第67話 帝国への対処:会戦前夜
偵察に出てから約二時間後、俺は皇太子軍へと帰還した。
空からではなく瞬間移動でアレイトスの近傍へ帰還した為、周囲を固める護衛たちに剣を向けられてしまった。
「…キルは帰って来る時も違う意味で驚かせてくれるな?」
「申し訳ありません。ちょっとテスラ公都へ寄ってきたもので」
「…キルは何でもありだな。して、なぜ公都へ行ったのだ?」
「それについては後程、偵察結果と併せて報告します」
「うむ、ちょうど休息時であるな。ブラッド、三十分の休息をとろうぞ」
「畏まりました」
ブラッドが副官らしき人物に向かって顎をしゃくると、副官は片手を掲げてハンドサインを始めた。
最後に手刀を作ってその腕を前方に向けて振り下ろすと、本隊の左右側面から二騎の騎兵が前方へ向かって疾走を始めた。
暫くすると行軍が止まり、前方へ向かった騎兵が『休息三十分間!』と叫びながら戻って来た。
工兵が瞬く間に休息用の天幕を設営し、その天幕に侍女が食器や軽食を詰めたバスケットを搬入していく。
その様子を眺めていると、馬から降り立ったアレイトスが『キルのテントの方が良いのだがな…』と呟いた。
暗に『拡張テントが欲しい…』と言われているのだろうか?
天幕型の家を造ってやってもいいのだが、動力源として使う魔核は何気に貴重だ。
これまでの経験からして、魔核は第一級危険種以上の魔獣からしか入手できない。
グリフォンの魔核はテントに使ったので、残りはフェンリルとワイバーンロードの二個だけだ。
因みに、魔石や魔核の品質は魔獣の強さに比例して高くなる。厳密には、魔獣が内包する魔力の量と質に比例する。
危険種に相当する魔獣の魔石であれば数回の魔力充填は可能だが、弱い魔獣の魔石に充填すると砕けてしまう。
また、鉱石として産出される魔晶や魔結晶にはエレメントが関係しているのだと思う。何故なら、エレメントがある近辺でのみ採掘されるからだ。
魔晶は鉱石の中に大小様々な原石が含まれている。宝石みたいな感じだ。
魔結晶は地中深くの魔力溜りで魔力が結晶化したものだ。魔晶よりも魔力の濃度と密度が高く、これも繰り返し魔力充填が可能だ。
アレイトスを先頭に天幕へ向かうと、レイティアをはじめとした馬車組も天幕の前へやって来た。
天幕入り口の左右に並んでカーテシーを取る侍女たちの前を通って中へと入る。
手際よく淹れられた紅茶や焼き菓子がテーブルに並べられると、ブラッドが手を小さく横へ振って人払いをした。
「キル、早速で悪いが報告をしてくれるか?」
「わかった。面白い物を使って報告する」
俺はそう言って収納庫から台座型の魔導器と、水晶の様に透明な多面結晶体を取り出した。
魔導器の上に結晶体を置き、魔導器に触れて魔力を流す。
「なななな何だこれはっ!?」
「こ、これは反乱軍ではありませんか!?」
「また…とんでもない物をお造りになりましたね…」
「すっごいですわ!?どういう事ですの!?」
「わぁ!小さな兵士がいっぱい空中に浮かんでるですぅ♪」
「流石にあたしも驚いちゃうわ。正に奇想天外ね」
「ホログラフィーにゃ!3Dにゃ!」
「これは俺の記憶を映像化して空中に立体投影する道具だ。時空系統と重力系統、そして白系統の魔術を複合して造った」
以前、神聖魔術で治癒と併せて体内をスキャンする術式を創った時、俺は白魔術の系統が光学技術的に応用できる事に気が付いた。
脳の記憶領域もしくは神核の記憶領域から引き出した映像情報を、特殊な偏光と屈折の特性を持つ多面結晶体を通して投影する事で、空中に立体映像を浮かび上がらせている。
前世で言うところの光ホログラフィー技術だ。
難点は魔導器に触れていなければ記憶映像を投影できない事だが、販売する訳ではないから改良する気はない。必要十分というやつだ。
「有り得ん…これも世界を変革させてしまう技術だぞ…」
「時空系統と言っても、その最上位である境界魔術が使えないと造れない代物だからな。フェリの話だと境界魔術が使える人間は存在しないらしいから、俺にしか造れないんじゃないか?」
「凄いわぁ…空間に干渉領域を構築して映像を立体的に浮かび上がらせてるのね?」
「正解だ。流石にフェリは理解が早いな」
最初は只々唖然としていたアレイトスたちも、再生が進むに連れて食い入るように観始めた。
「やはり敵軍の大将はコンラッド侯爵であるか。千人規模の魔術師部隊を擁する厄介な相手だな…」
「殿下!この巨躯…ガディウスではありませぬか!?」
