第30話 初めての対魔獣戦闘
グレイスの執務室でゲーティングを発動し瞬間移動すると、三人の冒険者たちは、やはり戦闘行動中だった。
戦場は街道から外れた密度の低い雑木林で、魔獣の群れに包囲されている三人の冒険者は、互いの背を合わせて応戦している。
「おー、見事に集られてんなぁ。あの奥にいるデカイ魔獣、グリフォンってやつじゃねーか?」
「ちょっとキル!のんびり眺めてる場合じゃないでしょ!グリフォンは第一級危険種なのよ!しかもキマイラに包囲されてるじゃない!」
「大丈夫だろ?三十頭くらいに包囲されてはいるが、樹木で死角を潰して上手いこと捌いてる。グリフォンは…今のところ様子見してる感じか?」
「グリフォンがキマイラを使役してるみたいに見えるです!珍しいのですよ!」
「キル様、どうしますぅ?」
「そうだな、エルとグレイスはこの場から左右のキマイラに対して遠距離攻撃だ。一頭ずつ確実に倒していかないと、逆に集られるから気を付けろよ。俺とルルは正面突破をして三人を援護する。いいか?」
「「「はーい!(はいです!)(わかったわ!)」」」
「行くぞ、状況開始!」
エルが詠唱を始め、グレイスは弓に番えた矢に精霊の魔力を込め始めた。
俺は抜いたバトルナイフに魔力を流し、ルルはガントレットに魔力流す。
俺とルルは並走して、こちらに背を向けているキマイラ群を急襲する。
「フッ!」
俺はキマイラの背に向かって跳躍し、延髄にナイフを深く突き立て90度捻った。
中枢神経を切断されたキマイラは、一瞬の痙攣の後に崩れ落ちる。
崩れ落ちるキマイラの背から再び跳躍し、三角跳びの要領で正面の立木を蹴って、次のキマイラの頭上へと降下する。
キマイラが俺の気配を察知して視線を頭上へ向けるが、もう遅い。
「シッ!」
キマイラの背側から首を脚でロックし、加速度・重力・膂力を乗せたナイフをキマイラの右眼球に埋め込む。
右眼球から脳の側頭葉へ到達したナイフを、前頭葉側へ向かって掻く。
低い断末魔と共に横倒しになるキマイラの首から脚を外し、キマイラの横面を踏みつける形で着地して、キマイラどもを睥睨する。
次のターゲットを選んでいると、戦場には似つかわしくない可愛い発声が聞こえてきた。
「えいっ!」
どうやらルルも危なげなく戦っているようだ。
ルルは牙を剥くキマイラの顎を、腰を落として放った左掌底でカチ上げ、右拳の爪で頸動脈を断絶した。
返り血を浴びることなく掻い潜るようにキマイラの横をすり抜けると、腰に吊るした片手直剣を抜き、前方から突進してくるキマイラを半身で避け、擦れ違いざまにキマイラの腹部を横一文字に切り裂いた。
俺が七頭、ルルが四頭のキマイラを倒して周囲を確認すると、左右に展開していたキマイラの四頭が地に伏していた。
ものの数分で半数近くを屠られたキマイラの群れも、俺とルルを警戒して身構えたまま動かない。
視線が合う距離まで近づいた救護対象、兼、拉致対象である三人の冒険者たちは、当然ながら俺たちに気付いている。
俺は三人に向かってゆっくりと歩を進めながら声を掛けた。
「よお、お困りか?」
「超お困りだよ!でも君、誰?」
超お困りらしい冒険者は、キマイラの攻撃で装備を裂かれたのか、複数箇所に傷を負ってる。
他の二人も同様に傷を負っているが、三人とも生死に拘わる様な深手は受けてないようだ。
Aランク冒険者だけあって、この程度の修羅場は経験しているのだろう。
「グレイスの知り合い、と言っておくか。因みに、グレイスも後方から援護してるぞ」
「え!?どうしてグレイスがこんな所にいるの?」
「俺が連れてきたから?ま、その辺の話は残りを始末してからだ」
「ちょっ、残りを始末って、グリフォンにも仕掛けるの!?」
「そのつもりだが、何か問題があるのか?」
「君、グリフォンと戦ったことあるの?」
「初めて実物を見た」
「めちゃくちゃ強いんだよ?」
「それは楽しみだ」
「…バカなの?」
「否定するに足る材料はない」
「バカなんだね」
断定しやがったよ。
バカ?と聞かれてバカじゃない!と答えても、そうだよね!とはならないだろうが。
無駄なやり取りをしている内に、エルとグレイスが合流してきた。
