第71話 帝国への対処:終幕の始まり
夜にもう一本投降するつもりです。
評価を頂けると嬉しいです。
「皆よくぞ無事に戻った。カイラン卿も久しぶりであるな。健勝そうで何よりじゃ」
「父上もお変わりなく安堵致しました」
「父上、凄い事が沢山ありましたのよ!」
「陛下、この身の不明は幾らお詫びしても足りるものではございません。如何なる処分も謹んでお受け致す所存なれば…」
「カイラン卿よ、そちを含めた帝国譜代の武官貴族家は、帝国各地の辺境領土方面に集中しておる。対して文官貴族家は帝都近傍に偏っておる。これは帝国の歴史からして致し方ない事じゃ。魔獣の脅威を捨て置き、全兵力を傾けて公爵どもの勢力圏である帝都へ向けた出兵など出来まいて。それを不明とは言わぬであろう?」
「勿体なき…勿体なきお言葉…」
まあ、帝国辺境領土は魔獣だけじゃなく、周辺の小国からも敵視されてるから仕方ないだろう。
特にカイランの本拠地は貿易港もあるし、サーペントなんかの水性魔獣の防衛を疎かには出来ない。
「そしてキル殿、事の推移はグリムから聞いておったが、貴殿は無限とも思える力を有しておるのだな。話を聞くだけで余も血が滾る思いであったぞ。この大恩には必ずや報いる故、最後まで良しなに頼む」
「はい。戦いを途中で投げ出すのは性分に合いませんので、必ずや」
その後はレイティアが八割方喋り倒し、残り二割はアレイトスが捕捉を入れる形で談笑が続いた。
皇帝は楽し気に笑い、カイランは驚嘆の呻りを連発していた。
小一時間ほど経った頃、グリムの分体が戻って来た。
液体金属がグリムの本体に流れ込む様にカイランは絶句していたが、他の皆は既に慣れたものである。
「にゃー。久しぶりの一体感にゃ!」
「そう言えばそうだな。報告を聞こうか」
「暗部の枢密院は古代遺跡で間違いないにゃ。会戦に人員を投入してるから残りは百人もいないにゃ。三大公爵の屋敷には五人が警護で常駐してるにゃ。反乱軍と公爵軍からの連絡が遅れてるからちょっとピリピリしてるにゃ。国外に派遣されてた数十名の暗部にも帰投命令が出されたみたいにゃ」
「ふむ、妙な動きをされる前に暗部を潰すか。出来そうなヤツはいたか?」
「総長って呼ばれてた男が突出して強いにゃ。でも高く見積もっても弱い二級危険種と同じ程度にゃ」
「楽しめる要素はなしか。今夜中にさっくり潰して終わりだな」
「キルにとっては第二級危険種が雑魚なのか…」
「兄上、キル様が秒殺したアークワイバーン三十五体は第二級ですわ」
「そ、そうであったな。ワイバーンロードは第一級であったしな…」
「暗部総長と言えば元は一流の冒険者であり探索者でもあったとの噂。真偽の程は判りませぬが、今やEXランカーに上り詰めた神撃のタフト殿から完膚なきまでに叩きのめされ、その逆恨みで悪の道へ傾いたとか」
「へぇ、ブラッドは情報通だな。神撃のタフトの名は聞いたことがある。いつかやり合ってみたいな…」
「それは見物ですな!いや失礼、見物とは語弊がありますな。しかし正に地上最強戦となりましょうぞ!」
「うむ、余も是非とも観戦したいものであるな」
その後は三大公爵への対処検討に話しが移行していった。
皇帝勅旨による緊急召集の仕込みは抜かりなく進んでいる様だ。
皇帝は先ず最初に三大公爵家へ使者を送り、『もしも皇太子軍が敗れた場合は、権限移譲も含めて帝都防衛戦を全面的に任せたい』旨を書面で伝えた。
帝城内の大講堂へ領主貴族家当主を召集した上で、兵力を保有しない法衣貴族家に対する命令権も含めた軍事権限をシャンテ公爵に一時委譲し、キャスケン公爵とライランド公爵を参謀に据えるというものだ。
