コスプレ衣装、そして首輪
「────とまぁ、そういう催しの帰りにこっちへ飛ばされたから、その時に買った本がそのまま入ってたんだよ」
「ふ、不思議な催しね。それって、参加した人みんな『私はエッチな本が好きで買いに来ました』って言ってるようなものよね。恥ずかしくない?」
「エッチじゃない本もあるのッ! つーか、何の話だよ! 同人誌はいいから、他の荷物!」
恥ずかしくなった俐陽はリュックサックに同人誌を片付け、傍に置いてあった黒いビニール袋に手を伸ばす。
フォノンは俐陽の作業を眺めることにしたようだ。
彼女を横目に、ビニール袋の口を開ける。
そして、中から黒甲冑の衣装を取り出そうとした時、変化に気づいた。
「……ん?」
以前と手触りが違う。
コスプレ造形用のボードを使って作ったのだが、それにしては滑らかで、氷のようにひんやりとしている。
手甲や兜などの甲冑の衣装パーツと武器である黒剣を全て完全に取り出す。
どれも全体的な造形は変わっていないが、手作り感のあった表面の凹凸や傷が消え、槌で打ったかのように綺麗になっている。
パーツ同士を打ち合わせてみると、キィンと甲高い音がなった。
明らかに硬質化、もとい金属化しているようだ。
重量感もおかしい。
厚さも重さも変わっておらず、全て合わせて五キロ程度だろう。
普通の金属でプレートアーマーなんて作ろうものなら二、三〇キロにはなるはず。
黒剣の方もそれ自体の重さは変わらないのだが、こちらは作った覚えのない黒い鞘に収まっている。
過度な装飾のない素朴なデザインの鞘から剣を引き抜くと、空気を滑る光が刀身に触れ、反射して黒剣は鈍く輝く。
そして、何故か研がれた刃が存在している。
眺めていたフォノンが感心する。
「あら、リオ凄いのね。鍛治仕事が出来るの? こんな均一な厚さと自然な流線型加工……こっちの世界の一流鍛治職人顔負けの出来映えね」
「んなわけ……俺がこっちへ来る前に持ってたコスプレ衣装と明らかに違う。こう……もっと粗雑な作りだったし、もっと柔らかい素材を使って作った」
「そうなの? ……えらく軽いわね。 この厚みと材質でこの重さはあり得ないわよ」
そう言いながら、フォノンは手に取った手甲をコツコツと叩いて強度を確かめている。
「ねぇ、リオ。ちょっと思い切り叩いてみてもいい?」
「えー……段階的に少しずつ強く叩くならいいよ」
「わかったわ」
元は自ら一生懸命作った衣装、壊されるのは避けたいが、強度が気になるのも事実。
俐陽は彼女の提案を承諾する。
フォノンは少しずつ力を込めながら、手甲を自分の手で叩く。
だが、手甲は特に変形することもなく、問題ないと判断したか、フォノンは握り拳で殴り始める。
変形や欠損はおろか、傷一つつかない。
「……ちょっと離れておいて」
そう言うと、終いには、部屋の対角にあった岩の上に手甲を置き、上から思い切り殴りつける。
十分離れたつもりの俐陽だったが、その顔の横を粉々に砕けた岩石が突き抜ける。
────手甲は。
「……一体、何で出来ているの?」
何一つ変わらぬ姿のまま、そこにあった。
「この世にある物質の域を超えているわ、この強度。竜の手首の方が折れるというのは相当よ」
そう言うフォノンの右手は完全にプラプラと垂れ下がり、重力に負けている。
彼女は右手を支え、魔力を込め始める。
右手首が仄かに魔力を纏い、それが収まった時には、フォノンは何事もなかったかのように右手を開いたり閉じたりしていた。
流石はドラゴン、といったところか。
その自己治癒力に俐陽は少し驚きながらも称揚する。
手の調子を確認した彼女は俐陽に向き直る。
「強度、という意味では無くもないんだけれど、ここまで軽量となると思い当たるものは…………いえ、一つだけあるわね」
「それは?」
「天城彰が召喚された際、彼の傍らに刺さっていたと言われている────英傑剣ライメイ。その材料、ヒヒイロカネ」
「ヒ、ヒヒイロカネ────! そんなもんが実在すんのか!?」
オタクの俐陽ならすぐピンとくる。
漫画やゲームの定番中の定番。
架空の金属、ヒヒイロカネ。
「実在すると言っても、英傑剣ライメイの素材以外で見つかったことなんてないわ。ヒヒイロカネという名前は天城彰自身がつけた、という話よ。そちらでは有名なものなのね」
