第74話 帝国への対処:舌戦
昨夜の内にグリムから緊急召集の進捗状況が報告された。勅旨を受けた帝国貴族家当主の七割が出席する様だ。
当初は半数も出席すれば御の字だと考えていた為、これは上々の結果と言えるだろう。裏を返せばシャンテ公爵の影響力の賜物ではあるが。
遠方の領主が間に合わないのは仕方がない。なんせリニアも飛行機もない世界だ。
俺たちは帝国との時差を考慮して遅めの朝食を摂っている。
ハデスは『この食事もまた秀逸…』と唸っている。
アレイストたちは若干緊張気味だが、まあいいだろう。
「帝城へ行くには少し早いな。陛下も起きたばかりみたいだし」
「キル、もう一度段取りの確認をしたいのだが?」
「アレイスト、何度やれば気が済むんだ?つーか、大した段取りもないだろうに」
「そ、そうは言うが、帝国の未来が懸かっているのだぞ?」
「わかったよ。いいか? 陛下入場⇒アレイストたち入場⇒俺たち入場。以上だ」
「おい!確認する度に簡略化されていくではないか!?」
「あのなぁ、さっきも言ったが大した論争には発展しないと思うぞ?」
「だから!キルがそう考える根拠が知りたいと言っているのだ!」
「主様、この者は主様への態度が不遜に過ぎるのでは?殺しますか?」
前傾姿勢だったアレイストたちが途端に身を退いた。
俺に対するハデスの従属ぶりがハンパない。しかも解決策は決まって殺害。
「落ち着けハデス。アレイスト、確証はないが核心的な話をしよう。三大公爵の一人、もしくは全員が悪魔だ」
「「「「なっ!?」」」」
そんなに驚く事だろうか?政治的に平穏なテスラにさえ悪魔が入り込んでたくらいだ。
この数百年にわたって混迷している帝国に存在しないと思う方がおかしい。
まあ、アレイストたちは破壊神の隷属として相当数の悪魔が暗躍している事実を知らないから仕方ないが。
「驚いている様だが考えてもみろ。この数百年間、帝政は三大公爵に翻弄されている。いくら文官貴族が権力志向だとしても、余りにも連綿とし過ぎだと思わないか?」
「た、確かに…。特にシャンテ公爵は代を重ねる毎に手段が悪辣になっている…」
「兄上の言われる通りですわ。皇家に直接的な謀略を仕掛けてきたのも先々代のシャンテ公からですわ…」
「なるほど…シャンテ公爵の悪辣ぶりは悪魔であるが故、という事ですか」
「キル殿はその可能性をいつ頃から考えていたのですか?」
「ジェイドが初めて俺に身の上話をした時だな。まあ、シャンテ侯爵家が代々そういう後継者教育を続けたという可能性もあるが、後継者の資質がバラついて当然って事を考えれば、負の方向への一貫性があり過ぎる。そんな腹黒い子供ばかり生まれる訳ないだろ」
「流石は主様。悪魔が代々の継承者に憑依していると仮定すれば実に合理的、且つ、確度の高い推論です」
シャンテについては悪魔でほぼ確定だと思っている。キャスケンとライランドは50/50と言ったところか。
ただ、シャンテが破壊神の隷属者である可能性は低いだろう。
破壊神の隷属であれば、帝国の支配権に傾倒し続けるのは不可解だ。
まあ、エレメントを管理しているのは国だから可能性がない訳ではないが。
「これは予想だが、憑依している悪魔は爵位級に進化しているはずだ」
「何と!?ど、どうしてそう思うのだ?」
「なるほど、主様はその悪魔が千年単位で憑依を続けているとお考えなのですね」
「そうだ。爵位級に進化して箍が外れたってとこじゃないか?単純に調子に乗ってるだけかもしれんが。何れにしろ、文官貴族にしては保有戦力が強大すぎる。戦士や兵士ってのは、本能的に強者に従う傾向が強い生き物だろ?俺が始末した暗部の総長にしても、上級悪魔くらいなら殺れる力を持っていた。しかもあの総長は地位や名誉に固執していたからな。地位と名誉の回復を望むなら、暗部の総長になるより公爵に憑依してる悪魔討伐の方が何倍も効果的じゃないか?」
「確かにそうであるな。悪魔討伐は国家規模の大殊勲であり、次第に因っては叙爵さえ有り得る。まさか…シャンテに付き従う者たちは、シャンテが悪魔だと知っているのか?」
「それはないでしょう。悪魔が人間に正体を明かす利がない。公爵級の悪魔ならいざ知らず、脆弱な悪魔は人種に討伐されるのが落ちです」