帝国に限らず、文官貴族が首都防衛戦の総大将として軍事権限の移譲を受けた前例などない。
シャンテ公爵はこの提案に戸惑いつつも受け入れ、最終的には自ら率先して文武を問わず領主貴族召集の根回しを行ったという。
文官への軍事権限移譲など常識的に有り得ないのだが、エスタシオン公爵家当主は老齢で隠居寸前。
その継承権筆頭であるブラッドはアレイストと共に戦死。
継承権第二位のジェイドはテスラで抹殺済み。
継承権第三位は十二歳の未成年。
実際、俺が介入しなければ十中八九はその状況が実現されていただろう。
帝都防衛の唯一にして要であるエスタシオンが機能しないとなれば、シャンテに軍事権限が委譲される違和感は大きく薄れる。
しかも、皇帝が防衛対象としている敵軍は、シャンテがアレイスト抹殺の為に偽装編制した反乱軍だ。
これをどう疑って掛かったとしても、シャンテにとってはローリスク・ハイリターン以外の何物でもない。
アレイストとブラッドが死亡した瞬間には、ローリスクがノーリスクに変わる。
やり様に因っては、反乱軍を陽動として帝都内へ引き入れ、それにエスタシオンの帝都防衛軍と近衛兵団を鎮圧部隊として当てる。帝城の警護が手薄になったその隙に暗部を動かし、皇帝本人を暗殺するという絵まで描ける。
「うん、いいな。違和感があるとすれば、暗部からシャンテへの連絡が途絶えてしまう事くらいか」
「然り。余の懸念もそこじゃ」
「グリム、明日の朝イチで部隊長Aに擬態してシャンテに報告してこい。翼竜をシャンテ邸の庭先に乗り付けて『未だ掃討戦の途中ですが、皇太子とブラッド・エスタシオンを始末したので急ぎ報告に来ました』って。ついでに分体でアレイストとブラッドの生首を作って持参しろ」
「了解にゃ!ご主人様は悪知恵が働くにゃ?」
「こんなもんは常套手段の範疇だ。ついでに『ジェイド暗殺の件でテスラの特殊部隊が多数侵入したので、総長を筆頭とした対抗部隊の編制に暗部の人手を割く事になった』と言っとけ。宰相に頼んだ噂の流布も効果が出る頃合だし、暗部の姿が減った違和感も消えるだろ」
「…凄まじい情報戦であるな。テスラの宰相殿にも依頼済みであったとは…テスラが世界を制するなど容易くあろう」
「キル、世界征服など…せぬよな?」
「む、むしろっ!私がキル様の妃となってテスラと帝国の友好をっ!」
「ダメですぅ!」
「却下よ!」
レイティアはちょいちょいぶっ込んでくるな…
“むしろ”の意味も解らねーし。
「いやはや、キル殿のご差配には感服するばかりですな」
「キル殿にしか出来ぬ戦略・戦術ですけどね」
「潰せる違和感は潰すに限るってな。さて、仕込みも済んだし寝る前に暗部を始末してくるかな」
俺はグリムを連れて暗部の本拠地である古代遺跡へと瞬間移動した。
鬱蒼とした森に神殿造りの建造物が忽然と姿を現す感じだ。
世界一アグレッシブな鞭を操る考古学者が好きそうな場所である。
「なーるほど。僕神に会えるって意味が解るわ」
「ゲートの結晶版みたいなのが地下に在るにゃ」
「建物ごと潰そうかと思ったが、僕神が泣きそうだから止めとくか。俺は総長ってヤツんとこ行くから、グリムは他を殺ってこい」
「わかったにゃー」
俺は遺跡を丸ごと多重結界で囲み、周囲に魔力感知式の即死トラップを仕掛けて遺跡へ入った。
グリムが無音で暗部を始末していく。
対して俺はドアを蹴破りながら鼻歌まじりで最上階へ向かって進む。
建物は結構デカイが階層は地上三階に地下二階か。三階には二部屋…右だな。
部屋の中には人の気配が一つ在る。
殺気は巧く消してるが…意気の消し方は知らないか。
―――シュン!
