第44話 妖精と魔女
「リンゴの種~♪ブドウの種~♪イチゴの種は外にある~♪」
ラウニはご機嫌だ。俺の肩の上で歌いながら踊っている。
イチゴの種は、土に埋めれば発芽するのだろうか?
そんな思考に引っ張られながら歩いていると、いつもの看板が見えてきた。
「あれあれ?うふふー♪」
「どうした?」
「なんでもないー」
看板を見たラウニが、顎に人差し指をあてて首を傾げている。
看板の術式にでも気付いたのだろうか。
「フェリいるかー?」
「いるわよー。お入りなさいな」
扉を開け、いつものやり取りをして中へ入る。
カランコロンと鳴るドアベルを扉に付けているが、そもそも招かれざる客は来ないのだから、付ける意味はないと思われる。
フェリが満面の笑顔で奥の工房から出て来くると…フリーズした。
「やっぱりフェリカだぁー!」
「ななななな何でラウニがいるのよっ!?もぉほんとヤダァ…」
「なんだ、二人は知り合いなのか?」
「そだよー。魔女っ子フェリカはねー、お漏らしっ子なんだよー」
「どっ、どんだけ昔のこと言ってんのよっ!違うからねキル!お漏らしなんて――」
「毎日お漏らししてたー。ラウニはお洗濯タイヘンだったー」
フェリは真っ赤になった顔を両手で覆ってイヤイヤと首を振り、ラウニはエアお洗濯をしつつ額の汗を手で拭うジェスチャーをしている。
なかなか見応えのあるパフォーマンスだ。
フェリは、先代使徒スレインの弟子だったらしい。
ラウニとスレインが知り合ったのは更に昔で、スレインが正魔導士の称号を獲得した頃、どこぞの街でスレインが初めて購入した家に、ラウニが住み着いていたという。
フェリは三歳の時に戦災孤児となり、奴隷落ちする寸前のところでスレインに助けられたようだ。
スレインはフェリに魔術の資質があると見抜き、それからの十五年間、フェリが十八歳になるまで師弟として同居していた。
フェリの資質は本物で、十八歳で正魔導士の称号を得て独り立ちしたが、その二年後、破壊神によって亜神化されてしまった。
破壊神の隷属となったフェリは、終末大戦の戦場で再びスレインと相見える事となる。
破壊神の呪詛に縛られていたフェリは、涙を流しながら師匠であるスレインと戦った。
破壊神顕現の直後に使徒として神々から加護を授けらたスレインは、数時間に及ぶフェリとの戦闘の後、フェリを縛っていた呪詛だけは解く事に成功した。
破壊神に近づけば再び呪詛に囚われると考えたスレインは、フェリに魔力隔離の業を教えた後に『身を隠して生きよ』と告げ、終末大戦に復帰した。
「なるほどなぁ…。それでフェリは、弟子だったガキの頃にお漏らしばっかして、ラウニは洗濯ばっかしてた、ってことか」
「もぅ言わないでぇぇぇぇぇぇーーーっ!お漏らししたのなんて、最初の一年間だけだったじゃない!ラウニは余計なこと喋らないでよっ!!」
「えー三年くらいしてたよー?」
おっと、フェリがお漏らし期間のサバを読んだらしい。
フェリは糸の切れたマリオネットのように脱力し、カウンターに突っ伏した。
カウンターで爆乳が押しつぶされ、ローブが変な感じに広がっている。
突っ伏したまま、何とか顔だけを持ち上げたフェリが問う。
「それで…どうしてキルとラウニが一緒にいるのよ?」
「屋敷を買おうと内見に行ったら、そこにラウニが住んでたからだ」
「キルがラウニの新しいご主人様なのー♪ラウニはキルが大好きなのー」
「えっ!?それって…師匠の屋敷?でもあの屋敷って…」
フェリも、死滅のエレメントから分けられたスフィアの存在を知っていた様だ。
表情から察するに、『スフィアの起動なんてムリムリ』といった感じだ。
「スフィアなら俺が起動したぞ。金も払ったし、今日からあの屋敷は俺の物だ」
「キルのものー。ラウニもいっしょー」
「うそっ!?あのスフィアを起動するには、エレメントの力が必要でしょ!?」
「ああ、俺は死滅のエレメントから冥王の恩寵を貰ってるからな。ついでに加護もある。何の役に立つのか知らんが」
「はぁ…。薄々は感じてたけど…キルの存在値って、亜神どころの話じゃないわね」
「存在値か、その言葉も久しぶりに聞いたな。まあそれはいい。フェリ、使い魔を造る準備はできてるか?」
「できてるけどぉ…」
何だろう?フェリが何かに迷いながら、俺とラウニを交互に見ている。
口を開きかけては閉じ、閉じてはまた開こうとする。
使い魔を造るのに、ラウニがいたらマズいのだろうか?
