第51話 準備万端
ガクトの店から屋敷へ戻ると、玄関で笑顔のクリスタに迎えられた。
「お帰りなさいませ、キルアス様。本日より精一杯務めさせて頂きますので、何卒よろしくお願い申し上げます」
「クリスタ、ここは城じゃなくて俺たちの家だ。クリスタは自身を使用人だと弁えているのだろうが、俺はクリスタを家族だと思っている」
「キルアス様…」
クリスタは両手を口に当てて涙を零し始めた。
俺は『まいったなぁ…』と呟き、言葉を続ける。
「泣くなよクリスタ、今日からここはクリスタの家だ。部屋も俺たちと同じフロアで、寝食も共にしてくれ。誰に何を憚ることなく、自由な暮らしを送って欲しい。俺としては、言葉遣いも家族然としたものが望ましいな。ま、お互い気楽にやっていこう」
「はい、はい!私は幸せ者です!」
何だかんだで涙もろいクリスタの手を引き、俺はリビングに皆を集めて紹介しようと考えた。
クリスタが初見なのはラウニ、フェリ、グリムの…三人?一人と二匹?二人と一匹?…ややこしい。
「キルアス様、昼食の支度が出来ておりますが、如何しますか?」
「おぉ!じゃあ皆をダイニングに集めよう。厨房の使い勝手に問題はなかったか?」
「はい。公城の設備よりも凄くて驚きました。特にあのオーブン!公城にも似た物がありますけど、このお屋敷では魔力供給が不要なのですね!家事を熟すのにウキウキしたのは初めてです♪」
この屋敷で消費されるエネルギーは、スフィアに充填した俺の魔力で賄われている。
まだ丸一日しか暮らしていないが、情報パネルに表示された魔力消費量は0.1%のみだ。
魔導システム起動時の消費量が1%であった事から、日常消費量としては妥当な数値だと思う。
仮に一日当たり0.5%を消費するとしても、半年毎に魔力を充填すれば必要十分だ。
そもそも魔力充填がノーコストだからどうでも良いのだが、超低燃費システムである事は間違いない。
「クリスタが楽しく暮らせるなら何よりだ。この屋敷は俺の魔力で機能している。俺は魔力が多いし無料だから、好きなだけバンバン使ってくれ」
元気よく『はい!』と返事をしたクリスタの笑顔は、城で暮らしていた時よりも輝いて見えた。
インターフォンで皆を呼び、ルル、エル、フェリが料理を運ぶのを手伝う。
テーブルに並べられていく品々は、見た目だけでなく栄養バランスも考えられており、俺が好む食材も多く使われている。
「ルル、エル、フェリ、わかるか?これが食事ってやつだ」
嬉しそうにはにかむクリスタを他所に、ルル、エル、フェリの三人はバツが悪そうに苦笑している。
俺が幸福感と充実感を以て料理に手を付けようとしたら、ラウニがテーブルのど真ん中に着地して女の子座りをした。
ラウニが『ラウニもゴハンー!』と言わんばかりに、俺をジーっと見詰める。
俺が『肩に乗ってなかったから忘れてた』と思いながら収納庫の果物を選んでいると、クリスタは皮を剥き種まで外したマスカットが盛られた皿を、スッとラウニの前に置いた。
「クリスタありがとー!ラウニはマスカット大好き―♪」
「それは良かったです。たくさん食べてくださいね」
ぶっちゃけ驚いた。クリスタにはラウニが見えているらしい。
しかも人と接するかの様に、至極自然なコミュニケーションを取っている。
「…クリスタには妖精が見えるんだな」
「はい。今までは自分が特殊なのだと思っていましたが、皆様にも見えるのを知って驚きました」
「クリスタは水精霊の加護を持ってるー。前に水精霊を助けてあげたみたいー」
「へぇ…俺の方が驚きだ。クリスタは、この屋敷に住むべくして俺の乳母になった気さえしてくるな」
こういうのを運命の巡り合わせと言うのだろうか、と俺は思った。
すると、フェリがクリスタの加護について捕捉を入れる。
