第63話 帝国への対処:三大公爵と暗部の動向
皇帝とジェイドの話も聞かず『やっぱ四時間の時差はキツイなぁ』と考える。
懐中時計の針はテスラ時刻で午前四時ちょっと過ぎを指している。
帝城で四時間近くの時間を過ごしているわけだ。
「キル殿、これでよろしいでしょうか?」
「んあ?あぁゴメン、聞いてなかった。何?」
「緊急召集とレイティア皇女殿下の公都滞在についてです」
「えーと、召集のタイミングは公爵共と暗部の動向に依存するけど、最短で反乱軍との会戦翌日かな。可能ならテスラとの国境領土を治める辺境伯にも来て貰いたい。ただ、これは単なる俺の希望だから無理なら無理で構わない。レイティア殿下は身一つで来て貰えばいい。ウチは女ばかりだから、そう居心地が悪い事もないだろう。生活に必要な物品はこっちで用意する」
「貴殿には面倒を掛けるが良しなに頼む。もちろん礼は後日する故に」
「キルアス殿下、何卒よろしくお願い致しますわ」
「公爵どもの既存計画への対抗手段を検討した結果なので、こちらの手間はお気になさらず。私にも打算はありますし。ただ私…いや、俺は市井の者として暮らしている。だから殿下は勘弁して欲しい。俺の事はキルと呼んでくれ。それくらいかな」
「ではキル様、とお呼びしますわ。私のことはレイティアとお呼びくださいませ」
「であるな。キルよ、くれぐれも宜しく頼む」
「委細承知しました。陛下、グリムは常に陛下の側へ置いてください。そうすれば俺はグリムを通じて御身の状況を知る事が出来ますので」
「相分かった」
「じゃあレイティア、ジェイド、公都へ行こうか」
俺とジェイドは皇帝に一礼し、レイティアと共に公都の屋敷へ瞬間移動した。
屋敷の玄関へ飛びブーツを脱いでいると、スリッパの音と共にクリスタが現れた。
「キルアス様、お帰りなさいませ。お客様がご一緒でしたか。失礼致しました」
「クリスタは早起きだな。彼女の名はレイティアだ。暫くここで暮らすから三階の空いてる部屋へ案内してやってくれ。屋敷内の案内は後でいい」
「承知しました」
「クリスタさん、レイティアと申します。宜しくお願い致しますわ」
「ようこそお越し下さいましたレイティア様、こちらこそ宜しくお願い致します」
「そうだジェイド、お前も三階の部屋にするか?」
「いいえ、私は二階で結構です。キル殿の屋敷は皇宮よりも快適なので、二階も三階も変わりませんよ」
「まあそうだな。ゲストルームにはシャワーも付いてるしな。さて、レイティアもジェイドも少し寝ておけよ。クリスタ、俺たち三人の朝食は九時にしてくれ」
「はい。承知しました」
四時間ほど睡眠を取った俺がダイニングへ降りると、レイティアを含む全員が勢ぞろいしていた。
どうやら一通りの挨拶も終わっている様だ。
「帝国の皇女様はやっぱり凄く綺麗ですぅ」
「ルルさんはお強い上に可愛らしいではありませんか。何も出来ない私などより余ほど素敵ですわ」
これは社交辞令か?それとも探り合いか?