「なんだフェリ、何を迷ってるんだ?」
「えっとね…キルはずっと、私と一緒に居てくれる…のよね?」
「またその話か?仮に俺が邪険にしても、フェリは俺に纏わりつくんだろ?まあ、『一緒に行くか?』と聞いたのは俺だし、フェリと破壊神の繋がりを断ち切ってやりたいなぁ…くらいは思ってる」
「キル…キル!ものすごーーーく愛してるわっ!」
あぁ…そんなキラキラした目で俺を見詰めるな。
早くも後悔が先に立たなくなりそうだから…
「愛なんてものは言葉にするんじゃなく、いつしか背中で感じるものだ…と、意味不明な恰好をつけて言っておく。で、何を迷ってんだ?端的に述べろ」
「なによ恰好つけちゃって…カッコイイけど。あのね、ラウニが付属してくるのはアレだけど、キルと一緒に暮らしたいなぁ…なんて思ったり…したりして?」
「なんだ、そんな事か。他の仲間にも『フェリが一緒に暮らすかも』とは言ってある。フェリはどうも有名らしくて、仲間はフェリのことを知ってたぞ」
「それって!?一緒に暮らしてもいい、って意味?」
「ああ、フェリがそう望むなら、俺たちは構わない」
「やったぁー!!ヤダ、引っ越しの準備しなくちゃだわ!あ、お店どうしようかしら!?私が居ないと術が解けちゃうし…。まあいっか!お店なんて畳んじゃって、素材だけ持って行こ♪アッ!もしかして…キルに抱かれちゃう!?きゃーっヤダァ♪ホントは初めてだから…優しくしてね?可愛い下着とかも買いに行かなくちゃだわ!すぐ妊娠しちゃったらアレだから、子供服も早めに作らなくちゃダメね!でも、数年は避妊する方がキルも嬉しい?あ、私ってお裁縫も得意だから、店売りの服なんて着せな―――」
「クソやかましくて長いわっ!!!」
「ぎゃっ!?痛っ!!何でっ!?何チョップ!?」
「フェリカが痛いー。二つの意味でー」
この駄魔女は…。
妖精なんて珍妙なラウニの方が、余程まともに思えてくる。
「舞い上がってないで今は使い魔だ。フェリの引っ越しなんざ来年でもいい」
「酷いわ!こんな嬉し楽しいことなんて千年ぶりなのにぃ…」
「フェリカはおばあちゃんー」
「うさいわねっ!ラウニの方がお婆さんでしょ!私は二十歳で止まってピチピチなんだからっ!…たぶん」
「ラウニは歳とらないもんねー」
「いいから!使い魔はよっ!」
フェリは頬をプクッと膨らませ、『わかったわよぉ』と言って素材を取り出した。
フェリも俺の収納庫みたいな次元収納を持っているようだ。
俺も予め用意していた神鋼、ミスリル、水銀、オリハルコンを五十立方センチずつ取り出して、カウンターに置いた。
オリハルコンが異常に重たいため、カウンターがミシミシッと軋み、フェリの顔が引き攣った。
「フェンリルの血液は抜いてないんだが、どれくらい必要なんだ?つーか、どこで抜くかが問題だな…」
「すごーい…神鋼なんて師匠の戦杖しか見たことないわ。あ、フェンリルは工房で出せるわよ。それと、これだけ神鋼があればミスリルとオリハルコンは要らないわね。神も奮発したものね」
「神鋼はまだまだあるぞ?技神が山ほどくれたからな。使い道があるなら分けてやるから言ってくれ」
「神鋼が山ほどって…非常識にも限度ってものがあるわよ…」
フェリが『工房はこっちよ』と、人差し指をクイックイッと曲げる。
俺とラウニがカウンターの奥の部屋へ入ると、そこには体育館ほどの空間が拡がっていて、用途不明な機材や素材が整然と並べてあった。
「へぇ、広いな。フェリも境界魔術が使えるのか?」
「私は多重次元までしか使えないわ。人種で境界が使えた魔術師は師匠だけだもの。フェンリルの血はこの樽一杯分でいいわよ」
俺がフェンリルを取り出すと、フェリが『伝説の神獣も形無しね』と言って呆れていた。
もう少し驚くかと思ったんだが、どうやらフェンリルよりも神鋼の方が余程貴重らしい。
