第43話 魔導化邸宅
あー怠い。まさか魔力枯渇を体験するとは思いもしなかった。
魔力回復薬なんか要らないだろうと買ったことはないが、今後は常備すべきだな。
「キルアス様、これ飲むです」
「おぉ魔力回復薬。エルは常備してるんだな」
「魔術師で常備してないのは、キルアス様くらいなのですよ?」
そうなの?と思いながらグビッと一本。うん、マズイ!それに何の変化もない。
エルと視線を合わせてみる。もう一本くれた。
グビッと二本目。マズさにも倦怠感にも変化はない。
再びエルと視線を合わせてみる。今度は五本くれた。
三本飲んだところで満腹になったが、怠さは取れない。
怠さと満腹を天秤に掛け、満腹を我慢する方向に決定。
残りの二本を一気に呷ったが…胃がタプタプになっただけ…
「七本も飲んでダメなのです?エルもう持ってないですよ?」
「魔力回復薬を買う意味ねーな、俺の場合」
ルルにおんぶして貰って帰ろうかな?と真剣に考えていたら、ラウニが俺の膝の上に座り、顔を見上げてきた。
「これあげるー」
ラウニが小さな背中に隠し持ってきた、アンプルの様な小瓶を俺に差し出した。
小瓶には毒々しい程に青い液体が満たされている。
おそらく魔力回復薬なのだろうが、口に入れたくない色だ。
「怖ろしい色をしてるが、魔力回復薬か?」
「うん。おじいさんが作ったの。おじいさんも魔力じゅうてんした後に、いつも飲んでたからー」
飲むべきか、飲まざるべきか。
一晩寝れば魔力は回復すると言うが、俺の場合はどうなのだろうか。
単位時間当たりの回復量なんて確認したことねーし。
フェリと話をして使い魔を造りたいし、ランクアップも早ければ明日には結果が出るだろう。引っ越しもあるな。
俺は小瓶の先端を指で弾いて折り、意を決して口に入れた。
「おぉ!?こんな少量で半分近く回復したぞ?もうダルクナーイ!」
この回復薬は凄い。是非モノだ。調合レシピとか残ってんのかな?
スックと立ち上がった俺が再び制御室へ戻ろうとしたら、コッペンハイムが立ち塞がった。
「キルアス様、もう日が暮れ始める頃でおじゃるよ。小生、この後は会合があるでおじゃるからして、この屋敷の内見だけは済ませたいでおじゃる」
「そんな時間か。先に内見をおわらせるか」
この部屋で気になっていた吹き抜けのある壁に近づくと、壁の一部にタッチパネルディスプレイが出現した。
タッチパネルには『ここをタッチしてね!』と言わんばかりに、太陽と月のマークが表示されている。
俺が太陽のマークをタッチすると、白色だった吹き抜けの天板が徐々に透明になっていった。
透明になった天板から自然光が入射し、地下二階の室内を明るく照らした。
「うむ、予想通りだ。天板の材質は判らないが、偏光特性を付与してあるな」
「なんでおじゃるか!?こんな機能は小生も知らないでおじゃるよっ!?」
慌てふためくコッペンハイムを尻目に、俺は上階へと上がろうと部屋の扉に向かって歩く。
閉まっている扉を見た時点で、部屋の扉がオートドアだと確定した。
何故なら、部屋へ入って来た時には、扉を力づくで開けたままにしていたからだ。
俺が扉の前まで来ると、シュッ!という音と共に扉が自動的に横スライドして開いた。
「なっ!?扉が勝手に開いたでおじゃるよ!!」
「さっき魔導システムを起動したからだな。自分で言ってただろ、『この屋敷は魔導化邸宅でおじゃる』って。正確には“完全魔導化邸宅”だけどな」
コッペンハイムは『そんなの知らないでおじゃるよー!』と騒ぎながら、オートドアを開けたり閉めたりしている。
コッペンハイムを放置して俺たちは地下一階の部屋へと階段を上る。
部屋の扉に近づくと、当然ながら扉は自動的に開いた。
「ここもでおじゃるかっ!?」
当たり前だろうに。もうガン無視決定だ。
地下一階の部屋は収納庫か食糧庫のようだ。
部屋の広さは六十平米ほどで、両サイドの壁には造り付けの棚が天上まで延びている。
この部屋だけでも相当量の物品を収納できるが、異常に気になるのは、翡翠色をした二つの枠が、奥の壁面に浮かび上がっている事だ。
枠の大きさは部屋扉のサイズと同じくらいで、それが左右に並んでいる。
右の枠に近づくと、枠の横にタッチパネルディスプレイが出現した。
ディスプレイには“設定温度”“△”“▽”“開”“閉”が表示されている。
“開”をタッチすると、翡翠色の枠で囲まれた壁が消え去った。
「普通に冷蔵庫か冷凍庫だと思ったんだがな…」
冷気が漏れ出すかと思っていたが、壁の奥はウォークインクローゼットの様な構造で常温だった。
但し、内部の左壁と右壁には三個ずつの冷蔵庫っぽい観音開きの扉があり、扉には1から6の数字が表示されている。
それならばとディスプレイの“設定温度”をタッチしてみると、1から6の選択画面が表示された。
試しに“1”を選択してみると、“-60℃”と表示された。
中へ入って1の扉を開けると、起動したばかりにも拘わらず、ギンギンの冷気が流出してきた。
「なるほどね、個別に温度設定が出来る仕様か。良く考えてあるな」
「そんなの有り得ないでおじゃるよっ!?」
