第56話 猿真似で猿討伐
こんばんは。
連投5日目、宜しくお願いします。
「あんなのムリだろっ!シルバーエイプの面影すらないじゃねーかよっ!!」
「買ったばっかりの剣がぁあああーっ!!」
「ひ、久しぶりに死ぬかと思いました…」
「まいったな…あれはレイドを組まないと無理だな…」
「アレ、俺らBじゃムリだろ。最低でもAランクが十人は要るよな?」
俺たちが順番待ちをしていると、階層主の部屋から五人の探索者パーティーが、脱兎の如く逃げ出して来た。
俺たちの前で待っていたパーティーが、逃げ出して来た探索者たちに話を聞いている。
聞こえてくる話の内容からして、甲虫のような甲殻を持つ猿人型の魔獣らしい。
物理攻撃が全く通らなかった上に、防御障壁をワンパンで破壊された様だ。
逃げ出して来た探索者たちは、待機パーティーに『装備破壊されて終わりだから止めとけ!つーか死ぬぞ!』と忠告している。
「そう言えば、特異種が出たってキャルレインが言ってたな」
「エルさん、普通はシルバーエイプなんですかぁ?」
「そうなのです。銀色の堅固な体毛と、太い四本の牙を持つお猿さんなのですよ」
「あら、待機してた人たちも帰るみたいよ?ラッキーじゃない?」
「甲殻猿なんて楽勝にゃ」
「なっ!?黒猫が喋った…あぁ、キル殿が言った特殊な仲間とは…」
ジェイドがグリムの喋りに驚いているが、説明済みなのでスルーだ。
フェリの言うとおり、俺たちにとっては待ち時間が大幅に短縮されてラッキーだ。
ルルもやる気満々なので扉へ向かおうとしたら、逃げて来たパーティーの探索者が話し掛けてきた。
「おいおい!まさか入るつもりか!?悪い事は言わないから止めとけって!」
「あんたらの話は聞いてたが、俺たちの事は気にしないでくれ」
「ま、まあムリには止めないけどよ。逃げる時の為に後衛は扉の近くで待機させといた方がいいと思うぞ?」
「ああ、わかった。助言感謝する」
感謝など全くしてないが、俺はそう答えて扉を押し開いた。
俺たちの様子を見ていた探索者たちは、『あーあ』とか『行っちゃったよ』などと言っている。
階層主の部屋は、四十階層とほぼ同じ構造だ。
違う事と言えば、折れた剣や曲がった槍、へしゃげた盾などが落ちているくらいか。
「マジで甲殻猿だな。拳や足の甲まで甲殻で覆われてるぞ。体長は3mってとこか」
「キル様、ルル独りで殺ってもいいんですよねぇ?」
「いいぞ。今日はこの猿で終わりだから色々と試すも良し、瞬殺するも良しだ。好きに殺ってこい」
「はいですぅ!夜ゴハンは猿鍋ですぅ!」
それは遠慮しとく。一人で食ってくれ。
意気揚々と甲殻猿へ向かって歩くルルが腰の剣を抜いた。
どうやら瞬殺コースではないらしい。
そう言えば、ルルのガントレットは収納庫に収められるようになった様だ。
おそらく俺…と言うか、鬼神の加護が付いたからだと思うのだが…今一つ釈然としない。
神々の加護と鬼神の加護では性質が違う気がする。
「お猿さん!皆で美味しく食べてあげるですぅ!」
だから一人で食えって。
ルルはペロリと舌舐めずりをすると、剣と両腕に魔力を纏って斬り掛かった。
猿は『ウホホォーッ!』と咆哮を上げ、両腕を高らかに掲げて振り下ろしの打撃を狙っている。
猿が自分の間合いに入ったルルに対し、膂力を込めた両腕を振り下ろす。
ルルは一瞬だけ腰を落として減速すると、直上から振り下ろされる猿の両腕を半身になり紙一重で躱し、風切り音と共に眼前を過ぎ行く両腕を観察した。
猿の両腕が地面を殴打して土石が跳ね上がる。
ルルはバックステップと併せたスウェーやダッキングで土石を躱し、切っ先を猿に向けて口を開いた。
「腰の入ってない打撃なんて当たらないですぅ!お肉が硬そうだから、じっくり煮込んであげるですぅ!」
