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第十三話 便りがないのが元気な証拠って言うけど実際はそうでもないと思う。




 「くそっ、何処におられるのか……殿下…」

 

 悔しさと心配がないまぜの声と表情で、レオニールは独り言ちた。

 散々マグノリアや通行人や市警兵に見咎められていることから分かるように、彼は隠形系の技術はさっぱりである。主の盾となり矢面に立つのが護衛騎士の務めであるからそれは仕方ないことであるのだが。


 でもって、気配を断つのも苦手なら、それを探るのもやっぱり苦手だったりする。

 戦場に立てば一騎当千の彼ではあるが、探査・捜索となるとそこいらの素人探偵と大差ないのだ。


 気配を察知するのが苦手なので、彼がハルトを探すために取れる手段はただ一つ。


 聞き込み、である。


 自分の立場(魔族であり王太子の護衛騎士)はこの際考えないようにして、彼は宿の近辺でハルトらしき少年の目撃情報を集めた。

 幸運なことに、ハルトは魔王の嫡子だけあって人目を引く容姿をしている。仕草や立ち居振る舞いには辺境の街にそぐわない上品さも持っているし、黒い髪も蒼い瞳もこの辺では珍しいということもあり、ハルトを見たという人間は少なくなかった。


 その情報にしたがって街の外に出たレオニールは、そこで壁に突き当たった。


 ここリエルタ市は、大陸のやや北部に位置する中堅都市である。近郊には大陸有数の大都市もあり、辺境の割には栄えている街ではあるのだが、やはり辺境は辺境。近年になって急激に開発された地域ということもあり、街を一歩出ればなかなかの大自然が広がる地帯なのだ。


 街を半分囲むように山々が連なり、その麓には広大な森林が侵入者を阻むように横たわっている。地元の人々は狩猟や採取で訪れることもあるらしいが、不慣れなよそ者が足を踏み入れればかなりの高確率で迷ってしまう。

 さらに言うなら、いくら地元民でもそこまで頻繁に森に出入りするわけではなく、聞き込みをする相手が見当たらない。


 ハルトたちの足取りは街を出るところまでで、レオニールはそこから右手の山岳地帯に行けばいいのか左手の街道方面を選べばいいのか、手掛かりなしで判断を迫られることになってしまった。


 レオニールは、ハルトとマグノリアの遣り取りを全く知らない。したがって、彼が自分の選択の根拠に出来るのは「なんとなく」「…な気がする」的な曖昧とした感覚のみだった。


 「……く、この私としたことが、主のお傍を離れるという過ちを犯してしまうなど……」


 ぎりりと奥歯を噛みしめて、レオニールは「なんとなく」こっちかなーという「気がする」方向へ、全速力で駆け出した。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「なぁ、ハルトお前さ、実家には連絡入れなくていいのか?」


 次の獲物を探して森の中を歩きながら、マグノリアは何の気なしに訊ねた。上流階級云々というのはただの想像で、彼女は実家情報を含めハルトのことを全然知らないことに、今さらながら気付いたのだ。


 …ここまで世話を焼いておいて今さら、であるのだが、そういうことを気にさせないような不思議なオーラがハルトにはあった。


 「…え、実家……ですか?」


 聞き返したハルトの表情に気まずさが漂っていたことから、彼の今の状況は彼の実家の望むところではないのだろうと推察は出来る。恋人?探しか自分探しかはどうでもいいが、家出的な感じなのは間違いないだろう。


