第3話 ディア先生の魔術講座 一時限目:魔術の概念
眠りから覚めるように、ゆっくりと意識が覚醒する。
瞼を閉じたままでも、心地の良い陽光を感じる。
この世界で初めての目覚め。これは非常に重要な場面である。
俺は、そっと瞼を開いた。
「あぅあぅう…あぁ?(知らない天…蓋?)」
天井ではなく天蓋だった。しかも喋れてない。
言わせてくれよ…
人生は儘ならない。産まれてすぐに儘ならない。
何だろうね?多角的に呪われてる的な?俺がアホなだけ?
あぅあぅ言いながら悶えていると、超ズームインな女性の顔が、俺の視界いっぱいに入ってきた。
そして軽々と抱き上げられた。
「お目覚めになりましたか?キルアス様は、本日も麗しゅうございます。さあ、どうぞ召されませ」
そう言う貴女こそ、かなり麗しゅうございますよ?
うん、ほぼ判ってるよ。
俺の名前がキルアスね。悪くないんじゃない?
様付けってことは、母親ではないのだろう。
召されませとは?あぁ、授乳ね。ヤダ…大きい。
ピンク色の先っぽから、遠慮なく頂きます。
さて、状況を把握しようか。
この女性は乳母かな?金髪碧眼の美人さん。これも悪くない。
二十歳そこそこに見えるが、この数年内に出産してるわけだ。
ニコニコと嬉しそうな笑顔の理由は、解りません。
それにしても、乳児の視界って狭いんだな。首が座ってないってやつか?
ベッドは天蓋付きの木製で、かなりデカイ。クィーンサイズはありそうだ。
部屋も異常に広そうだし、床は総絨毯で毛足も長そう。
僕神が血統を気にしてたから、それなりの家格なんだろう。
雰囲気からすると、地球の中世ヨーロッパ時代って感じか?
地球でベッドに天蓋が使われ始めたのも、確かそのくらいの時代だったよね。
もしかして、寝室って概念がない時代か?
そこまで未発展な時代だと、何かと不便な生活が待ってそうだな。
視覚だけだと、取れる情報が少なすぎる。ここはアレだ。
助けて神えもーん!…おい僕神!聞こえないのか!
心の叫びを上げていると、窓から差し込む陽光が明るさを増した。
「ご覧くださいキルアス様。天階の光がキルアス様に向けられております。慈愛の神様が、キルアス様を祝福してくださっているに違いありません」
乳母お姉さんが、目を閉じて祈り始めた。
慈愛の神?慈神アフェクティス?寝起きに美女神と会えるのは嬉しいね!
『ねぇ、神えもんって何?また僕に変な呼び名を付けたんじゃないよね?』
「あぅあぁう…(僕神かよ…)」
『なぜ残念そうなのかな?僕を呼んだよね?』
「うぁ、あぅあぅあー、あぁうあぅぅ…(いや、そうだけど、裏切られた感がさ…)」
『意味わかんない。ところで君さ、声を出さなくても話せるの解ってるよね?』
そう言われれば。定型文の呟き流れで忘れてた。
『それで、どうしたの?』
(どうも出来ないから、どうしたもんかな?と)
『もどかしいのは解るけど、暫くはのんびりしたら?』
(暫くって年単位だろ?ムリムリ。何か出来ることないか?)
『今の君に出来る事?あるよ?魔力と気力の鍛錬、する?』
(おー、いいね!するする)
『じゃあ、ディアとマルを呼ぶから、鍛錬法を教えてもらいなよ』
でぃあとまる?誰それ?
まあいいや。取り敢えず、年単位で没頭できるテーマは必要だ。
ところで、そろそろ腹一杯なんだけどな…
と思ったら、乳母お姉さんが俺の背中を撫でて、ゲップをさせてくれた。
どんな仕事にも、プロフェッショナルっているもんだね。
でも、少しだけ名残り惜しい…
『やーん、可愛い男の子に転生してる。将来が楽しみだわ』
(この声は、魔神ディアベラ?なるほど、僕神はディアって呼ぶんだ?)
『そうよ。声で判ってくれるなんて嬉しいわ。魔力の鍛錬をしたいのよね?』
(この状態じゃ出来る事がないからさ。頼める?)