観察したのは肉質らしい…
ルルに食材としか見られていない猿は力士の立ち会いが如く腰を落とし、両の拳を地につけて筋肉を隆起させた。
一方、ルルは猿から5mほど離れた位置で納剣し、こちらはアマチュアレスリングの様な体勢を取った。
猿が地を蹴り、背後に大量の中礫を飛ばして掴み掛る様に猛突進した。
それを見たルルは闘気の領域に一歩踏み込んだ勁力を瞬時に循環させて立身中正の姿勢を取り、流れる様なモーションで左腕を前方へ突き出しながら右手を腰元へ引いた。
恰も中国古流拳法の如き流麗な動作を展開するルルの顔面に向け、開かれた猿の両掌が迫る。
「はぁっ!!!」
ルルは威烈な呼気と共に足首、膝、股関節、腰、肩、肘の順に高速で勁力を伝達し、突き出した左腕を引きながら右脚で震脚を踏み、猿の懐に潜り込んで右掌底を猿の胸部に向けて打ち上げた。
トップスピードで激突した両者の体は、時が止まったかの如くビタリと静止した。
次の瞬間、ルルの上半身を覆い隠す様に圧し掛かっていた猿は、その鼻と口から大量の血反吐を垂れ流した。
ダクダクと止め処なく流れる血液が地面に赤黒い血溜りを作る。
「むぅぅぅーっ!重たいですぅっ!!」
そう叫んだルルは右腕一本で猿を支えたまま、下半身を捻りながら左肘で猿の脇腹を薙ぐ様に殴打した。
猿の体がグラリと揺れ、横倒しに地面へと崩れ落ちる。
重苦しい地響きを立てて地に伏した猿は、白目を剥いた両眼からも赤黒い血液を滴らせていた。
ルルが『ふぅ』と一息ついて俺たちの方へ振り向き、ニカッと笑って大声を上げた。
「キル様ぁ!お肉ゲットしましたよぉ♪」
「…そんなに食いたいのか?」
俺がそう呟きながらエル、フェリ、グリム、ジェイドの順に視線を巡らすと、三人と一匹は次々にスッと目を逸らした。
だよな。皆が食う気だったらどうしようかと思った。
俺は横倒しになっている猿へと歩み寄り、ルルの掌底が入った胸部を見た。
やや左寄りの胸部に楕円形の窪みが形成されている。
一撃で絶命させた痕としては小さ過ぎるし、大量の内出血からして内部破壊系の打撃だろう。
浸透勁かと思っていたが、浸透勁ならば楕円形の外傷は生じない。
猿の背中を見てみると、掌底の延長線上に当たる部分が内側から爆ぜた様に爆散していた。
一朝一夕で成せる業ではないと思った俺がルルに視線を向けると、ルルは『褒めて褒めて!』という表情で手指をワキワキさせていた。
「ルル、この打撃技には技名があるのか?」
「無いですよぉ?お城に住んでた頃に、キル様が訓練してた動きを真似て練習したですぅ!」
ほぉ…俺の真似、ねぇ。
俺の近接格闘術は前世で習得したものが多い。
基本は西側特殊部隊の戦場格闘術だが、俺はそこに中東の近代格闘術とアジアの古流拳法を独自にミックスしている。
しかし俺が使う打撃にはルルが放った打撃と同一のものはない。
猿の状態を見る限り、ルルの打撃は合気術、八極拳、劈掛拳を混合した様なものだ。
ガントレットを使った近接打撃戦闘を得意とするルルならではのセンスが生み出した業だろう。
これに技名を付けるとすれば貫爆掌と言ったところか。なかなかに興味深い。
秀逸とも思える業に感心した俺がルルに視線を戻すと、当のルルは不安気な表情を浮かべていた。
「ルルの戦い方…ダメでしたかぁ?」
「そんな事はない。正直なところ感心した。ルルは凄いな」
「わぁーい!キル様ぁ♪」
ルルがとびきりの笑顔を咲かせて跳び付いてきた。
結構な膂力で俺を抱きしめ、俺の首元に顔を埋めて『わぁい♪わぁい♪』と呟いている。
柔らかくも張りのあるルルのロケット乳が俺の胸で様々に形を変える。
こいつ…デカくなったんじゃねーか?