二人とも無傷なようだ。
グレイスを見た冒険者が、驚いた表情で声を出した。
「ほ、ほんとにグレイスだ!?」
「久しぶりねリリエラ。間に合ったようで良かったわ」
ほんの少しだが、冒険者たちの緊張が緩んだ。
それを察知したキマイラの殺意が高まり、殺気が漏れ出した。
キマイラの殺気を感じ取ったルルが、スッと俺の傍らへ移動して問いかけてきた。
「キル様、どうしますぅ?」
「取り敢えずキマイラを一掃する。はい集合。そっちの三人もだ」
三人の冒険者たちは怪訝そうな表情を浮かべつつも、グレイスがいるからか俺の周りに集まった。
一塊になった俺たちを見た残りのキマイラが、包囲を狭めながらジリジリと接近してくる。
「取り敢えず…マルチシールド!」
俺を中心にドーム形状のシールドが展開した。
奥にいるグリフォンがどんな攻撃をしてくるか判らないので、俺は物理・魔術・各種波動エネルギーを防ぐシールドを張った。
それと同時にキマイラが跳びかかってくるが、シールドに頭からぶつかって引っくり返ったり、爪や牙でガリガリやってるだけだ。
ルル、エル、グレイスは俺の魔術を信用してか平然としているが、三人の冒険者たちは、キマイラが突進してくる度に身構えている。
「何なのこの防御術式…傷の一つもつかないよ?」
「うん、すごいの」
「私の防御術式とは比べ物にならない強度があるみたいです」
冒険者たちもキマイラの攻撃を完璧に防げると認識したのか、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
殲滅を始める前に、俺は気になっていた事をグレイスに尋ねておく事にした。
「なあグレイス、魔獣って売れるんだよな?冒険者ギルドが買うのか?」
「売れるわよ。ギルド以外でも売れるけど、一括して売るなら、冒険者ギルドか探索者ギルドが便利よ。もっとも、持って帰るならの話だけれど」
そうか、グレイスは俺たちの収納庫を知らないんだった。
今ここで説明する必要もないか。
「本には強大な魔獣ほど高く売れるって書いてあったけど、グリフォンって高値が付くのか?」
「もちろんよ。グリフォンは羽一枚が金貨一枚で売れるし、爪、嘴、骨はとても高価よ。血液、内蔵、筋なんかも利用価値が高いから、素材の塊と言えるわね。魔核に至っては百年くらい遊んで暮らせるような金額になるわ。値が付かないのは脳くらいかしら?」
「ほほう。冒険者ってのは、やっぱ儲かる仕事なんだな」
「そんな事を考えるのはキルくらいよ。第一級危険種は『見た瞬間に全力で逃げろ』が冒険者の常識なんだから」
「Aランク冒険者も逃げるのか?そう言えば、Aの上にはSと、EXってランクもあったな」
「キルは未登録だから知らないのね。第一級危険種は、Sランクが最少でも十人で当たらないと討伐できないレベルなのよ。それとEXランク冒険者だけど、現在は世界に一人しか存在しないわ」
グレイスが言うには、第二級危険種の討伐はAランクが十五人以上、第三級危険種の討伐はBランクが十五人以上というのが常識らしい。
Aランクが第三級危険種を討伐する場合でも、五人以上のパーティーでなければ安全マージンが取れないという。
俺が第三級危険種を倒せばAランクになれるという話は、過去に三人パーティーのBランク冒険者が第三級危険種を討伐した実績があり、その三人がAランクに昇格した前例が根拠になっているらしい。
また、第一級危険種の上には特級危険種が存在するが、特級危険種が討伐された記録はない。
その話を聞いて『グリフォンを倒せばS級イケんじゃね?あ、未登録だからダメじゃん…』などと考えていたら、俺をバカ認定した冒険者がグレイスに話しかけた。
「…ねえグレイス、この人って未登録なの?援護してもらっといて言うのもアレだけどさ、この人、グリフォンに仕掛けるって言ってるんだよ?」
こいつチクりやがった。俺のシールドで護られてるくせに。
「リリエラの気持ちは解るわ。普通は…と言うより、正常な人ならば、第一級危険種に挑もうなんて考えもしないわよね」
何気にディスられた?ここ泣くとこ?
せめて特殊くらいにして欲しい。
いや待て…物は考えようじゃないか?