そんな事を考えているとレイティアが俺の横へ来て、幾分か恥ずかしそうに耳打ちをしてきた。
「あの…キル様、不躾ながら…あのトイレ設備を帝国で購入する事は出来ないでしょうか…?」
「アレかぁ。自作だから販売の予定はないな」
「そんなご無体なっ!?」
「そう言われてもな。帝城には上水や下水、それに魔導システムもないだろ?」
「キル様!?そんな大きな声で言われると…恥ずかしいですわ…」
皆が『あぁトイレね』といった風に苦笑している。
あれは上下水と魔導システムを前提にした仕様なので、帝城に付けるには結構な仕様変更が必要だ。
「キル殿、あれは男の私でも欲してしまう逸品です。どうにかならないでしょうか?」
「ジェイドもそう思いますわよねっ!」
「魔力を充填する仕様なら造れない事はないが、給水と排水まで考えると結構な魔力を消費するぞ?」
「構いませんわっ!戦闘に寄与できない魔術師たちの雇用創出にもなりますわ!」
「なるほど…そういう方向性もあるわけか。まあ、今回の件が片付くまでに少し考えておく。それでいいか?」
「はいっ!是非ともお願い致しますわ!」
アレを体験してしまうとそうなるよな。
暇な時に試作してみるか。
「さて、今後の話だが、取り敢えずは情報収集に終始する形になる。暗部は帝国に帰還したが、帝国の密偵が公都にいないとは限らない。外出は構わないが、レイティアとジェイドは最低限の変装を心掛けてくれ。ルルたちはレイティアとジェイドの服を調達してきてくれ」
「はぁーい!」
「承りましたわ」
「承知しました」
「レイティアとジェイドにはこれを渡しておく」
俺は収納庫から指輪を二つ取り出してレイティアとジェイドに渡した。
「この指輪には多重防御結界と警報の術式が刻印してある。魔力を流せば結界が展開され、同時に二人の位置情報が俺に送信される仕組みだ」
「凄い魔道具ですわ…」
「キル殿は当たり前の様に造られますが、位置情報を送れる魔道具など国宝級ですよ…」
「まあ念の為だ。これを身に着け、最低限の変装すれば外出しても構わないから」
俺は必要な申し送りを済ませ、テスラを離脱した暗部たちの動向を確認する為に地下二階の制御室へと入った。
暗部の移動手段についてはジェイドからも聞いたが、暗部の移動速度くらいは自分で確認すべきだろう。
「さて、部隊長の三人は翼竜を使うと聞いたが…」
部隊長の三人は公都の西方約2000kmの地点に到達している。
俺の魔力マーカーの軌跡からして、迷宮入町を離脱して飛びっぱなしの様だ。
「翼竜の飛行速度は時速150kmってとこか。他の八人は…公都から1000kmくらいか。こいつらは時速80kmって感じだな」
部隊長以外の暗部八名は、レプトル種と呼ばれる地竜に騎乗して移動しているらしい。
「部隊長の帝都到着は七日後くらいだろうな。いや…もしも替えの翼竜を用意しているならもっと早いな」
俺は魔導システムに俺の魔力マーカーが帝都から1000km圏内に入った時点でアラームを発報する術式を付加した。
召喚術師が飛ばした伝書はノーマークだが、これは仕方ないだろう。
部隊長の三人の帝都到着は最速で五日間弱だろう。
仮に俺たちが六日後に戦力を整えて帝都へ入る場合でも、ルルのガントレットは間に合いそうだ。
「ま、ルルは剣でも大丈夫だろうけどな」
暗部の位置情報を確認した俺は、魔力マーカー以外に埋め込んだもう一種類のミスリル板の情報を確認する事にした。
「さてさて、どんな具合だ?」
俺は魔導システムに記録された音声情報を再生した。
『部隊長たちの帝都到着は六日後だよな?』
『ああ、部隊長は国境の街で一日だけ休息を取るからな六日後だな。俺たちは三日毎に休息を取って、帝都到着は十二日後だ』
『俺も早く部隊長になって翼竜を使いてぇなぁ…レプトルはケツが痛くなるからキツイぜ』
『全くだな。まあ、俺たちはジェイド准将抹殺の功績がついた。部隊長はムリでも、分隊長への昇格はそう遠い話じゃない…と思いたいな』
