第32話 依頼の内容と報酬
瞬間移動でグレイスの執務室へ帰還した俺たちは、メイドのマルカが淹れてくれた紅茶を啜りながら一息つく。
マルカが淹れてくれた紅茶は、ティーバッグで淹れたような、何の変哲もない香りと味だ。
公城で供される紅茶の方が段違いに美味いのだが、何れにしても、茶葉を煮出すのには時間がかかる。
何気にレモンティーやアップルティーなどもあるが、果実のジャムやコンポートを食べながら飲む、所謂ロシアンティー式だ。
しかし砂糖が贅沢品のため、ジャムやコンポートは貴族階級の嗜好品になる。
どうでもいい事だが、この世界にも緑茶はあるのだろうか?
そんな些末な事を考えながら視線を巡らすと、トライワンズの三人がキョロキョロと執務室内を見回している。
「公都に帰ってきちゃったよ…」
「うん、公都なの」
「依頼完了手続きもアポもなしに、執務室へ直帰しましたね…」
「貴女たちの気持ちは良く解るわ。でもここは『二ヶ月の旅程を一日に短縮できた』くらいに考えておいて。今更だけど、お互いに自己紹介をしておく?」
確かに今更ではあったが、俺はグレイスの問いかけに頷いた。
「じゃあ私から。名前はリリエラよ。一応、トライワンズのリーダーをしているわ。クラスは魔導戦士よ」
「キャルレインなの。クラスは魔導レンジャーなの」
「私の名はレイラです。魔導重戦士を務めています」
トライワンズの三人は、クラスの頭に“魔導”が付いており、これは魔術師の上級職である魔導士を示している。
リリエラの“戦士”は、剣士と拳士の上級職だ。
装備からして、剣士メインで拳闘術も修めているというところだろう。
ルルが拳闘メインの剣士であることからして、ルルとは逆形態に当たる。
ショートカットの亜麻色の髪に切れ長の目、体格はルルと似たような感じだ。
切れ長の目のせいか少し気の強そうな印象を受けるが、時折見せる彼女の笑顔はとても朗らかで、パーティーのムードメーカーでもあるのだろう。
キャルレインの魔導レンジャーは珍しいクラスだ。
レンジャーは密偵と暗殺の上級職だが、暗殺のクラスを修める者は少ない。
厳密には、暗殺のクラスを持つ者がそれを秘匿する傾向にあるため、師匠となってくれる者を探すのが難しいと言われている。
装備からは密偵と暗殺のどちらがメインなのか判然としないが、彼女の外見とは裏腹に、その立ち居振る舞いの端々からして、結構なレベルの暗殺術を修めていると思われる。
キャルレインは髪色も珍しく、少し癖のある藍色の髪をショートカットにしている。
クリクリとした大きな猫目が印象的で、虹彩の色も濃いブルーだ。
身長はエルとほぼ同じ160cm弱で、線の細い体格をしている。
自分の身体的特徴を、上手く職に結び付けていると言えるだろう。
レイラの重戦士は所謂タンクで、槍士もしくは剣士に騎士を合わせた上級職だ。
レイラがハルバートを装備していることから、彼女は槍士と騎士を修めた重戦士なのだろう。
但し、レイラは大盾を装備しているため、当初から防御特化を狙っていたと思われる。
ハーフプレートに腕と脚のプロテクターを組み合わせた装備は、少人数パーティーの機動力を意識したものだろう。
レイラはこの世界の女性としても大柄で、身長は180cmちょっとある。
バイザー付きのヘッドギアを外した彼女は、美しいイエローブロンドのロングヘアーを肩に流している。
「俺はキルアスだ。こっちがルルエンロードで、こっちがエルランテだ」
「二人のことは知ってるわ。銀狼の英雄さんに、エルフの宮廷魔導士さんよね。英雄さんがテスラに来てるのは知らなかったけど、二人とも有名人だもん」
「よろしくですぅ。ルルって呼んでくださぁい♪」
「エルもエルでいいのです。よろしくお願いしますなのです!」
「ルルちゃん、エルちゃん、カワイイの」
「英雄ルルさんにお会いできて光栄です。エルさんは、私のことを憶えていますか?」
「騎士団に在籍していたレイラさんのことは憶えているのです。お久しぶりなのですよ」
俺としてはあまり好ましくないのだが、ルルとエルの知名度は高いみたいだ。
特にエルの身元から、俺の身分が明らかになる可能性は高いだろう。
そうなると、今後はキルアスと名乗るのを控えるべきだろうか。
「ねぇ君…ちょっといいかな?」
「ん?俺か?」
「そう、君。戦闘中から気になってたんだけど、君の名前…まさか第二大公子殿下じゃないよね?ルルさんとエルさんが同行してるってのも普通じゃないし、二人とも様を付けてるし…」
「陛下と大公妃殿下に似てるの」
「私も気になっていました。しかし、キルアス殿下のお歳は八歳のはずですから、殿下ではないのだろうと」
途端にこれだ。やはりキルアスを名乗るはダメだな。
横目でルルたちを見ると、グレイスは悠然と紅茶を飲んでいる。
ルルは何も考えずに、いつものとおりニコニコしている。
が、エルは目が泳…いや、溺れている。あっぷあっぷだ。
「時々そう聞かれることはあるが、当然ながら別人だ。そもそも、大公子が街中をうろつくはずがないだろうに。ルルとは泊まってる宿で知り合って、エルはルルの付き添いだ」
「そうよね!あーよかった。もし君が殿下だったら、不敬罪で罰せられるとこだったわ」
未だにエルの目は溺れているが、トライワンズは誤魔化せ…てないかも?