「おい、グレイスに密告してるとこ悪いんだが、ちょっといいか?」
「み、密告じゃないわよ!これはそう、リスク管理よ!」
「いやいや、こんな僻地で魔獣に集られてる時点で、リスク管理なんか出来てないだろ。しかもグリフォン付きだし。実際、こうして俺たちに救援されてもいる。違うか?」
「ぐっ…痛いとこ突いてくるわね」
「そこで相談、と言うか交渉がしたい。俺が残りの魔獣を殲滅したら、俺の依頼を受けてくれないか?もちろん依頼料も払う」
「君の依頼?それは内容と条件によるけど、そもそも、グリフォンを討伐できるわけないじゃない」
「そこに戻ったら話も物事も進まないだろーが。仮にグリフォン討伐に失敗するとしても、現状からしてお前たちの撤退は可能だろ?確実に撤退できるよう、キマイラは先に始末する。これこそリスク管理じゃないか?」
「…君って商人か官吏なの?凄く交渉が巧いんだけど…」
「それは合意できた、と受け取っていいのか?」
「わかったわよ!でも、依頼を受けるかどうかは内容と条件次第だからね!」
「ああ、それで構わない」
さて、キマイラはいいとして、グリフォンはどうすっかな。
羽一枚が金貨一枚で売れるなら、なるべく無傷で倒したいところだ。
拘束してから止めを刺す形がベストだろうな。
戦術を纏めた俺が歩きだすと、皆が一斉に戦闘態勢へと移行した。
なぜ皆が戦闘態勢を取るのか不思議に思いつつも、俺は歩を進める。
展開したマルチシールドの内面に接近した俺は、シールドの魔力特性と同一の魔力を全身に覆い、すり抜ける様にシールドの外へ出た。
「「「「「「えっ!?」」」」」」
「シールドを展開したまま、キルアス様が出ちゃったのですよ!?」
「キル様すごぉーい!」
「つくづくあり得ないわね…」
「どういう事よ…」
「おどろいたの…」
「私の目の錯覚…ではないみたいですね」
何だか皆が唖然としながらも話をしている様だが、シールドは音波も遮断するから内容は聞こえない。
シールドを破れずフラストレーションを溜めていたキマイラが、ここぞとばかりに襲い掛かってくる。
俺は対多数用の広域殲滅術式を発動した。
「雷境合式―百雷」
晴天下にある雑木林の只中にも拘わらず、黒金色の雷撃が空間を裂いて無数に生じ、キマイラの群れを強襲する。
全身を数多の雷撃に貫かれたキマイラは、体から白煙を噴き上げて絶命した。
肉の焦げた臭いと共に立ち込める白煙の中、俺はグリフォンに向かって歩き出した。
グリフォンは鷲の上半身に獅子の下半身を持ち、全長10m、全高7mはあろうかという巨躯を飛翔させる一対の翼がある。
隆々とした筋肉で覆われた獅子の下半身が目につくが、鷲の上半身にある前脚にある太く鋭い爪は、牛馬の二頭や三頭を一掴みで両断するという。
樹木を薙ぎ倒して悠然と鎮座するグリフォンが、『よくぞ来た』とでも言うかのように咆哮をあげた。
どことなく嬉々としている感を受けるが、俺を視る双眼は完全に捕食対象を見るものだ。
「俺を喰う気満々のところ悪いが、極めて呆気なく始末させて貰う」
鷲の顔に表情があるはずもないのだが、俺の言葉を聞いたグリフォンが、ニヤリと嗤ったように見えた。
捕食対象を蔑むかの様な眼差しが、俺の闘争心を掻き立てる。
気が付けば、俺は口角を吊り上げ、犬歯を剥き出しにして嗤っていた。
グリフォンが再びの咆哮をあげ、翼を広げながら巨躯を持ち上げる。
俺は嗤ったままグリフォンを見上げ、術式を呟いた。
「魔咒改式―糸縛」
グリフォンの頭上と足元から数百万本の糸を束ねた大綱が生まれ、空中で一斉に解れた。
木漏れ日を反射して煌めく数百万本の糸が、自律行動を取っているかの如くグリフォンの巨躯に絡みつく。
嘴を絡め閉じ、前脚を纏めて拘束し、後脚を地縛する。
広げられた両翼は樹木ごと固定され、白亜の糸で造形されたグリフォンの立像が、十秒足らずの内に完成した。
「微動だに出来ないだろ?お前の筋線維の本数より圧倒的に多いからな。しかも糸一本の耐荷重は1トンだ。ついでに魔力遮蔽特性も付加してある。まあ、お前が魔術を行使できるのかは知らんが」
ボッチ属性全開で、糸巻きグリフォンに滾々と語ってしまった。
この糸巻きグリフォン、この状態で呼吸可能なのだろか?
まあ、酸欠死してもらって全然構わんのだが。
取り留めもない事に思考の半分程を割きながらも、俺は残りの半分で、グリフォンへの止めの刺し方を模索していた。




