第38話 危険種の売却
俺の担当をさせる職員だという触れ込みで紹介されたリリアーデ・シルストイ。
そのリリアーデは、テスラ大公国の黒曜騎士団と近衛騎士団の団長を兼務する、グレン・シルストイの妹だという。
身分を隠し、『自由気ままに世界を救おうかな?どうしようかな?』と考えている俺に、グレイスは最も宛がってはならない人物を担当者として付けてきた。
「おいグレイス、これはどういう事だ?」
グレイスの思惑に見当が付かない俺は、『スゲー不機嫌ですけど何か?』とばかりに問いかけた。
対するグレイスは、『もう困った子ね?』とばかりに返答をする。
「あのねキル、トライワンズの救援にしろ今回の領域解放にしろ、こんな有り得ない討伐の経緯と結果を、今後も誤魔化し続ける事なんて不可能よ。キルがこんな非常識な討伐を金輪際しないと言うなら別だけど、キルはまたやっちゃうでしょう?」
「非常識って言葉には引っ掛かるが…やるだろうな」
「でしょう?いくら私がギルドマスターでも、あんなに状態の良い危険種が大量に持ち込まれたら、極秘裏に処理するなんて不可能よ。であれば、必要最小限の人員で円滑に処理する。この方法しかないと思わない?」
危険種に関しては、生息場所・討伐者・経緯・結果などの詳細を国に報告する義務がある。
これはテスラに限らず世界各国の間で結ばれた協定であり、その実務を所管するのが、冒険者ギルドにおける主要業務の一つである。
「理由は解った。だが、俺が魔獣を引き渡した時、エズモンドは俺の事を知らない様子だったぞ?」
「それにはギルドマスターとしての思惑があったの。正確に言うと実地試験ね」
危険種討伐には国への報告義務があることから、討伐経緯の確認を目的として、危険種の解体と査定は厳密に行われる。
言い換えれば、解体と査定によって、危険種がどの様に討伐されたかが証明される。
エズモンドは討伐方法に関する情報を与えられておらず、解体と査定に因って『全ての危険種には一切の外傷がなく、未知の方法で脳髄だけを抜き取られた』との結論に至った。
エズモンドはその結果を以て『こんな討伐方法は有り得ない!この討伐は冒険者ではなく、神か悪魔に因って成されたに違いない!』と、グレイスに食って掛かったらしい。
それを聞いたグレイスは、エズモンドが必要十分な査定能力と良識を有していると確信し、エズモンドを“必要最小限の内の一人”に加えると決めた。
「法医解剖の実地試験かよ…」
「ほういかいぼう?どういう意味かしら?」
「いや、何でもない。で、このギルド内で俺の出自を知るのは、グレイスを含めた三人ってことか?」
「そういうことね。でも懸念が無くなった訳ではないのよ。キルは迷宮に潜るのでしょう?迷宮は探索者ギルドの管轄だから、同様の問題が発生すると認識しておいてね」
「クソ面倒な…」
「私と探索者ギルドのギルドマスターは旧知の仲だから、出来るだけの根回しはしておくわ」
「それは助かる。やっぱグレイスは頼りになるな」
「キルってそういうとこ…上手よね。ジゴロの素質があるんじゃない?」
礼を言ったらプレイボーイ認定されてしまったが、別に上手いことは言ってないだろ。
ところで、俺の視界の端に入っているエズモンドが、さっきからオラオラ状態でオタついている。
「どうしたエズモンド。…汗が酷いぞ?」
「も、も、申し訳ございませんでした!キルアス殿下とは存じ上げず、数々の非礼の段、何卒ご容赦くださいませぇっ!!」
「何だそんなことか。気にしなくていいさ。グレイスからも聞てるだろ?今後も“キルさん”でいいから。それに比べて、リリアーデは平静だな?」
「何故そんなに成長してるのか?とか、気になる事は沢山ありますけど、私は兄上からキルさんの話を聞いていたので。模擬戦で兄上を一方的にボッコボコにし続けたとか?最初の模擬戦の日以来、兄上はキルさんの話ばかりしています。そっちの気に目覚めたのかと心配になるくらいです。フフフ」
「なるほど。城にいた時は、グレンとちょいちょい模擬戦をしてたからな」
「ルルもボッコボコにされて、メロメロになったですぅ♪」
「グレンが俺にメロメロみたいに言うな!」
「ぎゃんっ!?チョップの威力が日に日に増してませんかぁ?痛いですぅ…」
少しずつ威力を上げている事に気付くとは、なかなか鋭いじゃないか。
おい、何故エルが頭を庇うんだ?俺は無差別チョッパーじゃないぞ。
「そろそろ査定結果を伝えてもいいかしら?」
「ん?ああ、そうだったな。忘れてたわ」
「討伐した危険種を忘れる冒険者ってなに?エズモンド、査定結果を読み上げてちょうだい」
「はい。殿…ではなく、キルさんが討伐した危険種十七体の査定結果ですが、討伐報酬総額は白金貨220枚です。続いて素材買取総額は白金貨1960枚になります。C級魔獣のキマイラ三十二体も珍しいのですが、討伐依頼が出ていなかったので討伐報酬はありません。素材買取価格は毛皮が一体で金貨三枚ですが、九体は斬撃痕で毛皮の状態が悪かったので金貨一枚になります。という事で、支払総合計は白金貨2180枚、大金貨7枚、金貨8枚となります。個別の内訳はこちらの支払明細書に記載したのでご確認ください」
…二級と三級だけで白金貨2000枚超?
