第29話 瞬間移動術式ゲーティング
既に気持ちが魔獣の領域方面に向かってる俺を他所に、ギルドマスターがカーテシーで礼を執り、口上を述べ始めた。
「キルアス殿下、度重なる無礼、何卒ご容赦ください。遅れ馳せながら、グレイス・フィナ・ラフナートと申します」
「あー、そういうの止めてくれ。俺は面倒事が嫌いで、自由に生きたいから城を出たんだ。今は只のキルアスだ。これからもキルと呼んで欲しい。いいよな?」
「畏まり…わかったわキル。私のこともグレイスと呼んでね」
「了解だ、グレイス」
「くっ、強敵出現ですぅ…。ルルのおっぱいの方が柔らかいのにぃ…」
「あら、私は柔らかさと感度で負ける気はしないわよ?いくら相手が英雄殿と言えど、これは譲れないわ」
「あうぅ!キル様!キル様の手で判定してくださぁい!はぅっ!?」
俺は無言で体重を乗せたチョップをルルの脳天に落とした。
ルルは両手で頭を覆って『脳みそがぁ!脳みそがぁ!』と悶えている。
「あのね、どうしても気になる事が二つあるのだけど、聞いてもいいかしら?」
「答えるかは別として、聞くのは構わない」
「一つ目は年齢の齟齬で、二つ目は上級悪魔討伐の件よ」
「その二つになら答えよう。こう見えて俺は八歳だ。宮廷魔導士のルシェが上級悪魔だったから始末した。以上だ」
「…頭痛がしてきたわ。いいえ、私も脳が痛いわ」
幾ら詳しく話したところで、言葉で伝えるには限界がある。
対悪魔用術式の構成なんて、その最たるものだ。
早く魔獣の領域の話にならねーかなーと思ってると、エルがモジモジしながら口を開いた。
「あのあの、お話の邪魔をしてごめんなさいなのですが、エルはお化粧を直しに行きたいのです」
「エルは化粧なんてしてないだろ」
「え…」
「冗談だ。行ってこい」
「キルも閲覧室に用はないでしょう?もうお昼時だし、私の執務室で一緒に昼食でもどうかしら?」
「お昼ごはんですぅ♪」
「そうだな。エル、先にグレイスの執務室へ行ってる。漏らすなよ」
「キルアス様は意地悪なのですよ!」
グレイスの執務室は、円筒形建屋の最上階である五階にあった。
応接用ソファに促されて座ると、メイド服を着た十歳くらいの女の子が紅茶を淹れてくれた。
俺が『私設メイドか?』と考えていたら、俺の思考を読んだかのように、グレイスがメイドの紹介をする。
「この子の名はマルカ。魔獣の襲撃で両親を亡くして、今は公都内の孤児院で生活しているわ。ギルドも公的機関だから、社会福祉と職業訓練を兼ねて孤児たちに助成をしているの。この制度は、アルテイシア公妃殿下が発起人として設けられたのよ」
「マルカと申します。皆様の昼食をご用意しますので、ごゆっくりお寛ぎください」
マルカは可愛らしく微笑みながら、カーテシーで挨拶をした。
母上も大したものである。
この世界の文明水準からすれば、この福祉制度は先進的なものだろう。
権力の使い方としては称賛に価する。
エルが執務室へ通されると、程なくして大皿に盛られたサンドウィッチが運ばれてきた。
この早さからして、おそらくはケータリングだろう。
マルカが紅茶をティーポットに満たして退出したのを切っ掛けに、俺は本題を切り出した。
「グレイス、領域解放に絡めたランクアップの件だが、俺としては早々に片付けたい」
「どうしてそんなに急いているの…なんて聞くと、今度は胃が痛くなりそうだから止めておくわ。けどね、一つ問題があるのよ」
グレイスが言う問題とは、ランクアップの必須事項である、討伐確認に関してだった。
俺の力を肌で感じたグレイスは、俺なら単独でも魔獣を殲滅できると考えている。
しかし、Aランク以上への昇格においては、三名以上のギルド職員が討伐の事実確認をするのが基本規定だという。
先ず、多忙であるギルドマスターが確認業務に出向くこと自体が希だ。
そこはグレイスに無理をして貰うとしても、残り二名が問題になる。
異常という表現でも到底足りない俺の力を目の当たりにすれば、グレイスが箝口令を敷いたとしても、噂が噂を呼んで拡散するだろう。
そうなると、俺の大嫌いな面倒事が挙って押し寄せてくる。
詰まる所、“人の口に戸は建てられない”というやつだ。
片や、危険度が著しく高い討伐現場には、ギルド職員の代行として、Aランク以上の冒険者が同行すれば、討伐確認を行えるという特例がある。
冒険者には、他人のスキルや戦闘力を口外しないという暗黙のルールがあり、それは高ランクになるほど顕著らしい。俺的に申し分のない同行者だ。
しかし、Aランク以上の冒険者はその絶対数が少なく、また、優先度が高く、且つ、危険度も高い依頼を遂行している者が多い。
一日や二日どころか数週間を費やしても、二名のAランク冒険者を依頼現場から招集するのは難しいという。
「儘ならねーな…」
「キルが“身分”を使ってアルケイド陛下のご助力を頂ければ、手がないことはないのだけど」
「それは本末転倒と言うか、父上に対して恰好がつかない」
「フフフ、男の子らしい考え方ね。そういうの嫌いじゃないわ」
「あのあの、キルアス様の魔術で、同行する職員を精神操作したらどうです?」
「お!エル、いいアイデアだ!」
「ちょっと…止めてあげてよ。職員は善良なテスラ大公国民なのよ?」
えー、いいじゃん。別に死ぬわけでも、障害者になるわけでもないんだし。
あー、何かマーベラスな方法はないもんかね。
飛行機やリニアとは言わないまでも、車があればSランクを攫って来れるんだがな。
遠方からテスラへ帰還するのに時間がかかるのか?
