第66話 帝国への対処:第4フェーズ③
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夜明けと共に起床した俺たちは、手早く朝食を摂る事にした。
外の兵たちは、既に野営設備の撤収作業を行っている様だ。
俺とルルが収納庫から出来立ての料理を取り出してテーブルに並べる。
ルルが出すのは相変わらず肉系オンリー。太らないのが不思議だ。
「しかし何だ、進軍中にこれ程の食事が摂れるとは、キルがいるだけで常識の尽くが覆るな…」
「殿下の仰るとおりですな。一軍を預かる身としては、体調管理のみならず士気高揚の面でも羨ましい限りです」
「そうか?帝国にも魔術師は多くいるんだから、やろうと思えば近しい事は出来るだろ?」
「それはムリよキル。いくら魔術に長けた者を集めても、キルみたいな発想をする人物なんて存在しないわよ?発想したとしても、あんな高度で複雑な術式なんて組めないし」
「フェリ殿の言われるとおりですね。行動にしろ製作物にしろ、キル殿の発想は非常識ながらも一貫性があります。自由でありながら強欲とでも言いましょうか」
「キル様は戦闘にも生活にも強欲ですぅ。ルルはキル様に強奪されたいですぅ♪」
「わ、私もキル様と共に歩めたら…と想ってしまいますわ!」
「「ダメですぅ!(ダメよ!)」」
何だろうか…レイティアがエル臭を発し始めた気がする。
皇女を連れて迷宮探索とか有り得ないだろ。
「なんだレイティア、お前までキルに惚れてしまったのか?気持ちは解らんでもないが、お前はエスタシオン公爵家に…と言うか、ジェイドの妃となるのだろう?」
「そ、それは父上がお決めになった事ですわ!私の気持ちとは関係ありませんもの!ですが…私も皇女として身の程は弁えておりますわ…」
ルルとフェリが刺すような視線をレイティアに送っている。
ここは心中でルルとフェリを応援しよう。
非日常に憧れを持ってしまうレイティアの気持ちが解らんでもないが、俺はルルとフェリだけでもキャパオーバーだ。
俺がテントを出ると、周囲の兵士たちが一斉に注目した。
思わず足を止めてしまったが、俺じゃなくアレイトスやレイティアの動向に注意を払っている事に気付いた。
なんか自意識過剰っぽくて恥ずかしい…
俺に続いてアレイトスが出てくると、兵士たちが一斉に片膝を突いて見守る。
戦時下では頭を垂れるまでの礼は取らない様だ。
アレイトスに続いてレイティア、ブラッド…と、一人用テントから総勢七名と一匹が出てくる様は、見守る兵士たちの瞳孔を開かせるに十分な材料だった。
アレイトスが騎乗する黒毛の見事な駿馬が引かれて来た。
駿馬の後方にはレイティア、ルル、フェリが乗るのであろう二頭立ての馬車が控えている。
馬車の護衛を務めるのであろう騎士がレイティアに歩み寄り、『この様な馬車しか用意できず申し訳ありません』などと詫びていた。
レイティアの我儘な参陣だから詫びる必要はないだろうに、宮仕えの身は大変だなと思ってしまう。
俺は反乱軍の偵察に出るべく、魔力探知を発動して暗部の部隊長BとCの座標を確認する。
反乱軍は予測どおりの座標で野営をしていた様だ。
偵察ついでに反乱軍として参戦しているカイラン辺境伯に念押しでもしようかと考えていたら、馬上のアレイトスが俺に話し掛けて来た。
「キルは偵察に行くのだろう?どの様な手法で偵察をするのだ?」
「はい。敵軍の編成と主力になりそうな部隊なり人物を、上空から偵察しようと考えております」