『そう願いたいぜ。分隊長でも遠方任務なら翼竜が使えるからな!』
録音の術式を刻印したミスリル板も正常に動作している。
部隊長の三人は無言で移動を続けている様だが、レプトルで移動してる六人はちょいちょい会話をしていた。
「よしよし、音声もクリアだし問題ないな。部隊長三人と公爵たちの会話に期待だな。ガッツリと際どい話をして欲しいもんだ」
思惑どおりに作戦が進んでいる事を確認した俺は、皆に状況説明をしておこうと考えリビングへと向かった。
リビングでは大身の商人が着るような服装に着替えたレイティアとジェイドがいた。
二人ともそういう服装が新鮮なのか、ルルたちと楽しそうに会話をしている。
「ちょっといいか?暗部の部隊長三人の帝都到着は今日から五日後、他の六人は十一日後らしい。取り敢えず五日間は自由に行動していいぞ」
「そんな事まで判ったのですか!?キル殿はどんな魔術を使ったのです?」
「暗部たちの背中に埋め込んだ二枚のミスリル板があっただろ?あれの一枚には音声を記録する術式を刻印してある。その音声記録を再生したらそんな会話が入ってたわけだ」
「音声を記録する術式…ですか?形のない声をどうやって…」
「そんなに特別な事でもないだろ?騎士団や軍は拡声術式を使うじゃないか。あれは端的に言うと魔力で音声情報を増大させて人の耳に届ける術式だ。音声記録は魔力で音声そのものを魔導システム内の記録媒体に届ける術式だ」
「なるほど!記録媒体の仕組みは解りませんが、音声を記録できる事は何となく解りました」
「記録媒体は脳の記憶層みたいなもんだ。ジェイドは目を閉じていてもレイティアの声を認識できるだろ?それは記憶層に記録しているレイティアの声を、脳が分析・照合してレイティアだと認識している。脳の機能に比べれば魔導システムなんて玩具みたいなもんだ」
「キル殿の知識はもの凄いですね…」
まあ、記録した音声を帝城で再生する魔道具が必要なんだけどな。
しかも録音そのものが珍しいこの世界だと、音声記録の信憑性を疑われる可能性も高い。
自分の音声を客観的に聞いた事がないと、それが自分の声だと認識できない可能性もあるしな。
実証実験の準備も必要だなと考え、その日から数日間を暗部の監視と魔道具製造に当てて過ごした。
暗部の監視にもいい加減飽きていた十日後、ようやく三大公爵たちに動きが出てきた。
もっと早くに動き出すかと思っていたが、三大公爵は帝国元老院まで巻き込んだ大掛かりな謀略を画策してきた。
公爵たちの筋書はこうだ。
帝国西部に反皇帝を掲げる大規模な内乱を勃発させ、その内乱鎮圧に皇太子を総大将とした皇太子軍を派兵する。
三大公爵は裏で三十万人規模の反乱軍を動員するが、皇帝および皇太子には反乱軍の規模が五万人だとの偽情報を流し、皇太子軍を十万人規模に抑えて出兵させる。
皇太子軍は3倍の兵力で三方から攻められ、間違いなく大敗するだろう。
皇太子軍が大敗したとしても、皇太子本人が生きて敗走する可能性は非常に高い。
しかし、皇太子の戦死は三大公爵にとっての必達事項である。
そこで、三大公爵は援軍と称した五万人規模の公爵軍を時間差で帝都から出兵させる。
皇太子が敗走してきた場合は、公爵軍五万人で確実に仕留める寸法だ。
更には、皇太子軍を破った後に攻め寄せた反乱軍を、公爵軍が鎮圧した形で内乱を終結させるストーリーまでも描いている。
また、反乱軍と皇太子軍が激突するタイミングで皇女暗殺を実行し、皇太子と第一皇女の二人をほぼ同時に亡き者とする。
皇太子は当然ながら次代皇帝であり、第一皇女は降下させれば宮廷と帝国上級貴族の間に太い縁を結べる内政カードであり、また、他国の王族へ嫁がせれば、その国と帝国の友好関係を強固なものに出来る外交カードにもなる。
次代の帝国を支える二人を一気に失った今代皇帝に対し、三大公爵はこれを皇帝の失政であると元老院に弾劾させる。
絶対権力である皇帝を罷免するという法や制度は存在しないが、皇帝に暗愚の烙印を押し、求心力や発言力の大半を奪う事は可能だ。
