第57話 古典的な権謀術策
構想してた通りにストーリーを進めるって難しいですね。
楽しんで貰えると嬉しいです。
グリムが『お風呂!』とうるさいので、ジェイドも連れて風呂へ入る事にした。
ルルたちは料理に挑戦したいと言い出し、三人の中では食える物が作れるエルを管理官に任命して厨房へ送り込んだ。
期待はしていないが、結果は楽しみではある。
「やっぱ風呂だよなぁ。治癒術式に匹敵する癒しがある、うむ」
「身体の芯まで温まるにゃー」
「お前は熱伝導率が高いからな」
「そういう意味じゃないにゃ!」
なんだろうか…ジェイドがずっと喋らないんだが。
そろそろ順応してもいい頃合じゃないか?
「おいジェイド、いい加減に慣れろよ。魔導化施設が初めてって訳じゃないだろ?」
「はい…」
一言だけ答えたジェイドは、湯舟の中で開いた自分の両掌を神妙な目つきで見詰めている。
まあ、仲間を亡くしたばかりだ。
どれ程の繋がりだったかは知らないが、決して浅くはない関係だったのだろう。
「他人の俺に言われるのは腹立たしいかもしれないが、いくら思い悩んでも死んだ者は返ってこないぞ?」
「…はい、私も仲間を亡くしたのが初めてという訳ではありません。慣れているとは言いませんが、それなりに自制する術は心得ています。しかし…」
「しかし、何だ?」
「私にキル殿の百分の一でも力があれば、卑劣な謀略など正面から叩き潰し、仲間を死なせることもなかっただろうと…」
「謀略ねぇ。謀略のない世界なんてないだろう。謀り謀られ、それに勝った者が笑いながら正史を編む。そんなもんだろ?」
「手厳しいですね…ですが、それは強者の論法ですよ。多くの弱き者を一握りの強者が支配する。富める者は生を謳歌し、貧しき者は天を仰ぐことすら忘れて地に這い蹲る。神々が望まれた世界とは…こんなものなのでしょうか?」
これは重症だ。平等な世界なんて在る訳がない。
おまけにこの世界の最高神は僕神だぞ?
つーか、神が干渉するのは最初だけだろうに。
創った後は『苦しい時も幸せな時も頑張ってね!』ってなもんだ。
「力があるから成す。力がないから成せない。そうじゃないだろ?成したい事があるから力を求める。どんな不条理や理不尽に襲われようとも、真に成したいならば自ら折れ諦めるなんて出来るはずもない。強弱、貧富、正悪は自分以外の誰かが評価するだけだ」
「私は…力が欲しいのです」
「何のために?」
「弱き者を救うために」
「ダメだな。抽象的に過ぎる。ジェイドの言う弱き者とはどれ程に弱い?何人いる?そいつらにとって救いの定義は同一か?」
「ならば!キル殿は何の為、誰の為にそこまで強くなったと言うのですかっ!?」
「そんなもん、とある女を助ける為だが?」
ジェイドが目を見開いたまま体を震えさせている。
流れで答えてしまったが、こんなもんは只の自己満足だ。
俺には色葉にとっての幸せなんてわからない。
もしかしたら、色葉はこの世界で愛する者に出会っているかもしれない。
俺が助け出したところで、色葉が俺の傍に寄り添うとも限らない。
だがそんな事はどうでもいい。
俺が色葉を助ける事は、既決であり帰結だ。
善だの悪だの、愛だの恋だの、義理だの人情だの一切合切どうでもいい。
破壊神?上等だ。
こっちは鬼神だろうが僕神だろうが利用しまくって、自己満足全開でぶっ飛ばしてやる。
「一人の女性を助ける為に、ですか…」
「ボクシンって奴に言わせると、俺は不幸を絵に描いたような人間なのに、それを自覚してないらしい。まあ、心当たりが無いことも無いが、そんな俺が考える事なんて高が知れてんだよ」
「ですがルル殿、エル殿、フェリ殿、それにグリム殿も皆さん幸せそうに笑っておられるではありませんか」
「自分の事すら判んねぇのに、他人が幸せかなんて判るわけないだろ?もし皆が幸せだと感じているなら、それはあいつらが自分で見つけた幸せだ。斯く言う俺も、悪くないとは思ってるけどな」
「キル殿は、掴み処のない方ですね」
「そうか?」
「ええ、そうですよ。朧気ですが、私も成したい事が見えたような気がします」
そう言ったジェイドは、作ったものじゃない笑顔を、出会って初めて浮かべた。
風呂から上がり、俺は脱衣所に設置した冷蔵庫から三本の瓶を取り出した。
一本はグリム用に皿へ注ぎ、もう一本をジェイドに渡す。
「…キル殿、この怪しげな色をした液体は何ですか?」
「怪しげとか言うな!これは様式…いや儀式と言うべき風呂上がりに飲む神聖な飲料だ。いいか、先ずこの紙蓋を取り外すだろ?そして利き手で瓶を握り、反対の手は腰に当てるんだ。そして天を仰ぐかの如く一気に飲み干す!」
―――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴキュッ! ぷはぁーっ!美味いねっ!!