キャルレインの眼差しが、『すごーく疑わしいの』と言っている気がする。
「ところでだ。俺からトライワンズへの依頼について話したいんだが、お前たちも一緒に食事へ行かないか?もちろん費用は俺が持つ」
「うん、いいよ。荷物も君の非常識な収納に入ってるから手ぶらだし」
「おなかすいたの。デザートのあるお店がいいの」
「私も異論はありません」
グレイスに『予算はいくら?』と聞かれ『相場を知らんが個室がいい』と答えつつ、グレイスの案内でレストランへ向かった。
案内されたのは、商業区内でも貴族区寄りに建つレストランだった。
三年程前にオープンして以来、珍しいくも美味い料理を出すと評判の店らしい。
「これはラフナート様、いらっしゃいませ」
ラフナート?と思ったが、そう言えばグレイスの苗字がラフナートだった。
グレイスは結構な常連のようだ。
「こんばんは。予約は入れてないのだけど、七名が入れる個室は空いているかしら?」
場慣れ感がハンパないグレイスに全て任せ、俺たちは案内された個室へと入った。
当然ながらオーダーもグレイスに任せ、食前酒だと出されたアルコールを飲みながら、料理が出揃うのを待った。
(なんつーか、まんまチャイニーズだな)
回転する円卓ではないものの、大皿で出された料理の数々はビジュアル的にも中華料理そのものだった。
前菜だと言われて口にした料理はクラゲの中華和えそのもので、『中国人の転生者でもいるのか?』と思う程だ。
中国人が転生してようがいまいが関係ないので、俺は一頻り腹を満たした後、依頼についての話をすることにした。
「えーと、体裁的にはリリエラへ話す感じでいいのか?」
「うん、いいよ。疑問があればその都度聞くから」
「単刀直入に言うと、トライワンズには俺たち三人の討伐事実確認を依頼したい。メインターゲットは第三級危険種のグレートオーガだが、ついでに魔獣の領域を解放する予定だ」
リリエラが『こいつナニ言ってんの?』みたいな目で俺を見ている。
キャルレインは杏仁豆腐ちっくなデザートに夢中らしい。
レイラは俺の話を噛み砕くように思考している様子だ。
「もしかして、エントワーズ森林の領域を解放する気?三人って、君とルルさんとエルさん?」
「エントワーズ森林って地名は知らないが、ここから北西に300kmくらい行った場所にある領域だな。討伐は俺が単独でやってもいいんだが、三人でやればルルとエルにも功績が付くだろ?」
リリエラが、俺ではなくグレイスに『本気で言ってんの?』と確認を入れている。
俺がグリフォンを手玉に取った事を、早くも忘れたのだろうか?
リリエラは以外にバカなのかもしれない。
グレイスが『100%本気で言っているわ』と答えると、リリエラは食って掛かるように話し始めた。
「あのね、君が強いのは見たよ。でもね、エントワーズ森林にある魔獣の領域は小規模と推定されてるけど、森林自体はかなり広いんだよ?領域を解放するとなったら、討伐する魔獣の数も軽く三百は超えるんだよ?その辺の事、解って言ってる?」
「別に三百が千でも構わないぞ。目下の懸念は、そこが森林地帯だと聞いた事だ。“森林を消し飛ばしてもいいのか”ってのが唯一気になるところだ」
ルルがエビチリちっくな料理を美味そうに食っている。
エルはキャルレインと二人して、杏仁豆腐について考察してる様だ。
レイラはジャスミン茶ちっくな飲み物を深く味わっている風だ。
唯一俺の話を聞いているグレイスは、子供の悪戯に困った母親のような苦笑を浮かべている。
そんな周囲の様子を見回したリリエラが、溜息を一つついて、再び口を開いた。
「なんなの?この件を納得できてないの、私だけ?」
「そんな感じだな」
「君の依頼って、ギルド職員の代行として、私たちに領域解放討伐の事実確認をして欲しい…ということ?」
「そのとおりだ。簡単なお仕事だろ?」
「はぁ…。狙いはランクアップ?」
「最終目的はテスラ大迷宮深層の探索だけどな」
「深層って下層のこと?まあいいわ。で、理由は見当も付かないけど、グレイスはそれをバックアップしてるわけだ?」
「そういうことね。ギルドマスターとしては、有望な冒険者の台頭は喜ばしい事だもの。それでキル、報酬はどれくらいを考えてるの?」
「それなんだが、報酬の相場が全く判らん。どれくらいが妥当なんだ?」
「そうね、一人当たり金貨五枚といったところかしら」
「わかった。一人当たり大金貨一枚を報酬として払おう。但し、明日ないしは、遅くとも明後日には実行するのが条件だ」
大金貨と聞いたトライワンズの三人が、一斉に俺を見た。
キャルレインもレイラも、何気に話は聞いていたようだ。