「む…キルにその様な物言いをさせてしまい、申し訳ない…」
アレイトスの心底から申し訳なさそうな発言を聞いた兵士たちがざわつく。
俺たちについては『腕の立つ傭兵が客分で参戦する』とだけ通達されていた為、客分とは言え一介の傭兵に皇太子が侘びを述べるなど有り得ない事態だ。
「殿下、どうかお気になさらず。私は只の傭兵でありますれば」
「…そうであったな。してキル、上空から偵察とは、翼竜でも使うのか?」
「いいえ。この様な手法を取ろうかと」
俺はそう言いながら飛行術式を発動し、秒速5m程で自由自在に飛行して見せた。
俺の飛行術式は重力操作、慣性操作、空力操作、加速度操作を複合したものだ。
瞬間移動で使うゲート開閉操作まで術式に含んでいる為、飛行中でも単一術式としての瞬間移動が可能な仕様になっている。
ぶっちゃけ、創った術式のスペックが高すぎて最高速度すら不明だ。
高度調整や障害物探知を含むリアルタイムGPSを追加すれば、オートパイロットも可能だと考えてる。
神核と記録層の併用でどうにかならないかな?と構想している最中だ。
「なっ!?…キルは今日も朝から凄まじいな。その機動と速度は飛ぶというレベルではないぞ?」
兵士たちの『おぉ…』というどよめきの中、ブラッドが挙手をしながら俺に視線を投げかけた。
「ん?ブラッ…ゴホンッ!エスタシオン中将、何でしょうか?」
「あ、いや、その…、一つ聞きたいのだが、キル殿は高空から偵察するのであろうか?余りにも高空だと敵軍の編制が判然としないのではないか?かと言って、低空だと敵の視界に入ってしまうであろう?」
「ああ、その点については解決策があります。実演して見せますので、私から目を離さない様に注視していてください。瞬きすらしない程の注視で」
俺はそう告げて、魔力・生体反応・存在値の全てを徐々に次元空間へと隔離していく。
俺を凝視する全員の目が見開かれ、瞬きをした者は俺を見失ってキョロキョロし始めた。
「こ…これ以上は無理だ!認識ができな…」
全身を強張らせて俺を凝視していたブラッドが脱力し、『参った…』と言わんばかりに苦笑を浮かべた。
俺が瞬時に隔離を解除すると、周囲の兵士たちから大きなどよめきが起こった。
「こんな感じです。実のところ、敵軍の偵察だけなら至近距離を歩いても良いのですが、戦場の地形も確認したいので上空から、という訳です」
「キル殿には失礼な問い掛けをしてしまった。申し訳ない。考えてみれば私如きの懸念など、キル殿にとっては些事であったな」
「皆にとっての私は実力未知数の傭兵ですから、私の技量を知って貰うには良い機会でした。では失礼します。グリム、お前は皇太子殿下の元にいろ」
「にゃ~!」
俺は再び飛行術式を発動して飛び立った。
暗部の部隊長Cを含む敵先遣部隊までの距離は凡そ90km、部隊長Bがいる本隊は先遣部隊の後方約5km。
時速500kmで飛べば約十分で接敵する。
敵軍の行軍速度は皇太子軍のそれよりも倍近く速い。
この世界の文明水準まで考慮すれば、かなりの行軍速度と言えるだろう。
三十万の兵力と言うが、おそらくは五万から十万の後方支援部隊が別に存在するはずだ。
これも三大公爵の財力が成せる業か。それだけ本気という事だな。
「お、いたいた。先遣部隊にしては大規模だな。五千ってとこか?」
対魔獣戦も想定しての規模だとは思うが、総勢五万という偽情報を流した割には考えが足りていない。
五千人と言えば旅団規模だ。旅団を出せる本隊の規模が五万で済むはずがないだろうに。
