80年ぶりの、クリスマス★プレゼント
──ここは、しんしんと雪が降りしきる、深い深い森の中。
何とまさにこの時、一頭の大きなシロクマが、半ば雪に埋もれるようにして倒れていました。
元来シロクマは寒さに強いとはいえ、どうやら彼はひどく弱っているようで、このままだと誰からも看取られずに野垂れ死ぬものと思われたところ、それまで誰もいなかったはずなのに、いつしかすぐ側に一人の幼い女の子が立っていたのです。
年の頃は、六、七歳くらいでしょうか。
その小柄な肢体を包み込むふかふかなコートや帽子も、長い髪の毛も、全身の素肌も、あたかも雪の精霊であるかのように、真っ白でした。
──だからこそ、そのお人形さんそのものの整った小顔の中の、両の瞳だけが、まるで鮮血のごとく深紅であることが、妙に大人っぽい妖しさを感じさせたのです。
「シロクマさん、こんなところで寝ていたら、風邪を引いてしまいますよ?」
「……うう〜ん、お嬢ちゃん、ここは一体、どこなんだい?」
「ここは北の国の、トゥーラの森よ」
「……北の国、トゥーラ?」
「シロクマさんは、どこから来たの?」
「……わからない」
「え?」
「わからない……そう、わからないんだ。どこから来たのか、そもそも自分が何者であるかさえも、まったく覚えていないんだ」
「──まあ、きっとあなたは、『時の迷い子』なのね」
「……え、時の、迷い子って?」
「この森には時たま、あなたのような迷い子が来ることがあるの。──でも、心配はいらないわ、私のお家でお世話をしてあげるから」
「君の家で?」
「ええ、ついてらっしゃい」
「ど、どうしてそんなに、見ず知らずの僕に親切にしてくれるんだい? そもそも君は、シロクマである僕が、怖くはないのかい?」
「──怖くなんて無いわよ、だって本当は、この世は『よい子』しかいないんだから。私はそんな子供たちに、『おくりもの』を届けてあげているの」
「お、おくりものって、君は、一体──」
「うふふふふ、私はスネグーラチカ、この北の国限定の、サンタクロースの孫娘よ♡」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
それからというもの、シロクマさんは、森のど真ん中にぽつんと建っている、小さな小さなお家の中で、自称『サンタの孫娘』であるスネグーラチカと、一緒に暮らすようになりました。
聞くところによると、この北の国の『怖連邦』は、いばりん坊の王様や、ごうつくばりの商人なんて、一人たりとて存在せず、みんなが平等で仲良しの、シロクマによるシロクマのためのシロクマだけの国だと言うことでした。
──何と夢みたいに、理想的な国なのでしょう。
きっとこの、労働者勢力によってすべての富の再分配を成し遂げた、最も先進的な政治形態の国は、これから百年も千年も万年も、永続していくことでしょう!
事実、こんな深い森の中ですら、シロクマたちによって開拓されて、『こるほーす』や『そほーず』といった、効率性を度外視してまで平等性を優先した、労働者にとって非常にありがたい生産体制をとっていたので、どんな重労働であっても、みんなにこにこ笑顔で従事しておりました。
中にはふてくされた顔をして、不届きなことに『体制』を非難する、反動主義者もいましたが、大丈夫です。
そういった『ふおんぶんし』は、次の日から──否、『最初から』、いなかったことになりますので。
とにかく、少なくともこの森にいるシロクマたちにとっては、まさしく現体制は『楽園』そのものでした。
逆に言うと、この森の外が、まさしく『地獄』そのものだったのです。
──なぜなら、この怖連邦を含む大陸の北西部一帯は、激しい戦火に包み込まれていたのだから。
さて、そんな不安定な内外事情の中で、例の迷子のシロクマさんが……否、ここに来ていい加減、『シロクマ』がゲシュタルト崩壊しそうなので、これ以降彼のことは、『34』と呼ぶことにします──とにかく、その『34』が、一体どのように過ごしていたかと申しますと、やはり同じシロクマだからなのか、この歪な政治体制──じゃなかった、理想的な社会システムに、異様なるシンパシーを感じて、自ら積極的に農作業等を手伝い始めたのです。
ちなみに、何ゆえ『34』かと申しますと、なぜか彼の横っ腹には、大きく黒々と、『34』という文字が書き記されていたのです。
よって、絶望的な人種差別戦争ラノベがお好きな方は、『サーティフォー』とでも、仲良し四人組のはずなのになぜかアニメ版だけ仲間外れされる初期艦がお好きな方は、『ミーヨ』とでも、ご自由にお呼びください♡