 「お前さ、メルセデスを追っかけて家を出て来たんだろ?」

 「はい。一番はそうです」

 「一番?」


 迷いなく答えたハルトだが、その含みのある言い方にマグノリアが尋ねると、少しだけ照れ臭そうな顔になった。


 「その……ボク、家ではなんて言うか、けっこう大切にされてまして」

 「あーそれはなんか分かるわ」


 ハルトのことを何も知らないマグノリアではあるが、彼が愛され大切に守られてきたのだということくらいは分かる。


 「その、家の者はすっごくボクに甘いんですよ」

 「あーそれもなんか分かるわ」


 甘やかされ超過保護に育ったのだということも、分かる。


 「ボク、いつかは父の跡を継ぐことになるんですけど」

 「へー、親父さん、偉い人なのか」


 やはり、上流階級出身だということも間違いなさそうだ。跡を継ぐ、ということは貴族か大商人…しかしハルトの浮世離れした雰囲気から、貴族の線が濃厚。


 「でもボク、父と違って何の力もないんです。ただのお飾りだし、し…家の者はそれでいいって言ってくれるんですけど、なんかそれも違うんじゃないかなー…って」

 「…ふーん。お偉いさんにも色々あるんだな」

 「って、疑問に思い始めたのはメルセデスに逢ってからなんですけどね」

 

 ハルトの表情は、想い人に恋焦がれるものだけではなかった。その先に、自分の目指すもの…ありたいと思う姿の片鱗を見付けられたような、一種独特の安堵も混じっていた。


 「彼女に逢って、今の自分のことを考えるようになったら、この先の自分のことも考えるようになりました。自分が何をしたいのか、どうありたいのか」

 「ほうほう。で、どうありたいんだ?」

 「彼女の傍にいたいです!」


 熱意と決意の漲る調子で拳を握りしめるハルト。家を継ぐ云々はどこに行ったのだろうか。


 「…家はいいのかよ?」

 「う。……それは、そりゃいつかは継がなくちゃいけませんけど……そんなすぐってわけじゃないし、それまで彼女と一緒にいて、強くなれればいいなーって………家を継ぐのはその後ってことで」

 「親父さんも災難だな」


 自覚がないわけではないが今一つ責任感に欠けるハルトを見ていると、マグノリアは顔も名前も知らない彼の父親が不憫に思えてきた。

 しかし、


 「あ、父はもういないんですよ」

 「え?」

 「っていうか、ボクが生まれる前に死んだって聞きました」

 「そ…そうか、悪かったな」


 マグノリアの気まずそうな謝罪に反して、ハルトはあっけらかんとしている。


 「別に構いませんよ。父といっても、だから顔も見たことないし実感ないですし。……師匠?」


 ハルトは、マグノリアの表情に何か沈痛なものを感じて怪訝そうに尋ねた。


 「ん、いや。生まれや育ちは全然正反対でも、アタシと一緒だなって思ってさ」

 「…………?」

 「アタシも、父親がいないのさ。お前と違って、死んだのはアタシが子供のときだけどな」


 まだ十にもならない頃に失った父のことは、十年以上経った今でもマグノリアの中に深く重くわだかまっている。

 これが病気や事故によるものであれば、それでも時間の経過とともに吹っ切れたのかもしれない。

 しかし、父の最期の姿は、忘れるにはあまりに深い傷を幼いマグノリアに遺した。


 「師匠も、そうだったんですか」

 「ああ。母親はそれより前に死んじまってたから、たった一人の肉親でさ。それで、孤児になったアタシは生きるために遊撃士の道を選んだ。幸い、それなりに適性はあったからな」


 次は、ハルトが気まずそうな顔をする番だった。

 父親を亡くしたという境遇は同じでも、ハルト自身は父の死に何ら感傷めいた気持ちを持ってはいない。二人の温度差は、二人の経験してきた重みに比例するようだった。


 「そんな顔するなって。…そういや、お袋さんは?」

 「母は、健在です」

 「そっか、良かったな。片方だけでも親がいるってのは幸運なことなんだから、あんまり心配させるんじゃねーぞ?別に実家に戻れとは言わないから、元気でやってますって連絡くらいしたらどうよ?」


 心配してくれる肉親がいるというのは、天涯孤独の身からすれば得難い幸福なのだ。だからマグノリアは、ついそんなお節介を焼くのだが。


 「んー………それは…そう、なんですけど…………」

 