「ほら!ジェイドもやってみろ!」
「はあ…では頂きます」
―――ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴックン! うおぉぉぉーっ!?
「美味いっ!美味いですよキル殿!これは何という飲料ですかっ!?」
「そうだろう、そうだろう。これはコーヒー牛乳という飲料だ。ウチのコーヒー担当者と料理担当者が協同製作した至高の逸品だ」
「こーひーぎゅうにゅう……この香ばしさと苦味をまろやかに包み込む甘味。そして『もっと飲みたい!』と思わせる絶妙な分量は正に至高!いや究極!このジェイド、キル殿の差配に感服しました!」
冷ややかな視線を向けるグリムをスルーして、俺とジェイドは満足感と共にダイニングへ向かった。
ぐっ!?…異臭?
ダイニングが近づく程に、鼻を刺す異臭が強まる。
生唾を飲み込みながらダイニングの扉を開けると、出来の悪い蝋人形のような表情を浮かべた三人が並んでいた。
テーブルの上にはホラーテイスト満載なアンノウンを盛った皿がある。
可能性は00.1%未満だが、色合いだけで推測するにクリスタの料理を真似たのかも…しれなくもない。
「…なあジェイド、これらは何だと思う?ここはダイニングだよな?」
「わ、私如きが口を挟むべき事柄ではないかと…」
そう答えたジェイドは、鼻と口を掌で覆いながらスッと目を逸らした。
そしてグリムが流体金属化して扉の隙間から流れ出て行った。
「ルル、エル、フェリ、これらは新種の魔獣か?スライム系か?」
「えへへ…特異種ですぅ?」
「アハ…アハ…魔のつく何かなのです?」
「おほほほほ…粘性体かしら?」
「危険種よりタチ悪いわ!このドアホどもがっ!!」
「「「すみませんでしたーーーっ!!!」」」
分解術式でも完全に分解できなかったアンノウンを、俺は次元空間の彼方へと転送して封印した。
結局は買い物の料理を収納庫から出し、異臭の残るダイニングで夕食を済ませる。
ルルたちが風呂に入ると言うので、俺は脱衣所まで一緒に行き、コーヒー牛乳の儀礼と作法を伝授した。
今度はフルーツ牛乳を作ろうと思う。
俺がリビングへ入ると、ジェイドが仲間の形見をテーブルに並べ眺めていた。
ジェイドは入ってきた俺に目を向けると、涼やかな表情で話し始める。
「キル殿は不思議な方だ。数時間前の私には、これらの形見を心穏やかに眺める事など出来なかったでしょう。いいえ、一生涯なかったでしょうね」
「それがジェイドにとって良いか悪いかは判らんが、一生涯にわたって眉根を寄せ続ける必要は無くなったな」
「仰る通りですね。それに、私にとっては良き事だと確信できます。キル殿、私の身の上話を聞いては頂けませんか?」
「帝国の話か?」
「やはりお気付きでしたか。私はガルダイン帝国 近衛兵団 准将、ジェイド・フォスタ・フォン・エスタシオンと申します」
エスタシオンの家名には聞き覚えがある。確かグレンから聞いた話に登場した。
小国であったガルダイン公国が周辺小王国群を併合していく際、軍事行動の実質的な司令長官を務めた爵家だ。
将器を備えた精強な騎士を多く輩出し、歴代皇帝からの信頼も厚く、数代前に皇女を正室に迎え、先代皇帝により公爵へと昇爵された…だったか?