この世界では八歳のはずなのに、進化した為か十五歳に引き上げられて以降、俺は精神的にも肉体的にもかなり異性を意識している。
色葉とのイチャラブ生活を目指して転生したが、『陥落されそうでヤバい。色葉に嫌われる』などと本気で考える始末だ。
葛藤しつつもルルの感触を堪能していると、エルたちも集まってきた。
何故かエルは頬をプクッと膨らませており、フェリはそんなエルを宥める様に頭を撫でている。
グリムは暇疲れなのか、歯を剥き出して大きな欠伸を連発する。呼吸器官なんてあるのか?
そんな俺たちを尻目にジェイドは猿の死骸を一頻り眺め、俺に張り付いているルルに苦笑しながら語り掛けた。
「ルル殿は、もしや銀狼の英雄ではありませんか?」
俺の首筋に夢中なルルが惚けた様子で『え?呼んだ?』とジェイドに顔を向けた。
「ふぇ?ルルですかぁ?英雄の称号は持ってるですぅ」
「俺に張り付いたまま会話をするな!離れろ!」
「はは…やはり英雄殿でしたか。魔族を単独で討伐したとの武勇伝は聞いていましたが、噂以上の力量ですね」
「そうですかぁ?ルルよりフェリさんの方が強いし、キル様なんて魔族が何十万人で掛かっても瞬殺されちゃいますよぉ?」
「そ、それはまた…空恐ろしい話ですね。本当に…」
「話はキャンプを張ってからだ。ルルは猿を収納しろ。行くぞ」
「あっ!?ルルはまだキル様成分の補給が終わってないですぅ!」
「ルルさんばっかりズルいのです!あ、キルアス様待ってなのですよ!」
「二人とも可愛いわね。共闘を選択したのは失敗だったかしら?」
「おっぱいの大きさならフェリが一番にゃ」
「ハハハ…じ、実に愉快なパーティーですね…」
ジェイドに若干ディスられた気はしたが、俺は奥の扉を押し開けて階下への階段がある広場の中央へ向かった。
迷宮で魔獣が出現しないのは、階層主の部屋の前と後ろにある広場だけだ。
トラップの類も無い為、探索者たちがキャンプを張るには打ってつけの場所になっている。
俺は広場の中央に立って皆の方を向き、目下最大の問題を指摘する。
「さて、ここでキャンプをする訳だが…問題はメシだ」
ルルが得意気に『わかってますよ!アレでしょ?』という顔をして、収納庫から猿と大鍋を取り出した。
「ぶっ飛ばすぞこの肉食獣!猿なんぞを嬉々として食うのはお前だけだわ!」
「えぇっ!?お猿さん食べないんですかぁっ!?」
「一人で食ってろ!エル、フェリ、料理の腕前は上がったのか?」
エルとフェリがスッと目を逸らした。
まぁ期待はしてなかった。クリスタが来て数日しか経ってないしな。
俺の意図するところが解らないジェイドが、申し訳なさそうに質問を始めた。
「キル殿、料理とは…ここで調理をするという意味ですか?いや、皆さんが収納庫をお持ちなのは解っているのですが、料理を作って皿を並べるには些か環境がそぐわないかと…」
「そうか?あぁ、ジェイドは…と言うか、皆にも言ってなかったな。俺の自信作を披露しよう」
俺はそう告げて、収納庫からドーム型の小さな一人用テントを取り出した。
化学合成樹脂を作るのは面倒だったから店売りのキャンバス生地を使ったが、骨組みは軽くて丈夫なミスリル製の湾曲パイプと直状パイプを連結する仕様だ。
パイプ内部にはミスリル製の超極細線を撚り合わせたワイヤーが通してあり、パイプの連結部に仕込んだスプリングフックで繋いでいる。
要は、パイプの連結部を両側に引っ張れば、簡単かつコンパクトに折りたためるテントだ。因みに30×10×5cmの収納袋が付属する。
また、出入りを容易にするため、これまたミスリルで造った長尺ファスナーを採用した。
俺たちには収納庫があるから折りたたむ事はないだろうが、『探索者に売れるんじゃね?』と考えて造り込んだ結果だ。