 しかし渋っているハルトを見ると、どうも何か確執があるのではと勘ぐってしまう。


 「……手紙なんて出したら、僅かな手がかりで居場所を突き止められちゃいそうで……ウチの母、ちょっと感情表現が過大というか暴走気味というか……多分心配して地の果てまでも追いかけてくるんじゃないかなーって…」

 「ず…随分とパワフルなお袋さんだな…」

 「んにゃにゃ、にゃー」


 一目惚れした相手を追いかけて家出したハルトはきっと母親似なのだろうとマグノリアは思った。

 ハルトの肩の上の猫も、同感だとばかりに鳴いた。

 

 「まぁ、家のことにまでアタシが口を出す筋合いはないけどよ……」


 人生の先輩として後輩を導くような気の利いた一言をくれてやろうとしたマグノリアだったが、言葉の途中でそれを止めてさらに足も止めた。


 「…師匠?」 

 「妙だな……」


 突然立ち止まったマグノリアにハルトは緊張感のない表情で訊ねるが、マグノリアの視線にこめられた険しいものに、何か異常事態があったのだと感じ取った。


 「妙って、何が……」

 「なんでどこにも、獣一匹見当たらないんだ?」


 マグノリアは、警戒網を一段階広くして辺りの様子を探る。森の中だと言うのに、いつの間にか魔獣はおろか鳥や獣の鳴き声や気配まで消え去っていた。


 彼女はこの地域を中心に活動していて、森にも素材採取や魔獣討伐のため立ち入ることは多い。しかし、不自然な静けさに包まれたここは、彼女の知るいつもの森ではなかった。


 「普段なら、もっと魔獣の数は多いはずなんだ。なのにこんだけ歩いて姿も見ないって、どういうことだ……?」

 「さっきと違って、すごく静かですね」


 ハルトには、マグノリアの危惧は伝わっていない。本来、森には生気と音と気配が満ちているものだ、という知識は彼の中にはないのだ。

 静かなら静かで、いいことじゃないか……と思っていた。


 

 「……ハルト、戻るぞ」

 「え、でも、まだウサギ一匹しか獲ってませんよ?」


 だから、目標額どころか子供のお小遣い程度しか稼いでいないのに森を出ることを決めたマグノリアが不思議だった。


 マグノリアは、冷静なまま。


 「いいか、遊撃士になりたいってんなら覚えとけ。いつもと同じ場所で、いつもと様子が違ってたらそれは危険信号だ。あと、危険を感じたら四割増し大げさに考えろ」


 それは、マグノリアが遊撃士として生きてきた中で覚えた、生き残るための知恵。向こう見ずな同業者たちで、それが出来ずに死んでいった者も少なくない。


 違和感をないがしろにしない。危険を軽視しない。判断に迷った場合は臆病になるべし。

 幼く非力な頃から彼女が危険な稼業で生き延びてこれたのも、それを徹底していたからだ。


 「あまり音を立てるな。走るのもやめとけ。このまま静かに、来た道を戻るぞ」

 「え、あ、はい…」


 冷静だが緊張に満ちた声でハルトに指示し、マグノリアは彼を先に行かせ自分はその後に続く。来る途中に脅威はなかったから、それがあるとすれば先に待ち構えている可能性が高い。

 万が一背後から急襲された場合、ハルトでは対応が出来ない。


 「あの……師匠?」

 「無駄口を叩くな。周囲を警戒しとけよ」


 ハルトをパニックにさせないように、静かな口調でマグノリアは告げる。レベルに差があるパーティーで最も恐ろしいのは、低レベルな者がパニックを起こして迂闊な行動を取り、パーティー全体を危険に晒すことだ。

 第二等級であるマグノリアには、対処出来ない事態は少ない。この近辺に生息する魔獣の大半は討伐経験があるし、魔獣以外の突発事項も大体は経験済みだ。

 だが、ハルトというお荷物を抱えてとなると、油断は出来ない。


 