「エスタシオン公爵家の若き准将閣下か。不幸属性が見当たらないぞ?」
「そうですね。今にして思えば、帝国歴代最年少で准将へ任命された時は選民意識さえ持っていました。愚かなものです…」
「その頃に、ジェイドの言う謀略劇が開幕された訳か」
「ご明察です。私は准将に任ぜられた直後、皇帝陛下の勅命により第一皇女殿下の守護騎士となりました。キル殿は、皇女殿下の守護騎士に与えられる暗黙の褒美をご存知ですか?」
「全く知らないが、察するに皇女を娶る権利か?」
「正に。エスタシオンは皇家譜代の大身ですが、長きに渡り侯爵位に留め置かれました。しかし、先々代皇帝陛下の勅命により皇女殿下が降下され、エスタシオン家は初めて皇族を正室として迎えました」
ジェイドは言葉を選びながら、訥々と語った。
エスタシオン家は、ガルダイン帝国における武門貴族家の筆頭として代々武勇を誇っている。
軍事立国を公称する帝国においては、自他共に認める正当かつ誉高き家柄である。
“しかし”と言うべきか“だから”と言うべきか、エスタシオンは政治に弱かった。
帝国の規模が大きくなるに連れ、宮廷では武力よりも政治力が物を言うようになる。
絶対権力であるはずの皇帝でさえも、肥大化する帝政を一存にて制する事が叶わなくなった。
それまで軽く見られていた文官貴族たちは、ここぞとばかりに蠢いて勢力拡大を計った。
内政を操り、財政を謀り、後宮を侵し、何時しか意に沿わぬ皇族の醜聞をでっち上げ、誅殺と称して敵対勢力諸共亡き者にし始めた。
最後の標的として残ったのは帝国の軍事だった。
体裁としてはシビリアンコントロール。実体は帝国そのものを形骸化させた上での文官貴族たちによる腐敗統治だ。
先々代皇帝は、帝政の腐敗が極まりつつあると大いに憂えた。
帝国の三大公爵家の全ては文官貴族であり、腐敗の三大元凶でもあった。
皇帝はそこに楔を打ち込むべく、自身の暗殺さえ織り込んだ一計を案じる。
その一計とは、自身の勅命による皇女の降下と、次代皇帝の勅命による武門貴族家の昇爵であった。
先々代皇帝は、強権を以て第一皇女を降下させ、エスタシオン侯爵家の正室として迎えさせた。
そして、次代の皇帝にエスタシオン侯爵家を公爵位に昇爵させるべく、秘密裏に絶対遺志の魔術文証を残した。
その直後、先々代皇帝はこの世を去った。
公けには卒中で急逝したとの訃報を発したが、三大公爵家の共謀による暗殺劇だと今でも実しやかに囁かれている。
「極めて鬱陶しい身の上話だが、ここまで聞かされるとジェイドの現状も大凡だが想像できるな」
「キル殿は、私の現状をどう想像しているのですか?」
「腐敗の元凶どもがそれらしくも厄介な任務をジェイドに押し付け、ジェイドの身柄を帝都から離した。その間に皇女の暗殺を段取りつつ、先ずはジェイドに任務失敗の汚名を着せてエスタシオン公爵家の発言力を削ぐ。機に乗じて皇女を暗殺したら、守護怠慢の責をエスタシオンに負わせて無力化する。あわよくば奪爵して取り潰したい…ってところか?」
「まるで見て来たかの様に言いますね?いや参りました」
「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶってやつだ。歴史を紐解けば、帝国に限らずよくある話だろ。非常に古典的でシンプルな権謀術策だな」
「テスラ大公国は、次代も安泰ですね」