『喜んで。貴方の世界には魔術がなかったらしいから、概念の説明から始めるわね』
(宜しくお願いします。ディア先生)
『ふふ。先生なんて初めて呼ばれたけど、悪くないわね♪』
ディア先生は左手を腰に当て、右手の人差し指をピッと立てて説明を始めた。
エロ女教師…アリだと思います。
魔術とは、発現させたい事象を術式として構築し、魔力をエネルギー源に、術式の起動と発動を行う業である。
想像力に制限がないのと同様に、事象にも制限はない。
但し、事象に対する理解が足りないなら術式が構築できない、もしくは構築した術式が起動しない。
事象に対する理解とは、知識と経験を指す。
理解を深めるには、原理・法則、公理・定理などを学び、それを繰り返し実践しなければならない。
この概念に従うならば、事象には法則的な制限が出てくる。
しかし、任意の時を切り取れば有限である宇宙を、“宇宙は無限”と言うに等しく、魔術にも無限性がある。
魔術は、想像した事象を発現しようとする強烈な意思に因り、法則や定理などを含めた摂理を超越する事も可能である。
“新たな法則を生み出す事が可能”と言い換えても良い。
(…ディア先生、俺は魔術を舐めてました。ゴメンナサイ)
『ふふ。初めてだから魔術理論を論理的に説明したけど、貴方に限っては、説明した概念の最後の辺りが重要なの。“摂理を超越できる”の部分よ』
(俺に限っては?)
『そうよ。今は人だけど、成長・進化・昇華を経て、覚醒神たり得る貴方に限っては、という意味でね』
(そこんとこkwsk)
『万物・万人の為に使う法が神の権能で、生物が自分達の為に使う術が魔術なの。神の権能の下位互換が魔術、と言ったところかしら。宇宙が法則に支配されているとしたら、私たち神の存在自体が矛盾するでしょ?』
(ん?それって、神には権能があるから、魔術を使う必要がないんじゃ?)
『うんうん、賢いわ。魔術は主神様が生物に授けた力だから、主神様が整えた星の法則に支配されているの。貴方は未覚醒だけど、鬼神の権能である咒を少し使えるでしょ?つまり、貴方は現時点でも、主神様の法則を越えた存在だという事なのよ』
ふむ。
覚醒するまでは魔術を使わなければならないが、少しであれば僕神の法則を無視するのも可能、ということか。
魔力を使って術式(事象)を発動させるから魔術と呼ぶわけね。
じゃあ、術式って何だ?
地球の魔術と魔女術の伝説だと、呪文を唱えるよね。術式≒呪文、な感じ?
そう言えば、乳母お姉さんの言葉は理解できたけど、地球の言語とは違った。
発音はドイツ語と英語を混ぜた感じだったけど。
ドイツ語と英語はゲルマン祖先言語がルーツだが、この世界でも、似たような言語系統樹が成立するんだろうな。
あれ?なぜ言語の話に?あ、呪文だ。
術式≒呪文だとするなら、この世界の言語を学ばなきゃならない。
そう言えば、地球の伝説には、魔法円だか魔法陣ってのもあったな。
図形・文字・記号で、地面とか羊皮紙に書くんだっけ?
むしろ、術式≒魔法陣、か?
何れにしろ、俺にはハードルが高すぎるぞ。
この転生体の知能指数に期待するしかない。
(ディア先生、術式って何?魔法陣みたいなもの?呪文もある?)
『あら、魔術を知らないのに、魔術陣と呪文は知ってるの?』
(あ、魔術陣って言うのね。俺の世界にも、魔術とか魔女の伝説はあったからね)
『ふーん。貴方の世界の神も、生物に魔術を授けたのね。この世界で、古代魔術の継承が途絶えたのと同じだと思うわ』
古代魔術…なんか凄そうじゃね?
科学的なモノは最新式、伝統的なモノはアンティーク。
そんな価値観、有るでしょ?
魔術に対する興味は増すばかりだが、突如として強烈な眠気に襲われた。
ナニコレ、抗えそうにないんですけど。
『アン、可愛い♪ 眠くなったのかしら?転生したばかりだから当然よ。続きはまた明日ね。ゆっくりお休みなさい』
ディア先生のセクシィな声を聞きながら、俺は瞬く間に眠りに落ちた。