第34話 広域探知の結果
「キル様ぁ、起きてくださぁい!朝ですよぉ?キル様ぁ!」
「んぁ?うーん…もう朝か?」
「キルアス様、早く朝食を食べてギルドに行かないと、皆さんを待たせちゃうのですよ!」
術式を創るのに想定外の長時間を要した俺は、おそらく四時間も寝ていなかった。
時計がないってのは、意外と不便なものだ。
眠い目を擦りながら身支度を整えた俺は、ルルとエルに手を引かれて食堂へ向かう。
「おはようキル。やけに眠そうね?そんな状態で戦えるの?」
「魔獣の領域に乗り込む前夜に夜更かしするなんて、随分余裕なんだね?」
「キル様おはようなの。今日は頑張るの」
「皆さん、おはようございます。今日も宜しくお願いします」
食堂ではグレイスとトライワンズの三人が、揃って朝食を食べていた。
寝惚けた状態で戦場へ向かうのは俺の主義にも反するので、俺はサクッと術式を創って発動した。
「聖境合式―強制休眠」
健常者における眠気の要因は主に二つある。
一つは身体的疲労だが、今の俺は脳と神経系の疲労が原因だ。
もう一つは生体時計機構に因るもので、一定の時間経過で眠気を催す。
どちらも脳の体内調整機能に因るものなので、脳を休ませれば疲労は回復する。
強制休眠は、神聖魔術の休息と、境界魔術の体内時間加速を合成した術式だ。
これを使えば、身体的な疲労を一瞬で回復できる。
「もう大丈夫、気分爽快だ。うん、メシも美味い!」
「キルはもう何でもありなのね」
「君のことは心配するだけ無駄って感じだね」
「キル様すごいの。その魔術便利なの」
「確かに戦場でも有効な魔術ですね。羨ましい限りです」
食事を終えて皆でギルドへ行くと、フロアは多くの冒険者でごった返していた。
冒険者たちは依頼書が張り出されている掲示板の前に殺到し、良条件の依頼をもぎ取ろうと必死だ。
「スゲーな。ここが戦場みたいだぞ」
「ランクが低い冒険者は特に必死よ。低ランクの依頼には、功績と報酬が高いものが少ないから」
「毎朝この争奪戦に参加するとか、俺にはムリだわ。朝の満員電車より精神を削られそうだな…」
「キル様、まんいんでんしゃって、何ですかぁ?」
「いや、何でもない。さあ、契約書を作りに行こう」
「ちょっと待って。キルは契約の前に冒険者登録をしないとダメじゃない。早く窓口に行かないと、依頼を受ける冒険者で混んじゃうわよ」
「あ…そうだった」
俺は空いてる窓口に向かい、窓口担当の女性職員に『新規登録がしたい』と告げた。
新規登録は至極簡単なものだった。
小さな用紙に名前と魔術が使えるか否かを書くだけだ。
女性職員は用紙を見た後で俺の装備を確認して言った。
「キルさんですね。魔術が使えるから武器はナイフだけなんですね。依頼に関する相談も受けますから、いつでも来てください。では、これで登録完了です。命を大切にして頑張ってください」
そう言った女性職員は、鈍色をした手のひらサイズの冒険者証と、表紙に“冒険者手引き”と書かれた小冊子を俺に差し出した。
冒険者証には俺の名前とランクFの文字、それと冒険者ギルドのシンボルが透かし彫りで刻まれていた。
小冊子のページをパラパラ捲ってみると、冒険者証の利用方法や、依頼受諾から完了までの手続きなどが記載されていた。
「よし、これで俺も冒険者の仲間入りだ。サクッと契約を終わらせようか」
グレイスが契約担当の職員を呼び、俺たちはグレイスの執務室で契約書を交わした。
契約担当職員は、グレイスから予め説明を受けていたようだが、それでも『本当に大丈夫なんですか?』を連発していた。
「ところで、グレイスは一緒に行けるのか?ギルドマスターは忙しいんだろ?討伐確認は、トライワンズの三人だけでもいいぞ?」
「いやよ、私も行くわ。キルが今度はどんな魔術で魔獣を倒すのか興味津々だもの。今日の同行の為に、昨夜は食事の後で執務室へ戻って仕事を片付けたんだから」
