第47話 異端の鍛冶師
ラッグスが正気を取り戻すと、グレンは『騎士団の演習がありますので』と帰城していった。
退出際に、グレンとリリアーデが仲良さ気に笑顔を交わしていたのは印象的だった。
実はシスコンでブラコンな兄妹か?
グレンの後ろ姿を見送るをリリアーデを眺めていると、ラッグスがぼそっと呟いた。
「使い魔か…本当に存在したんだな…」
「目の前にいるものを疑うなよ」
「いや、グリム自体にも驚いたが、大魔女フェリカのことだ。俺は御伽噺みたいなもんだと思っていたからな」
「かなり以前の話だけど、私は会ったことがあるわよ?可愛らしい人よね」
流石の321歳、亀の甲より年の功。おっと禁忌、禁忌。
グレイスは、フェリがオーバー千歳だと知っているのだろうか?
「ついでに言っとくと、大魔女フェリカも俺たちの仲間に加わるぞ。一緒に暮らすし、迷宮にも潜るんじゃねーかな?」
「凄いもんだな。キルのパーティーに常人はいないのか?」
「ルルは普通の女子ですぅ!」
「エルも普通の女子なのですよ!」
「ルル殿は銀狼の英雄で、エル殿はエルフの宮廷魔導士ではないか」
ほんとだ!?俺の仲間には一般人がいない!しかもルル以外はオーバー百歳…
「ラッグス、探索者ランクの話に戻そう」
「ああ、スマン。しかし使い魔が単独で七十九階層か…参ったな」
「どういう意味だ?」
「いや、遺品を持ち帰った探索者パーティーが、キルを見かけたかもしれんと思ったもんでな。稀に他国の探索者が潜ると、『見知らぬ探索者がいた』と噂が立つんだよ」
あー、そういう方向ね。残念、見てたとしても化け猫だわ。
「詰まる所、探索者ランクだの探索者証ってのは、迷宮を管理するギルドの利便性向上が趣旨だろ?シレっと俺にランク付けても問題なくね?」
「極論すればそうなんだが、下層に潜れる探索者の数は少ないんだ。それこそ、全員が見知った者同士という具合にな。実際、階層主にはレイドを組んで当たるしな。それに、彼らには才能と努力を以て下層探索者になったという自負がある。まあ、誇りや面子ってのは、時に厄介な代物に変わるんだ。解るだろ?」
違いない。
俺が逆の立場だったら、新顔を試すくらいの事はするかもしれない。
いや…面倒だからしないな。
「じゃあどうする?下層探索者と模擬戦でもするか?」
「冒険者ならそれでもいいだろうが、迷宮探索は戦闘力だけで推し量れない要素が多いのだ」
「じゃあ、階層主の二、三匹も倒してくるか?」
「それも手だが、階層主がいる場所に行くまでに絡まれるだろうな。特に六十階層は、階層主がいる部屋の前に安全エリアがあるから、そこでキャンプを張る者が多い」
「ん?俺が言ってるのは、八十階層以降の階層主だぞ?」
「なっ!?二十、四十、六十階層じゃないのか!?しかも百二十階層まであるのか!?」
あ、ここにも『百階層が最下層じゃね?』と思ってたらしいヤツがいた。
残念だが、世の中はそう簡単じゃないみたいだぞ。
「グリムの探知現界で百七十九階層までは確認済みだ。目下の希望的観測だと、最下層は二百だな。まあ、最下層が切りの良い数字とは限らないが。因みに、百六十階層の階層主は、強さでいうと神獣相当らしい」
「な…神獣相当!?二十人や三十人でどうにかなるレベルではないじゃないか…」
「流石ねキル。潜ってもいないのにそこまで調べているなんて」
「ま、そこはグリムの手柄だな。ムダに喋るだけの黒猫じゃなくて助かったわ」
「僕は使える使い魔にゃ!」
