第69話 帝国への対処:戦慄と畏怖の差異
血の海に立ち尽くすガディウスの眼前に、ルルが立つ。
ガディウスは背に携えた巨剣に右手を伸ばすが、戦慄に震える手は柄を握り損なうばかりだ。
身長171cmのルルに対し、ガディウスのそれは247cm。
ガディウスは足元を見るかの如くルルを見下ろしているが、そこには威風も覇気もない。
ルルは『はぁ…』と侮辱にも似た溜め息を漏らし、俺の方へと振り向いた。
戦場で、それも必殺の間合いで敵から視線を外すなど自殺行為でしかない。
しかし、ガディウスはルルの視線を追う様にして、俺へと視線を移しただけだった。
「おい、敵を前にして何を震えている。圧殺熊の異名が泣くぞ?」
「さ、さっきの化け物みたいな闘気と魔力…お前がこれを…やったのか?」
「体はデカイが脳のサイズは極小のバカか?それを聞いてどうする。答えを知ればお前は生き延びる事が出来るのか?」
現状を突きつけられたガディウスが焦燥して口を開いた。
「さ、さ、三十五万の軍勢だぞっ!それが開戦直後に全滅させられたんだぞっ!こんな戦争があってたまるかっ!!」
「全滅?正確には258273人だ」
「ななな何なんだっ!その人数は何なんだっ!?」
「クソ面倒な熊野郎だな。教えてやるから有難く拝聴しろ。 皇帝の勅旨に従い不戦を約したカイラン辺境伯、モーズリー伯爵、ペリドン伯爵の手勢を除いた殲滅数。それが258273人だ。いや、ジェイドが始末した暗部を足せば258475人だな」
「なっ…くそっ!くそっ!!くそおーっ!!!待ってくれ!俺を見逃してくれ!何でもするから見逃してくれっ!!」
ガディウスはかなぐり捨てる様に巨剣を投げ出し、両膝を地に突いて命乞いを始めた。
「お前は命乞いをした者を見逃した事があるのか?無いよな?お前に手を差し伸べた先代獣王を刺したクズだもんな?」
「………」
「無意味な会話は止めにするか。よし、お前に生き延びる機会をくれてやる」
「本当か!?何をすればいい!?」
「こいつはお前と同じビートマス出身の銀狼だ。銀狼の英雄を聞いた事くらいあるよな?」
「ある!あるっ!先代獣王と互角に戦った銀狼の先代族長マキシマムの娘だろ!?名は、名は確かルルエンロードだっ!」
マジで?ルルの死んだ父親ってそんな強かったの?
まあ、現時点でもルルは獣王より強いと思うけど。たぶん。
「そうだ。お前がこのルルに勝ったら見逃してやろう」
「それは本当かっ!?こ、殺しても見逃してくれるのかっ!?」
「極まったバカ熊だな。俺が『約束する』と言えば、それが保証になるのか?お前にはルルと戦う一択しかない。もちろんルルを殺す気で戦え。ルルはお前を殺す気満々だからな」
「…わ、わかった、殺す気で戦ってやる」
「当たり前だ。もし手を抜いたら俺がお前を殺す。逃げても殺す。そうそう、暗器だろうが猛毒だろうが何でも使って、文字通り死に物狂いで戦え。いいな?」
「俺を舐めすぎだ!いくら銀狼だろうと、こんな小娘に俺様が負けるはずねぇ!」
「ククッ…俺様か、元気が出てきた様で何よりだ。ルル、お前はバカ熊の初撃を正面から受け止めろ。その後は瞬殺して構わん」
「はぁーい!!」
「なっ!?どこまでも舐めくさりやがって!ぶっ殺してやるっ!!」
ようやくその気になったガディウスが巨剣を拾い、ルルから4m程の距離を取って大上段に構えた。
俺とルルはそれを見て満足気に笑う。
この距離はガディウスが一歩踏み込んだ際における必中の間合い。しかも大上段。
初撃を正面から受けるルルに、必殺の斬り下ろしを放つ構えだ。
対するルルは自然体で構えている。
力みも緩みもないその立ち姿は美しくすらある。
「ガディウス、お前の好きなタイミングで始めろ」
ガディウスは『チッ!』と舌打ちをして勁力循環を始め、発勁が可能な状態になると魔力を巨剣に纏わせた。
殺人狂だけあって、そこそこ堂に入っている。
―――おぉぉぉおおおらぁあああああーーーっ!!!
ガディウスが吼えた。
1mを超える踏み込みに全体重を乗せて地を陥没させたガディウスが、巨剣を右袈裟に落とす。
発勁も加えられた斬り下ろしはセンチメートル単位で加速度を上げ、大気の壁を捻じ伏せるかの如く重い風切り音を鳴らす。
―――りゃぁあああああああああああーーーっ!!!
ルルも激高の咆哮を上げ、コンマ数秒の内に循環圧縮した闘気と魔力を全身に纏った。
―――パンッ!バギンッ!!!