「クリスタが授けられた加護は、水精霊の中でも癒しに優れた精霊のものよ。研鑽を積めば癒しの精霊術を使えるかもね。それをしないとしても、この屋敷を癒しのオーラで満たしてくれるわ。ラウニの種族特性と相まって、この屋敷はとても住み良い場所になるわね」
「それはいいな。クリスタ、ラウニ、この屋敷を頼むな」
「承りました、キルアス様」
「ラウニはクリスタ優しいから好きー♪」
癒しのオーラがどんなものなのかは知らないが、戦闘に明け暮れるであろう俺の今後を考えると、帰れば癒される家があるというのは嬉しいものだ。
「そうだわ、探索者ギルドから使いが来たわよ。『手続きが完了したから足を運んで欲しい』ですって」
「そうか、いよいよだな。明日にでも小手調べがてら迷宮に潜るぞ」
「「「「はーい!(はいです!)(楽しみ!)(にゃ!)」」」」
昼食を終え、三階の宝物庫へ入る。迷宮探索に向けた備品の選定と改造だ。
前提として、迷宮では転移系の魔術が阻害されてしまう。
『え?またまたぁ…』と思い瞬間移動を試してみたが、本当に阻害されてダメだった。
この時は軽く絶望した。何故なら、瞬間転移で屋敷に毎晩帰ろうと思っていたからだ。
迷宮内には“送還ポータル”と呼ばれる転移装置が、十階層毎に存在する。
送還ポータルからは、第一階層の“帰還ポータル”へと転移できる。
帰還転移は出来るが、潜行転移は出来ない点が面倒だ。
迷宮下層へ潜る探索者は二週間~三週間を目途として迷宮に潜る者が多い。
そう、二週間以上もテントで寝泊まりするわけだ。
俺はサバイバル生活が嫌いではない。しかし、この世界のテントは嫌いだ。
無駄にデカくて重い割りに、内部空間は狭く使い勝手も悪い。
五人用テントに使う木製の中央柱の太さを見た時は、アホかと思った。
俺たちには収納庫があるから『テントを組み立てたまま出し入れするか?』とも考えたが、迷宮内であのサイズを出せる場所は限られるだろう。
残る問題は水回り。そう、トイレと風呂だ。
迷宮には自浄機能があるから、排泄はその辺でしても構わない。
俺も単独潜行なら深く考えないが、うちの面子では考慮せざるを得ない。
風呂は完全に俺の意向だが、皆も風呂に入れてイヤってことはないだろう。
最後に装備のナイフホルダーとストライクガン用ホルスターだ。
スレインは危険種の素材なども溜め込んでいたので、鑑定をしながらホルダーとホルスターに向いた素材を選んだ。
ストライクガンは右太腿側面に、バトルナイフは左足のブーツ側面に装備しようと思う。
「これとこれと…これもだな。あ、ついでにアレも造るか」
俺は宝物庫で幾つかの魔道具と素材を選び、庭にある工房へと移動する。
工房は今のところ俺とフェリしか使わないが、フェリが持ち込んだ素材やら加工機類やらが所狭しと並んでいる。
魔女の住処にあった工房はフェリが空間拡張していたので、此処がこんな状態になるのも当然だ。
「この工房も拡張しないとだな。つーか、フェリがやるべきじゃね?」
そんな事を独り言ちりながら、俺は魔道具改造と、新しい魔道具と装備の製造に勤しんだ。
完成した品々を作業台に並べて細部をチェックしていると、俺の左腕に柔らかで豊かな膨らみが押し付けられた。
「テントなんて造ったの?こっちは不思議な形してるわね…これ何?」
「フェリも来たのか。これは迷宮探索の秘密兵器だ。それより、この工房を拡張してくれないか?」
「あたしが勝手にやっちゃっていいの?」
「フェリの工房は整理整頓されてたから、その辺は信頼しているよ」
「わかったわ!拡張してキレイにしとく♪」
俺は魔道具を収納庫へ収め、ナイフとストライクガンを装備して使用感を試す。
出来栄えに満足した俺は、ルルとエルを連れて探索者ギルドへ向かうことにした。
公民区へ入ると、ルルが例によって屋台で肉系の食品を買い漁り始めた。
最早、条件反射に近い行動になっているようだ。
「キルアス様、先に冒険者ギルドへ行くですよ」
「別にいいが、何故だ?」