「何ぃ!?シャンテ公爵め、とんでもない無法者を加えおって!」
俺が面白そうだと思った巨漢は、ガディウスという名うての傭兵らしい。
その性格は残忍にして非道。女子供を殺すにも一切の躊躇はない。
熊人族ならではの巨躯と膂力を以て、50kgもある大剣で敵を潰し殺す事から“圧殺熊”の異名を持つ。
ステータスプレートには多くの罪科が並び、破壊魔の称号を自ら誇るという。
「へぇ、熊人族なのか。デカイはずだな。ルルはコイツ知ってるか?」
「知ってるですぅ!先代の獣王様に瀕死の重傷を負わせてビートマス獣王国を永久追放された悪者ですぅ!」
「獣王を瀕死にして永久追放?何で処刑しなかったんだ?」
「ガディウスが捕縛に行った王国兵を皆殺しにして逃亡したからですぅ…」
ルルによると、先代獣王は自らの衰えを感じて王太子に王位を譲ろうとしていた。
獣王は強者にのみ継承される仕来りがあり、強者と認められるには純竜種の成体である成竜を討伐しなければならない。
先代獣王の命により王太子が成竜討伐の旅に出た直後、ガディウスは見計らった様にして先代獣王に決闘を申し入れた。
ビートマス獣王国には身分に拘わらず決闘を申し入れる権利があり、申し入れられた決闘を受けない者には臆病者の烙印が押される。
衰えたと言えども強者である獣王は決闘を受け、ガディウスを圧倒した。
完敗のまま地に伏したガディウスに獣王が歩み寄り手を差し伸べた時、ガディウスは猛毒を塗った暗器で獣王の手を刺した。
そのまま逃走したガディウスは、追ってきた獣王国兵の尽くを薙ぎ倒して国外へ逃亡した。
成竜討伐を果たして帰還した王太子はガディウスの悪行に憤怒し、自らの手でガディウスを葬るべくガディウスを追った。
裏の世界に通じていたガディウスは王太子の追跡を躱し続け、獣王危篤の一報を受けた王太子は忸怩たる思いのままに帰国した。
正式に王位を継承して今代獣王となった王太子は、先代獣王の遺言となった『獣王たるもの、逃げる弱者を追うものではない』を受入れ、ガディウスの永久追放を以て件を落着とした。
ルルの話が終わると、俺以外の皆が渋い顔をしてうんうんと頷いていた。
どうやらガディウスの悪行を知らなかったは俺だけらしい…
「なるほどな。なあルル、お前が望むならガディウスはルルに任せてもいいぞ?」
「キル様本当ですかぁ!?ルルが殺るですぅ!クソ熊を擂り潰すですぅ!!」
ヤダ怖い。クソ熊とか擂り潰すとか…
アレイトスもガディウス討伐をルルに任せると承認し、偵察報告は終わった。
俺は『もう一つ報告と言うか頼みがある』と言って、ワイバーンを狩った映像を再生した。
映像を観終わったアレイトスやレイティアは『キルの強さは異常だなぁ』とか『キル様は本当にお強いですわ』などど言っていたが、ブラッドとジェイドのエスタシオン兄弟は唖然とした表情のまま呟き始めた。
「ア、アークワイバーンの群れにワイバーンロード…」
「それを赤子の手をひねるかの如く…怖ろしい…」
「やっぱりワイバーンの亜種か。色とサイズが違うからおかしいなと思ったんだよ」
「あのねキル、アークワイバーンは第二級危険種で、ワイバーンロードはレアな第一級危険種なのよ?それを殆ど動かずに殺っちゃうとか…おかしいからね?」
「キル様は今日も天然ですぅ!可愛いですぅ♪」
「ご主人様は頭おかしいのが普通にゃ。強弱のネジが初めから無いにゃ」
銀狼と黒猫にディスられてるんだが…殺ってもいいかな?
「何と!?一級と二級の危険種であったか!それでキル、頼みとは何だ?買い取りの依頼か?」
「いや、明日の会戦を前に景気付けでワイバーンの肉を振る舞おうと思ってな。俺は解体が苦手だから、ワイバーンを解体できる兵を十人ほど借りたいんだ」
「わぁーい!今夜は竜のお肉ですぅ♪」
ブラッドとジェイドが驚愕して俺を見ている。何故だ?
「キル殿、本当に宜しいのか?危険種指定の竜肉など、我らでもそうそう口に出来ない代物なのだが…」
「そ、そうですよキル殿。あれを全部売れば白金貨で六千枚にはなりますよ?」
「ほぉ、危険種の竜肉とはそれ程に貴重なのだな。確かに私も数度しか食したことがないな」
「そんなに高価な物を頂くのは気が引けますわ」
「別に構わんさ。俺の収納庫にはフェンリルとグリフォンが有るしな。もし金に困ったらそれを売るからいい」
今度はルル、フェリ、グリム以外の全員がフリーズした。
いや、口だけはパクパク動いてる。金魚か?