「えーと、期待を裏切るようで悪いけど、魔獣討伐に魔術を使うつもりはないんだが…」
「「「えっ!?」」」
おっと、そんなに驚かれるとは思ってなかった。
ルル、エル、グレイスは俺の闘魔混合を体感してるから、文句はないみたいだな。
今日はストライクガンの性能も把握したいから、武器オンリーでやるって決めてたし。
「余程の事がない限り、今日は武器だけで始末するつもりだ。だけどアレだ、お前たちが見たことのない戦闘を見せてやるよ。まあ期待しててくれ」
「凄い不安になってきたよ?確かに依頼の条件に戦闘手段は入れてなかったけど…君、物理戦闘できるの?」
「キル様の物理攻撃、見てみたいの」
「危険だと判断した場合には参戦しますので」
「心配するなって。ルル、エル、グレイスは驚いてないだろ?それは、俺の物理戦闘力を知ってるからだ」
ストライクガンは技神の改造で魔力ベースになってるから、厳密には物理攻撃じゃないんだが、説明したって解るわけないしな。
今日の戦術概要はこうだ。
苦労して創った広域探知術式で、エントワーズ森林内の魔獣を一匹残らず探知する。
危険種を含む金になりそうな魔獣をナイフで始末して収納庫に放り込む。
残りの雑魚は森林ごとストライクガンで消し飛ばす。
うん、実利を完璧に満たした戦術だ。
自画自賛しながら、俺はエントワーズ森林の南端に瞬間移動した。
トライワンズの三人は相変わらずキョロキョロしているが、普通にスルーだ。
ルルとエルも完全武装で準備は万端に整った。
「ルルとエルは森林から出てくる魔獣だけを始末してくれ。俺の計画が崩れるから、間違っても森林には進入するなよ?」
「「はーい!(はいなのです!)」」
「よし、では状況を開始する」
そう告げた俺は、物理シールドを境界魔術で空間に固定する術式を発動し、空中に階段を造って昇り始める。
「シールドって、あんな使い方もあるんだね…」
「普通はムリなの。キル様が特別なの」
「どうやってシールドを空中に固定しているのでしょう?あれなら飛行型の魔獣とも戦えますね」
この術式は何気に便利で、これに重力魔術を複合すれば、三次元機動戦闘が可能になる。
更に暴嵐魔術を推進力として併用すれば、全方向への高速機動が実現する。
俺は森林の全貌を見渡せる高さまで昇るため、シールド階段を追加しながら歩を進める。
森林を見渡せる高度に到達して下を見ると、ルルたちが豆粒大に見えた。
「これは…広いな。広域探知を創っといて良かったわ」
エントワーズ森林は広さの見当がつかない程に広大だ。
森林の中央を横断するように大河が流れており、大河を幹川として細い派川が何本も分派している。
ここを穀倉地帯として開発したいと考えるのも頷けるというものだ。
「重召合式―広域探知」
俺は重力魔術と召喚魔術を合成して創った広域探知を発動した。
この術式を創るのには、ほんとーに苦労した。
魔力は魔力で探知できるが、探知した対象を特定するには、同一か類似する魔力波動データが必要になる。
しかも、魔力を放出拡散させる方法で広域探知を行うと、バカみたいな量の魔力を消費してしまう。
はっきり言って使えない。
ならば、魔力以外の何を、どう使って探知すればいいのか?これがこの術式の肝の一つだ。
俺が神々に相談したり、記録層を調べたりして到達した答えは魔素だった。
何故なら、魔素と呼ばれる特殊な素粒子の原子核には、情報記録機能があると知ったからだ。
魔素は、この世界の宇宙から無限に降り注ぎ、大気中にも大量に含まれる、軽くて安定な原子核だ。
その原子核が魔術器官で融合される際に放出するエネルギーを、魔力と呼んでいる。
原子核融合で放出されるエネルギーが魔力ならば、情報記録機能がある原子核はどこにあるのか?