 来た道を半分くらい戻ったところで、地面が僅かに震えた。

 地響き…という程ではない。それは非常に小刻みで、何か重いものを引きずっている音のように感じられた。

 それに伴い、木々が薙ぎ倒されるベキベキという音も、二人の耳に届く。


 それがやはり背後から近付いてきているということを確信したマグノリアは、振り返り剣を抜いた。


 「師匠?」

 「全力で走れ。後ろは振り向くなよ」

 「え……でも、」

 「いいから早く。森の外で待ってろ」


 躊躇うハルトの背中を押して、その肩の黒猫と目が合ったマグノリアは、そのひどく落ち着いた瞳に何故か頼もしさを感じ、頷いた。

 猫も、頷き返した。


 「ほら、さっさと行け」

 「は……はい!」


 流石のハルトも、何か尋常ならざる事態が起こったのだと察し、戸惑いながらもマグノリアの指示どおり走り出した。

 その足音を背中で聞きながら、マグノリアは静かに闘気を高めていく。


 地面を擦るような音は、蛇型魔獣に特有のものだ。音と、進行方向の木々をへし折って近付いてきていることから、かなりの大型であることが予想される。

 そこから、近付いてきているのはギガサーペントであると、マグノリアはアタリを付けた。

 ギガサーペントは、巨大な蛇という見た目に反して敏捷性が高い。動かない状態であれば、訓練用標的を破壊しまくったハルトの攻撃で難なく倒せるだろうが、一角兎一匹に翻弄されていた姿を思えば動き回るギガサーペントにハルトが攻撃を当てることは限りなく不可能に近いと思われる。

 何しろ、標的と違って生きた魔獣は向こうから襲い掛かってくるのだから。


 ギガサーペントは剣士殺しの異名のとおり、物理攻撃に滅法強い種族であり、純粋な剣士であるマグノリアには相性の悪い相手ではあるが、しかし彼女はその対処法も知っている。油断さえしなければ、なんとか切り抜けられるはずだ。

 しかしそれは同時に、僅かな油断やミスが命取りになるレベルの相手であることを意味している。


 マグノリアは、腰のポーチから魔導具を取り出した。一見魔晶石のようだが、多少の加工が施されており、剣の柄に設けられた穴に嵌め込めるようになっている。

 その魔導具の持つ性質は、炎。対応する武器と組み合わせると、それだけで魔導武器に変わるという便利グッズだ。

 汎用性の高さと引き換えに威力は抑えられてしまうが、魔導石…魔晶石を加工してさまざまな性質を付与した魔導具の一種…を使い捨てにするよりもコストパフォーマンスは高い。


 

 マグノリアは、音と生息地帯から考えて近付いてきているのがギガサーペントだと判断した。そして人間よりも移動速度の速い敵を相手に二人で逃げ回るよりも、自分がここでそれを排除した方が得策だ…と。


 しかし、音が近づくにつれ自分のその判断は誤りだったのではないかという疑念が強くなっていく。


 ギガサーペントにしては、音が重い。言いようのない圧迫感が、姿の見えない時点で届いて来た。


 「こりゃ…マズったかな」

 そう呟いてみても、今さら逃げても遅い。背中から襲われるのは一番避けたい事態だった。


 やがて、一際大きな巨木を押し倒し、それが彼女の前に姿を現した。

 それは、蛇と言っても俄かには信じられない、異形。


 「う…嘘だろ………なんでこんなところに……」


 八股の頭に、八股の尾。山のような漆黒の巨体に、燃えるような真紅の眼。半ば開かれた八つの口からは、舌と共に炎がチロチロと見え隠れしている。


 

 種族名、オロチ。地上界最強種の魔獣が、無機質な目でマグノリアを見下ろしていた。



 


 


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― 新着の感想 ―
[一言]  よくある”ご都合主義”が発動されなければ、レオさんは間に合わないと思う。  まぁ、どうせエルニャストは付いてきているだろうから、どうしようもなければこっそり出てくるだろうけど。 >予告!…
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