第48話 鍛冶師の意地
慣れない手つきで俺たちに茶を淹れたトトの父親は、グリムと遊ぶトトに相好を崩しながら視線を向けた後、俺の方に向き直って口を開いた。
「俺の名はガクトだ。あんた達の名を教えてくれるか?」
「俺はキル、こいつはルル、こっちはエルだ」
「キル、ルル、エル、改めて礼を言う。トトのこと、感謝している。母親を亡くしちまった上に、見知らぬ土地に俺の我儘で連れて来ちまった。寂しい思いをさせてるのは解ってるんだが、俺の中にある鍛冶師の志が抑えられなくてな」
そう言ったガクトは、自嘲気味ながらも男臭い笑顔を浮かべた。
「いいんじゃないか?ガキ共に雑言を吐かれてたトトは、正面切って言い返してたぞ。『お父さんは魂の籠った最高の武器を造ってる』ってな。ちゃんとガクトの背中を見ている証拠だろう」
「そうか…そんな事を言ってやがったか…」
ガクトの笑顔から自嘲が消え、一流の職人が見せる鋭い眼光がその目に宿った。
「なあキル、お前がさっき言った超鉄鋼ってやつだが、もちっと詳しく話してくれねぇか?確かに俺は刀身の合わせに特殊な金属を使っちゃあいるが、それは見ただけで判る代物じゃねえはずだ」
俺は正直に鑑定術式で構造と素材を分析した事を告げた。
ガクトは物理的な鑑定や分析が出来る術式に驚いてはいたが、自分の作品が鑑定される事に忌避感はないと言った。
誠実に物造りをしている証だろう。
刀剣や超鉄鋼は古い書物から得た知識だと誤魔化したが、多結晶金属の性質や特性については、知る限りの事柄を説明した。
「なるほどな、俺の技術は北の果てに在る古い小国に伝わるものだ。俺たちの民族は他国との接触を好まねぇし、技術を継承する者も今は少ない。そんな書物が在るなんて知らなかったぜ。それで、キルは俺に何を造らせたいんだ?」
「話が早くて助かる。ガクト、お前は神鋼を知っているか?」
「神鋼?言葉は知ってるが、神さんが造った金属とかっていう眉唾物だろ?」
「まあそうだな。ただ、俺は神鋼だろうと思われる金属を持っている。その金属とガクトの金属を使って、ルルとエルの武器を造って貰いたい。ルルはガントレット、エルは戦杖。要件は一つ、どちらも高い魔力親和性が不可欠だ」
俺はそう言って神鋼を小さめのインゴッドにして収納庫から取り出した。
神鋼を見たガクトは瞬時に目の色を変えた。
「おいおい、何だこいつは…。キル、少し削ってみてもいいか?」
「ああ、その金属はまだ大量に持っている。それは試料としてガクトが好きにして構わない」
ガクトはポケットから小刀を取り出し、神鋼に刃を立てた。
しかし神鋼には傷の一つも入らず、小刀が刃こぼれを起こした。
「嘘だろ?この小刀の刃には、俺が精錬した純鋼を使ってるんだぞ…」
俺はガクトの了承を得て、術式で小刀の組成を分析した。
ガクトの言った純鋼とは、日本刀の素材として使われる玉鋼や頃鋼と呼ばれる金属に酷似した、炭素を約1.4%含有する鋼だった。
鍛錬に耐えて“折れず、曲がらず、よく切れる”刀剣を造るには、炭素含有量と半溶融といわれる炭素が不均一に溶けた鋼が必須だとされる。
「その純鋼はガクトの手造りか?」
「あ?ああ、そうだ。純鋼は魔道具や魔導器を使ったんじゃ造れない。精神力と体力がモノを言う技術だ。まあ、この技術が廃れた理由でもあるんだがな」
「そうか、ガクトの国に興味が湧いてきたな。ま、ルルとエルの武器は今直ぐに必要って訳じゃない。俺としてはガクト以外に神鋼を扱える鍛冶師が、この公都にいるとも思えないしな。出来る出来ないの判断も含めて、全てガクトに任せる」
「ふんっ!俺にも鍛冶師の意地ってもんがある。そこまで言われちゃあ意地に懸けてどうにかしてみせるぜ!そうだな…十日だ。十日以内に何とかしてみせる」
「わかった、期待してるよ。十日後にまた来るが、一応、俺の屋敷の住所を渡しておく。トトがグリム…あの黒猫と遊びたくなったら来ても構わないしな」
「ああ、期待して待っててくれ!トトのやつも友達が出来て嬉しいだろう。悪いがトトが行ったら面倒見てやってくれ」
「もちろんですぅ!ルルもトト君と遊びまぁーす!」
「エルもちゃんと面倒を見るですよ!」
俺たちはガクトの店を出て、屋敷に家財道具を運び込むことにした。
トトは寂しそうな表情を浮かべたが、『いつでも遊びに来ていいぞ』と伝えたら朗らかな笑顔に変わった。
「トトにはマーキングしといたにゃ。屋敷に来たらすぐわかるにゃ」
魔力波動か生体波動のマーキングだろうが、グリムがマーキングと言うと汚く感じてしまう。
俺たちは屋敷に家財道具を運び込んだ後、宿を引き払うついでに食堂で夕食を摂るべく宿へと向かった。