「オオカミ大きいー!見て見てー!小さい歯でもラウニより大きいよー!」
ラウニは神鋼よりもフェンリルの方が物珍しいようだ。
フェンリルの周りを飛び回って燥いでいる。
俺は境界魔術を使って、フェンリルの心臓に溜まっている血液を転移させ、樽一杯に注いだ。
「境界魔術の時間軸操作ってホント凄いわね。血液が全く劣化してないもの…」
「多重次元は時間軸操作が出来ないのか?」
「ムリね。時の操作は境界の特権よ。私の次元収納も時が流れるから、収納は出来ても保存はできないわ」
なるほど…俺はどの系統も段階的に修得した訳じゃないから、下位魔術の限界を知らないもんな。
しかし、この先に強敵が現れた時、相手の限界が判らないってのは嬉しくないな。
敵を知り、己を知ればってやつだ。
またディア先生に魔術講座でもやって貰おうかな。
俺はそんな事を考えながら、フェンリルを収納庫へ戻した。
「さあ、いよいよ本番ね。キルの魔術を全部注ぎ込めば、とんでもない使い魔ネコが創生できるはずよ。何だかワクワクしちゃうわね!」
「ネコを作るのー?」
「ああ、ネコを造るんだが…さっきスフィアの起動で魔力をガッツリ持ってかれたから、今は半分くらいしかないぞ?」
「えー、それは勿体ないわよ。使い魔は注ぎ込む魔力の質と量がモノを言うんだから。ちょっと待ってて、魔力回復薬を取ってくるから」
そう言ってフェリが持って来た魔力回復薬は、容器こそスレインの回復薬と同じアンプル形状だが、液体の色は赤だった。
「スレインの回復薬は真っ青だったが、フェリのは赤いんだな?」
「ウフフフフフッ!錬金を使った魔術薬の調合では、私の方が師匠より断然上よ!何たってこの千年、私は錬金ばかりやって生きてきたんだからっ!」
それは自慢なのだろうか?
俺には『私は究極の千年ボッチよ!』と聞こえるんだが…
「そ、そうだったな…」
ここでツッコミでも入れようものなら、また面倒な展開になると思った俺は、フェリの魔力回復薬を呷った。
「おぉ凄いな。魔力が全回復したぞ。一本でどれくらい回復できるんだ?」
「そんなの判らないわ。私の回復薬で全回復しなかった人なんていないもの。使い魔で空っぽになるんだから、キルが試してみるといいわ」
それもそうだと思った俺は、思考を使い魔の創生へと向けた。
使い魔は主人のイメージと魔力で性能が決まる。
俺は改めて“使える使い魔”をイメージした。
「よし、俺のイメージは固まった。フェリ、頼むぞ」
「任せてちょうだい!千年にわたる研鑽の成果を見せてあげるわ!私が合図をしたら、キルはありったけの魔力を注ぎ込んでね!気絶なんて怖れたらダメよ?」
「ああ…解った」
フェリがチラッと見せた妖しい笑いが気になったが、俺はイメージと魔力注入に集中した。
フェリが大釜にフェンリルの血液と水銀を移し、そこへ触媒を入れて錬金系統の術式を発動した。
俺はフェリの合図を見逃すまいとフェリの顔を見詰める。
フェリは額に玉の様な汗を浮き上がらせ、術式の行使に集中している。
錬金の術式が収束し始めると、フェリが神鋼を大釜に放り込み、今度は錬成系統の術式を発動した。
フェリは更に術式を並列で重ねていく。
錬成、錬金、錬金、合成…フェリが術式を重ねる毎に、大釜の中の液体が色を変えていく。
「今よキル!!」
「よっしゃ!!!」
俺はありったけの魔力にイメージを乗せて大釜へ注入する。
超高速融合、魔力超圧縮、超高速循環、更には魔魂融合で鬼神の咒まで叩き込んだ。
大釜から目の眩む金色の光が放出され、部屋を金色に染め上げる。
「す…凄いわ…キルの魔力は…ステータス値以上に膨大…」
「眩しいよー!エレメントもキルに力をあげてるのー」
後先など全く考えずに魔力を注入した俺は、不意な眩暈の直後、意識を闇に落とした。