「キルアス様は冒険者証の更新をしてないですよね?Fランク証だと、探索AAAを付与できないのですよ?」
俺はAAAランクの探索者証が別で貰えるのだと思っていたが、どうやら違うらしい。
探索者ランクは、冒険者証に追記する形で発行されるという。
エルはBランクだったが、買い物のついでに冒険者証の更新はしたとのことだ。
そんなこんなで俺たちは冒険者ギルドへ向かうことにした。
まあ、両ギルドは中央大路を挟んで対面に建っているので問題はない。
夕方ということもあり、冒険者ギルドは帰還した冒険者たちで混み始めていた。
入ってすぐにの位置にある、総合案内カウンターの女性職員が俺たちに向かって手を振っている。
ルルとエルはその職員に歩み寄って話を始め、俺はそれを横目に窓口へと向かう。
「こんにちはキルさん。冒険者証の更新ですか?」
「ああ、よくわかったな」
「ギルドマスターから通達がありましたし、FからSにランクアップするなんて、大事件ですから」
大事件なのか…と思いつつ、俺は鈍色の冒険者証を職員に手渡す。
職員は『すぐに更新しますから』と言って、足早に奥へ行った。
十分程の後に戻ってきた職員が俺に差し出した冒険者証は、白銀に輝くミスリル製だった。
ミスリル製の冒険者証を視界に入れた冒険者たちがフリーズした。
周囲から『Sランク証って初めて見た』とか『誰か知ってる奴いるか?』といった声が聞こえてくる。
「へぇ、素材から違うんだな」
「勿論です。Bランクは銀製、Aランクは金製、Sランクはミスリル製になります。Bランク以上は、世界中のギルドでお金の預け入れや引き出しも出来ます。AランクとBランクは少し手数料が掛かりますけど、SランクとEXランクは無料ですよ」
「ふーん。便利なんだな」
収納庫がある俺たちには意味のないサービスだが、他の冒険者たちからしてみれば便利であり、ちょっとしたステータスでもあるのだろう。
職員に礼を言って窓口から一歩を踏み出すと、俺の進路上にいた冒険者たちが左右に分かれて道を造った。
ウザす…と思いながら歩を進めていると、ルルとエルが得意満面で俺の腕に手を絡めてきた。
「エルまでかよ。お前らさ、あざとくね?」
「えー、キル様はルルの自慢のご主人様ですよぉ?」
「Sランカーの仲間というのは、すっごいステータスなのですよ!」
それをあざといと言ってるんだが…と思いつつ、ルルとエルに両腕を拘束されて探索者ギルドへと移動した。
探索者ギルドへ入ると、こちらは未だに閑散としていた。
「探索者ランクを付けてくれるか?」
俺たちは窓口の女性職員にそう言って、各々の冒険者証を差し出す。
「っ!?Sランク…。あっ!失礼しました!冒険者証をお預かりして確認しますので、少々お待ちください!」
女性職員はあたふたした様子で、俺たちの冒険者証を胸に抱いて奥へと消えていった。
「Sランク証はびっくりするのです」
「そんなにか?」
「Sランク冒険者は世界に十二人しかいないですよ?現役だと十人未満だと思うです。キルアス様はSランク証の重みを自覚するべきなのですよ」
「ルルもSランクの人は、一人しか会ったことないですぅ。キル様で二人目ですぅ」
ルルとトライワンズの三人がAランク、グレイスがSランクだったので、Sランクがそんなに少ないとは思っていなかった。
エルに言わせると、AランクとSランクの間には隔絶した力量差があり、同じSランク内にも格差があるらしい。
詰まる所、ギルドにはSランク以上の冒険者を、定量的かつ定性的に分析し区別する能力がないのだ。
十五分ほど経っても放置状態なので、併設の酒場へでも行こうかと考えていたら、職員が戻って来た。
「お待たせしてすみません!ギルドマスターが執務室へ来て頂きたいとの事なのですが、よろしいですか?」
「ああ、構わないぞ」
職員に案内されて執務室へ入ると、そこにはグレイスもいた。
「グレイスもいたのか」
