第50話 刀剣の課題
大聖堂から屋敷へ戻った俺は、そのまま裏庭へと歩く。
「神々が絶賛する刀剣、やっぱ振ってみたいでしょうが!」
鯉口を切ってゆっくりと抜刀し、切っ先を天に向けて観察する。
俺の腕長との対比で刃長は大凡85cm、目測で身幅は4cm程、厚さは棟を含めて1cm超、重さは定かでないが、感覚的に10kgはあると感じる。
部分的に見ると無骨な実戦向けの刀だが、全体的にはスッキリとした印象を受ける。
「波紋は薄め、反りは少なめのほぼ直刀…ん?咒が刻んである?」
刀に刻まれた咒を咒式化してみると、シンプルにして強烈な咒式が読み取れた。
「絶断に金剛不壊か。にしても、始祖の咒ってのは凄まじいな…」
刀身を様々な角度から観察していると、握る柄に違和感を覚えて視線を向けた。
柄には波を打つような凹凸を見て取れるが、握り手に遮られて判然としない。
俺は納刀して鞘を握り柄を観察する。
「…え?これ手形か?デカっ!?」
両手で握るに十分な長さを持つ柄には、右手の握力を以て残されたと思しき大きな手形があった。
「ナニコレ、片手剣?ムリムリ、鬼神て…巨人?」
進化で鬼の神格が解放されたら、俺も巨大化するのだろうか…嫌すぎる。
ともあれ、俺は違和感の元である柄の凹凸を修復しようと、錬成術式を発動した。
―――バチッ!
「うそーん…術式無効かよ。咒の効力か?」
俺は再び鬼神の咒を咒式化し、魔咒術式で解析する。
「絶断の咒が原因か。物理的な切断だけじゃなく、あらゆる干渉を断絶するから絶断か…何気に頭いいな」
俺は鬼神の合理に感心しながら、修復不可なら仕方ないと、再び抜刀して鞘を地面に置いた。
前世の記憶にある、誰でも知ってるレベルの剣道知識をして、刀を正眼に構える。
剣術など未経験の俺は、前世の近接戦闘技術を駆使して刀を振った。
唐竹、突き、右袈裟、逆袈裟、横薙ぎ、俺はピタリと動作を止め、鞘を拾って納刀した。
「これはダメだ、話にならん。不本意ながら師匠が必要だ」
ナイフと刀剣で技術が異なるのは重々承知していたが、これ程までに自分の動作がガタガタになるとは思わなかった。
超大太刀である事を差し引いても、強敵を相手に使える気がしない。
詰まる所、剣術ないしは刀術を知らないが故に、流動のイメージが出来ないのだ。
時間を費やすなら我流を突き詰めてみるのもいいが、俺的に迷宮探索は手早く終わらせたい。
何せ世界には、テスラを含めて七つの大迷宮があるのだから。
新たな課題に直面したものの、俺は現時点で優先度の高い訓練をすべく、刀を収納庫へ収めた。
庭の中央へ身を置き闘気と魔力を循環させ、身体強化と感覚強化の術式を発動する。
「こっちは得意分野だから無様は晒せないな」
自分を中心に、直径20mのドーム型多重シールドを展開し、その内側と地面にエネルギー粒子反射膜を形成した。
更に、物理シールド術式をループ設定にして、ブーツの底に展開する。
「本邦初公開、超高速三次元機動だ」
俺は靴底のシールドを踏み蹴って跳び上がる。
体を捻って体勢を変え、再びシールドを踏み蹴って進行方向を変える。
踏み蹴る度に加速度を増し、俺はドーム型シールド内を縦横無尽に跳び駆ける。
目視困難な速度域に達した俺は、収納庫からストライクガンを取り出した。
「ここからが本番だ!」
三点バーストモードのストライクガンのトリガーを引くと、超重イオンビーム弾が三連射された。
ビーム弾はエネルギー粒子反射膜に弾かれ、ドーム内で不規則に跳弾する。
「くぉっ! のわっ! くっ! うらっ!」
ビーム弾は反射される度に減速するとは言え、その速度は亜光速だ。
俺は神核の演算能力をフル稼働させて跳弾予測をかけ、加速度を保ったままビーム弾を紙一重で回避し続ける。
