第33話 魔女と使い魔
トライワンズは俺の依頼を受けるという事に決まった。
ギルドで公募するのではなく、受諾者が決まっている依頼を指名依頼と言う。
指名依頼の場合は“依頼等特定契約書”を依頼者と受諾者の両者間で交わさなければならないらしく、それは明日の朝イチでギルドへ出向く事にした。
食後のお茶を飲みながら領域解放用の術式を検討していると、グレイスから指摘事項が出てきた。
「あのねキル、通常依頼にしろ特定契約にしろ、期間を定めなければならないわ。それも“違和感や疑義の生じない期間”をね」
グレイスの指摘内容はこうだ。
俺の瞬間移動を使えば、片道300kmの移動は一瞬だ。また、俺の単独戦力でも領域解放は即時完了する。
詰まる所、“実行即日完了”が可能なわけだ。
俺もそのつもりでいたが、グレイスはそれが不味いと言う。
それをしてしまうと、『どうやって往復600kmを移動した?』とか、『三人で領域を解放できるはずがない!』といった疑義が生じると言うのだ。
「いや、別にいいんじゃないか?瞬間移動にしろ俺の戦闘力にしろ、ウダウダ言われるなら実証すればいい」
「もう…子供みたいなこと言わないの。戦闘力の実証ならまだいいわ。神撃の異名を持つ世界で唯一のEXランカーであるタフトなら、中規模領域くらいは単独で解放可能でしょうから」
「ほぉ、強そうだな。ってことは、瞬間移動がマズイのか?」
「そうよ。あの術式が世界に及ぼす影響は計り知れないわ。因みに、キルは何人くらいを移動できるの?」
「移動距離と移動質量に依存して魔力を消費するから、一概には言えないな。今日トライワンズを迎えに行った場所は7500kmくらいだったんだが、あそこなら五千人くらいはイケるかな?」
「ほら…やっぱりダメじゃない。じゃあ、物ならどれくらいの量を移動できるの?」
「物だけなら収納庫に入れれば量は関係ないぞ。今の収納庫でも、この公都くらいは丸ごと入るからな」
「収納庫ってそんなに入るのね…。それにしても公都が入るなんて、収納庫という名称が間違ってるわよ」
なぜかリリエラが、耳を両手で塞いでイヤイヤと頭を振っている。
キャルレインはキラキラした目で俺を見ている。何か琴線に触れたのだろうか?
レイラは大盾と俺を交互に見ている。確かに大盾は重いし嵩張るよな。
「キルは解ってるの?瞬間移動の事が知れ渡ったら、世界中がキルの争奪戦を始めるわよ?」
「あー、戦力と物資の輸送か。確かに俺でも欲しがるわ」
「収納庫に類似する魔道具はあるけど、伝説級のお宝よ。殺してでも奪いたいと思わせる程のね」
「へぇ、そんな魔道具があるのか」
「迷宮の宝物庫で見つかるわ。私が知る限りでは、最も容量が大きい物で荷車くらいね。もっとも、迷宮で宝物庫を見つける事自体が、奇跡みたいな出来事なのだけど。その点からしても、キルの収納庫は破格の代物よ」
そうだよな。前世で収納庫と瞬間移動が使えていたら、俺は世界を征服していたかもしれない。
まぁそれは大袈裟だが、奇襲戦や超高機動戦、暗殺にテロと、やりたい放題だな。
言うなれば、“戦争から覗きまで”ってやつだ。
しかし困ったな。収納庫と瞬間移動を使わないという選択はあり得ない。
であれば、選択肢は“秘匿”か“開き直る”の二つだな。
いや、“秘匿しつつバレたら開き直る”か?
あ…収納庫を売れば大富豪になれるんじゃね?