「なあ、グレイスが信頼するAランク冒険者で、依頼を終えて公都へ帰還してる途中のヤツって判らないか?」
「魔導通信機で依頼完了の報告を受けたAランクパーティーはいるけど、グリントのギルドから通信を受けたのが昨日だから、公都へ帰還するには二ヶ月近くかかるわ」
「グリントって街の名前か?」
「グリントはエルの故郷の近くにある街なのです!ちょーっと遠いのですよ?」
そう言えば、エルの故郷はテスラ国土の最南端だと言ってたな。
公都から国土最南端までの直線距離は、8000kmくらいだったか。
その距離を二ヶ月なら、一日当たりの移動距離は130km超。
馬の走力からすれば、二ヶ月弱の移動期間は妥当なところか。
「なあグレイス、そのパーティーを迎えに行くから、一緒に行ってくれないか?」
「え?キルの言っている意味が解らないわ。一緒に旅をしようという意味?個人的な心情で言えば、悪くないお誘いだけれど」
「ルルも一緒に行きますぅ!ルルはキル様の愛人なんですからぁ!」
「うるさい色惚けオオカミ」
「あぅ…こんなに大好きなのにぃ。キル様いけずですぅ…」
「エルも一緒に行きたいですけど、途中で合流したとしても、公都へ帰還できるのは、結局二ヶ月後なのですよ?」
「エル、アホな子を諭すみたいに言うな。魔術で移動して迎えに行くんだよ」
「キルは飛行魔術も使えるのかしら?でも、パーティーは三人組なのよ。三人を抱えて飛ぶなんて無茶だわ」
あれ?瞬間移動的な術式ってあるよな?魔術書に載ってた記憶があるんだが。
ああ、禁書庫にあった古代魔術の術式だったっけ。失伝した系か。
瞬間移動の術式構成は、確か時空魔術と召喚魔術の複合だったはず。
「ちっと術式を創るから待ってろ」
グレイスが『術式を作るって何!?』とか騒いでいるが、対応はルルとエルに任せよう。
瞬間移動術式の最適な構成を検討するに当たっては、距離・時間・座標の他に、移動する者や物についても考える必要があるだろう。
俺と俺の所有物だけが移動する術式なら簡単だが、俺以外の者や物も一緒に移動させるには、少し工夫が必要になる。
その理由は魔力の差異だ。
個人個人で魔力の質には違いがある。端的には波動が異なるから、と言ってもいいだろう。
俺の魔力で俺以外を移動させるには、時空間と時空間を亜空間経由で接続するだけではダメだと思われる。
おそらく、召喚と召還の理を盛り込む必要があるはずだ。
これまたおそらくだが、移動距離に依存する形で、消費魔力も変わるはずだ。
因みに、瞬間移動に時間軸設定まで盛り込もうとすれば、術式の構成難易度と消費魔力が恐ろしく高くなるだろう。所謂、タイムトラベルというやつだ。
だがしかし、目下のところ必要なのは、“今”という任意ながらに絶対的な時間軸で、二つの任意空間を接続して移動する術式だ。
これであれば、難易度もそう高くなく、消費魔力も移動距離と質量に反比例する程度で収められると予測する。
よし、考えは纏まった。ちゃっちゃと創ってしまおう。
「出来たぞ。早速だが試験運用をするから俺の近くに集まってくれ」
「はーい!キル様にピッタリとくっつくですぅ♪」
「どんな術式を作ったのです?」
「理解が追い付かないわ…。もう私の事は好きにして」
約一名は自暴自棄に陥っている様だが、聞きようによっては扇情的な言葉だ。
ルルが押し当ててくる柔らかな感触が、余計に情欲を掻き立てる。
「いくぞ、ゲーティング!」
視界の暗転などもなく、景色が刹那に変わった。
短距離なのもあるが、消費魔力も微々たるものだ。設定座標にも誤差はないな。
見慣れた空間と落ち着く匂い。不思議と懐かしさすら感じるな。
「あれぇ?ここ、キル様のお部屋じゃないですかぁ!」
「良く判ったな」
「だってキル様の匂いがするですぅ。落ち着く匂いですぅ♪」
ん?落ち着く匂いには同意するが、何か釈然としない。
ルルの嗅覚が正しいならば、俺は自分の匂いに落ち着くってことか?
