第8話 Side:神木刻斗の記憶② 覚醒の咒鬼
「任務とは言えやってられないわ。車が通れる道すらないなんて、よくもこんな山奥に住めるわね」
「気持ちは解るが、そうぼやくな。この子供たちは、俺たちが出張るほどの素材だということだ。女児の方は特A級の能力者なのだから、逃亡でもされたら大事だぞ」
「そういう意味だと、世間を知らない純朴さは好都合ね。だからって山道を歩くのが楽になるわけじゃないけど」
村を出た俺と色葉は、男たちが囲む中央を、スーツ姿の男女に付いて歩いた。
男女は英語を話していたので言葉は理解できなかったが、女が不機嫌なのは一目瞭然だった。
山の麓まで下りると、そこには大型のヘリコプターがあった。
村の上空を飛ぶヘリを見かけたことはあったが、こんなに大きくて黒塗りのヘリは見たことがなかった。
ヘリに乗せられた俺たちは、景色を見ることも許されず、ただ座って一時間ほど移動した。
その時の俺は、この先に残酷で非人道的な生活が待っている事など知る由もなく、ただ村から出られた喜びに浸っていた。
ヘリが降りたの場所は基地だった。
俺と色葉は、スーツ姿の男女と共に小型ジェットに乗り換えて飛び立った。
飛び立つとすぐに、食事として焼いた肉と野菜、そしてパンが出された。
パンを知ってはいたが、食べたことはなかった。肉の味も醤油や味噌ではなく、食べたことがない味だった。
俺は嬉々として食べたが、色葉はずっと悲しい顔をしたまま、食事に手を付けずにいた。
「これ美味しいよ。色葉も食べなよ」
「刻斗、この食べ物には…。ううん、何でもない。いただきます…」
俺たちの向かいに座っていた男女は、色葉が食事に手を付けるのを満足そうに見ていた。
俺は飛行機で眠ってしまい、目が覚めた時は、殺風景な部屋に置かれたベッドの上だった。
一瞬不安になったが、隣のベッドで寝ている色葉に気付き、すぐに落ち着いた。
色葉を起こそうと思い立ち上がると、部屋のドアが開いて人が入って来た。
白衣を着た男が二人、そして俺たちを連れてきたスーツ姿の男女だった。
白衣を着た男が色葉に注射器を向けるのを見た俺は、咄嗟に身を割って入れた。
「これは覚醒剤だから心配いらない。彼女の目を覚ます薬だ」
白衣の男が話したのは日本語だった。
「薬なんか使わなくても、色葉はもうすぐ起きると思う」
「そうかもしれないが、こちらにも都合があってね。君も彼女と一緒の方がいいだろ?」
スーツ姿の男が俺の肩を強引に掴み、白衣の男が色葉に薬を射った。
「ぅん…刻斗?」
「そうだよ色葉。大丈夫?」
色葉が起きると、すぐさま俺たちは別の部屋へ連れて行かれた。
連れて行かれた部屋には沢山の機械があり、壁一面がモニターになっていた。
モニターには意味の解らないグラフが映され、数字以外は全て英語だった。
俺と色葉は椅子に座らされ、日本語を話す白衣の男がモニターの前に立った。
「リヴァームズへようこそ。君たち二人は、被験体としてここで生活することになる。神前色葉は被験体番号76、神木刻斗は被験体番号77と呼称される。君たち二人が従順であることを望む。まあ、従順にならざるを得ないのだがね」
白衣の男は、酷く歪んだ気味の悪い顔でそう告げた。
それからの生活は、只々悲惨だった。
俺と色葉は得体の知れない薬物を投与され続け、様々な機械に繋がれてデータを取られた。
気絶すれば薬剤で無理矢理に覚醒させられ、時には手術台に拘束されて、無麻酔で体を開かれたりもした。
食事は栄養剤を点滴され、三日に一度だけ、栄養補助固形物を経口摂取するだけだった。
眠いからといって寝れるわけでもなかった。
強引に覚醒され続け、実験が終わったら睡眠薬を投与されて眠らされる。
時間の感覚などすぐに失われ、逃げ出したいと思考することすら不可能になっていった。
安らぎを感じたのは、稀に色葉と一緒に実験を受ける時だけだった。
お互いに力なく微笑むだけだったが、その時だけは自分が生きていることを感じられた。
時間の感覚は失せていたが、実験室のモニターに写り込んだ自分の姿を見れば、身長が成長しているは判った。
色葉も身長が伸び、胸も女性らしく膨らんでいた。
ある日、『今日は自由時間を与える』と言われ、いつもと違う部屋へ連れて行かれた。
自由時間の意味を解することすら出来なかった。
窓もない部屋にはベッドがあるだけで、俺はベッドに座って膝を抱えていた。
暫くすると、その部屋に色葉が連れて来られた。
色葉も無言で俺の隣に座り、俺と同じ様に膝を抱えた。
俺も色葉も会話をする事すら思いつかず、時間だけが無為に過ぎていった。
すると突然、天井に埋め込まれたスピーカーから男の声が流れた。
「76番、77番、折角の自由時間だ、会話の一つも楽しみたまえ。76番は、77番に告白すべき事があるのではないのか?」
俺と色葉は天井に視線を向けた後、徐にお互いの顔を見詰めた。
「刻斗…ごめんなさい。私は、こうなる事がわかってた…」
しゃがれた声でそう言われたが、俺には意味が解らなかった。
俺は久しぶりに思考した。
こうなる事がわかってた? …え?
「被験体にされるのを…知ってた?」
「ごめんなさい…」
瞬く間に脳が覚醒し、怒りとも悲しみとも判別できない感情が、俺に内に湧き上がった。
「何で!?誰から聞いたの!?なんで知ってたのに何で村を出たの!?」
「聞いたんじゃないの。夢見じゃない私のもう一つの異能、“悟り”で知ったの。私の悟りは、人の考えが見えるの。ここの人たちが村へ来たあの日、スーツ姿の二人の考えが見えたの。それでも村を出たのは…私を好きでいてくれる刻斗が、独りで酷い目に合うのが嫌だったから…」
愕然とした。
色葉の異能にじゃなく、色葉が俺と一緒に残酷な生活を送る道を選んだ事に、只々愕然とした。
俺は馬鹿だ。俺は糞だ。
唯一無二の大好きな色葉に、こんな残酷な未来を選ばせてしまった。
そんな自分に激怒した。
そんな自分に殺意を覚えた。
そんな自分と世界を、心の底から呪った。
―――ドクンッ!
激情と共に、俺の魂が叫びを上げた。
俺の中で目覚めたモノを、一瞬で理解した。
俺の中で、鬼の呪いと新たな能力が生まれた。
瞬間、これをリヴァームズに知られてはいけないと考えた。
鬼の力を高め、千載一遇の機会を待ち、色葉と共に脱出すると誓った。
俺はまたしても、目先の状況に踊らされていた。