「神話に登場するフェンリルまで討伐しているとは…キルは化け物か?」
「化け物と言うならグリムだ。こいつはフェンリルの血液を使って創生した化け猫だぞ?」
「酷いにゃ!僕はキュートな黒猫にゃ!」
最終的には竜肉を食えると皆が喜び、ブラッドが解体の得意な工兵を十五人と、数名の侍女を手配してくれる事になった。
公都に寄ったのはワイバーンを捌く刃物を買うためだったと説明し、手を借りる工兵と侍女については、今夜の野営地点に瞬間移動で今から連れて行くと伝えた。
「キル様のご差配は素晴らしいですわ。お国の政治に参画なされば、テスラ大公国は益々発展すると思いますの」
「レイティアの言うとおりだ。大公陛下もそれをお望みではないのか?」
「いや、父上からは『自由に生きろ』と言われている。俺の腕は二本しかないから、いいとこ三人か四人を護るので精一杯だ。全ての民の為に…なんて大層な事は出来ねーわ」
そう言った途端、ルルとフェリが俺の腕にしがみ付いてきた。
…そんな満面の笑みを向けられると、振り解けないじゃねーか。
「キルらしい志だな」
「ええ、ルルさんとフェリさんが羨ましいですわ…」
休息を終え、皇太子軍は再び行軍を開始した。
アレイトス直々の通達で『今夜は竜肉が振る舞われる』と聞いた全軍は、大歓声を上げて歩を進めた。
あれ?行軍速度が反乱軍と同等まで上がってない?
俺は料理担当者たちを連れて野営地点へと瞬間移動した。
一様に呆然と立ち尽くしていたが、俺が収納庫から三十六体のワイバーンを出すと、呆然から驚愕へと変化した。
どちらにしても動かないから作業が進まない。
「ぅおい!早く作業を開始しろって!のんびりしてると本隊が到着するぞ!」
「「「「「「「「「「「「は、はい!!」」」」」」」」」」」」
かなり高価な香辛料も奮発して提供し、一切れ500gくらいのステーキ肉が味付けされてテーブルの上に積まれていった。
革・骨・牙・爪・血液・眼球・魔石は高値で売れるので、ワイバーンロードの角や魔核と共に回収した。
十体を解体した時点でテーブルでは肉の置き場が足りないと判明した。
工兵がキャンバス生地を地面に敷いて肉を置こうとしたので、俺は物理シールドを巨大な直方体に形成して地面に固定した。
俺の方は地殻魔術で大きな焼き場を千個ほど造り、公都の卸商から買ってきた炭を入れて火を起こした。
最初は焼き網を造ろうかと思ったが、結構な手間が掛かると判明した為、底を波型に成形したグリル用の鉄板を造った。
アレイトスたちが到着する直前に全ての作業は終了したが、料理担当者たちは見上げる程に積み上げたステーキ肉に辟易した様子だった。
「アレイトス皇太子殿下よりの訓示である!全軍謹んで傾聴せよ!」
山積みの肉に大騒ぎだった兵士たちが、ブラッドの言葉で整列して姿勢を正した。
「皆の者、明日はいよいよ会戦である。今宵は戦勝を祈願すると共に、皆を労う為に竜肉を振る舞う。そこに山と在る竜肉の提供者を呼ぼう。キル!」
えぇ?マジで?
聞いてねーよと思いながら壇上へ上がると、アレイトスが『すまんが一言頼む』と囁いてきた。
「あー兵士諸君、俺は一介の傭兵に過ぎないが、明日の会戦には必勝の志で挑む。勝算は十分過ぎる程にある。後は諸君の士気に懸かっていると思ってくれ。その士気を高めるために竜肉を用意した。一緒に酒が欲しいとこだが、それは凱旋の時までお預けだ。いいか、今夜は死ぬほど食え!だが明日は絶対に死ぬな!以上だ!」
―――うおぉおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!!!