そんな本名も定かではない『34』でしたが、同じシロクマの中であっても人一倍力が強く、しかも常に当たり前のようにして二足歩行で行動しているので、何かと都合よく利用することによって、自分たちのほうは合法的にサボタージュができるものだから、森の仲間たちから絶大なる人気を得ていたのです。
そのようにちょっぴりお人好しすぎる『34』でしたが、この国の独特な政治体制に対する順応性の高さときたら、他のシロクマたちも驚くほどで、もしや記憶喪失前は中央の政治局員だったんじゃないかとか、むしろ記憶喪失を装って反体制派をいぶり出そうとしている秘密警察なんじゃないかと、疑われる始末でした。
それに対して、自分のことを『サンタさんの孫娘』であるとかおっしゃっている、ちょっとアレな、この森唯一の人間の女の子スネグーラチカだけは、現在同居中の『34』のことを、ただニコニコと微笑みながら見守るばかりだったのです。
──しかし、そんな『童話』ならではの、穏やかな日常なんて、881374の作品においては、ぶち壊されないはずがなかったのでした。
このトゥーラの森の外で怖連邦全体を侵略していた、虎と豹の獣人の軍勢が、『三号』と『四号』と呼ばれる機械仕掛けの鋼鉄の怪物を多数率いて、ついに森の中へと攻め込んできたのです。
本来温和なシロクマたちですが、党中央から差し向けられた味方であるはずの悪名高き『督戦隊』によって、早々に退路を断たれてしまったこともあって、仕方なく迎撃に出たものの、機甲師団を主力とする侵略軍には、得意の捨て身の人海戦術も通用せず、次々と容赦なく殲滅されていきました。
もちろん『34』も先頭だって、敵に向かっていきました。
その獅子奮迅の闘いぶりは、督戦隊が退くほどで、一体記憶を失う前に何があったのか、興味が惹かれるところです。
しかしいくら『34』が人一倍力持ちとは言っても、戦車の前にではシロクマなぞは物の数にも入らず、あっさりと無力化されてしまいました。
こうして、森の中のシロクマたちの集落は、完全に燃やし尽くされてしまいましたが、例のスネグーラチカ嬢だけは、指一本触れられることは無かったのです。
どうやら、侵略者には彼女のことが見えていないようで、この国限定の『サンタクロースの孫娘』というのは、あながち中二病的妄言でも無いようでした。
そんな彼女でしたが、このような惨状の中にあって、いつもと変わらぬにこにこ笑顔で、もはや虫の息となっている『34』の許へと歩み寄り、その耳元へささやきかけました。
「──それでは、『34』さん、今日は12月18日で、ちょっぴり早いですが、お約束通りに、あなたにクリスマスプレゼントを差し上げましょう」
「……何だ、最後の最後で、失った記憶を取り戻してくれるのか? それとも君は本当はサンタの孫娘なんかじゃなく、地獄の使者として、俺に『死』を与えようとでも言うのか?」
「いいえ、あなたに与えるのは、『記憶』でも『死』でもありません。『使命』です」
「使命って………………おおいっ、てめえ、死にかけているシロクマに、何をしやがるんだよ⁉」
とても死にかけているシロクマとは思えない、怒号を上げる『34』。
それもそのはずです。
スネグーラチカったら、このシリアスな愁嘆場において、何といきなり、『34』の脇腹に新たに『T−』という文字を、黒ペンキででかでかと、書き加えたのですから。
「『T−………………34』、だと? そうだ! 俺は、俺は、俺は──」
「どうです、思い出されましたか?」
「──ああ、俺は1941年にいおいて、ドイツ軍によるモスクワ侵攻の際に戦死した、ソビエト軍の誇る超高性能戦車T−34乗りの、ドミトリー=フョードロヴィチ=ラヴリネンコだったんだ!」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
その頃、侵略軍の機甲師団のリーダーである、虎と豹の獣人の二人は、すっかり慢心していました。
何せ、最後まで抵抗をし続けていた、トゥーラの森のシロクマ勢力を、ついに一掃できたのです、後は敵の首都に至るまで、邪魔な勢力は一つも無く、一気呵成に攻め上るだけです。
思わず鼻歌も出るだろうといった慢心ぶりで、このままだと『一航戦の加賀先輩』に、大目玉を食らいそうでした。
とはいえ、住む世界は違えども、一航戦は味方みたいなものだし、ここは思う存分慢心しておこうと、完全に油断しきっていた彼らですが、そんなだらけきった侵略軍の前に、突然立ち塞がる者がいました。
「……何だあ、まだシロクマが生き残っていたのかよ?」
「おい、あの『34』って文字には、見覚えがあるぜ、結構手応えのあったやつだよ」
「ふん、少々手強かろうが、戦車に敵うものか、やれ、『三号』に『四号』!」
虎の命令一下、『34』改めドミトリーに向かって、戦車砲の雨あられを食らわせる、侵略軍の装甲部隊。
──しかし、その時。