実は、融合して重たい原子核となった魔素は、魔術器官から虚無空間に排出されていたのだ。
俺は『なんて勿体ないことをする!!』と心中で絶叫した。
ここからがもう一つの肝になる部分だ。
俺は虚無空間に排出された融合後の魔素を回収して、再利用する方法を考えた。
境界魔術で魔素回収専用ゲートを虚無空間に接続し、もう一方のゲートを、新たに創った魔素貯蔵専用次元空間に接続した。
そして、俺は魔素の情報記録機能がどういうものかを調べた。
それは、魔素が魔力を持つ生体や物体に衝突した際、その対象が内包していた魔素に記録された情報を、コピーして伝達するというものだった。
一瞬、『意味が解らん』と思ったが、よくよく考えてみたら、脳神経細胞であるニューロンに似ていると気付いた。
詰まる所、魔素は情報記録だけではなく、衝突という刺激で反応する情報伝達物質でもあったのだ。
衝突する事で情報をコピー・伝達するので、大量の魔素を拡散させれば、情報が連鎖的に俺へと伝達されてくるわけだ。
試しに、俺が内包する魔素にデフォで記録されている情報を解析してみたら、ステータスプレートに表示される名前・クラス・称号・罪科以外の全てが記録されていた。
これは推測だが、魔素は第三者が介在しない生体もしくは物体情報を、丸ごと記録するのだと思う。
超便利だが謎すぎるぞ、魔素。
ここまで判った後は早かった。
俺は召喚魔術で貯蔵専用次元から魔素を現界へ召喚し、重力魔法で魔素の質量に限定した拡散が出来る術式を創った。
「おぅふ…スゲー数の魔獣がいるんですけど。128604匹ってどゆこと?」
エントワーズ森林に生息していた魔獣の総数は、想定の遥か彼方をいく数だ。
危険種は魔力量でも判別できるが、もっと判り易いのは種族名だ。
第三級危険種のグレートオーガ七匹とアラクネ五匹。
第二級危険種のサイクロプス三匹とダイアウルフ二匹。
第一級危険種のバジリスク一匹とオーガロード一匹。
極めつけに、特級危険種のフェンリルがいる。
「これ全部をナイフで殺るのは…ムリかな?」
俺は取り敢えずルルたちの元へ戻った。
ルルたちの前で一言も喋らずに、『危険種はグリフォンと同じように、糸縛で拘束して重球で脳みそ消すのがベストか?』などと考えていると、グレイスが心配気に話しかけてきた。
「どうしたの?探知が出来なかったの?それとも、想定外の状況が在ったとか?」
「グレイスはいつも鋭いな、後者だ。ちょっと聞きたいんだが、大規模な魔獣の領域だと、どれくらいの数がいるんだ?」
「不吉な質問をするのね。この数百年…もういいわ、私が生きてきた約三百年間だと、約三万体の魔獣が生息していた領域があったわ。でも遥か昔、破壊神が顕現した約千年前には、五十万体を超える魔獣がスタンピードを起こしたという記録が、ダークエルフの伝書にあるわ」
「ほぉ、五十万体か。ならば、有り得る状況ではあるのか。そのスタンピードをどう片付けたのかを知りたいとこだが、それはまた別の機会にするか」
魔獣は動物や魔獣、人を食らうことで魔力を高める。
魔力が上がれば強くなるだけでなく、繁殖能力も高まるという。
また、危険種のような上位の魔獣が出現すると、その領域に生息する魔獣の凶暴性まで高まるらしい。
この領域には、フェンリルなんていう超レアな特級危険種が存在している。
そこから考えれば、魔獣どもがフェンリルの影響を受けて凶暴化し、魔獣同士で捕食をし合い、生き残った強者が上位種になり、繁殖を繰り返した…ってとこか。
「ねえ君、何が想定外なのか私たちにも教えてよ。と言うか、もう凄く嫌な予感しかしないんだけど…」
「キル様、私も知りたいの」
「キルアスさん、ここは情報共有が肝要だと思います」
「キルアス様、一体なにがあったのです?」
「キル様なら、魔獣の一万や二万は軽くキルしちゃいますよねぇ?」
「キル、私も覚悟を決めるわ。それで、何万体の魔獣がいたの?」
「聞いて驚け、十三万近い数がいる。その中に三級が十二匹、二級が五匹、一級が二匹、おまけに特級のフェンリルまでいる」
皆の顔が一斉に蒼褪めた。血の気の引く音が聞こえるような勢いだ。
皆の気持ちは解るが、俺としては問題ないと考えている。
魔素を使った広域探知で、危険種どもの魔力データも揃っている。
それに、今の俺の魔力量でも、概算で三十万匹くらいの魔獣なら始末できると読んでいる。
ストライクガンの威力によっては、その倍でもイケるかもしれない。
「いくらキルでも無理でしょう?フェンリルなんて、神話級の危険種だもの」
「もう帰ろうよ!帰って国に報告した方がいいよ!」
グレイスとリリエラは撤退を選択すべきと考えているらしい。
「大丈夫ですぅ!キル様の顔は『楽勝だ』って言ってますぅ!ルルはキル様と一緒に戦いたいですぅ!」
俺はルルの言葉に心が震える気がした。もしかすると動揺したのかもしれない。
前世も含め、これまで独りで戦ってきたからだろうか。
一緒に戦ってくれと請われた事は山ほどあるが、一緒に戦いたいと願われた事など一度もない。
「ルル、ありがとな。お前はアホだが悪くない」
礼を言われた次の瞬間にアホ認定を受けたルルは、とても複雑な表情をしている。
俺はそんなルルを引き寄せて頭を撫でる。
ルルは一瞬だけビクっと体を震わせ、俺の胸に顔を埋めた。
「ルルは何度も言ったですぅ。キル様の傍にずっといるって言ったですぅ」
「そうだな。んじゃあ、魔獣どもをぶっ飛ばすか!」
「はいですぅ!」
ルルの頭を撫でながらエントワーズ森林を見ていた俺は、自分の口端が凶悪に吊り上がるのを感じた。