「っと、あぶねーな。毒付きの短剣なんぞいきなり投げるなって」
「…何者だ。どうやって此処まで侵入した」
「通りすがりの魔術師だ。正面から歩いて入って来た」
「ふざけた奴だ」
俺は暗部総長から発せられた魔力波を感知した。
手下を呼んだかトラップが発動するか…手下の方か。
「誰も来ないと思うぞ?何故なら全員死んでるから」
「ほぉ、雰囲気からして只者じゃないとは思ったが、久しぶりに楽しめそうだな」
「それもムリだと思うぞ?何故なら――」
俺は総長の背後に瞬間移動して、投擲された毒短剣を首筋に当てた。
「お前じゃ役不足だから」
「馬鹿…な…」
俺は再び瞬間移動で総長の正面へと移動した。
「さて総長殿、攻撃したいなら好きにしていいが、一つ教えてくれ。神撃のタフトの所在を知っているか?」
「…なぜそれを俺に聞く」
「優秀な冒険者だった総長殿が、暗部なんぞに身を窶したのはタフトが原因なんだろ?まあ、逆恨みの類らしいが」
「クッ…逆恨みなどではない!ヤツは俺の地位も名誉も、誇りさえも奪った!」
「あースマン、理由に興味はないんだわ。所在を知ってるかどうかだけ答えろ。見たところ総長殿はSランクだろ?俺との差が大き過ぎる事くらいは、既に理解したよな?」
「…ああ、俺ではどう足掻いても勝てない。いや、傷の一筋すら付けられないだろう。貴様はタフトと同じ化け物だ」
「そりゃどーも。で、答えは?」
「チッ、魔大陸へ渡ったところまでは追跡した。が、その後は消息不明だ」
「へぇ、また面白そうな処へ行ってんだな」
魔大陸。面積は大陸と呼ぶべくもなく小さいが、ほぼ全域が魔獣の領域で占められているが故にそう呼称される絶海の孤島。
どこの国の領土でもなく、世界のどこにも身の置き場のない者が行き着く果ての地。
俺の目的には掠りもしない果ての地か…今は機じゃないらしい。
「それで、俺はどうなるんだ?」
「恨みはないが此処で死んで貰う。自殺でも構わないぞ?」
「そうか。独りは寂しいから貴様も付き合ってくれ」
―――カチッ!…カチッ!カチッ!
「あー重ねてスマン、この部屋に多重結界を張った。魔力も音も何も通らん」
「いつの間に…真性の化け物かよ」
「何度も褒めないでくれ。俺は照れ屋なんだ」
―――斬!