重力加速度による身体負荷が限界に達した俺は、闘気と魔力を解放し、闘魔混合の進化系を実行した。
「闘魔融合!マルチブースト!」
三つの白光ビーム弾と身体を覆う蒼白光が、ドーム内に鋭角な幾何学模様を描いた。
「仕上げだ!雷境合式―百雷!!」
ドーム内の空間が裂け、黒金の雷撃が無数に出現した。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっっっ!!!!!」
爆音と共に雷撃がビーム弾を打ち消し、最後に躱した雷撃が地面に突き刺さった時、ドーム内には白煙と土埃が充満していた。
「「「「キル様!(キル!)(キルアス様!)(キル―!)」」」」
「ダイジョブにゃ」
ドーム型多重シールドが消失し、白煙と土埃が風に流される。
雷撃によって無残に抉られた地面の上で、俺は大の字に横たわり、激しい呼吸で胸部を上下動させていた。
「あ~死ぬかと思った、死なないけど。やっぱ重イオンビームはヤバいなぁ」
俺が闘気と魔力を収めて立ち上がると、皆が駆け寄って来た。
「キル様!ケガ!?…してないですぅ?」
「危険種でも即死するですよ!」
「キル…あれを訓練とは言わないわよ?」
「キル怖いー!ラウニ信じらんなーい」
「ご主人様は自制を知らないにゃ」
「おぉスゲー、コートが自己修復してるぞ。流石はメイドオブ古代竜」
「「「「「無視!?」」」」」
「あ?問題ねーよ。イケるとは思ってたし、実戦より温い訓練なんて意味ねーだろ。つーか、芝生が跡形もねーな」
「「「「…」」」」
「やっぱご主人様は頭おかしいにゃ…」
「グリム、お前は次回強制参加な」
「イヤにゃ!消滅したくないにゃ!!」
「却下だ。取り敢えずハラヘッタ、朝メシ食おう」
ゲストルームの一室でシャワーを浴びた俺はダイニングへ向う。
テーブルには白パンと色取り取りの野菜、そして色取り取りの野菜があった。
「おいエル…野菜率が高すぎねーか?」
「三十種類の野菜を使ってるですよ?」
「いや、種類の問題じゃなくてな…。ルル、フェリ、お前ら料理は?」
「出来るですぅ!ルルはホーンラビットの丸焼きが得意ですぅ!」
「朝メシにウサギの丸焼き並べてどうするドアホ」
「あ、あたしも出来るわよ?カエルの干物とかイモリの黒焼きとか?」
「朝メシに呪詛かけてどうするドアホ」
俺はクリスタを今日迎えに行くつもりでいたが、昨夜迎えに行けば良かったと後悔した。
「クリスタが来たら、ルルとフェリは料理を教えて貰え。いいな?」
「「はいですぅ…(はーい…)」」
俺は収納庫から肉系と魚介系の料理を取り出し、ラウニにはパイナップルを出してやった。
たまには和朝食が食べたいなぁと思いつつも、数年前に比べると和食への欲求が減少している自分を自覚する。
和朝食をと思ったのは、日本刀ちっくな刀剣を入手したからだろうか。
「そうだ、ルルは剣も使えるんだよな?腕前はどんなもんなんだ?」
「腕前ですかぁ?皆伝には程遠いですけどぉ、師範代は貰いましたよぉ」
「剣術に皆伝なんてあるんだな。流派もあるのか?」
「ルルが習ったのは魔念流ですぅ。そのおかげで武器に魔力を流せるようになったですぅ」
へぇ。魔力のある世界だから、武器に魔力を付加する思想は当然か。
そう言えば、宮廷にも剣術指南役がいるって聞いたことあるな。
グレンにでも聞いてみるかな。
「でもぉ、ルルの剣術はちょっと特殊ですぅ。大陸最北端の少数民族から古流を教えて貰ったですぅ。あ、鍛冶師のガクトさんはその民族だと思うですぅ」
「ナニ?ガクトの店に飾ってあったような剣を使う流派ってことか?」
「そうですぅ。魔念流刀剣術っていうですぅ」
ほほぅ、これが天の采配ってやつか?