「しかし、亡くなったルシェ殿はよく七十九階層まで潜れたな。まあ、だから命を落としたとも言えるのだろうが…」
俺がグレイスに目配せすると、グレイスは小さく首を振った。
ラッグスはルシェが悪魔だったとは知らされていないようだ。
「ラッグス、取り敢えず俺たちにAAAを付けてくれ。近日中に外野がガタガタ言えない実績を作ってくる。それでも絡んでくるヤツがいるなら、俺が自分で対処する」
「ねえキル、コンキュート男爵家の嫡男みたいに達磨にしちゃダメよ?」
「はぁっ!?あれをやったのはキルなのか!?」
「グレイスは知ってたのか。あれは超法規的措置ってやつだ。そんな権限は持ってないけどな」
「両脚を切断された生き残りの証言を聞いて、直ぐにキルだと判ったわ。殺し屋を雇っていたらしいから正当防衛ではあるけれど、治癒魔術を掛けても痛みが取れないらしいわよ?」
「そういう風に切ったからな。ま、半年もすれば痛みは消えるはずだ。たぶん」
グレイスはヤレヤレと言った表情を浮かべ、ラッグスは頬がピクピクと引き攣っている。
おいリリアーデ、猟奇殺人者を見るような目で俺を見るな。
王権の威力には釈然としないものを感じたが、探索者ランクAAAの付与は一両日中に手続きするとの言質を取った俺は、家財道具の購入と鍛冶師探しを片付けるべくギルドを後にした。
俺たち三人は、今日も精力的に食品を収納庫へ放り込みながら街を歩く。
ちらほらと『あ、爆買いの魔術師だよ!』といった声も聞こえてくる。
こんなに買ってどうするんだと思わなくもないが、俺は迷宮探索を少し楽しもうと思っている。
楽しむからには美味い酒と食事が必須だろう。
快適な迷宮探索に向けた秘密兵器の製作も既に検討済みだ。
家具屋を見つけて入る。
自室用にベッドやチェスト、テーブルにソファを見繕う。書斎用にデスクと椅子、書棚も選ぶ。
リビングやダイニングなどの共用スペースに置く物はルルとエルにお任せだ。
この世界の既製ベッドは、欧米の規格よりも大きい。
平均的な体格が地球人よりも大きいからだろう。
斯く言う俺も2m近くあるが、目立って大柄という訳でもない。
地球でフルサイズと言われる一般的な大きさのベッドが、この世界ではクィーンサイズ幅くらいあるし、長手寸法もかなり長い。
前世では衣食住に快適性を求めていなかった俺からすると、家財道具の全てが大袈裟に思えるが、まあこれも慣れだろう。
家具屋が配送と据え置きを無料ですると言うが、家具屋が来るのを屋敷で待つのも面倒だから俺たちは収納庫へと放り込む。
相変わらず唖然とされるが、この反応には慣れたのでスルーだ。
俺が店員の言い値で買おうとしたら、ルルとエルが猛反対してきた。
どの世界でも、女子は“良い物を安く”が基本線のようだ。
調理器具や食器などの調達も済ませた俺たちは、腕の良い鍛冶師を探すことにした。
ルルとエルは『最凶の武器があるじゃないですか』と言ったが、俺が『お前たちの武器だ』と言うと、満面の笑顔になった。
武器を喜ぶ女子…これも“処変われば”というやつだろう。
技神テクノロジェに造って貰おうかとも思ったが、テクノロジェ曰く『我の武器は使徒か亜神にでもならねば使えんわ』と言うので諦めた。
とは言うものの、神鋼100%はムリにしても、多少なりとも神鋼を混ぜた合金くらいは実現したいところだ。
理想は“フェリのような鍛冶師”を見つける事だが、流石に高望みが過ぎるかもしれない。
武器店や防具店が集中する装備街へとやって来た俺たちは、手当たり次第に入店して既製品の品定めをする。