ハデスによると、騎士爵級に近しい上級悪魔が現界に顕現した場合、千年も憑依すれば騎士爵級へ進化するに足るらしい。
しかし、現界で騎士爵から男爵へ進化するには、短くとも五千年の時が必要になるという。
ガルダイン帝国の歴史はおよそ千年。前身であるガルダイン公国の歴史は長いが、シャンテ家が公爵位を得て暗躍を始めたのはこの二百年内だ。
であれば、シャンテが騎士爵級の悪魔である事はほぼ確定的。
罷り間違えて男爵級に進化しているとしても、帝国の支配権獲得に向けて正体を晒すメリットはないと。
まあ、俺としては悪魔公あたりなら戦ってみてもいいのだが。
「ま、そういう事だ。悪魔討伐が目的なら俺が秘密裏に動くだけで事足りる。しかし今回の目的は将来的な帝政の安定化だ。陛下にしろアレイストにしろ、現場では好きな様に振る舞えばいいさ」
俺に現場の展開を誘導する気はない。所謂、手成りだ。
アレイストたちが論争をしようが殴り合いを始めようが構わない。
ただ、今回の目的を確実に果たす為には、混沌とした状況の創出が重要になるだろう。帝国貴族たちが『帝国は悪魔によって破滅させられる』と強く認識できる状況だ。
理想はシャンテが悪魔化して、それを見た帝国貴族たちが絶望するって方向か。
「キルの言う『好きに振る舞え』とは、シャンテが悪魔であるという事実を暴露させ、帝国諸侯に危機感を抱かせるという意味か?」
「そんな感じだな。場が荒れれば荒れる程、最終目的である帝政安定化の質と確度は向上する。その観点からすれば、陛下やアレイストたちがシャンテを悪魔だと断定して大暴れするのが望ましいな」
「悪魔を相手に大暴れとは…難易度が高いな…」
「だから今まで黙ってたんだよ。シャンテが人間か悪魔かで、アレイストの気構えや論法が変わるだろ?」
「確かに…。既に私はシャンテには皇家の権威が通用しないと考えてしまっている」
「ま、シャンテの事を“少しばかり知恵の回る盗賊”くらいに見立てて臨めばいいさ」
「む、難しいな。くっ、聞くべきではなかったか…」
「今更なに言ってんだよ。アレイストの目の前で美味そうにエッグベネディクトを食ってるのは何者だ?」
「そうか!ハデス殿は悪魔の頂点に君臨する冥王であったな」
「如何にも。騎士爵ごときは視線だけで屠れます。主様なれば双鉾を開く必要すらないでしょう」
それはムリかなー。
ハデスの俺に対する評価が高すぎはしないだろうか。
ぶっちゃけ、神核の第二層解放前だとハデスに勝てたか怪しい。
それくらいハデスはヤバい。今となってはフェリが可愛い小悪魔ちゃんに見える。
「さて、そろそろ頃合だな。帝城へ行くとするか」
「あたしとルルちゃんも行っていいのかしら?」
「戦功もあるんだし、行っていいんじゃないか?ルルはガディウス討伐、フェリは公爵軍を投降させた戦功がある。なあアレイスト?」
「うむ。どちらの戦功も重大なものだ。ルル殿とフェリ殿には是非とも同行をお願いしたい」
「主様、私は如何しましょう?」
「ハデスは状況が膠着する場合の切り札だから一緒に来い。状況によってはシャンテの化けの皮を剥がす作業をしてくれ」
「はい。主様の御心のままに」
現在はテスラ時刻11:00。帝国時刻では07:00だ。
俺たちが瞬間移動した先はアレイストの執務室。皇太子の部屋だけあって豪華な設えだ。
アレイストに促されてソファに座ると、フェリが収納庫からティーセットを出して紅茶を淹れ始めた。
今はアレイストの生存を微塵も察知されるわけにはいかないので、俺が人の出入りは差し控えるようにと言ったからだ。
「フェリ殿に侍女のような真似をさせて申し訳ないな」
「これくらい気にしなくていいわよ。キルに造って貰った収納庫を使えるのも嬉しいし♪」
「キル様!ルルも指輪の収納庫が欲しいいですぅ!」
フェリのリクエストに応え、神鋼で指輪タイプの収納庫を造って渡した。
ルルとエルの収納庫はミスリルで造ったバングルタイプなので、ルルはフェリが羨ましい様だ。
俺が適当に『その内な』とあしらっていたら、扉の隙間からグリムが流れ込んで来た。存在値からして分体の様だ。
「グリム、何かあるか?」