「…キル殿、斬新な形ですが小さいですし、料理とも関係ない気がするのですが?」
「ジェイドよ、中に入ってみれば俺が只の戦闘脳じゃないと理解するだろう」
ジェイドは『はあ…』と言ってテントの周囲を歩き始めた。
何をしているのかと見ていたら、『どこから入るのですか?』と聞いてきた。
「あぁ、皆はファスナーを知らないのか」
そりゃそうだと思いながらファスナーをグルっと開けたら、『おぉーっ!』と皆に驚かれた。
ジェイドが腰を屈めてテントの中へ入ったかと思うと、血相を変えてテントから首を出して絶叫した。
「何ですかこれはっ!?いや何処ですか此処はっ!?」
「うるさいなぁ、いいから中へ入れ!説明するから皆も入って来い」
入った先は玄関になっていて、右側には靴箱、左側には綿をふんだんに詰めた絹製スリッパの収納箱を置いてある。
「ここで靴を脱いで左側にあるスリッパを履くんだ。ルルたちは靴箱にもスリッパにもネームプレートが付けてあるから専用だ。スリッパは足のサイズに合わせてあるからな。ジェイドはゲストと書いてある靴箱とスリッパを使ってくれ」
「わぁ!このスリッパですかぁ?ふっかふかですぅ♪」
「これは内履きの革命なのですよ!」
「ホント気持ちいいわぁ!足の疲れが癒されるようだわ♪」
「僕のスリッパがないにゃ…あ!“グリムの足拭きマット”があるにゃー!」
「た、確かに素晴らしい履き心地ですが…何か違いはしませんかっ!?」
「ジェイドうるさい!こんなモンで絶叫するな。まだ序の口以前だ」
玄関ホールには正面と左右に扉があり、正面にある扉の先がリビング、左に行くと厨房・ダイニング・洗濯場がある。
右側には洗浄機能付きトイレ完備の個室が十室とシャワーブースが五つ、そして最奥には大浴場もある。
今回の肝は、試作を兼ねてベッドを自作した点にある。
この世界のベッドは寝心地が悪い。
木製の骨組みの上に籐や葦といった弾性のある植物を編んだ寝台を置き、その上にシーツを敷いただけの物だ。
城に居た頃は睡眠環境にまで気が回らなかったが、自宅を持ってからは寝心地が気になって仕方なくなった。
最大の原因はルルとフェリにある。
二人が俺に体を預ける様にして寝る為、俺の背中には三人分近い体圧が掛かる。
詰まる所、ベッドが硬すぎるのだ。
という訳で、俺は前世の記憶を頼りにポケットコイル式マットレスを造った。
更に、絹製の大袋に綿を大量に詰めてキルティング加工した敷布団を三層構造にしたクッションマットレスも造った。
未だ満足する域には至っていないが、試作品としては上出来だろう。
次回はコイル直径を小さくして、試作品の倍に当たる五千個のコイルを詰めたマットレスを造ろうと思っている。
俺は皆を引き連れて各部屋を回り、公都の屋敷とほぼ同等の生活環境である事を滾々と語った。
「どうだ?これなら迷宮に年単位で潜っても平気だろ?」
「ベッドはお屋敷のより凄いですぅ!ルルはベッドの上のキル様の上に乗るですぅ♪」
「ルルさん!それはダメなのですっ!エルの方が軽いからエルが乗るのですよ!」
「ねえキル、この拡張空間って…どうやって魔導化してあるの?」
「この際だと思ってグリフォンの魔核を使った。リビングの柱に制御装置ごと内蔵してある。魔力充填容量はスフィアと比べ物にならないほど小さいが、消費量も滞在時間も短いからな。たぶん十日くらいは持つだろう」
「早くお風呂に入りたいにゃ!」
「グリムは金属生命体のくせに風呂好きだな?」
「僕は感性もご主人様と同調してるから仕方ないにゃ」
俺たちがリビングで和気藹々と会話を交わしている中、ジェイドだけがソファの端に座って頭を抱えていた。
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