公都だけあって粗悪品は少ないが、目を惹くような物も見当たらない。
自分で錬成魔術のレベルを上げる方が早いか?と考えていたら、ルルとエルが立ち止まって同じ方向に目を向けた。
「あの子、イジメられてませんかぁ?」
「エルもイジメられてると思うのですよ」
ルルとエルが見詰める方向に視線を向けると、木剣を持った十人ほどの子供たちが、一人の少年を取り囲んでいる光景が目に映った。
その少年は囲んでいる子供たちよりも体格が小さく、髪の色や顔立ちも公都ではあまり見かけない風貌をしている。
間違いなく劣勢なのだが、その手には珍しい形をした木剣を握り、取り囲む子供たちを睨み付けている。
「お前ん家の武器は異端の技術だって父ちゃんが言ってたぞ!公都から出て行けよ!」
「「「「「「「「そうだそうだ!お前らはテスラから出て行け!」」」」」」」」
「うるさい!お父さんの造る武器は異端なんかじゃない!魂の籠った最高の武器だ!!」
俺は仲裁に入ろうとするルルとエルを制止し、暫し子供たちのやり取りを眺めていた。
やり取りの内容からして、単独で立ち向かっている少年は遠方から公都へ移り住んだ武器屋の息子らしく、この辺では馴染みのない種類の武器を製造・販売しているようだ。
俺は少年が握っている木剣に目を惹かれた。
他の子供たちが持つ木剣よりも明らかに精巧であり、短剣ではなく短刀と言うべき造形だったからだ。
少年は髪も目も黒に近いダークブラウンで、肌も黄色人種のそれに近い。
非常に興味を惹かれた俺は、子供たちのいる方向へと無意識に歩き出していた。
「おいボウズ、その木剣を見せてくれないか?」
「あ、あんた誰だ!こいつらの親か!?この木剣はお父さんが僕に造ってくれたんだ!絶対に渡さないぞっ!!」
「勘違いするな。その木剣を奪ったりはしない。お前の父親が造ったという木剣を見事だと感じただけだ。そうだな、お前の父親の店に案内してくれるか?」
「え?見事?お客さんなの?」
「なんだよおっさん!こいつの武器屋は異端なんだぞ!武器に呪いがかかってるんだぞ!」
「呪いなんか掛かってない!!」
おっさん…おっさん?俺のことか?
前世を合わせれば間違いなくおっさんだが、お兄さんを自負している俺におっさん…だと?
「おいグリム、犬にでも化けてクソガキ共を追い払え」
「えー!僕は猫にゃ!イヌ科の動物はイヤにゃ!」
そう言ったグリムは大型の黒豹に擬態して咆哮をあげた。
「うわぁぁぁーっ!?ネコが喋ってダークパンサーに!?食い殺されるっ!!」
「「「「「うわぁぁぁーーーっ!」」」」」
子供たちは蜘蛛の子を散らすように散り散りになって逃げだした。
グリムの咆哮を聞きつけた大人たちが武器を手に集まってきたが、当のグリムは黒猫に戻って『にゃあぉ』と鳴いている。
「よしボウズ、父親の店に案内してくれるか?」
「う、うん。お兄ちゃんありがと。でも…その黒猫なに?喋ったよ?噛まない?」
うんうん、俺はお兄ちゃんだよな!木剣もだが、この少年も出来が良い。
「こいつはグリムって名の使い魔だ。普通に喋るが噛んだりしないから安心しろ。グリム、安心させてやれ」
「僕はグリムにゃ!噛んだりしないにゃ!」
「凄いや!グリムは猫なのに喋るんだね!あいつらを追っ払ってくれてありがと!僕はトトっていうんだ、よろしくね!」
トトと名乗った少年は恐る恐るグリムの頭を撫でていたが、じゃれ付いてくるグリムに警戒心を解かれ、ものの数分で楽し気にグリムを抱いたり頭に乗せたりし始めた。