「あ、窓から公都が見えるです!本当に公城なのですよ!」
「………瞬間移動?うそ…本当に?御伽噺の産物じゃなかったの!?」
「見る限りでは大丈夫そうだが、心身に変調はないか?」
「ないでぇーす!」
「エルも問題ないのですよ」
「………」
グレイスが返事をしません。
三百年以上の時を生きている割りには、驚きのハードルが低くないか?
実はイレギュラーに弱い、超常識人なのかもしれない。
「おいグレイス、大丈夫か?」
「え?ええ、大丈夫よ。たぶん。おそらく」
「よし、誰か来ると面倒だから戻るぞ」
再び術式を発動して、グレイスの執務室へと戻った。
グレイスは冷めた紅茶を口にして、気持ちを落ち着けているようだ。
俺の目的の為だけに振り回している現状に心苦しい感もあり、俺はグレイスが落ち着くのを静かに待った。
「さて、Aランクの三人組を迎えに行くとするか」
「瞬間移動の理屈は解らないけど、トライワンズ…あ、迎えに行くパーティーの名称よ。そのトライワンズの現在位置はわかるのかしら?」
「グレイスが持ってる情報次第だな。その三人の名前、性別、生年月日とか、個人を特定できる情報が判れば探知できる」
「そんな情報だけで数千キロ先の位置を探知できるの?…私の常識が音を立てて崩れていくわ」
と言うのはウソだ。そんな情報だけで探知は出来ない。
しかし、個人を特定可能な情報があれば、記録層から冒険者三人の魔力波動情報をダウンロードすればいい。
そのDLした魔力波動を探知すれば、現在位置が判明するわけだ。
Aランク冒険者の三人は、グレイスの元パーティーメンバーらしい。
トライワンズとは三本の杖という意味で、グレイスが所属していた時のメンバー数は六人だったため、その頃はヘキサワンズというパーティー名だったという。
「魔術特化パーティーなのか?敵と状況を選びそうな構成だな」
「“魔術戦が出来る女性”というのが加入条件ではあったけど、特化ではないわ。私も長弓のスキル持ちだし、大盾の魔導重戦士もいるわ」
「なるほど、それならバランスも取れそうだ。しかし、なぜ女性限定なんだ?」
「男女混成だと、戦闘に関係のない事でも問題が起きるでしょ?それを嫌ったのよ」
それはあるかもしれない。
前世で傭兵だった時も、部隊に女が入ると問題が起きていた。
死線が近い状況だと動物的本能の問題があったし、細かいところだと排泄行動でも面倒だった。
長期の僻地戦にでもなれば男女の別など気にならなくなるが、数週間の派兵戦では性別意識を消すことが出来ない。
グレイスから三人を特定する情報を貰い、俺はアイ経由で三人の魔力波動情報をデータベースにDLした。
魔力探知術式に指向性を持たせる改造を施し、南方に向けて探知を開始する。
流石に8000kmも離れていると、角度が一度違うだけで相当にズレる。
広域探知については、もっと良い方法を考えるべきだろう。
十五分ほど探知を続けていると、波動が一致する魔力を探知した。
「お、見つけた。三人一緒だから間違いないな。しかし…何かおかしいぞ?」
「どういう意味?」
「三人一緒なのはいいが、三人の距離が近すぎる。静止しているなら食事とかの可能性もあるが、三人が固まってランダムに移動している。周囲に複数の特定不能魔力があるから、もしかすると戦闘中かもしれない。おまけにデカイ魔力が一つあるな」
「キルの言うとおり戦闘中ならば、トライワンズの常套戦術陣形からして劣勢の可能性が高いわ。私たちも武装して行きましょう」
グレイスは装備を整えるために執務室のウォークインクローゼットに入った。
俺とエルは収納庫から武器を取り出し、ルルはバッグからガントレットを出して装備した。
クローゼットから出てきたグレイスは長弓と矢筒を装備していたが、服はパーティードレスのままだった。
「グレイス…お前はドレスで戦うのか?」
「そうよ?私は後衛だもの」
前衛とか後衛の問題じゃないと思うんだが。
まぁ、人其々にスタイルがあるから別にいいけど。
「おそらくだが、三人は森か林の中で戦っている。状況確認のため、50mほど離れた座標に飛ぶぞ。いいな?」
「「「はーい!(はいです!)(いいわよ)」」」
さて、もし敵が魔獣なら、俺にとっては初の対魔獣戦だな。
初体験を楽しみつつ、俺のランクアップに快く協力して貰うため、キッチリと恩を売るとしよう。