「ま、まぁ名前だけは……」
「問題は……何故、リオの甲冑がその素材で出来ているか、なのだけれど」
当たり前だが、俐陽に思い当たる節などない。
強いて言うのなら。
「俺をこっちに呼び出した奴と、天城彰をこっちに呼び出した奴が同一……とか?」
「……かもしれないわね。まぁ、これも確かめようがないし、考えてもしょうがないでしょうね。実用に耐え得る防具と剣が手に入ってラッキー、と思うくらいでいいんじゃない?」
「なんか軽いけど、そういうことにしとくわ……」
こうなってくると、ヒロインの衣装の方はどうなっているのか。
気になった俐陽はキャリーケースを横に倒してからゆっくりと開く。
そこには折り畳まれた黒いワンピースと、小物と化粧品の入った大きめのポーチ。
「こっちも黒い衣装なのね」
フォノンの言葉に、ああ、と短く返事をすると服を取り出し、広げてみる。
スカート部分が非常に長い、ドレス調のシックなワンピース。
手触りが、俐陽が買ってきて縫った布のそれより、明らかに良い。
滑らかかつしなやかで、肌にしっとりと纏わる。
フォノンも気になったのだろう、後ろからワンピースの裾を触り始めた。
「こ、これ、凄く肌触りが良いわね」
「めちゃくちゃ気持ちいいよな。こっちも材質変わってるみたいだ」
「でも、何で貴方が女性ものの衣装を持っているの?」
「…………気にするな」
ばつの悪そうな顔をする俐陽。
話を切り替えるべきだと素早く判断した。
「それより、これフォノンなら着られるんじゃないか?」
「あら、いいの?」
「いいよ、なんかめっちゃ似合いそうだし」
そう言って、衣装をフォノンに手渡す。
彼女はそれを受け取ると、自分の着ているローブの腰辺りにある紐を解き始めた。
「ちょっ……! 俺の目の前で着替え始める奴があるか!」
「あら、衣服のお礼に丁度いいかと思ったのだけれど」
妖艶な笑みを浮かべて俐陽をからかうフォノン。
俐陽は急いで後ろを向く。
しゅるりと鳴る衣擦れの音が妙に艶めかしい。
(自分からからかってくるわりには、エロ本読んで顔を真っ赤にしたり、よくわからないヤツだなぁ)
そのギャップに不覚にも萌えるんですけどね、などと考えているうちにフォノンから声が掛かる。
「着てみたわ。どうかしら?」
振り返る。
すらりと長く伸びる脚。
出るところはしっかりと出ているが、締まるところはしっかりと引き締まっている身体と、そのボディーラインを引き立てるワンピース。
そこには、そうした言葉で言い表し切れないほどの美女がいた。
一分か五分か一〇分か、時間すら正しく認識出来ないほど放心した俐陽は、我に返ると慌てて口を開く。
「え、えっと、凄く似合ってる……ぞ」
「そんなに見惚れてもらえると嬉しいわね」
「み、見惚れてなんか……なくもないけど……」
正直、見惚れていたということは自覚していた。
それほどに衝撃的で美しかった。
「そ、そうだ。どうせならアクセサリーと化粧もしてみようぜ。道具も鏡もあるし」
言うが早いか、俐陽はキャリーケースからポーチを出す。
そして、ポーチの中からマスカラやアイシャドウ、アイライナー、リップグロスなどの化粧品と鏡を取り出す。
フォノンを先ほどの椅子に座らせ、机の上に鏡と化粧品を置き、一つ一つ説明をしながら彼女に化粧を施していく。
「はい、完成」
元の素材が良いので控えめな化粧にしたが、それだけでもフォノンの持ち味であるクールで艶美な雰囲気が引き締まって、より魅力的になった。
「これが私……化粧という文化は知っていたけれど、初めての経験だわ」
「似合ってるぞ。あとはアクセサリーだな……ほれ」
キャリーケースのところからポーチごと持ってきて、リングの付いた黒いチョーカーと菱形の黒水晶のイヤリングを渡す。
「これは……首輪? 私、奴隷にでもされちゃうのかしら。それとも隷属プレイへの布石……?」
「何言ってんの!? それはチョーカーっていうアクセサリー! おしゃれ用の道具!」
「そうなの? ねぇ、リオが私に装着してくれない?」
「い、いいけど。……ほら、出来たぞ」
「ふふ、これで私はリオの女……興奮するわね」
「人の話聞いてた!?」