「ふむ、練度も並みだし豪傑らしき人物も見当たらないな。逆に暗部の人員が目立ってるし…バカなのか?」
まあ、皇太子軍を十万に抑えて出兵させ、その後に公爵軍が帝都を出てしまえば、それ以降は偽情報の隠蔽など不要だというロジックなのだろう。
そんな事を考えながら飛行を続けて敵本隊を視界に捉えると、案の定その後方には五万人規模の後方支援部隊が存在した。
「行軍隊形からしてあれが総司令官だな。名前は忘れたが侯爵だったか。…お?」
俺は本隊の最前を巨馬に騎乗して行軍している巨漢に注目した。
その巨漢は背後に重装歩兵部隊を率いて行軍しているが、本人は軽装とも言える革鎧を纏っている。
何よりも目を引くのは、その背に携えた大剣だ。
巨漢の身長は目測で250cm前後。おそらくは獣人族。
背負っている大剣は肉厚で幅広、全長も巨漢の身長とほぼ同等だろう。
グレートソードが並みの剣に見えてしまう程の巨剣だ。
「へぇ、魔力も並みじゃないとは面白そうだ。偵察に来た甲斐があったな」
思わず口角が吊り上がるのを感じながら、この世界は面白いと思ってしまう。
前世での現代戦は重火器や光学兵器による遠距離砲撃やピンポイント爆撃が常套だった。
全てが電子制御を多用した戦術であり、人海戦術など御伽噺のレベルだ。
白兵戦の規模も小さく、当然ながら索敵から銃器まで電子制御で行われる。
戦場で目立つなど以ての外であり、“目立つ=狙撃による即死”だった。
戦術級の戦闘アンドロイドも実戦配備が進んでおり、あと十年も経てば大国の特殊作戦部隊は、実戦を行わない特殊諜報部隊になると言われていた。
「お、カイラン辺境伯発見」
俺は前世の思い出に浸るのを止め、馬上のカイランに接近した。
カイランの左側を並走しながら小声で語り掛ける。
「カイラン辺境伯。声を出すな。視線を動かすな。解ったら小さく頷け」
驚愕の表情と共に一瞬だけ左側を向いたカイランが正面に向き直り、表情を戻して小さく頷いた。
「テスラで会って以来だな、と言えば解るか?」
カイランが再び頷く。
「これが最後通知だからしっかり聞いてくれ。会戦時は確実に本隊の最後方に布陣しろ。但し、後方支援部隊も殲滅するから退き過ぎは厳禁だ。まあ、死にたければ好きにして構わない。以上だ」
目を見開きながら小さく三回も頷いたカイランの背中を軽く叩き、俺は上空へと離脱した。
俺は敵軍の編制単位の確認を終え、戦場になると目される平原へと向かった。
気になる地形を見つけたら高度を下げ、確認を終えたら高度を上げる。
最後に全方位を見渡そうと思い高度1000mで停止飛行をしていると、同等の高度で北方から接近してくる複数の魔力を感知した。
「この魔力は魔獣だな、って当たり前か。数からすると鳥型の群れなんだが…魔力とサイズがデカすぎるな」
三十六体の魔力が時速100km程で接近して来る。
経験則からすると、第三級ないしは第二級危険種に相当する魔獣だと予想される。
翼竜の類だと思うが、三十六体もの翼竜が編隊を組むように長距離移動をするなど聞いた事がない。
俄然興味を惹かれた俺は、こちらから出向く事にした。
魔獣は俺に気付いてないから出向くも何もないのだが。
俺は高度を維持したまま、魔獣と正面からエンゲージする様に軌道修正して飛行する。
「向こうも俺を感知したみたいだな」
魔獣の群れまでの距離は約2000m。
魔力の変化からして敵意と警戒感が半々と言った感じだ。
という事は…俺の魔力を感知したのではなく、視力で捉えている?