その後は、三大公爵筆頭シャンテ公爵家の血縁である第三皇妃と、その子である第五皇子が登場する。
シャンテ公爵は絶大なものとなる発言力を以て第五皇子を次代皇帝となる皇太子に擁立し、十年ないしは二十年の後に実質的な帝国支配権を奪取する。
なかなかに手の込んだ悪巧みだ。
反乱軍三十万人の動員を補助するのがキャスケン公爵とライランド公爵の配下である暗部の部隊長BとCだ。
三十万人の兵を動員できるのだとすれば、三大公爵は帝国西部の主だった領主貴族にも多大な影響力を持つのだろう。
シャンテ公爵配下の部隊長Aは、元老院への根回しと、皇太子軍を挟撃する公爵軍の参謀を務めるらしい。
因みに、元老院議員の大半どころか、約八割の議員にシャンテ公爵の息が掛かっているという事実には驚いた。
個人的には、皇帝の失政も強ち嘘ではないと思ってしまう。
まあ、元老院議員の殆どは文官だから仕方ない部分もあるか。
ともあれ、俺の仕事がまた増えた観は否めないわけだ。
皇女暗殺案件はグリムに任せるとしても、帝国西部の反乱軍と公爵軍はどうにかしなければならない。
俺はリビングに皆を集め、収集した情報を周知することにした。
「――という話だ」
「酷い…帝政がこれ程までに牛耳られているとは…」
「ジェイド、一刻も早く父上に報告しなければなりませんわ!」
「レイティア、皇帝への報告は俺の方でやる。が、この謀略を事前に潰すつもりはないからな?」
「キル様!?それでは兄上が反乱軍に殺されてしまいますわ!!」
「レイティア殿下、どうか落ち着いてください。私は先にキル殿の存念を伺いたいと思います」
「ジェイドまで何を言うのですかっ!?」
「レイティア、この謀略を事前に潰したとして、三大公爵の将来的な暗躍を防げるのか?より悪辣な謀略を画策されるのが落ちだと思うぞ?」
「そ、それは…」
「キル殿はどうされるおつもりですか?」
俺はジェイドに反乱軍と公爵軍を殲滅するつもりだと話した。
三大公爵がこれ程の影響力を帝国西部の領主に示せるなら、西部以外の地域についても同様の影響力があると見るべきだ。
今代皇帝と次代皇帝である皇太子には、この謀略を逆手に取った復権を果たして貰いたい。
反乱軍三十万人と公爵軍五万人を生贄として皇帝が帝国諸侯に対する実効支配力を誇示できなければ、帝国に未来はないだろう。
三大公爵の暗殺など簡単だが、長期的に考えれば第二、第三の豚公爵が現れるのは目に見えている。
一時的に帝国西部の治安や経済は悪化するだろうが、先々の安定した帝政に替えられるものではない。
「確かに…。しかし、反乱軍と公爵軍は総勢三十五万にも及ぶ大軍勢です。エスタシオン家をはじめとした武門貴族家の協力を得ても…直ぐに動員できるのは十五万が精々です」
「それなんだが、エスタシオン家は皇太子軍として動員されるんじゃないか?俺が公爵だったら、目障りなエスタシオン家の兵力を削る好機だと考えるぞ?」
「…ご尤もですね。おそらく私の兄が皇太子殿下の副官として、帝都防衛軍の五万人と共に出兵するでしょう」
「だろ?ま、反乱軍と公爵軍は俺が片付けるから心配しなくていいさ」
「えっ!?いくらキル殿のパーティーが精強でも、四人で三十五万を相手に出来るはずがないですよ!」
「キル様なら一人で勝てますよぉ?」
「そうなのです。キルアス様にとっては一人も三十五万人も大差はないのですよ」
「キルは特級危険種の神獣フェンリルを無傷で殺しちゃうくらいだものね」
ジェイドとレイティアがポカーンと口を開けている。
フェンリルなら三十五万の兵くらい片付けそうな気がするな。
「ジェイド…私は耳がおかしくなったみたいですわ…」
「レイティア殿下…帝国はテスラと友好を結ぶべきだと進言致します…」
「そうですわね…」
ルルたちはイイ感じに慣れてきたな。
さて、第四フェーズが想定より大掛かりな対人戦になるな。
あ、試作した実弾銃でも試してみるか?
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