一級と特級って幾らになるんだろうか…
エズモンドが『くっ…くぅっ!』と唸りながら硬貨の入った袋を台車から持ち上げ、テーブルの上にズドンッと置いた。
腰をトントンと叩きながら『数えますか?』と聞かれたが、十枚や二十枚くらい少なくても構わないので断り、収納庫へ放り込んだ。
と言うか、こんな大金を常備しているギルドに驚きだ。
「エルさん、白金貨2180枚って…どれくらいですかぁ?」
「ルルさん、白金貨2180枚は、白金貨2180枚なのですよ…」
「じゃあ、串焼きが何本買えるんですかぁ?」
「串焼きが218000000本買えるのですよ…」
「えぇー、ルルはそんなに食べれないですぅ…」
「そんなに食べたら、死んじゃうのですよ…」
ルルとエルが壊れたらしい。
換算対象が串焼きな理由も不明だ。
「お疲れ様キル。二日間で一般家庭の二千年分くらい稼いじゃったわね。まだ第一級三体に特級一体が残ってるけど…」
二千年分って…そんなに要らなくね?
「「はぁっ!?」」
俺がどう反応すべきか判らずに戸惑っていると、エズモンドとリリアーデが絶叫した。
「まだ一級が三体と特級が一体あるのですかっ!?」
「それって…エントワーズ森林の領域が、大規模領域だったという意味ですか?」
「あー、グリフォン・バジリスク・オーガロードと、フェンリルがあるな。エントワーズには十三万体近い魔獣がいたしな」
「「フェンリル!?」」
「二人とも、キルがどれほど非常識か理解できたかしら?」
「…いやはや、テスラ国民としては喜ばしいのですが、ギルドで買い取れるとは思えませんよ?と言うか、金庫がほぼ空っぽです」
「うちの兄上、なぜ生きてるのでしょう?不思議ですね…フフフ…フフッ…」
リリアーデって何気に黒い?グレンと仲が悪いとか?
ちょっと、その薄ら笑いを止めて欲しいんですけど。
「あれだな、こんな高額で売れるとは思ってなかったが、これで生活の心配はなくなったな」
「そうね。でも、キルならここから破産するのも可能かもよ?」
「グレイスは俺を何だと思ってんだ?俺はそんなバカでも浪費家でもねーよ」
「フフ、冗談よ。さあ、査定の話はここまで。ランクアップ審査の話をしましょうか」
おお、これもすっかり忘れてた。
ランクアップしたら探索者ランクを取らなきゃな。
探索者ランクの取り方は知らんけど。
グレイスは最短で三日間、最長だと五日間をランクアップ審査に要すると見込んでいる。
長期化する場合の最大要因は、俺の現在ランクが新規登録のFであること。
過去にFからAへ一気にランクアップした者などおらず、B以上へのランクアップには身元調査が必要になる為、一日や二日でランクアップは承認されない。
実のところ、グレイスの権限でランクアップ承認は可能だが、申請日から認定日までの期間が短すぎると、公都以外のギルドから不審に思われるらしい。
また、このギルド内でも、早急すぎる大幅なランクアップには、疑義が生じる可能性がある。
後々の面倒を避けるためにも、ここは大人しく待つことにしよう。
身元調査ではステータスプレートの確認も行われるが、それはグレイスとリリアーデの二人が処理してくれるから問題ない。
しかし、B以上の高ランク冒険者は、世界各国の冒険者ギルド本部への登録が必須になる。
これは高ランク冒険者の活動範囲が世界規模になる為、登録しなければ入国や出国は元より、Bランク以上の冒険者だと認定されない。
国外のギルドへ行った時にテスラの王族だと知られるのは嬉しくないが、身元調査の情報を閲覧できるのはギルド本部のギルドマスターだけらしいので、これも仕方がないと割り切るしかない。
まあ、知られたからと言って、王族然とする気は更々ないのだが。
「結果は知らせてくれるのか?」
「ええ。リリアーデが結果通知書を宿へ届けに行くわ。三日間くらいはのんびりしてていいわよ」
「わかった。グレイス、ちっと過激な出会いから始めてしまったが、グレイスには感謝してる。これからも宜しく頼むよ」