巨剣を振り切ったガディウスが驚愕に目を剥く。
振り抜かれた巨剣は、柄だけを残して剣身が粉砕されてしまった。
「これはちょっと…つーか、かなり驚いたな」
ルルが勁力を闘気に昇華しているであろう事は想定内だった。
しかし魔力と併せた循環のみならず、圧縮と展開をあれ程の速度で実行したのは完全に想定外だ。
しかもガントレットの重装甲を活かしたクロスガードなどで受けるのではなく、震脚と併せたスマッシュ気味の右アッパーの一撃で巨剣を粉砕してしまった。
破砕音の寸前に破裂音が聞こえたのは、ルルの拳速が瞬間的に音速を超えたからだ。
いくら巨剣であっても、ルルのガントレットと接触した刃先面積は極小だ。
その衝撃重量たるや数千トンにも及ぶだろう。
そこから折るのではなく粉砕。運動エネルギーを余すことなく剣身にのみ伝播させた証拠だ。
おそろしい子…
「ガディウス・ベンリル!自分の悪行を省みながら逝きなさい!」
ルルの死の宣告に、ガディウスが瞑目を以て応えた。
―――斬っ!斬っ!斬っ!斬っ!斬っ!!! ヒュンッ!
ルルはガントレットの両拳に直剣が如き一本爪を魔力で形成し、ガディウスの右肩、左肩、右脚、左脚、そして首を切り飛ばした。
最後に顔の前で両腕をクロスさせて振り下ろし、ガントレットに付着した血のりを払った。
ルルが振り返って俺の元へ歩み寄る。
「キル様、ありがとうございました。殺された先代獣王様や多くの人たちも、少しは報われたと…思いますぅ?」
「…バーカ、何で疑問形なんだよ。間違いなく報われたさ。強くなったなルル。流石は俺の銀狼だ」
「はぁーい!ルルはキル様だけの銀狼ですぅ!今夜はガマンせずにキル様の巨剣でルルを女に――ぎゃわんっ!?」
「調子に乗るな!」
「痛いですぅ!!痛いから遺体になっちゃうですぅ!!」
「いや、上手くないからな?」
「むぅ…キル様のイジワル!ですぅ!」
流れと雰囲気をぶった斬って台無しにしたルルをカタパルト式デコピンで成敗し、俺は皆の待つ本陣へと体を向けた。
「ん?ジェイドのヤツ何やってんだ?」
「ジェイドさん、ライフルを構えたままですねぇ」
未だに中間地点付近で片膝撃ちの体勢でいるジェイドに歩み寄る。
が、ジェイドは血の気が引いた顔で俺を見上げて微動だにしない。
「どうしたジェイド。暗部を殲滅して気が抜けたのか?」
「ち、違いますよっ!!何をどうすればこんな事になるんですかっ!?」
「こんな事って、どんな事だ?ルル解るか?」
「わかんないですぅ」
「反乱軍の事ですよっ!なぜ一瞬で二十五万人の首が落ちるんですかっ!?湿地帯の造成はほんの少しですが現実味がありましたよ!ですがこれはっ!」
「正確には258273人だ。…あれ?これさっきも言ったか?」
「ガディウスに言ってましたぁ」
「そうだ、ガディウスに言ったな。ジェイドが始末した暗部を足せば258475人だな。…ん?これもガディウスに言ったな?」
「言ってましたぁ!」
「…もう解りましたよ。キル殿にとっては造作もない事だった事が解りました…」
「お前なぁ、俺も結構考えたんだぞ?一撃で殲滅しつつ三卿の手勢は無傷で済ますには?って。258273人の動いてる首の座標を別次元と接続して固定するって、何気に難しいんだからな?」
「いや、言われても意味が解りませんからね?」
お互いの論点すら不明瞭なまま、俺たちは取り敢えず本陣へ戻る事にした。
固まっていたジェイドと同様、皇太子軍も密集陣形のままフリーズしている。
しかし俺が近づくに連れ、密集した兵士たちがザザッと割れる様に道を作っていく。
いや、割れると言うよりも、逃げる?
「俺たち避けられてないか?」
「逃げられてますねぇ。アブナイ人を見てる感じですぅ?」
「…当たり前じゃないですか。あ、逃げられてるのはキル殿だけですからね?ここ重要ですよ?」
なぜ俺だけ?解せぬ。
兵士たちが割れて出来た道を進んで行くと、アレイトス、レイティア、ブラッドの三人も未だに騎乗したままフリーズしていた。
アレイトスは顔だけをギギギと錆びたジョイントの様に動かして俺を見る。
ブラッドは反乱軍の方を見たままだ。
レイティアに至っては顔面蒼白のまま自分の体を抱き締めた状態で、日本のホラー映画を観ている様な精神的恐怖に満たされた目で俺を見ている。
「おかえりなさいキル!凄かったわぁ!あたしゾクゾクして濡れちゃった♪」
フェリが発情した表情で俺に抱きついてきた。
うむ、やはりフェリの爆乳は柔らかい。
こんなに柔らかいのに垂れないのは何故だ?亜神だからか?