大歓声と共にステーキ祭りが始まった。
夕日に照らされた兵士たちが満面の笑顔で肉に齧り付いている。
十万人が肉を食らう光景はかなり壮観だ。
俺はアレイトスに『こういう時は一兵卒と同じ高さで食うべきだ』と伝え、兵士たちの輪の中にテーブルを置いて肉を食った。
「キルはやはり器が大きいな。私はこういう事が思いつかない…」
むっ…『前世では一兵卒でしたから』何て言えねー。
「いいんじゃないか?俺とアレイトスは別人だ。皆が同じ思考だと詰まらんだろ?」
「そんなものか?」
「ああ、そんなもんだ。しかし…美味いな竜肉」
「確かに美味い。兵たちとの一体感もまた格別であるな」
陽が沈む頃には『もう食えねぇ』とか『腹一杯で死にそう』などという兵士たちの声が聞こえてきた。
そんな兵士たちを他所に、ルルだけが未だにバクバクと食っている。
既に10kgくらい食ってんじゃないか?よく体型を維持できるものだ。
俺がルルの暴食を横目で眺めていると、ルルが笑顔でフォークに刺した肉を俺に差し出してきた。
「キル様、アーンしてくださぁい」
肉の脂で唇をテカテカにしたルルの笑顔がなんとも可愛いく、俺は思わず口を開けてしまった。
「わぁい♪美味しいですかぁ?」
「ああ、美味い」
「ルルちゃんだけズルいわ!キルあたしのも食べて。はいアーン」
だよな…こうなるよな。
腹八分目を常としているのに、俺は腹一杯になるまでアーンを繰り返した。
十万人の兵士が食べたにも拘わらず、まだ肉が半分くらい残ってた。
一人1kgを食ったとして100t。
ワイバーン三十六体から200tくらいの肉が採れた事になる。
俺は『200tの肉を捌いた工兵に感謝だな』と考えながら、残った肉を収納庫に収めた。
竜肉に釣られて二倍の行軍速度で野営地へ到着した事もあり、時間的に余裕のあるスケジュールだ。
俺たちはテントでのんびりと風呂に入った後でリビングに集合していた。
「竜肉と言い風呂と言い、今日もキルには大感謝だな」
「全くですわ。これなら戦場も悪くありませんわね♪」
「畏れながらレイティア殿下、こんな快適な行軍など有り得ませんからな?」
「ブラッドの言うとおりであるぞレイティア。だがしかし、戦など馬鹿らしく思えてくるな…」
「アレイトス殿下に同意致します。私もテスラ大迷宮にてキル殿と出会って以降、権謀術策に溺れている帝国諸侯が馬鹿に思えてなりません」
「目指す場所の違いだろうな。テスラにもアホな貴族は多いぞ。そんなアホに限って大した目標や目的を持っていないし、何をするにも他力本願だ。詰まる所、暇だから他人を嵌めるなんて面倒な事に傾倒する時間があるんだろうよ」
俺はそう言いながら収納庫から数個のパイナップルを取り出して風魔術で皮を剥き、重力魔術で圧縮して果汁を絞った。
「キルは本当に面白い魔術の使い方を思いつくものだな」
「使い手は少ないらしいが、重力魔術は日常生活でも便利だぞ」
そう答えながら俺は空気中の二酸化炭素を分離し、分厚い金属容器に入れたパイナップル果汁に重力魔術で加圧してパインソーダを作った。
「パイナップルソーダだ。パイナップルの酵素は肉類の消化を助けるから飲むといい」
「果実水から気泡が出ていますわ…きゃっ!?口の中がパチパチ弾けるようですわ!?」
「これは珍妙な…しかし…うむ、これは爽やかで美味いな」
「ともすれば口の中が甘ったるくなる果実水を、これ程まで爽やかな飲料に変えてしまうとは…」
「これは私も初めてですね…。キル殿、これは一体どうやって作ったのですか?」
「空気中には二酸化炭素という成分が含まれている。その成分だけを分離して圧力をかけると水分に溶け込む。二酸化炭素は気泡になって水中から放出されるんだが、それが弾ける感覚を生む素になってるんだ」
俺は分厚いガラス瓶を取り出して水を入れ、それに炭酸ガスを加圧充填してみせた。
「これは只の水に二酸化炭素を加圧充填した炭酸水という物だ。無味無臭だが、弾ける感覚はあるぞ。うーん、少しだけならいいか…」
俺は収納庫から瓶詰めにしておいたウイスキーを取り出し、グラスに魔術で作ったロックアイスと炭酸水を入れ、ウイスキーを混ぜてハイボールを作った。
「これはウイスキーを炭酸水で割ったハイボールという名の酒だ。外の兵士には悪いが、寝酒に飲んでみろ」
「う…美味いぞっ!!」
「とても飲みやすいですわ!」
「これはたまりませんな…」
「脂っこい料理にも合いそうですね」
「美味しいですぅ♪」
「ウイスキーの芳醇な香りはするのに、すっきりとして飲みやすいわ♪」
結局、焼酎やジンまで取り出して、レモンハイやブドウハイ、ジンライムなどと普通に酒盛りをしてしまった。
レイティアはジンライムが美味しいと三杯を呷って潰れた。
俺もイイ感じに酔ってしまったので、神聖魔術を改造した解毒術式でアルコールを分解してベッドへ潜り込んだ。