「問題ないにゃ。帰還命令を受けた暗部の残党も、ご主人様の即死トラップで順次始末されてるにゃ。あの挽き肉トラップはエグイにゃ。遺跡周辺の動物が骨まで残さず食べてるにゃ」
「死体の処理が面倒だから挽き肉トラップにした。今日の召集に問題がないなら他はどうでもいい」
ん?アレイストたちは何で引き攣ってるんだ?まあいいか。
召集した人数が多いの為、今日の謁見は講堂で行われる。
開始予定時刻は一時間後だが、臣下は三十分前に会場入りする慣習があるらしい。
「ハデス、どうだ?」
「はい。三匹おりますが阿呆の力は感じません。主様の予想どおり一匹は騎士爵、二匹は上級です。二匹の方は上級になって百年と言ったところです」
ハデスは瘴気の濃度で悪魔を感知することが出来る。
感知可能範囲は数百kmしかなく、距離が離れる程に感度は落ちるが、生物の気配を感じるのと同じ感覚らしい。便利なヤツだ。
ハデスが『阿呆』と言うのは当然ながら神々のことで、今回は破壊神を指している。
「三大公爵は全員悪魔か。ま、妥当な線だな。しかし破壊神が隷属化する基準が判らないな」
「主様、そこは『衝動か欲望か』の違いかと。大多数の悪魔は破壊や殺戮の衝動が大きいので、現界では阿呆に引きずられがちです。しかし、希ですが衝動よりも欲望の方が強い者もおります。冥界では半端者の謗りを受けて瞬く間に狩られますが、現界で阿呆に感化される事はないのだと思います」
「なるほどな。価値観が人間に近い悪魔ってわけか」
「はい。何れにしろ、現界に顕現したがる悪魔など、冥界では生き残れない類の塵芥が如き者共です」
「そうか。だとすれば俺は、ハデスを面白味のない現界に召喚してしまった訳か。還りたいか?」
「何を仰せになりますか。私が求めるは絶対の力です。そして私は絶対の存在として冥界に永く君臨しておりました。その私を軽く凌駕する主様を感じた時、私は歓喜に打ち震えたのです。主様の剣となり盾となり現界を献上する。今の私にはそれが至上の喜びです」
ハデスが恍惚とした表情で語った内容はちょっとイイ話に聞こえない事もないが、現界を俺に献上する?
ハデスの中では世界征服路線が確定なのだろうか…
「ご主人様、陛下が講堂の控室へ移動するから来て欲しいって言ってるにゃ」
「お、いよいよか。さっきからアレイストたちは無言だが…大丈夫か?」
「う、うむ。問題ないぞ!」
「わ、私も大丈夫ですわ!」
「私も両殿下に同じく」
「キル殿と戦う訳ではないので気楽なものです」
「ジェイドはイイ感じだな。俺と戦うより悪魔三匹の方が楽なのは確約するさ」
「ルルはキル様と戦うって考えただけで死んじゃうですぅ…」
「ウフフ、あたしはベッドの上でならキルに殺されてもいいわよ?」
「あ、ルルもそれがいいですぅ!」
思わず『俺は下手だからね?』と言いそうになってしまった。
お金払ってマグロになるのは得意です。
気を取り直して講堂の控室へ瞬間移動し、陛下と見える。
「よく来てくれたの。いよいよである」
アレイストとレイティアが力強く頷き、ブラッドとジェイドは膝を突き、剣を背後に置いて忠誠の礼を執った。
皇帝にはグリムを通じて悪魔の存在やハデスの事を通知してある。
ハデスと視線を合わせた皇帝は、瞑目して小さく頭を下げた。ハデスもそれに瞑目を以て応えた。
皇帝は俺に向けて一つ頷くと、身を翻して講堂の講壇へと続く扉へ歩を進める。
扉の向こうで銅鑼が鳴り響き、近衛が『皇帝陛下、ご入来』と告げた。
アレイストたちは控室に残り、俺たちは講壇の脇に隠し部屋として造られた護衛兵の待機室へと移動した。俺は講堂内を見渡せる隠し小窓から様子を窺う。
グリムは有事に備えて講壇の天井に身を潜めさせてある。
「皆の者、此度の参集、大儀である」
皇帝から労いの言葉を受けた諸侯が、最前列から順に頭を上げて立ち上がった。
諸侯の並びは爵位順で、最前列には三大公爵とエスタシオン公爵の四名が横並びで立っている。
文官の儀礼服に身を包んだ三名の内、メタボ確定の男が一歩前へ出て左掌を胸に当てて口を開いた。シャンテ公爵だ。