魔獣の正体を判別する方法は幾つもあるが、こういう遭遇戦でそんな無粋な真似はしたくない。
向こうも距離が詰まるに連れて敵意を向上させているし、方向を変える気配もない。
「やっぱ翼竜だ。翼っつーか手の形状からしてワイバーンってヤツだな。魔獣大全に載ってた挿絵とは体色が違うが…」
約300mの距離で俺が停止飛行を始めると、ワイバーンが加速しながら散開した。
三次元的に散開したワイバーンの群れは、俺を球状に囲んで波状攻撃を仕掛けるつもりらしい。
「なかなか知能が高いじゃないか。遊んでやるから掛かって来い」
俺は収納庫から刀を取り出し、抜刀して鞘を収納した。
ワイバーンの群れは俺の戦闘力を量るかの様に互いの位置を替えながら旋回飛行を続けている。
少し退いた位置で一体だけ停止飛行をしているワイバーンがいる。
間違いなく群れのリーダーだろう。
そのワイバーンは他に比べて二倍ほどの体格であり、額に一本角まで生えている。
普通のワイバーンは緑色の皮膚で体長10m程度が最大だ。
対してあのワイバーンは30m近い体格で、皮膚も赤茶色をしている。
「特異種か?しかし他のワイバーンも茶色っぽいしデカイよな…ワイバーンじゃないのか?」
刀の峰で肩をトントンと叩きながら考えていると、リーダーのワイバーンが咆哮を上げて火炎弾を吐き飛ばしてきた。
俺は単純に刀で火炎弾を一刀両断にした。
続けて闘気を半解放しながら、自分を中心として直径10mの球状に展開した。
これは武神マルティアドに教えて貰った技術だが、球状展開した闘気は接触レーダーの役割を果たす。
咆哮を合図に他のワイバーンが立体機動で波状攻撃を仕掛けてきた。
展開した闘気レーダーが、接近して来るワイバーンの位置を漏れなく正確に伝えてくる。
十二時方向の仰角六十度から、八時方向の俯角三十度から、三時方向の仰角十度から、直上から、六時方向の俯角八十度から…
俺は停止飛行のまま最小限の体捌きを以て、襲来するワイバーンの首元を峰で打つ。
ベキリ、ボキリと鈍い音を響かせて、頚椎を粉砕されたワイバーンが落下していく。
「このレーダーは便利だなぁ。夜間戦闘でも威力を発揮しそうだ」
そんな事を独り言ちりながら、俺は飛来するワイバーンの頚椎を順次粉砕していった。
「はい三十五体目っと!うむ、刀の扱いもだいぶ慣れてきたな」
俺は三十五体のワイバーンを始末する間、リーダーのワイバーンから一瞬たりとも視線を外していなかった。
その間、リーダーのワイバーンは三度だけ動こうとしたが、俺はその度に強烈な殺気をピンポイントで放って動きを封じていた。
「俺と遭遇したのが運の尽きだ。ワイバーン…なのかは判らんが、竜種の肉は美味いからな。美味しく喰ってやるから観念しろ」
『GYUWOOOOOOO!!!』
観念などせず、覚悟を決めたワイバーンが一気に上昇した。
俺と太陽を結ぶ直線上まで上昇したワイバーンがバサリと羽ばたいて翼をたたみ、俺に向かって急降下を始めた。
縦に割れた双眼で俺を凝視し、咢を大きく開いたまま襲い来る。
その姿は恰も一本の巨大な槍が凄まじい速度で投擲されたかの如く。
「いい覚悟だ」
俺は微動だにせずにワイバーンを待ち受ける。
動かない俺の頭を噛み砕こうと、ワイバーンがその咢を閉じた。
―――ガキンッ!!
牙が噛み合わさった音だけを残し、ワイバーンは俺がいた位置を通り過ぎた。
俺を仕留められなかったワイバーンが翼を開いて速度を殺し、バサリと羽ばたいて上空へと向き直った。
ワイバーンは停止飛行で上空に在るはずの俺を探している。
「残念、ここだ」
突如として背後から聞こえてきた声に、ワイバーンがその首を捻ろうとする。
―――斬ッ!
『GYA…』
ワイバーンが振り返る前に、俺の刀が脳天を刺し貫いた。
ズズズッっという刀が抜ける感触を残し、ワイバーンは重力に引かれて落下していった。
俺は落下していくワイバーンを収納庫へ放り込み、地上に散乱している三十五体のワイバーンも次々に収納した。
「大漁大漁!会戦前夜祭に焼肉でもするか?」
戦争の前夜祭なんてやった事はないが、『異世界なんだしアリじゃね?』などと考えながら帰還した。