『──T−34へ、集合的無意識とのアクセスを許可する、「傾斜装甲モード」発動!』
突然どこからか、機械音声らしきものが聞こえてきたかと思えば、ドミトリーの身体が、無数の砲弾を、全弾あっけなく弾き返したのです。
「なっ、馬鹿な⁉ 四号戦車の砲門は、48口径75ミリもあるんだぞ!」
『──続いて、主砲85ミリD−5T砲の使用を、許可する』
更なる機械音声とともに、何とドミトリーの右腕が変貌を遂げていき、あたかも戦車砲の砲門のようになり果てたのでした。
『──発射準備、すべて完了!』
ドミトリーの右腕に閃光が走ったかと思えば、次の瞬間、大轟音が響き渡るとともに、四号戦車の前面装甲が完全にぶち抜かれて、内部の弾丸が誘爆し、爆発四散してしまったのでした。
「せ、戦車を一撃で、おシャカにしただと⁉」
「そんな、傾斜もしていないペラペラな装甲で、いっちょ前に戦車を語るんじゃないよ、このナ○ス野郎が⁉」
「ナ○スって、一体何のことでしょう? 我々も一応は、このファンタジー異世界の住人なのですが……」
「やかましい、とにかく人の国を侵略するようなカス野郎は、皆殺しだ! 本物の戦車砲というものを、存分に思い知らせてくれる!」
「ひいいっ、攻撃も防御も通用しない相手に、勝ち目はねえ! 撤退だ、全軍撤退しろ!」
オリジナルのド○ツ軍とは違って、ちゃんと引き際というものをわきまえている感心な侵略軍でしたが、高性能戦車の攻撃力と防御力とを有しながら、敏捷な大型獣の運動能力をも兼ね備えるドミトリーは、もはや無敵の存在でした。
鈍足な旧式戦車など、あっという間に追いすがり、至近距離から大口径の85ミリ砲を叩き込めば、まるでブリキ製の玩具みたいに爆散してしまいました。
リーダーである上級の獣人の豹と虎とが果敢に挑んできましたが、スネグーラチカ嬢の支配するこのトゥーラの森の領域内では、1941年当時ではいまだ完成していなかった、五号戦車と六号戦車とにメタフォルフォーゼすることは叶わず、ドミトリーに一方的に屠られるばかりでした。
──とはいえ、ドミトリー自身もすでに満身創痍だったのであり、侵略軍の三分の一ほどを潰滅させた後は、敗残兵がすべて逃げていくのを確認した後で、その場に倒れ込んだのです。
そこへ歩み寄ってくる、毎度お馴染みのスネグーラチカ嬢。
「……どうだ、サンタの孫娘とやら、与えられた使命は、ちゃんと果たしたぞ」
「──いいえ、あなたの果たすべき使命は、これからもまだ、山のように存在しているのです」
「……何、だと?」
「あなたは、もうじき、この世界での寿命が尽きるでしょう。しかし今回同様に、また別の世界で甦って、何度も侵略者と闘うことになっているのです」
何とここに来て明かされる、驚くべき事実! 実はこの作品、童話でありながら、『小説家になろう』における花形ジャンルの、異世界転生ファンタジーだったのです!
しかもある意味『死に戻り』のようなものであるし、まさに『いいとこ取り』そのものですね。
「……まさか、俺を無限に甦らせて、無限に侵略者と、闘わせるつもりなのか?」
「そうです、それがあなたに与えられた『使命』──すなわち、すべての平行世界における『北の国』の守り神である、この私からのクリスマスプレゼントなのです」
「くっ、こんなとんでもない『使命』を無理やり押しつけてきやがって、とんだ『おくりもの』も、あったものだな」
「……お嫌なら、断ってくださっても、構いませんけど?」
「いいや、謹んで受けさせてもらうよ。何せ俺一人が犠牲になって、侵略者どもを倒せば、他のみんなが笑顔でクリスマスを迎えられるんだからな」
「まあ、見上げた自己犠牲精神ですこと。さすがはソビエトが誇る、T−34乗りきっての『英雄』様」
「ほう、俺は死後に、『ソ連英雄』に選ばれたわけか。つまり我が国は、侵略者に勝ったってことだな」
「はい、ソビエトは戦後アメリカと肩を並べて、二大超大国の一つに数えられることになりました」
「そうか、そうだよな、我がソビエト共産主義は、永遠に『前進し続ける』に決まっているよな!」
「……」
「どうして、急に黙り込むんだ?」
「いえいえ、何でもございませんよ? ──それよりも、これで『契約完了』と言うことで、よろしいでしょうか?」
「──ああ、この『おくりもの』は、しかと受け取った、俺はこれからもあらゆる世界を転生し続けて、侵略者どもを打ち倒し、みんなに平和と笑顔と共産主義という、最高のクリスマスプレゼントを与え続けてやるよ!」
そのように高らかと宣言するドミトリーを、にこやかに見守るスネグーラチカ嬢。
──ありがとう、シロクマさん!
──ありがとう、T−34!
──愛と勇気と平等の、ソビエト共産主義に、栄光あれ!
〜めでたし、めでたし〜
 