「ん?どういう意味だ?」
「私は愚者ですが、少しは人を見る目を持っているつもりですよ、キルアス第二大公子殿下」
「確かに俺の名はキルアスだが、キルアス殿下は八歳らしいぞ?」
「迷宮の一人用テントの中にこんな邸宅を現出させるのですから、八歳を大人にするくらい容易いでしょう?」
「…フン、実は食えないヤツなんだな。お前なら元凶の三公爵でも潰せそうな気がするけどな?」
「それは買い被り過ぎですよ。私は直属の部下すら護れない愚者なのですから…」
「ふむ、取り敢えず三つ教えろ。ジェイドに薬を盛ったヤツは未だ迷宮にいるのか。ジェイドがこの迷宮で達成しなければならない任務は何か。皇女暗殺の実行時期は予測できるのか」
「…私が薬を盛られたと、何故お判りになったのですか?」
「俺の治癒術式は特殊でな。対象者の心身状態を解析する術式も付加してある。もしも治癒できなかった時に状態が判らないと、次善策が打てないだろ?ジェイドからは心身喪失を引き起こす薬物を検出した。他の四人も幻覚剤を盛られていたけどな」
「はは…非常識な治癒術式があったものですね。しかしそうですか…エリカたちは幻覚剤を…」
ジェイドの推測を含んだ話によると、薬を盛ったのは三大公爵家が創設した暗部組織の者たちで、ジェイドの死亡もしくは任務失敗を確認するために、未だ迷宮内か迷宮入町に潜伏している。
ジェイドの任務は迷宮八十階層の階層主討伐。
これは三大公爵家が今代皇帝の勅旨を捏造した命令で、歴代エスタシオンの中でも文武共に異彩を放つジェイドを、帝国外で暗殺する為の謀略だ。
ジェイドたちは命令の要件として秘密裏にテスラへ入国させられている為、暗部がジェイド抹殺に失敗した場合でも『准将の地位にありながら勝手にテスラへ密入国した挙句、貴重な人材を迷宮で失った無能』との汚名を着せられる。
帝国第一皇女暗殺は、ジェイド暗殺と時を同じくして実行させる線が濃厚だという。
皇女暗殺は、ジェイドよりもエスタシオン公爵家そのものを糾弾する仕掛けである為、ジェイド死亡もしくはジェイドに汚名を着せた後の方が効果は高いだろう。
「未討伐の階層主を五人で殺れなんて勅旨、有り得な過ぎて笑えてくるな。そんなもんを容易く捏造できるくらい、三大公爵が幅を利かせてるって事か」
「お恥ずかしい限りです…」
「さて、敢えて聞こうか。ジェイド、お前の“成したい事”は何だ?」
「皇帝陛下と第一皇女殿下の御身をお護りする事です」
「俺の助力が欲しいか?」
「是非に…と言いたい処ですが、可能なのですか?」
「可能か不可能かじゃない。やるかやらないかだ。それに、俺にも打算はある。ぶっちゃけ打算が最大理由だな。但し、有償だぞ?」
「承知しました。私の持つ全てを差し出しても構いません」
俺も先々は帝国に在る大迷宮へも行くことだし、知己を得ておくに損はない。
何より、テスラを暗殺の舞台に選んだ豚共が気に食わない。
悪知恵に長けた豚共の事だ、ジェイドたちの入国を許しただの迷宮管理が甘いだのとテスラに難癖を付けてくる可能性が高い。
迷宮探索の予定に狂いは生じるが、予定という程に定めたものでもないしな。
さて、どうせやるなら成果はガッツリ出さないと面白くない。
ちょっとワクワクしてる…とはジェイドに言えないな。
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