「ええ。キルがギルドへ来たとウチの子から報告があったから、こっちに先回りしてたの」
「キルたちの冒険者証はランクを付けたら此処へ届く手筈だ。まあ座ってくれ」
ラッグスに促されて俺たちがソファへ座ると、ラッグスが神妙な顔つきで口を開いた。
「キルから聞いた迷宮の階層数なんだが、世界中の探索者ギルドで問題になっててな」
「どういう意味だ?」
「現時点で最も探索が進んでいるのは、ガルダイン帝国に在る迷宮で七十九階層だ。俺たちギルドは最深部が百階層だろうと推測していたが、それが大きく外れた。ガルダインでも、八十階層の階層主が倒せないという状況だ」
「それの何が問題なんだ?」
ラッグスの話によると、迷宮の最深部には世界を破滅の危機から救う力を宿した、何らかの神器が眠っているという。
俺は探索者たちが迷宮に潜るのは金や名誉が目的だと思っていたが、探索者ギルドが設立された理由は、破壊神の様な厄災の再来に備えるためらしい。
尤も、救世を目的に迷宮に潜っている探索者は極めて希のようだが。
「問題になっている理由は解ったが、俺たちには関係ないだろ?」
「そう言われてしまうとそれまでなんだが、俺は迷宮の最深部へ辿り着けるのはキル、もしくはEXランカーのタフトしかいないと予想している。これは純粋な願いなんだが、もしもキルが最深部で神器を入手した場合、探索者ギルドへ譲渡してくれないか?」
そういう事か。
しかし…神器ってのは使徒か亜神じゃなきゃ使えないんだよな?
ラッグスたちは、それを知った上で言ってるんだろうか。
「神器ってのは武器なのか?それと、神器と呼ばれる様な代物を、ギルドは有効活用できるのか?」
「ラッグス、キルの疑問は尤もだと思う。私が知る伝承によると神器は実在するけれど、神々に選ばれし者にしか使えないわ。その辺はどう考えているのかしら?」
「グレイスまでかよ…。確かにそういう伝承がある事は俺も知っている。しかしだな、『じゃあ仕方ない』と言ってしまうと、探索者ギルドの存在意義が消失してしまうだろ?」
役所的な考え方だなぁ。
探索者ギルドは迷宮探索をバックアップしてるし、探索者が持ち帰る素材の売却先としても機能している。
存在意義云々は別の話だし、組織の存在意義なんて時代で変わるものだろうに。
「まあいい。ラッグスの…と言うか、探索者ギルドの意向は理解した。しかし、神器が迷宮最深部に在るという確証はないんだろ?もしも俺が神器らしき物を入手した際には、通知をするとだけ約束しておく」
「通知…か。そうだな、今はそれでも十分だな」
「ねえキル、キルは世界中の迷宮に潜るつもりなの?」
「ん?まあ、そのつもりではいるが状況次第だな。迷宮探索が俺の最終目的に沿うものかも定かじゃないからな。それを確認する意味も含めて、先ずはテスラ大迷宮だ」
「わかったわ。もしもキルがテスラ以外の大迷宮にも潜ると決めた時は、私に教えてくれないかしら?」
「それは構わんが、何故だ?」
「私の故郷にも大迷宮の一つが在るのだけど、キルがそこへ行く時には、私も連れて行って欲しいの。私の双子の姉が…その迷宮から戻って来ていないのよ。もう百年くらい前の話だけど遺品が見つかった訳でもないから、機会があるなら探しに行きたいというのが理由よ」
百年前って…エルフだから生きてる可能性はあるのか。
グレイスには世話になってるから、それくらい協力するに否はない。
「了解だ。潜る順番がある訳でもないし、迷宮探索を続けると決めた場合はグレイスの故郷に行くか」
「ありがとうキル。報酬はキルの望むものを差し出すわ。私自身でもいいわよ?」
「あーっ!またグレイスさんが誘惑してるですぅ!」
グレイスは、そういう方向でルルを弄って楽しんでいる風でもある。
職員が持って来た冒険者証を受け取った俺は、グレイスに向かって『ガルル』と威嚇しているルルを引き摺ってギルドを出た。