「トト、グリムと遊ぶのは構わないが、先に店へ案内してくれ。俺の名はキル、こっちがルルでこっちはエルだ」
「うん!キル兄ちゃん、ルル姉ちゃん、エル姉ちゃん、お父さんの店はこっちだよ!」
「トト君は可愛いですぅ♪故郷の弟を想い出すですぅ」
「エルは初めてお姉ちゃんと呼ばれたのです!何だか嬉しいのですよ!」
ルルに弟がいるのは初耳だと思いながら、俺たちはトトの案内で店に向かう。
トトの父親が営む武器屋は、そこから300mほど離れた装備屋街の端に在った。
装備屋街でも古い建物が多いエリアで人通りも少ないが、トトの店には冒険者風の客がちらほらと出入りしている。
「ただいま、お父さん!お客さんを案内して来たよー!」
「おうトトか!いま炉を調節してるから、少し待っててもらってくれ!」
「わかったー!キル兄ちゃん、少し待ってくれる?」
「ああ、武器を見て待ってるよ。グリムはトトと遊んでろ」
「トト、僕と遊ぶにゃ!」
グリムとトトは鬼ごっこの様な遊びを始めたが、グリムは触れるけど捕まえられないという、ギリギリの線でトトの遊び心を掻き立てている。
なかなか子供の扱いが上手いようだ。
店に並べられた武器の数は多くないが、どれも丁寧に鍛造されている。
鋳造品が見当たらない事から、店主は鍛造に拘りを持っているのだろう。
この世界で常用される剣も置いてあるが、どれも鋼の質が非常に高い。
この世界の剣は戦術的に頑丈である事を第一に造られているが、この店には斬撃や刺突に特化した剣も置かれている。
興味深いのは、どの売り物も仮柄を付けて陳列されている点だ。
人は其々に手の大きさや感覚が異なるので、使用者の要求に合わせた柄を造るためだと思われる。
店のカウンターの中には、一見して特別だと判る剣が三振り飾ってある。
その三振りはどう見ても刀剣で、その姿は惚れ惚れする程に美しい。
鑑定術式を弄って構造と素材を分析してみると、三振りの造りは異なるが、一点だけ共通項があった。
それは、刃金と芯金の遷移領域に、超鉄鋼が備えられていることだ。
多結晶金属の強度と靭性は結晶粒径の細かさに比例する。
地球の最先端鉄鋼の粒径が10μm程度であったにも拘わらず、この三振りに備えられた超鉄鋼の粒径は0.5μmと微細だ。
この数値は、通常の鋼に比べて強度・耐久寿命が二倍を超える驚異的な性能を示している。
「よお、待たせちまって悪かったな!トトが連れて来た客ってのはあんた達かい?」
「お父さん!キル兄ちゃんが僕の木刀を見事だって褒めてくれたんだよ!武器屋の子供たちに囲まれてたのも助けてくれたんだ!」
「そうだったのか。そいつは面倒を掛けちまったな。俺たちはテスラに移住したばかりの新参だし、武器の造りも特殊なもんで良く見られてなくてな。トトを庇ってくれた事に礼を言わせてくれ」
「気にしなくていいさ。俺は単純にトトの木剣…いや、木刀に惹かれただけだ。それに、トトに遭遇したのは俺にとっても幸運だろう。その三振りの刀剣を見て確信したよ」
「ほぉ…三本じゃなく三振り、剣じゃなく刀剣と言うかよ。この三振りのどこが気に入ったのか、聞かせてくれねぇか?」
「鍛錬や造りも其々に見事だが、俺が魅せられたのは合わせに使われてる金属の質だ。俺の知る言葉だと、超鉄鋼が使われている点、と言ったところだ」
俺の言葉を聞いたトトの父親が、驚愕に目を見開いた。
数秒の後にニヤリと笑ったトトの父親は、『まあ座って茶でも飲んでくれ』と俺たちに言った。