自分の収納庫があるから不要かな?とも思ったが、“自炊を楽しむ”という観点であれば使い処もありそうだ。
例えば、設定温度を-25℃にしてアイスクリームを手作りするとか。
今んとこそれしか思い付かないが。
初級魔術しか使えないクリスタにとっては嬉しい設備だろうと考え、今度は左側にある翡翠色の枠へと移動した。
こっちは何だろう?と思いながら枠に近づくと、枠の横に出現したタッチパネルディスプレイは右側と同じだった。
「どんだけ冷蔵庫と冷凍庫が好きだったんだよ…」
「この数は無駄でおじゃるな!ひゃっひゃっひゃっ♪」
コッペンハイムの嘲笑にイラつきながらも、確認だけしておこうと壁を消して中へ入ると、中も全く同じだった。
実はちょっと期待していた俺の想いは完全に裏切られた訳だが、取り敢えず1の扉を開けてみた。
「キ、キ、キターーーーーッ!!!!!!」
「何でおじゃるかっ!?」
扉の中には、横に寝かせた黒色のワインボトルがびっしりと収められていた。
湧き上がる歓喜と共に2の扉を開けると、そこには造り付けの棚に横置きされた数十の大樽が並んでいた。
「おいおいおいおい!樽ってことはオマエ!?」
「やってられないでおじゃる…」
俺は掌を受け皿にして、樽のコックを少し捻る。
掌にチョロチョロと流れ落ちたのは、琥珀色の液体だった。
コックを閉じて掌に溜まった琥珀色を口へと運ぶ。
「ウマーーーーーーーーイッ!これウィスキー!しかもバーボン!?」
「やめてくれでおじゃるーーーーっ!!!!」
我を忘れて次々と扉を開けて試飲していく。
赤ワイン、白ワイン、コニャック、ウィスキー、ブランデー、ジン、ラム、etc.
正に宝の山だ。焼酎ぽい蒸留酒まで出てきたのには驚愕した。
「キル様ばっかりズルいですぅ!ルルも飲みたいですぅ!!」
「エルは強いお酒が苦手だから要らないのです。あ、ワインは好きなのですよ!」
「ルルはすぐ酔っぱらうじゃねーか。飲みたいなら飲んでもいいけが、潰れたら放置して帰るからな?」
「酔い潰れたルルを放置っ!?キル様は男じゃないですぅ!そこはルルにエッチな悪戯をしなきゃダメですぅ!!」
うん、この色惚けオオカミは放っておこう。
いやー、それにしても嬉しいね!
先代の使徒スレイン、勝手な事しか言わねぇジジイだとか思ってゴメン!
あんたの遺志は別としても、この屋敷と酒は俺が面倒みるから安心してくれ!
「よーしコッペンハイム、この屋敷を白金貨十二枚即金で購入する。契約書を出せ!」
「そんなの酷いでおじゃる!せめて値上げをさせて欲しいでおじゃるよ!」
「ほぅ…お前、宰相のルイドに言われて来たんだよな?それがどういう事か…理解してないのか?あん?」
「悪キル様ですぅ!ドキドキしちゃいますぅ♪でも、コッペンハイムさんが少しだけ可哀想ですぅ」
「そうか、ルルはここに住みたくないんだな。国に帰ってもいいぞ?」
「ウソですぅ!コッペンハイムさんなんて、これっぽっちも可哀想じゃないですぅ!ルルを捨てないでぐだざぁーい!!!」
ルルはウソ泣きだが、コッペンハイムはマジ泣きが入っている。
宰相といえば国のナンバー2だ。
その宰相が直々に物件案内を命じるなど、普通なら有り得ない。
有り得るとすれば、依頼をした者が宰相より高位のやんごとなき人物だという事になる。
「うぅ…これが契約書でおじゃります…」
「へぇ、術式が刻まれた契約書なんだな。ま、この物件を持って来たコッペンハイムを労う意味で、白金貨十五枚を払おう。白金貨三枚のボーナスで納得しとけ」
「あ、ありがとうでおじゃります…」
契約書二部に署名をして血判を押すと、契約書が淡く光って有効化された。
この屋敷が俺の所有不動産になった瞬間だ。
コッペンハイムは契約書一部を懐に収め、俺の方へ何度も振り向きながらトボトボと帰っていった。
「どうせ俺じゃなきゃ起動できないだろうから、コッペンハイムが損した訳じゃないしな」
俺は酒蔵の壁を閉じて一階へ上がろうと思ったが、酒蔵と冷蔵冷凍庫は仕様が違うはずだと考え、ディスプレイを確認した。
すると、やはり酒蔵の方は温度設定以外にも、時間停止と保存の機能が付いていた。
「だよな。瓶詰めの酒はいいとしても、樽詰めの酒は飲み頃ってのがあるもんな。しかしこれから楽しみだ。美味い酒には美味い料理が必要だ。クリスタに腕を振るって貰うしかないな」
ホクホク気分で地下一階の部屋を出ると、ラウニが飛んで来て俺の肩に座った。
「ああ、ラウニのこと忘れてたな。どこ行ってたんだ?」
「忘れちゃダメでしょ!お酒のにおいがひどすぎー」
「そうか、超チビッ子は酒の匂いだけでも酔っちまうか」
「超チビッ子いうなしーーー!三回めー!」
「わかったよ。ところでラウニ、この屋敷は正式に俺の所有になったんだが、ラウニはこれからどうするんだ?」
「ここラウニのお家だもん…他に行くとこないもん!」
「じゃあ俺たちと一緒に住むか?一つ条件はあるが」
「ひどーい!条件ヤダー!あぁ!?エッチな条件だー!鬼畜ー!」
身長30cmもない妖精に欲情する訳ないだろうが。鬼は正解だが…
つーか、ラウニって何歳だ?若くても千歳?