宿に着いて女将に部屋を引き払う旨を伝えると、十日分の前払い代金から残りを返金すると言った。
俺が『こっちの都合だから返金しなくてもいい』と伝えると、女将は『では夕食を特別豪華にしますね!』と言って厨房へ走って行った。
一週間も経っていないが、この宿は良い宿だった。
この宿を紹介する機会があれば、率先して薦めようと思う。
そんな知人や友人が俺に出来ればだが…
女将はグリムにも夕食として鶏肉と白身魚の塩炒めを出してくれた。
グリムは嬉々として皿に顔を突っ込んで食べている。
「グリムは食事が必要なのか?」
「にゃ?僕はほんの少しだけど生体素材も混ざってるにゃ。だから塩分と糖分を時々取り込まないとダメにゃ。でも味覚はあるから美味しいものは大好きにゃ!」
食べる事が好きなら、グリムも一緒に食事をすればいいだろう。
フェンリルの血液も生体素材だが、フェリが用意した媒体や触媒にも生体素材が使ってあったんだろうか。
「そうだ、ルルとエルをフェリに紹介するから、後で魔女の住処に行くぞ」
「うぅ…新たなライバルとの遭遇ですぅ…」
「エルは大魔女フェリカに会えるのが楽しみなのですよ!」
「キルの周りは女の子ばっかりだー」
「あ?グリムは男じゃないか。つーか、ラウニの外見は女だが、実際のところ性別はあるのか?」
「んー、わかんなーい」
やはり妖精はテキトーな存在らしい。
宿を引き払った俺たちは、僅かに残る夕日を浴びながら屋敷へと向かった。
直接フェリの店へ行くつもりだったが、家財道具を運んだ時、屋敷の玄関にコッペンハイムの置手紙があったからだ。
コッペンハイムの用件は、魔導システムが起動した屋敷の機能を、是非とも見せて欲しいというものだった。
かなり未練があるらしい。
屋敷に着くと、コッペンハイムは既に門の前で待っていた。
小脇に抱えた紙束からして、コッペンハイムは魔導システムが制御する住宅機能を、今後の商売に繋げるつもりなのだろう。
「皆様こんばんはでおじゃる。小生の願いを聞いてくれて感謝しているでおじゃるよ」
「これくらいの事なら構わないさ。コッペンハイムの熱心な様子は伝わってくるが、かなり驚くと思うぞ?」
「そんなに凄いでおじゃるか?」
「ああ、この屋敷の魔導システムに近しい物を造れるなら、お前は世界一の不動産王になれる。ま、論より証拠だ」
俺が門に向かって手を翳すと、門扉が自動的に開かれた。
「門も自動でおじゃったか…」
「システムに住人登録をすれば、住人の魔力を感知して自動で開閉される。有効距離は50mくらいだ。馬車の出入りで主人を待たせる事もないだろうな」
門を入ると玄関前は池を中心にロータリーになっている。
実はこの池の中には噴水装置があり、来客を目で楽しませる仕様になっている。
夜にはライトアップも出来るが使ったことはないし、この先も使わないだろう。
玄関は魔力波動認証、生体認証、カード認証のいずれかで開錠され自動開閉する。
俺が驚いたのは生体認証で、先代使徒スレインは、眼球の虹彩や静脈パターンに個体差があることを認識しており、それを光学的に検出する広範囲センサーを造っていた。
『お帰りなさいませ、マスター、ルル様、エル様、ラウニ様。いらっしゃいませ、コッペンハイム様』
「屋敷が小生の名を喋ったでおじゃるよっ!?」
「ああ、システムが個体を識別してるんだ。この機能は門にもあって、セキュリティと連動している。因みに、侵入者を撃退もしくは制圧する攻撃術式がシステムに刻印されてる。かなりヤバい術式もあったな」
一階は厨房、ダイニング、リビング、サンルームなどの共有スペースで構成されている。
調理器具や空調、照明も魔導仕様で、魔力はスフィアから分配供給される。
初めて屋敷を訪れた際にコンクリート製の外壁が魔力を吸収したが、あれは非常時のバックアップ用エネルギーを貯留している。
二階中央には百平米ほどのホールがあり、ホールを取り囲むようにトイレとシャワーを備えた三十平米ほどの部屋が複数ある。
エルは『パーティーホールとゲストルームなのです!お友達を招待できるのですよ!!』と言っていたが、俺に友達はいない。よって二階に用はない。
三階は東西に横断する中央廊下に沿って、住人用の個室が南北に其々四つ並んでいる。
広さは四十平米ほどで、トイレは各部屋にあるがシャワーはない。
隣接する部屋と部屋の間に二十平米ほどのウォークインクローゼットが仕込まれているので、一人部屋としては大きすぎるくらいだ。
中央廊下の東側突き当りがマスタールームだ。
マスタールームは三部屋で構成されており、北側に四十平米ほどの書斎、中央に五十平米ほどのリビング、南側に四十平米ほどの寝室がある。
中央廊下の西側突き当りには南北に廊下が走り、三部屋が並んでいる。