いかんいかん、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
「えーと、アレイトス殿下?」
「はっ!?な、何かなキルアス殿!?」
「え…」
何ですって?このおバカ様はキルアスに殿まで付けたか?
「あ!?お兄様!キル様ですよ!キ・ルですわっ!」
「おおぅっ!?スマン…走馬燈的なモノを幻視していた。で、何だキル?」
「…うん、テントの中でお話をしましょ。そうしましょ。ね、殿下?」
俺はテントを出し、引き攣った表情がそっくりなアレイトスとレイティアをテントに押し込んだ。
ジェイドにはブラッドを引き摺って来させる。
「で?何なの?ボーっとしてる暇はないんだが?」
「め、面目ない。余りにも衝撃的な光景に動揺した…」
「お詫びのしようもございませんわ。大悪魔が顕現したのかと…」
「両殿下に同じく。殲滅と言うには生温い光景に凍りつきました…」
「キル殿、あの光景には私も戦慄を覚えましたが、キル殿が帝国の為にご尽力頂いている事実は、兵たちを含め誰の目にも明らかです。それに鑑みれば、皆がキル殿を畏怖の対象として見るのは仕方ありません」
「ジェイドの言は尤もであるな。戦慄は恐怖でしかないが、畏怖には尊敬も含まれる。近寄り難い事に変わりはないが、キルは大勢に集られるのが好きではなかろう?」
まあ、確かにコミュ障の俺としては、大勢がフレンドリーに近づいて来る状況は好ましくない。つーかウザい。
しかしだ、一撃で殲滅する事は再三にわたって周知しただろうに。
首を落としたのが見栄え的に悪かったのか?フレア系で焼き尽くすとか?
いや、それだと環境被害が甚大になるしな。
うーむ、見栄えの良い殲滅方法か…課題だな。
「あーもうわかったよ。取り敢えず公爵軍を始末しに行くぞ。いいな?」
「あ、ちょっと待ってにゃ。帝城の暗部が動き出したにゃ」
「ああ、レイティアの暗殺か。アレイトス、対処に何か要望はあるか?」
「俄には思いつかぬが、キルはどう考えているのだ?」
「大別すれば二通りだな。万事が計画通りに進んでいると思わせるか、尽く失敗したと知らしめて更なる暴挙に移行させるか。前者は政治的手法、後者は軍事的手法が今後の対処法になる」
「うむ、悩ましいところだな。政治的手法であれば三大公爵を法的論理で断罪、軍事的手法であれば最悪は民にも被害の及ぶ可能性が大きい…か」
「一長一短ですな。政略に長ける公爵どもの土俵で戦うか、それなりの被害を覚悟の上で戦端を開くか」
ブラッド言うとおり一長一短だが、中庸で攻めるという手法もなくはない。
まあ、その場合は俺の手間が増える事になるんだが…今更か。
「取り敢えず時間を稼ぐという趣旨でレイティアには死んでもらうか」
「へっ!私死ぬんですのっ!?」
「化け猫レイティアがな。全てが計画通りだと思わせれば、公爵どもは戦勝報告を待つ為に数日は動かない。その間に対処法を検討して仕込みをする。どうだ?」
「うむ、キルの提案に乗ろうではないか。皆も良いな?」
「とてもモヤモヤしますけど…解りましたわ」
「御意」
「畏まりました」
「じゃあグリムは上手いこと死ね。ついでに暗部の本拠地を確認してこい」
「了解にゃー!」
公爵どもの対処検討は一端先送りにし、俺は公爵軍殲滅の段取りを確認する事にした。
公爵軍の行軍速度からして此処へ到達するのは二日後だ。
しかし、反乱軍に加わっていた暗部からの音信が途絶える事になる為、下手な動きをされる前に殲滅したい。
間違いなく公爵軍は暗部を斥候として先行させているだろう。
帝都までの道中に連絡員を配置していないとも限らない。俺なら配置するし。
という事で、俺たちは今日中に必要最低限の人員で公爵軍の背後に瞬間移動して殲滅する。
グリムは此処から帝都まで走らせ、その道中で暗部を探索・始末しながらの帝城帰還。
皇太子軍は三卿の軍勢を暫定的に吸収し、戦場の後始末と帝国西部の平常化に着手して貰う。
カイラン、モーズリー、ペリドンの三卿はアレイトスに同道させる。
公爵軍殲滅の後は帝城へ瞬間移動で帰還し、皇帝を交えて今後の対処を検討する。
個人的には公爵どもを係累諸共始末したいところだが、今後の帝政と内外の風聞を考えれば悪手だろう。
戦争ってのはいつの時代、どこの世界でも面倒だ。
戦いたい訳ではないが、戦わずにはいられない、と言ったところか。
まあ、接収という名の権益創出には打ってつけの手段であるのは事実だな。
さて、念の為に回収すべき物を回収してから行こうかね。