「皇帝陛下、此度の反乱軍鎮圧の失敗は誠に忌々しき事態なれど、この後は我らが軍勢にて反乱軍を殲滅してご覧に入れましょう。アレイトス皇太子殿下の消息も未だ不明なれば、殿下の捜索と救出にも全力を以て当たる所存にございます。レイティア皇女殿下のご逝去もあり、陛下におかれましては御心を痛めておられる事と存じます。この後の事は我らにお任せの上で、どうかごゆっくりと御静養をされますよう進言申し上げます」
「シャンテ卿の心遣いは嬉しく思う。帝都防衛についても卿等に任せるべく思うておった。……が、ちと状況が変わっての」
「何だとっ!? いや失敬……陛下、それは如何なる仕儀にございますか。このシャンテ、承服しかねるとご承知置き頂きたい」
弔意を述べながらもどこかニヤついていたシャンテが、顔を紅潮させていきり立ち始めた。
千年もかけてコツコツやってきた割には直情的だな。それだけ期待値が高かったという事か。この様子ならこちらの策も察知されていないだろう。
「余の話を聞かずして承服できぬとな?卿は余と同列にでもなったつもりであるか?余は帝国を統べる皇帝ぞ?」
「クッ……いいえ、その様な事は決して。ではお尋ねしますが、陛下はアレイトス殿下にレイティア殿下、エスタシオン中将に弟の准将まで失われた。エスタシオン公爵殿は此処にお出でだが、要である十万の帝都防衛軍は後継者である中将と共に全滅。斯くも劣勢な状況下で、陛下には次の一手を打つ力がおありか?不遜を承知で申し上げるが、今後の帝国は我らの力なくして立ち行かぬ!」
「ほぅ、卿はアレイトスが戦死したと申すのか?エスタシオン公爵家の中将にせよ准将にせよ、その死亡を確認した者などおらぬと余は聞いておるが?卿はちと図に乗り過ぎであるな。控えるがよい!」
皇帝もなかなか誘導が上手いじゃないか。シャンテのヤツは歯ぎしりを始めている。
シャンテにしてみれば『アレイトスとブラッドの首は焼き捨てた!』と言いたい気分だろうな。
「フン、陛下も耄碌されたものだ。皇太子軍十万に対して反乱軍は三十五万!その戦力差で全滅を免れるはずがない!皇太子と中将の戦死は必然であろう!陛下の御心を慮って控えていたが、このような暗愚を皇帝に据えた帝国は滅亡を免れぬ!」
シャンテの発言に対して諸侯が一斉に騒めきの声を上げた。
シャンテは激昂して気付いていないが、西部で反乱を起こした軍勢の総数は五万と通知されている。しかも、その通知書を諸侯に向けて発行したのはシャンテ本人だ。
「遂に尻尾を出しおったか痴れ者めが。シャンテよ、そちは余に『反乱軍は総勢五万』と報告してきたであろう。それがどうすれば十日も経たぬ内に七倍もの軍勢になるのだ?」
「っ!? そ、それは偵察部隊より報告された、さ、最新情報であるからだ!」
「で、あるか。ならば反証をあげねばなるまいの」
皇帝がゆっくりと右手を水平に薙いだ。それを見た近衛兵が控室に続く扉を開き、別の近衛兵が大きく息を吸い込んだ後に声を出した。
「アレイスト皇太子殿下ご入来! レイティア皇女殿下ご入来! エスタシオン中将閣下、入られませ! エスタシオン准将閣下、入られませ!」
「馬鹿なっ!?」
『おおぉー!?』
次々と講壇に姿を現す推定死亡者たちを見たシャンテが怒声を上げた。しかし、それを打ち消す驚愕の声が居並ぶ諸侯たちの口から発せられた。
キャスケンとライランドの二公爵は声こそ上げなかったものの、目を剥いて仰天している。
アレイストが皇帝の横へ立ち口を開く。
「陛下、発言の許可を頂きたく」
「うむ、許す。他の三名も告げたき事があれば告げるがよい」
『はっ!』
「シャンテ公爵よ、まるで私とブラッドが生き返ったかの如き驚き様ではないか。我らの生首でも見たのか?」
「な、何故……まさか、そんなはずなど……」
「キャスケン公爵にライランド公爵、私を尖塔で暗殺しようとした暗部は貴方がたの手勢だそうですね? しかも身包みを剥いだ後に魔獣の餌にするなど、まともな人間の所業ではありませんわ!」
「そ、そんな事は知らぬ!そもそも暗部など只の噂ではないか!」
「そ、そうである!私もキャスケン殿も暗殺などには関与しておらぬ!」
あー、キャスケンとライランドは見るからに小者だな。
既に腰が引けているし、ルルとフェリの失笑さえ買っている。
俺は丹精込めて創った録音術式と音声データがムダになりそうだと考えながら、手で顎を支えて出番を待つことにした。