いや、僕神がそんな気の利いたことするわけねーな。
「ルル、ちょっとこの刀剣を振ってみてくれ」
俺は収納庫から刀を取り出し、ルルに差し出した。
「キル様は刀剣を持ってたですかぁ?でも凄く長いでわぁっ!?」
ルルが俺の手から刀を受け取った瞬間、刀がルルの体ごと持って行くように床に落ち、ゴドンッ!と重苦しい音を響かせた。
「何やってんだ、ちゃんと受け取れよ」
「キル様ぁ、これ重すぎて持てないですぅ!」
「は?重いのは重いけど、持てないなんて事はないだろうが」
「んーっ!ムーリーですぅぅっ!はぁ…。これ、100kg以上ありますよぉ?」
いよいよ頭がおかしくなったのかと思いながら、俺は床に落ちた刀を拾った。
確かに筋トレが出来るくらいの重量はあるが、ルルのガントレット一式の重量と大差はないはずだ。
俺が刀を片手で拾ってルルを見やると、ルルは目を点にした。
「ねえキル、その剣ってもしかして神が絡んでるんじゃないの?」
「ん?まあ、かなり絡んでるな。フェリには何か心当たりがあるのか?」
「神器は持ち主を選ぶのよ。限定すると言ってもいいわ。たぶんだけど、その剣はキルにしか扱えないんじゃないの?」
なるほど…神鋼で造られたスレインの戦杖にしても、エルは持ち上げることすら出来なかった。それに対してフェリは普通に受け取った。
スレインが掛けたロックを外したからだと思っていたが、“神器だから”ってのが根本要因なら納得もできる。
俺は刀自体の特性を鑑定してみようと考え、鑑定術式を発動した。
―――バチッ!
「そうだ、絶断の咒があるから干渉できないんだった…。フェリ、ちょっとこの剣を持ってみてくれ」
俺はそう言って、刀を床に置いた。
フェリが『わかったわ』と言って席を立ち、刀の鞘を両手で握りる。
「これはムリね。握っただけで持ち上げるなんて不可能だと判るわ」
「ふむ、亜神のフェリでもムリか…」
「「亜神!?」」
「ん?ああ、ルルとエルは知らなかったな。フェリは亜神だ」
「ふわぁ…フェリさんは亜神様だったんですかぁ?」
「キルアス様と居ると、神々が凄く身近に感じるのですよ…」
「ラウニは知ってたよー」
「僕もにゃ」
「あたしは確かに亜神だけど、キルに比べたら常識の範囲内だから気にしないでね?」
また非常識者の誹りを受けた…そろそろ泣いてもいいか?
しかし困ったな、この分だとガクトに見せても意味はなさそうだ。
干渉不可だとしても、帯刀できる様にはしたいんだがな。
「俺にしか扱えないと判っただけでも前進か。俺はこれからガクトの店に行ってくる」
俺はルルとエルにクリスタを迎えに行くよう頼み、フェリには探索者ギルドからの連絡を受けて貰う為に留守番を頼んだ。
ラウニは洗濯をすると言って洗い場へ飛んでいった。実は洗濯が好きなのか?
俺は刀を収納庫に収め、グリムを連れてガクトの店へと向かった。
ガクトの店の前では、剣術の稽古なのかトトが木刀を振っている。
「よおトト、稽古か?」
「キル兄ちゃん!グリム!お父さんが鍛冶場に籠ってるから、店番のついでに稽古をしてるんだ」
「そうか、グリムに稽古の相手をさせるといい。グリム、頼んだぞ」
「やったぁ!」
「わかったにゃ!トト、僕に掠りでもしたら合格にゃ!」
俺はグリムにトトの相手を任せ、店へと入った。
客は一人もおらず、奥の鍛冶場からは鎚を打つ音が響いてくる。
俺は椅子に座って暫く鎚音を聞き、音が止んだのを見計らって声を出した。
「ガクト、俺だ、キルだ。ちょっといいか?」
「おぅキルか!今行く!」
鍛冶場から出てきたガクトは大量の汗を流し、服の上半分も汗で色見が変わっている。
俺は収納庫から果実水を出し、ガクトに差し出しながら話を始めた。
「忙しいとこすまないな。まぁこれでも飲んでくれ。相談事があるんだが、少し時間いいか?」
「果実水か、有難く貰うぜ。忙しいっても、神鋼に四苦八苦してるだけだ。で、相談事って何だ?」
喉を鳴らして一気に果実水を飲み干すガクトを見ながら、俺は収納庫から刀を取り出した。
ガクトの動きが止まり、見開いた双眼は刀を凝視している。
「…なんてぇモノを持ってきやがる…外見だけで尋常じゃないのが判るぞオイ」