いやいや、金儲けのために転生したんじゃないだろ。でも、色葉を助けた後なら商売もアリだな。
「グレイスの言いたい事は理解した。秘匿する方向で努力はするが、俺は収納庫も瞬間移動も使う。もしトラブルが起きたら、力尽くでも解決する。ま、グレイスには迷惑を掛けないように気を付けるよ」
「わかったわ。でも、なるべく穏便に解決してね?それと…私の事を考えてくれて、とても嬉しいわ」
「むぅぅ…。キル様を見るグレイスさんの目が…女の目になってますぅ…」
ルルの感知スキルは俺に特化してるな。
まあ、悪い気はしないけど。
「さて、そろそろ解散するか。明朝はギルドに集合だ。そう言えば、トライワンズはどうするんだ?復活祭だか何だかで、宿が空いてないみたいだぞ」
「私たちは借家に住んでるから問題ないよ。言いそびれてたけど、今日は助けてくれてありがとう。本当ならお礼をしなきゃいけないんだけど、君の非常識さ加減に驚きっぱなしで忘れてたよ」
「気にしなくていいさ。俺の都合で勝手に助けに入っただけだ。依頼を受けて貰うことでチャラにしよう」
「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ、また明日ね」
「キル様、また明日なの」
「皆さん、今日はありがとうございました。明日も宜しくお願いします」
俺たちはレストランを出て、其々の帰路についた。
キャルレインが最後に“キル様”と言ったのに少し引っ掛かったが、まあいいだろう。
宿に着くと、女将が『夕食を食べますか?』と聞いてきた。
そうだった、朝夕二食付きプランだった。
俺が『今夜は要らない』と伝えたら、女将が『では明日の朝食を少し豪華にしますね』と言ってくれた。良い宿である。
俺は三階の部屋へと階段を登る。部屋のドアが見えてきた。ルルとエルがピッタリとついて来る。
そうだった、三人一部屋だった…
前世の頃から、俺は季節を問わず寝る時はパンイチを好む。
しかし、進化してほぼ大人の体になった今、男女同室でパンイチはマズイだろう。
「あぁ、風呂に入ってくれば良かったな…」
「キルアス様はお風呂が大好きだと、クリスタさんが言ってたのです」
「お風呂に行きますかぁ?」
「いや、幾つか術式を創りたいから、今夜はいいや」
「じゃあ、ルルが湯桶を取ってきますぅ!」
なんだか催促したみたになったが、ルルが三人分の湯桶と手ぬぐい(?)を持ってきてくれた。
魔道具の仕組みを調べて、宿の庭に風呂かシャワーを造れないだろうか。
「ルルがキル様の体を拭くから、全部脱いでくださぁい!」
「アフォか。自分でやるからいい。つーか、全部脱ぐわけねーだろ」
ルルが『なぜっ!?』と言いいながら愕然としている。その反応にこそ何故と言いたい。
何となく気恥ずかしさを感じながらも、下手に恥ずかしがる方が意識しているみたいで恰好悪いと思い、俺はパンイチになって体を拭き始める。
パンイチで寝ることに不自然さを感じさせない為の布石でもある。
手早く済ませて部屋を出ないと、ルルとエルが体を拭けないなと考えていると、ルルがダッシュで服を脱ぎ始めた。
「ちょっと待て!ルル!お前なにやってんだ!?」
「え?ルルも体を拭くんですよぉ?」
そう言ってこっちを向いたルルの上半身は、既に裸だった。
大きくて形の良い乳房、ぷっくりと膨らんだ乳輪と小さめの乳首は、奇跡レベルのピンク色をしている。
見てはいけない…ムリだ…どうしても見てしまう…
「ルルさん…それはダメなのです。キルアス様のキルアス様が、元気になっちゃうのですよ?」
エルの声を聞いてハッ!?と我に返った俺は、ソッコーで服を着て部屋を飛び出した。
「何で俺が部屋を出なきゃなんねーんだ!まあいい、エルが体を拭くのを待つのもウザいし、その辺で術式でも創るか…」
夜の公都は人も疎らで、元気なのは酔っぱらってる職人に、冒険者や探索者くらいだ。探索者と冒険者の違いは判然としないのだが。
探検気分で入り組んだ裏通りを歩いていると、“魔女の住処”と書かれた立て看板が目に付いた。
柄先にランタンを吊るした箒に、ローブを着た魔女が跨った姿を、浮き彫りの技法で彫刻してある。
腕の良い職人が造ったであろう看板に惹かれて近寄ると、そこには『魔術薬・魔道具・魔装具・使い魔のオーダーメイド承ります』と書いてあった。
「使い魔って何だ?ってか、この世界の魔女も箒で飛ぶのか?」
彫刻の細部を見ながら『箒に乗った魔女に会ったことはないけどな』などと考えていると、看板の横にある扉の小窓が開き、まつ毛の長い女性の目が俺を見た。
「あなた…お客さん?」
「え?ああ、いや、看板の彫刻が見事だったから見物してたんだ。あんたは、魔女の住処の魔女か?」
その女性は『そうよ』と答えて扉を開け、艶やかな微笑みを俺に向けて手招きした。
魔女はウェーブのかかった深い緑色の髪を腰下まで伸ばし、唇には深紅のルージュが引いてある。
爪には数色のマニキュアが意味ありげに塗ってあり、魔道具であろう指輪やバングル、ネックレスやピアスを身に着けている。
年の頃は二十歳くらいに見えるが、その妖艶な雰囲気は、二十歳やそこらで醸せるものではない。なかなかに興味深い人物だ。
「こんな時間だが、入っていいのか?」
「魔女の活動時間は、陽が落ちてから昇るまでよ。お入りなさいな」
言われるままに店内へ入ると、壁一面に造り付けられた棚には、得体の知れない物品や書籍が整然と並べられていた。