俺にとっては手持ちの現金よりも、迷宮深層への進入にこそ価値がある。
グリフォンという、思いがけない見込み収入を得たのも大きい。
「キャル、レイラ、どうする?」
「観てるだけで大金貨、おいしいの」
「蓄えを使うことなく、新しい馬車の購入が可能になりますね」
「まぁそうだよね。これが他のパーティーへの依頼だとしたら『羨ましいなコノヤロー!』って感じだもんね」
もう腹は決まっているであろうリリエラが腕を組んで目黙し、何かを考えている。
俺はリリエラと付き合いのあるグレイス見やるが、グレイスは目を閉じ両肩を少し上げて『わからないわ』というジェスチャーをした。
「リリエラ、何か問題があるのか?」
「問題っていうか、懸念だね。もしも君たちが危機に陥ったら、私たちは救援に入る。でも、そこに命の保証はないというリスクが一つ。もう一つは、エントワーズ森林の破壊許可ね。エントワーズ森林自体に価値は無いらしいけど、あの辺はテスラの直轄領だから、森林破壊の可能性があるなら許可が必要になるわよね」
またもや初耳学である。
グレイスなら知っていて当然の事柄だと思うが、それについては指摘されていない。
そう考えてグレイスを見やると、グレイスは俺にウインクをして話しだした。
「エントワーズ森林の事なら心配は要らないわ。二年くらい前の話なのだけど、宰相のエメロード様から『低予算でエントワーズの領域解放が出来ないか?』という相談を受けたの」
宰相がグレイスに持ちかけた相談とは、エントワーズの領域を解放し、そこを新たな穀倉地帯として開発したいという話だった。
これは父上が大公位を継承する以前から、食料自給率向上課題として存在したらしい。
この三十年ほど、テスラは人口増加率に対する食糧自給率低下で悩まされているそうだ。
「なあグレイス、テスラって金ないのか?」
「テスラは世界で最も人口の多い国だから、税収も世界最大だったわ。でも、先代と今代の陛下が“民の生活水準向上”を計って、所得税率を段階的にお下げになられたの。だから今の国庫は、昔ほど潤ってないわね」
「良い話に聞こえるが、所得が増えても食料物価が上がったら意味ないだろうに」
「それとこれとは話が別なの。最大の問題は、エントワーズの領域に存在する魔獣の実態が、明らかでない事にあるわ」
エントワーズ森林は広大であるが故に、領域に存在する魔獣の種類や数が不明確だという。
魔獣の領域を小規模だと見込んでいる理由は、森林周辺地域への魔獣出現率を基にした、計算値だけからの推測らしい。
解放を必達として行動を起こすなら、ギルドが討伐隊を組織する以前に、国はコストを掛けて森林の探索を完了させなければならない。
もしも推測に反して魔獣の領域が大規模なものである場合、その規模に合わせた討伐隊を組織しなければならなくなる。
魔獣の領域解放には、ただでさえ金が掛かる。
小規模な領域解放に必要となる人員は、Aランク冒険者が三十人以上。
そしてその報酬は一人当たり大金貨五枚以上が相場であるため、報酬合計は大金貨で百五十枚以上になる。
だが、これは冒険者への報酬だけの金額だ。実際には後方支援のコストも発生する。
馬車・食料・水・武器・防具。これらを消費・消耗に応じて支給しなければならない。
それらを以て領域を解放したとしても、国は土地の開発に更なる資金を投入しなければならい。
「へー。じゃあ、魔獣の領域が大規模なものになる場合、開発まで含めたコストの総計はどれくらいになるんだ?」
「様々な追加予算まで加味するなら、白金貨で一万枚は下らないでしょうね」
経済規模と貨幣価値が判らないから前世との比較は出来ないが、白金貨で一万枚という投資規模はかなりのものだろう。
テスラの税収ってどれくらいなんだろうか?
まあ、政治に興味はないからどうでもいいが、俺の討伐が国庫の足しになるなら一石二鳥だ。
「穀倉地帯開発のための領域解放か…。なら、エントワーズ森林を消し飛ばせば木材伐採や土地造成が不要になるから、開発コスト削減に繋がるって感じか?」
「そうなるわね。ただ、森林が消えても、樹木の根が残っていると、結局は掘り返しと整地の作業が必要になるけれど」
「そりゃそうだな。じゃあ深めに消し飛ばすか。皆には一切の危険を及ぼさない事も確約しよう。うん、俺って超親切だな!」
あれ?トライワンズの三人はいい。グレイスとエルも、まあいい。
しかし、ルルまで『なに言ってんの?』みたいな目で見るとは、此れ如何に?
俺への当たりには納得いかないが、そんな事より早く迷宮に潜りたいな。
あ、領域探索用の術式も用意しなきゃだな。




