですか……なら、安心ですけど…」


 依頼のランクは、SからGの9段階に大別される。最も難易度が高いのがランクSで、その下にAA、A、B…と続く。それぞれのランクにもA+だとかB-だとか細かい区分分けがなされているが、概ねそのランクは遊撃士の等級にリンクしている。

 

 そう考えると、まだ遊撃士にすらなっていない素人のハルトがランクCやDの依頼に手を出すのは自殺行為に他ならない。が、第二等級の中でも屈指の実力者であるマグノリアがついているのであれば、それほど危険はないと受付嬢は判断した。


 「それなら、警備のお仕事なんてどうでしょう?ランクDで、ここから少し離れたところにある集落から最近持ち込まれた依頼なんですけど」

 「警備か……報酬は?」

 「成功報酬のみで、二十万ですね。最近村で失踪者が多くて、魔獣のせいではないかと心配しているみたいです」


 詳しい話を聞く前に、マグノリアは考え込む。

 警備主体の依頼だと、ハルトの修行にはならないかもしれない。が、その過程で魔獣が出没すればそれを討伐することになるし、そこで得られた素材も全て自分たちで獲得することができる(魔獣討伐の場合、採取した素材や魔晶石も依頼内容に含まれてしまうケースがある)。

 聞いた感じの第一印象だとなんだか面倒臭そうな依頼ではあるが、ギルドが難易度をDと認定したのであればそれほど危険の大きな依頼ではない(マグノリアから見て)。それで二十万という報酬も、決して悪くない。


 「達成目安の日数は?」

 「目安と言いますか、先方の指定した警備期間は二週間です。それ以上は予算の都合上……みたいで」

 「二週間……か」


 再び考え込むマグノリア。予定どおり二週間で終わればいいが、下手をすると遊撃士試験にかかってしまうかもしれない。


 「…………まぁいいか。さっさとその原因の魔獣を見付ければいいんだしな」


 もしかしたら試験に間に合わないかもしれない、と不安そうな顔でマグノリアを見上げるハルトに向けてそう言ったマグノリアだが、彼女は決して楽観主義者ではない。


 正直なところ、ハルトが遊撃士になれるかどうかは、どうでもいいのだ。それよりもさっさと強くなってさっさと稼げるようになってさっさと借金を返してくれればそれでいい。遊撃士にならなければ魔獣を討伐してはならないわけではないし(仕事の斡旋が受けられないだけだ)、遊撃士でなければ金を稼げないというわけでもない。


 しかし彼女はそれなりにハルトが気に入っているので、金さえ返してくれればその後で彼が遊撃士になるための協力を惜しむつもりはなかった。


 なので本音としては、今回の試験は逃すかもしれないがそのうち合格できればいいじゃないか、という感じである。



 「それじゃ、その依頼を受けるよ」

 「はい、ではお手続きしますね」


 ハルトにさせるつもりの仕事に関わらず勝手に話を進めてしまうマグノリアにハルトは何かを言いたそうだったが、肩の黒猫につっつかれてそれを諦めた。



 


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