「俺がラウニに出す条件は、“俺に美味いコーヒーを淹れること”だ。どうする?」
「うん!ラウニは美味しいコーヒーいれるー!」
「じゃあ決まりだ。コーヒー期待してるからな」
「あのねあのね、ラウニはキルが好きだよ!」
「またライバルが増えたですぅ!?」
妖精をライバル視するとか、つくづく残念なやつだな。
ルルの思考回路は三本くらいしか繋がってないんじゃないか?
「妖精が人間を好きになるなんて、初めて聞きたのですよ。ラウニはキルアス様のどこが好きなのです?」
「強いところが好きー!おじいさんより強い人間はじめてー」
そういう事ね。
ん?もしかして布石?俺に願い事を叶えさせるための布石か!?
「無駄話は終わりだ。家も買ったし、あとはランクアップして探索者になって迷宮だな。取り敢えず宿に戻って晩メシだ」
「はーい♪」
「はいなのです」
「ラウニも行くー!」
「ナニ?あぁ、普通の人間には見えないし、声も聞こえないからいいのか」
屋敷を出て玄関をロックしようとしたら、魔導システムが防衛セキュリティ機能をONにした。
屋敷に住む者は魔力を登録しなければ、敵性対象と識別されて攻撃するらしい。
本域の完全魔導化邸宅なので、屋敷の機能を把握するだけでも大変そうだ。
ともあれ、俺たちはラウニを新たな仲間?メイド?に加え、宿へと戻った。
宿についてそのまま食堂へ入り、定食メニューを三人分注文する。
ラウニは食物から栄養摂取が出来ないので飲食の必要は無いが、味覚はあるから飲食が好きだと言う。
俺が注文したオークステーキを分けてやろうとしたら、『お肉を食べると体がくさくなるからヤダー』と顔を顰めた。
「ラウニは何から栄養を取るんだ?」
「んー、色々?」
テキトーな妖精である。
一番好きなのは果物だと言うので、女将の了承を取って、収納庫からマンゴーを出してやった。
エルがナイフで切り分けて皿に盛ると、ラウニは皿の前に正座をしてマンゴーを食べ始めた。
口の周りは果汁でベトベトだが、『美味そうに食うな』と思い横目で見ていると、隣のテーブルの客がホラーな表情を引き攣らせてこちらを凝視していた。
俺が『なんか文句あんのか?あ?』とメンチを切っていたら、エルが『普通の人にはラウニが見えないですよ』と耳打ちしてきた。
そうだった。
隣のテーブルの客には、切ったマンゴーが空中に浮き、小さな歯型を残して少しずつ消えていくという、ホラーな光景が見えているのだろう。
「なあラウニ、お前のことが見えない人間に、あんな顔されるの嫌か?」
「んー、ラウニが見えない人間なんて、大したことないよ?」
辛辣な妖精である。
食事を終え部屋に戻った俺たちは、思い思いに時間を過ごす。
まだ陽が落ちたばかりの時間だから寝るには早すぎるが、やる事はない。
何となくベッドに寝転がって『風呂入りてーなー』と考えていたら、ラウニが俺の胸の上に女の子座をりして、ジーっと俺の顔を見てくる。
俺が負けじとラウニの顔をジーっと見返していると、エルが『ラウニはまだ遊びたいのですよ』と言った。
「ラウニ、一緒に魔女んとこ行くか?」
「えー魔女いるの?ラウニ行きたーい!」
「ルル、エル、お前たちも行くか?」
「ルルとエルさんは、トライワンズさんと一緒に公衆浴場に行く約束してるですぅ」
「そうなのですよ」
「そうか、じゃあラウニと行ってくるわ」
「「はーい!(はいなのです)」」
今夜は使い魔を造りたいなぁ…と考えながら、俺はラウニを肩に乗せて宿を出た。