北側の部屋は壁、天井、床が次元遮断された宝物庫だった。
マスターである俺しか開錠できない仕様で、中には多くの魔道具や魔装具、魔導器に古代大金貨まで収められていた。
「小生、大損でおじゃるなぁ…」
「結果論だろうに。ずっと開かずの間だったんだろ?」
この宝物庫には、スレインが使っていた神鋼製の戦杖もあった。
エルに使わせてみたが、術式が起動しないどころか超重量で持ち上げる事すら出来なかった。
戦杖を調べてみるとセーフティロックの術式が刻印されており、俺が解除したらエルでも持ち上げられたが、術式起動はムリだった。
これはフェリに使わせようと思っている。
宝物庫の隣は五十平米ほどの会議室になっている。
前の住人がリビング的に使っていたのか、ソファやローテーブルが置いてあったので捨てた。
円卓と椅子十脚を置き、円卓会議室に仕立ててみた。
南側の部屋もずっと開かずの間だったらしいが、ここはラウニの部屋だった。
部屋と言うか森だった。草木が茂っており、小さな滝と小川が中央を流れている。
ラウニは家妖精だが、元々は巨木の洞を住処として生息している種族らしい。
南側の壁にはラウニ専用の小さな出入扉が設えてある。
最上階である四階には、大浴場とサロン、そして屋上庭園がある。
百平米ある大浴場はドーム式になっており、天井がまるっと開閉できる仕様になっている。
湯舟は半月型に造ってあり、奥へ行くほど水深が深くなっている。最奥の水深は2mあるので普通に泳げる。
天然温泉でないのは少し残念だったが、公都周辺に源泉はないようだ。
サロンは偏光ガラスで仕切られており、屋上庭園へ出る扉の先は小規模なアーケードが設けられている。
屋上庭園の中央に石造りの池があると思ったら、浄水と温水機能を持ったプールだった。
俺も大浴場に来て初めて気付いたのだが、大浴場出入口正面の壁にタッチパネルディスプレイが出現した。
何かと思って触れてみると、壁が扉サイズで消えた奥に小部屋があった。
なんと魔導エレベーターである。
屋敷の一階から四階は大きめの螺旋階段が抜けているが、螺旋階段の中心軸にエレベーターが仕込んであったのだ。
やけに大回りな螺旋階段だなとは思っていたが、中心がエレベーターなら納得できる。
「コッペンハイム、このシステム造れるか?」
「不可能でおじゃるよっ!今なら白金貨五百枚でもすぐ売れるでおじゃるよっ!小生、悲しっ!でおじゃる…」
因みに庭の東側にある工房棟、『工房って言うより町工場?』と思う規模なのだが、建屋の半分は住居スペースになっていた。
二十平米ほどの部屋が十室あり、トイレとシャワーが各二つ、おまけに厨房まである。
作業者の仮眠室にしては数が多いなと思ったが、エルに『使用人の住居スペースも至れり尽くせりなのですよ!』と言われて納得した。
「今日はありがとうでおじゃった。『この屋敷はイイ!』と直感した小生は正しかったでおじゃるよ。売る時には小生に売って欲しいでおじゃる」
「そうだな、その時は白金貨千五百枚で売ってやるよ」
「買い値の百倍…悪徳不動産屋も真っ青の暴利でおじゃるな…」
コッペンハイムは哀愁漂う後ろ姿を晒して帰って行った。
この屋敷、俺以外を管理者として登録できるのだろうか?
それなりの権限移譲なら出来そうな気がする。
「ルル、エル、ラウニ、グリム、今日からここが俺たちの家だ。別れの日がくるその時まで、楽しくやっていこう。よろしくな!」
「ルルはキル様とお別れしないですぅ!アンデッドになってでも一緒にいるですぅ!」
「いや、俺があの世に強制送還するから」
「酷いですぅ!?」
「エルは強くなったら陛下の元へ戻るですけど、その日まではキルアス様にお仕えするですよ!」
「そうだな。エルが強い宮廷魔導士になれば俺も安心だ」
「ラウニはずっとキルと一緒にいるー。ラウニもうすぐ大人になっちゃうけどー」
「問題発言だなオイ。いつ大人になるんだ?」
「んー、あと五百年くらい?」
「もうすぐの尺度が違い過ぎるな…」
「僕もご主人様に合わせて進化するにゃ。将来の夢は最強の神獣にゃ!」
「オマエ進化までするのかよ。あんまデカくなるなよ?」
「進化してもサイズは自由自在にゃ」
「よし、ここにフェリを加えて、いよいよ迷宮探索だ。あ、フェリんトコ行かなきゃな。商業区で美味いものでも食ってから、魔女の住処へ行くか」
「「「「はぁーい!(はいです!)(わぁーい♪)(にゃ~!)」」」」
美味いレストランを目指して商業区へ向かった俺たちは、食の好みがバラバラである事に気付き、結局はファミレス的な何でもレストランで食事を済ませた。
俺はルルとフェリが会って騒がないといいなぁ…と思いながら、魔女の住処へと向かう。