総長の首が飛び、俺は床に落ちる前に収納庫へ収めた。
「終了っと。グリム、帰るぞ!」
「にゃ!」
僕神に関係しているであろう力を地下の石室に感知したが、僕神に会う必要がないので俺は帝城へと戻った。
座標も取ったし何時でも来れるからいいだろう。
帝城へ戻ると、未だに皆は歓談の最中だった。
まあ、三十分くらいしか経ってないから不思議でもないのだが。
「まさか…もう終えたと言うのか?」
「もう終わりましたよ。総長の話だとタフトは魔大陸へ渡ったらしいですね。残念ながら、暫く戦う機会はなさそうです」
「そんな話まで聞き出した上でか。余の想像力では追いつかぬな…」
「父上、話した通りキルは二十五万人を秒殺したのです。百にも満たぬ暗部に三十分も掛けた方が不思議ですよ。その理由も判明した訳ですが」
「ま、これで後は緊急召集までのんびり出来るって話だ。陛下には予定どおり明日で勅命を発して頂き、明後日の午前で決着させるという段取りで」
「うむ、相分かった」
「此処にいる陛下とカイラン卿以外の帝国人は全員死亡してんだから、明後日の朝までは俺の屋敷で過ごそう。カイラン卿も明後日までは人目に付かないよう願います」
「であるな」
「承知した」
俺はグリムを残して公都屋敷へと瞬間移動した。
時差のおかげで睡眠時間は十分に取れる。
グリムは皇帝のお気に入りなので、帝城ではかなりの厚待遇を受けているらしく、『僕も朝の仕事を片付けたらのんびりするにゃー』と言っていた。
アレイストとブラッドは大浴場の広さに驚愕し、コーヒー牛乳とフルーツ牛乳の美味さに驚嘆していた。
ルルとレイティアはクリスタ特製デザートをパクついていた。
ルルに『フェリさんを迎えに行かないんですかぁ?』と言われ、慌てて迎えに行った。
当然ながら『あたしの事忘れてた?酷くない?ねえ?ねえ?』と怒られ、罰として耳かきをさせろと言われた。罰なのか?
フェリの膝枕から見上げる爆乳は迫力満点で、自分の爆乳を煩わしそうに俺の耳を覗いているフェリに笑ってしまった。
明後日に決着を控えたアレイストたちがリラックス出来ている様で何よりだ。
俺はベッドに潜り込み、明日は何をしようかと考えながら眠りに落ちた。
翌朝起きると、グリムから報告書データが届いていた。
あのネコはいつの間にテキストデータの作り方を覚えたのだろうか?
しかも日本語って…まあ、暗号文だと考えれば悪くはないが。
報告によると、シャンテ公爵はアレイトスとブラッドの生首を見て喜色ばんだという。
到着直後は『屋敷に翼竜を乗り付けおって!』と激怒したらしいが、二つの首を見た途端に上機嫌となり、金一封と高価なワインをグリム扮する部隊長Aに渡した様だ。
注釈に『お昼に皇帝と一緒に飲むにゃ!』と書かれているのは猫の蛇足だ。
シャンテは部隊長Aをそのままキャスケン公爵とライランド公爵の元へ送り、『明日に軍事権限移譲を受けた上で、反乱軍の帝都到着を待って皇帝暗殺計画を実行する』と伝言させた。
更にシャンテは、帝都防衛の最前線に老齢なエスタシオン公爵を無理矢理にでも投入し、反乱軍に始末させる腹積もりでいる。
ブラッドとジェイドに続いてエスタシオン公爵本人が死亡すれば、自動的に継承権第三位であるダイアンという名の少年が、次代エスタシオン公爵位を継承する流れとなる。
現在十二歳のダイアン・エスタシオンに、シャンテは十七歳になる自分の孫娘を正室として娶らせる。
その時点でエスタシオン公爵家はシャンテ派閥に組み込まれたも同然になるが、ダイアンと孫娘の間に男子が産まれれば、その子が次々代のエスタシオン公爵となる。
将来的には、シャンテ公爵家の血を色濃く受け継ぐ者が、武官貴族家筆頭でありガルダイン帝国最古参の譜代でもあるエスタシオン公爵となる訳だ。
このストーリーにはちょっと感心してしまった。
武官筆頭のエスタシオン公爵家と文官筆頭のシャンテ公爵家の直系を一等親として生まれた子であれば、例え女子であっても皇家との婚姻を結ぶに支障も不足もない。
シャンテは権謀術策を重ねた上で、最終的には正統性を以てガルダイン帝国の実権を手中に収めようと画策している。
その頃にシャンテ本人が存命かは微妙な線だが、俺は貴族という魔物の本質を垣間見た気がした。