「流石だな。曰く付きの代物なんだが、帯刀できる様に造りを加えて欲しくてな」
「お、おう、任せろ。その前に…抜いてみてもいいか?」
「構わないが、ガクトに抜ければな」
俺はそう言って刀を床に置いた。
ガクトは一瞬だけ剣呑な雰囲気を纏ったが、常態に戻って口を開いた。
「床に魂を置くのは感心しねぇな…と言いたいとこだが、理由があんだろうな」
「まあな。試せば解るさ」
ガクトは床に片膝を突いて暫し刀を見詰めた後、徐に片手を伸ばした。
刀の鞘をその手に握った瞬間、ガクトの顔が驚愕の色に染まった。
「なっ!?有り得ねぇ…」
「解っただろ?そういう代物なんだよ。こいつは俺にしか扱えないらしくてな」
「キルには驚かされっ放しだぜ。神鋼にしろ、トトから聞いた喋る使い魔にしろな。この刀剣は極め付けだな」
俺は苦笑しながら刀を手に取り、抜刀して刀身をガクトに見せた。
ガクトは自分の体を移動させながら、目を細めて刀身をあらゆる角度から観察している。
「うーん…こいつは呻るしかねぇなぁ。で、どういう造りを加えたいんだ?」
「俺が着ているコートの腰帯にフックがあるだろ?これに吊るす形で帯刀したいんだ」
「その程度のフックに吊るして大丈夫なのか?」
「おそらく大丈夫だ。この刀は俺が持っている限り、重量は10kg程度にしか感じられない。仮に帯刀時に重量が増すとしても、この腰帯は古代竜の牙と爪で造られてるから耐えるはずだ」
「10kgの刀剣だけでも異常だが、成竜どころか神話の古代竜かよ…。相手がキルじゃなきゃ笑い飛ばしてるぜ」
「どうだ、出来るか?」
「神鋼を加工するって意味だろうが…ちっと厳しいぜ。溶鉱炉がぶっ壊れる勢いで神鋼に火を入れてみたが、ビクともしやがらねえ始末だ」
そうだろう。俺が今日ここへ来たのは、それを解決する為でもある。
俺はテクノロジェから刀を受け取った際、『人間にも神鋼の加工は可能か?』と聞いてみた。
テクノロジェは『不可能だ』と答えた後、『但し、』と言葉を続けた。
神鋼は神炎と神鋼でしか加工できないらしい。
神鋼を鋳溶かせるのは神炎のみ、鍛造するには神鋼製の鎚が必要になる。
神炎は炎爆と神聖の合成術式で創成できるが、神鋼製の鎚を造るにも神鋼製の鎚が必要だと教えられた。
そこで俺は、テクノロジェから神鋼製の手鎚を追加で貰っておいた。
「なあガクト、神鋼を鋳溶かせて鍛造できるなら、造れるか?」
「今のところその工程が出来そうもねぇから難儀してるんだが…どうにか出来るのか?」
ガクトはクリスマスイブを迎えた子供のように、期待の籠った眼差しを俺に向けている。
俺は『男ってのは幾つになっても玩具を欲しがるもんだ』と思いながら、ニヤリと笑って首肯した。
「よっしゃ!俺は何をすればいい!?何でも言ってくれ!」
「俺が神鋼を鋳溶かせる炎と、鍛造できる鎚を提供する。ガクトの仕事はその先だ」
そう告げて、俺とガクトは鍛冶場へ入った。
俺は神炎のエネルギーを放出する為に、境界魔術を使って溶鉱炉の内壁を次元空間に接続した。
続けて炎爆と神聖を合成して神炎を創成し、炉の中に安置する。
最後に神鋼製の鎚を収納庫から取り出し、ガクトに向き直った。
「ガクト、この炎は神炎という。神鋼は神炎でしか鋳溶かせず、この神鋼製の鎚でなければ鍛造できない」
「かぁーっ!すげぇなキル!お前は神さんか何かかよ!?」
ガクトの言葉に『鋭いな』と苦笑しつつ、俺は説明を続けた。
「神炎は消えることのない炎だが、火力の昇降には燃料でなく魔力が必要だ。ガクトは結構な魔力を内包してる様だが、魔力制御はどうだ?」
「俺の本職は魔力刀の製造だぜ。キルも飾ってある三振りの刀剣を見ただろ?」
「愚問だったな。もう四の五の言うのは止めだ。この炎と鎚、そしてガクトの業で神鋼を楽しんでくれ」
「任せろ!ここまでお膳立てをして貰ったんだ、この借りは最高の仕事で返すぜ!」
俺は気力と自信を漲らせるガクトを見て、最高の品が完成するであろう事を確信した。
俺は刀を作業台に置き、多めの神鋼、ミスリル、オリハルコンを鍛冶場に出した。 猛然と溶鉱炉に向かうガクトの背を暫し眺めた後、俺はガクトの店を出た。