物珍しさに任せて店内を見回していると、魔女が目を細めて語り掛けてきた。
「貴方、かなり高位の術士でしょ?そのコートからも尋常じゃない力を感じるわ。何よりも貴方…凄い美形ね。フフ…」
「お褒めに預かって光栄だ。あんたも相当に鋭い感知能力の持ち主みたいだな。一見してこのコートを指摘したのは、あんたで二人目だよ」
「それでゴハン食べてるんだもの。あたしの名前はフェリカよ。フェリって呼んで」
「了解だフェリ。俺のことはキルって呼んでくれ」
「フフ、何だかアブナイ名前ね。それでキル、今日は何をお探し?」
「どういう意味だ?探し物は特にないんだが、あの看板に刻まれた術式はそういう類なのか?」
あの看板には、術式が刻印されていた。
最初は偶然目に留まったと思ったが、あの看板は俺の魔力に反応して術式を起動した。
敢えて解析はしなかったが、おそらく隠蔽と誘引の術式だと思う。
「何よ、驚かせようと思ったあたしが驚かされちゃったわ。術式の起動を感知した人なんて、キルが初めてよ。あの看板にはね、この店を必要としている人を案内する術式が刻んであるの」
「なるほどな。だから隠蔽と誘引なわけか。でも、それだと商売としては儲からないんじゃないか?」
「呆れたぁ。隠蔽と誘引までバレてたの?この店が潰れるのも、そう遠い未来じゃないみたいね」
そんな事はないだろう。
フェリはドラゴニックコートの力を感知したし、グレイスに匹敵する魔力も持っている。
この店は趣味なのかフェイクなのか知らないが、割りの良い稼ぎ口は別にあるのだろう。
「なあ、使い魔って何だ?」
「ふーん。使い魔の文字が読めたんだ?だったらキルが探しに来たのは使い魔ね。いいわ、説明したげる」
使い魔とは、主人の意思や命令に従い自律行動を取る魔導生物である。
魔力を内包する、もしくは内包できる物質を基材として、魔術媒体を介して主人となる者の魔力を充填することで創成される。
使い魔の性能は基材となる物質、主人の魔力質や量によって変動するが、性質は魔術媒体で方向付けをすることが出来る。
また、特殊な魔術触媒を用いることで、使い魔に特性を持たせることも出来る。
「へぇ、バイオミメティクスみたいな技術だな」
「ばいおみめてぃくす?何それ?教えてほしいなぁ…タダで」
「タダより高いものはないぞ?いいのか?」
「えー!じゃあ、体で払おうかしら?ウフフ…魔女としたことある?天国を見せたげるわよ?」
「そのまま帰らぬ人になりそうだから遠慮しとくわ。バイオミメティクスってのは、生体の優れた機能とか形状を模して物を造る技術だよ」
「うんうん、使い魔もそんな感じよ。動物とか虫を模して造る人が多いわ。何かイメージある?あ、考えるよりもインスピレーションで決めた方が、良い使い魔が造れるわよ」
「ネコ…かな?」
フェリから魔女の宅●便をイメージしたわけではない。マヂで。
夜目が効いて隠密性や攻撃性が高く、サイズも手頃。何より、犬みたいに四六時中ベッタリと纏わりつかない性質が良い。非常に俺好みだ。
「へぇ、珍しいとこいくのね。動物だと虎とか熊とか狼みたいな猛獣を選ぶ人が殆どなのに。でもいいかも。あたしも猫は初めてだから楽しみ♪」
「狼は既に一匹飼ってるからな…。つーか、造ることが決まっている風に聞こえるんだが?」
「え?あたし造るわよ?これは運命だもの。キルが此処に来たのはそういう事だもの」
かなり強引な商法だが、それもいいかもしれない。
運命なんて大それたものじゃないにしても、多生の縁はあるかもしれない。転生者だけに…?
「じゃあ頼むとするか。いくらだ?」
「仕様を決めないと値段はわからないわよ。どんな猫にしたいの?」
「ふむ。…隠密行動が出来て、何処にでも侵入できて、戦闘力もソコソコ高くて、それなりに頑丈で、従順だけど纏わりつかなくて、連れて歩いても違和感のないネコかな。あ、それと燃費も低い方がいいな。ついでに体毛は短めで体色は黒、目は澄んだ青色にしてくれ」
「消極的だった割りに…難しい注文が多いじゃないの。基材も魔鋼鉄くらいじゃお話にならないわね…」
「流石の魔女もお手上げか?」
「あー、カチンときたぁ!すっごいの、それはもうすっごい使い魔を造るんだから!素材調達するとこから始めるし、キルも手伝ってよね!」
「はぁ?料金を払う俺が何で手伝うんだよ。材料くらい自分で買いに行けっての」
「あーあ…これだから素人は困っちゃうのよ。キルが言った仕様の使い魔は、その辺に売ってる素材じゃ造れないの!キルってば強いんでしょ?危険種級の魔獣の素材も必要だから狩りに行くわよ!あ、土系統の魔術は使える?鉱物採掘にも行くからね!」
使い魔すら知らない素人に向かって『素人は困る』と言い放つ魔女って。
まあ、狩りも採掘も余裕だが、ランクアップを先に片付けないとな。
「わかった。どうせなら使える使い魔が欲しいから手伝うが、明日とかは予定があってムリだぞ?」
「いいわ。あたしも必要になる材料を考えたり、媒体調整用の魔術薬を調合したりするから。キルの用事が済んだら此処に来て。あ、昼間は寝てるから夜に来てよ?」
「了解だ。じゃあまたな」
「またね、バイバーイ」
フェリの店を出て宿に帰ると、ルルとエルは爆睡していた。
ルルは狼の習性なのか、丸まって寝ている。
俺はベッドに潜り込みたい衝動を抑え、領域解放用の術式を創ることにした。