「もぉ…ダークエルフを手玉に取ろうとするなんて、キルくらいよ。でも、私もキルと出会えて幸せよ。仕方なく就任したギルドマスターだったけど、今は就任して良かったと思えるわ」
「ギルドマスターのそんな発言、初めて聞きました。キルさんって…カッコイイですもんね」
グレイスとリリアーデは楽し気にガールズトークを繰り広げ、エズモンドは『私はノーコメントで…』と静かに瞑目していた。
俺たちはギルドを出て、城郭都市である公都の壁に沈む太陽を見ながら宿へ向かって歩いた。
宿へ入ると、女将が夕食をどうするか尋ねてきた。
腹が減っていたので直ぐに食べることに決め、三人で食堂へと入った。
チェックインの時に女将が言っていた復活祭なる祭りの時期であるせいか、食堂では多くの宿泊客が夕食を摂っている。
見たところ商人が多いようだ。稼ぎ時なのだろう。
奥まった角のテーブルに陣取った俺たちは、女将に渡された夕食メニューを眺める。
メニューには“宿泊客専用メニュー”として三種類の定食が載っていることから、この食堂は宿泊客以外でも利用できるようだ。
「俺は茹で豚のハーブソルトソース定食にするかな」
「ルルはオーク肉のシチュー定食にしますぅ♪」
「エルは彩り野菜とグリルチキン定食にするのですよ!」
女将に注文をするルルの大声に耳を塞ぎながら、俺は何気なくメニューの裏側を見た。
するとそこには、“三十食限定!ミノタウロス挽き肉のライスカレー”と書いてあった。
「ライスカレー?あのカレーか?」
「キルアス様はカレーを知っているのです?」
「ルルもカレーは聞いたことありますぅ。食べたことはないですけどぉ」
「カレーって、黄土色っぽくてスパイシーなのが、ライスの上にかけてあるやつか?」
「それなのです。スパイスもライスも輸入品で高価なので、テスラでは珍しいのですよ」
どうやら、あのカレーらしい。
値段は銀貨三枚と書かれている。二食付きの宿泊代と同額。
高いとは思うが三十食限定…これは喰っとくべきじゃないか?
白金貨が2200枚くらいあるんだし。
つーか、銀貨三枚を高いと感じる俺。庶民派の大公子の誕生だな。
「エルは食べたことあるのか?」
「あるですよ。でも辛くて残しちゃったのです」
「なあルル、ライスカレー食ってみないか?」
「食べてみたいですぅ!」
追加で注文を入れると、定食とライスカレーは同時に運ばれてきた。
俺は定食そっちのけでライスカレーをスプーンですくって口に入れる。
「うーん?カレーっちゃあカレーだが…何か違う。スパイスの種類が少ないのか?」
「辛いけど美味しいですぅ!ルルこれ好きですぅ♪」
出されたライスカレーは、キーマカレーちっくな物だった。
配合されているスパイスの種類が少ないからか、味も香りも平坦で奥行きがない。
ライスは長粒種で、味と香りは前世で言うところのジャスミンライスに近い。
「まぁ悪くはないが、俺の作るカレーの方が美味いだろうな」
「キルアス様はカレーのレシピを知っているですか?」
おっと、迂闊な発言だった。
俺は前世でずっと独りだったので、かなり自炊をしていた。
中東や南アジアでの戦歴も長かった為、スパイスやハーブを使った料理が得意でもある。
「ルルはキル様の作ったライスカレーが食べたいですぅ!作ってくださぁい!」
「ルルさん、宿の厨房は忙しいですから、借りて作るのは無理なのですよ」
「えぇーっ!でも食べたいですぅ!」
自炊か。それもアリだな。
消されていた記憶が戻って以降、やたらと米が喰いたくなる時もあるし。
何だかんだで俺も日本人ってことか。
「家でも買うか?毎日は怠いが、たまには皆で料理をして喰うのもいいだろ。風呂にも毎日入れるし」
「大賛成ですぅ!キル様とルルとエルさんのお家が欲しいですぅ♪」
「エルも賛成なのです!エルも料理は得意ですし、時間を気にせず暮らせるのは嬉しいのですよ!」
「決まりだな。短くとも三日は暇だし、明日は家を探しに行くか」
「「わぁーい!」」
泡銭は身に付かないと言うが、不動産投資と考えれば悪くないだろう。
何より、足を伸ばしてゆっくり風呂に入りたい。




